episode閑-3
「――と、そんな感じでこの世界には危機が迫ってるラン。だから僕たちは素質のある子を魔法少女に勧誘して世界を守って貰ってるラン」
「そうなんだ、魔法少女がほんとうにいるなんて、知らなかった……」
ディストとの初戦闘が終わった後、僕は美鈴に魔法少女になることで得られる特典や報酬なんかのメリット、それから魔法少女社会の基本的なルール、そして倒すべき敵のことなんかを一通り教えて最後にそう締めくくったラン。美鈴くらいの歳だと正確に理解できない部分もあったかもしれないラン。でもなるべく噛み砕いて丁寧に教えたから重要な部分はちゃんと伝わってると思うラン。
それにしても今時魔法少女の実在性を知らないなんて、随分と情報に疎い子ラン。認識阻害で詳しい部分は曖昧にぼかされてるとは言っても、魔法少女が実際に存在して何かと戦ってるなんてことは常識ラン。それくらい魔法少女っていう存在は社会に根差してるラン。
マギホンを渡した時に初めて自分のスマホを持ったって喜んでたから、多分ネットに触れる機会はほとんどなかったんだと思うラン。それにしたって、今はテレビにもアイドル魔法少女なんかが出てたりするし雑誌で特集が組まれることもあるから、ネットを使わない層でも魔法少女の存在は知ってるものラン。美鈴は世間知らずラン。友達とどの魔法少女が好きとか、そういう話したりしないラン?
「基本的なことは今話した通りラン。本来なら僕は新人のナビゲート妖精でもあるからしばらくは美鈴と一緒に居て一人前になるまで色々教えてあげるラン。でも今この町には魔法少女が少なすぎるラン。僕は次の魔法少女を探しに行くラン」
「え……、もう行っちゃうの……?」
「美鈴も一人で戦うより仲間が居た方が心強いと思うラン」
「そう、だよね……。うん、大丈夫、大丈夫だよ」
僕が次の魔法少女を探しに行くことを伝えたら露骨に悲しそうな表情になったラン。美鈴に期待できないっていうのが理由の大部分だけど、実際魔法少女が一人っていうのは危ないし、美鈴のためにもなるっていうのは嘘じゃないラン。
……ただ、この反応を見ると今美鈴を一人にするのは早計かもしれないラン。美鈴は僕に対して、友達になってくれるなら魔法少女になると言ったラン。振り返ってみて、僕はまだ美鈴に対して友達らしいことは一つもしてない気がするラン。
勿論、友達になるって言ったのは美鈴を釣るためであって僕が本気でそんなこと言ったわけないからこのまま放置しても良いラン。でもそうすると、美鈴の魔法少女に対するモチベーションが下がるラン? 魔法少女はいつでも辞めれるっていうのはさっき美鈴にも説明したラン。戦力を安定させるために次の魔法少女を探しに行って、その結果美鈴が辞めちゃったら本末転倒ラン?
美鈴自身は戦闘に対する適正が著しく低くて将来性に全く期待できないけど、自律戦闘型の魔法を使えるから最低限の働きは出来るとも見れるラン。次の魔法少女が使い物になる保証がない以上、美鈴にはもうちょっと頑張って貰った方が得策ラン?
それに、もう数日もすれば美鈴の夏休みも終わって学校に行くはずラン。そうしたら日中は美鈴と一緒にいなくても問題ないわけだし、次の子を探すのはその時でも遅くはないラン。
「と思ったけど何か今日はもう疲れたから仕事は終わりラン。美鈴、一緒に遊ぼうラン!」
「い、いいの? おしごとなんでしょ……?」
「今日の分はもう終わりラン! それより僕と美鈴は友達になったラン! 友達って何して遊ぶラン? 友達なんて初めてだから何するのか知らないラン!」
「友達……! うん、私たち、友達だもん、ね。じゃ、じゃあ、お人形さんで遊ぼう?」
「わかったラン!」
その後僕は美鈴の両親が仕事から帰ってくるまでの間、人形を使ったごっこ遊びやブロック遊び、お絵かきなんかに散々付き合わされて、夜は美鈴に抱かれながら一緒に寝ることになったラン。本来の仕事じゃないせいか、なんだかどっと疲れた気がするラン。友達、安請け合いするんじゃなかったかもラン。
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妖精に睡眠は必要ないラン。だから夜の間に新しい魔法少女の誕生と勧誘経緯を報告書にまとめて、ついでに「友達」という言葉はとても便利で対象を釣るのに有効だけど餌をやる必要があることを考えるとコスパはあまり良くないかもしれないってレポートを提出しておいたラン。
それから、本来僕は魔法少女に勧誘する時は対象の情報をしっかり握ってから接触するスタイルで行くつもりだったから、順番が前後しちゃったけど美鈴の情報を夜の内に調べることにしたラン。
魔法少女フィッシャーブルー、変身前の名前は高波美鈴。小学2年生で、現在は夏休みで家に居ることが多いみたいラン。性格は内向的であまり積極的に活動するタイプじゃないラン。さっきも、本当は行って欲しくなさそうだったけど自分の気持ちを押し殺してた感じがするラン。自己主張が弱いラン。家族仲は至って良好で、さっきも家族みんなで楽しそうに晩御飯を食べてたラン。父は大手銀行、母はパートタイマーの両親共働きで、とくに父親の仕事の都合で転校が多くて、長く続いている友達がいないみたいラン。美鈴が友達になってくれるならなんて言い出したのはそういうことラン。この夏休みにも引っ越しがあって、夏休み明けから通うのは新しい学校ラン。
学校っていうのは一般教養や集団行動を学ぶ場所であり、同時に友達を作る場所でもあるはずラン。だとすると、夏休みが終わって学校が始まったら美鈴にも新しい友達が出来ると思うラン。新しい友達が出来たらわざわざ僕に執着する理由もなくなって、魔法少女を続ける理由もなくなるラン。美鈴の友達作りを妨害するって手もあるけど、そこまでして確保しておきたい人材じゃないラン。そんなことしてる暇があったらもっと有能な子を探す方が建設的ラン。
美鈴は夏休みが明けるまでの繋ぎと割り切って、今日の夜みたいに次の子の候補を探して、スムーズにバトンタッチ出来るようにするのがベターラン。一番良いのは、美鈴が辞める前に新しい魔法少女を勧誘して、その魔法少女と美鈴を仲良くさせて美鈴も続けさせることラン。あんなのでも居ないよりはマシラン。
まったく、本当なら記念すべき一人目はもっと才能があって戦いに前向きな、魔法少女に憧れを持ってるような頭空っぽで扱いやすい子を勧誘するつもりだったのに、僕の計画がおじゃんラン。それもこれも全部前任者がちゃんと仕事してなかったのが悪いラン。
急だったからちゃんと確認出来てなかったけど、落ち着いた今になって過去のログを見てみると本当に意味がわからないラン。
フェーズ2魔法少女ビークルの最終戦闘、引退3日前に瀬理町では珍しい伯爵級ディストが発生したラン。ビークルは死闘の末にディストに致命傷を与えて後数秒で消滅するってところで、鼬の最後っ屁のように強力な攻撃がディストから放たれたラン。満身創痍だったビークルはそれを回避できずに相討ち、になるはずだったのに、前任の妖精が攻撃の軌道に割って入って盾になり、そのまま破損したラン。
やっぱり、意味がわからないラン。
スカウト妖精やナビゲート妖精は色々便利な権限を持ってる代わりに戦闘能力はほぼ皆無ラン。いくら亜神が凄い力を持っているって言っても全能じゃないから、一つの個体に持たせられる能力には限りがあるラン。いざという時に身を守れるよう、簡単なバリアを張るくらいの力はあるけど、伯爵級ディストの攻撃ともなれば防ぎ切れないラン。だからあんな風に身を盾にすれば、破損することになるのは前任もわかってたはずラン。
ディストがまだ健在だったなら前任の行動も理解出来るラン。魔法少女がやられてしまったら、救援の魔法少女が来るまでディストは野放しになるラン。それなら自分の身を犠牲にしてでも魔法少女を守って、一刻も早くディストの討伐をするべきラン。でも、このログを見る限り戦いは終わってたラン。最後の攻撃でビークルが死んだとしても、それ以上ディストに出来ることはないラン。消滅は時間の問題だったラン。ビークルは引退間近で先のない魔法少女なんだし、だったらスカウト妖精が生き残ってすぐに次の魔法少女を探した方が良いに決まってるラン。そうしなかったから今こうして僕が割を食ってるラン。
どうして前任の妖精はビークルを守ったラン?
どう考えても行動から合理性を感じられないラン。
僕なら絶対こんな無意味なことはしないラン。反面教師として肝に銘じておくラン。




