episode閑-2
「痛っ」
転移魔法の影響で身体が宙に浮き始めた時から、ギュッと目を瞑って身を縮こまらせていた美鈴が転移終了と同時に書庫の床に投げ出され背を打って、思わずと言ったようにそんな声をあげたラン。
「本がいっぱい……」
「そこにある本の中から好きなものを一つ選ぶラン! それが君の魔法になるラン!」
痛む背中をさすりながら不安そうにキョロキョロとあたりを見回している美鈴に必要最低限のアドバイスをするラン。本当ならもう少し丁寧に説明するところだけど、緊急事態だから仕方ないラン。それに、どうせこの書庫の説明なんてしてもしなくても今後には関係ないし別に良いラン。
「でも、読めないよ、これ?」
「中身は魔法の文字で書かれてるから気にしなくて良いラン! 直観に従って選ぶラン!」
「そんなこと急に言われても、どうやってえらべばいいの……」
「もう時間がないラン! なんでも良いから早く選ぶラン!」
「うぅ、私がきめるの……?」
急かしに急かしてさっさと決めて貰おうと思ってたのに、どうにも美鈴は優柔不断で決断力に欠ける子みたいで、いくつか本を手に取って中を見ては戻すという作業を繰り返すばかりで中々決めてくれないラン。
「美鈴! このままだと町に被害が出るラン! そうしたら僕も処分されるかもしれないラン!! 友達を助けると思って、決めて欲しいラン!!」
嘘ラン。現実に被害が出たことは過去にもあるみたいだけど、その時に妖精が重い処分を受けたっていう記録はないラン。まあ仮にそういう処分があるのだとしても、世界を守ることに繋がるなら僕は構わないラン。でもそれは、出来ることを全部やったうえで、最善を尽くした結果ならばラン。何もしない内から、こんなところでグズグズしてるわけにはいかないラン。
「……! そう、だよね。時間がないんだもんね。わかった、これにする」
それまでの何をすれば良いのかわからず不安そうに迷っていた様子から一転して、美鈴は今手に持っている本を開いてそう言ったラン。友達って言葉がこんなに便利なんて知らなかったラン。本局に報告してデータを残しておくラン。他の妖精たちも参考にすると良いラン。
「わ、わ、なに、急に――」
美鈴の言葉を呼び水にするように、その手の中で開かれた本が眩い光を発してページがどんどん勝手に捲れていくラン。そうして最後のページが閉じられるのと同時に、輝かしい光は少しずつ消えて行ったラン。
「さあ美鈴! 今ならわかるはずラン! 力の使い方が! 魔法少女になりたいと願うラン! それが君の合言葉ラン!」
「うん、わかるよ、ジャックくん。これが、私の、――ま、舞い踊れ……!」
震えた声の鍵言に反応して、小さな魚の群れの幻影が美鈴の身体を球状に包み込む様に覆っていくラン。水族館とかでイワシが凄い数で泳いでたりするみたいな感じラン。
ひとまずこれで一安心ラン。魔法少女に変身すればディストとの戦いに対する恐怖、不安が抑制されるラン。美鈴は臆病そうな子だけど、変身さえすれば怖くて戦えないなんてことはないラン。相手は無爵級だから負ける心配もないし、さっさと転移させるラン。
「転移座標:欺瞞世界・瀬理町D地区」
・
「魔法少女、フィッシャーブルー……!」
転移が完了するのと同時に、小魚の群れと水飛沫のエフェクトをまき散らして美鈴が魔法少女に変身したラン。深い海を連想させるような濃い青、群青とも言えるカラーの衣装に、黒髪のポニーテールラン。
フィッシャーブルー、浦島太郎の魔法少女ラン。創造系統の中でも童話属に分類される魔法少女で、物語になぞらえた特殊な魔法を使う子が多いラン。鍵言が舞い踊れで変身エフェクトが魚だったのが疑問だったけど、そういうことだったラン。
「さあ行くラン、フィッシャーブルー! 僕たちの敵、ディストをやっつけるラン!」
「ディ、ディストってあの黒いワンちゃんのこと……? ううん、ワンちゃんっていうか、おおかみさん……?」
「そうラン! あいつらは世界の歪みから這いずり出でる怪物! 人類にあだなす化け物ラン!」
今回の無爵級ディストは大型犬程度の大きさの犬か狼ラン。真っ黒な靄で構成されていて細部がわからないからモデルがどっちなのかはわからないけど、別にどっちでも良いラン。大した違いはないラン。
「ガアアアァァァァァーーー!!」
「ひぃ!? や、やっぱり私にはむりだよぅ……。けんかなんてしたことないのに、やっつけるなんてぇ……」
「!? どういうことラン? 感情の抑制は……、働いてるラン。じゃあ、抑制されたうえでこれってことラン?」
何に対してどの程度の恐怖を感じるのかなんて人それぞれだから、そういう可能性もなくはないのかもしれないラン。でも、そんなの教わらなかったしデータベースにも載ってなかったラン! 美鈴が特別怖がりだってことラン!?
……よく考えれば美鈴は最初魔法少女になるのを嫌がってたラン。多分、そういう普通よりも過剰に怖がりな子はそもそも魔法少女になることすらしないんだラン。今回は僕が半ば強引に同意を得たのと、美鈴に対して何故か友達っていう言葉が刺さって、その言葉で揺り動かされた感情が一時的に未知に対する恐怖や不安を上回ったから、本来なら魔法少女にならないはずの常軌を逸した怖がりを魔法少女にしてしまったんだラン! この子、感情の抑制がなかったら恐怖で死んでるじゃないラン? 無爵級ディスト如きの威圧でへっぴり腰になってるし、足は小鹿みたいにプルプル震えてるし、もうすでに泣き始めてるラン……。あの周辺じゃ一番才能があったはずだけど、性格はきっと一番向いてなかったんだラン。僕は魔法少女にする子を間違えたラン……。
でも、今更そんなこと言ってもしょうがないラン! 魔法少女になったからには戦って貰うラン! いくら怖がりで戦いに向いてないとは言っても、手に入れた魔法の力は本物ラン!!
「うわぁぁぁ!? 来ないで、来ないでぇぇぇ!?」
「フィッシャーブルー! 最初の魔法を唱えるラン!!」
喧嘩をしたことがないなんて関係ないラン! なぜなら魔法少女は魔法で戦うラン! そして魔法の力は感情に左右されたりしないんだラン! どんなに臆病で優柔不断でおよび腰でも、発動した魔法は本来の力を発揮するラン!
「魚群召喚:戦鰯ゥゥゥーー!」
素早く地を駆って接近してくる狼型ディストに背を向けて、泣きわめきながら逃げ出したフィッシャーブルーが裏返った声で必死にそう唱えたラン。ディストはもうあと一歩ってところまでフィッシャーブルーと距離を詰めていたけど、結局その鋭い牙や爪が彼女に届くことはなかったラン。虚空から現れた数えることも億劫になるほど大量の小魚がディストに群がって、その身体を構成する靄を食い散らかしたんだラン。一瞬の出来事、まさに瞬殺ラン。でもそれは、決してフィッシャーブルーが強いということを意味しないラン。無爵級ディストなんて、慣れた魔法少女なら魔法を使うまでもなく、強化された身体能力で一方的に消滅させられる程度の雑魚ラン。
「あ、あれ……? さっきのおおかみさんは……? お魚さんたちがやっつけてくれたの? よかったぁ」
ディストの足音が聞こえなくなったことを不審に思ってか、振り返ったフィッシャーブルーが間抜けな表情で足を止め、キョロキョロと不安そうに周囲を見回してからようやく自分の魔法で勝ったことに気が付いて安堵したみたいにへたり込んだラン。
……最初の魔法が自律戦闘系の召喚魔法で本当に良かったラン。普通に自分で魔法を操って戦うタイプだったら、無爵級にすら勝てなかったかもしれないラン。
「よく頑張ったランフィッシャーブルー。君のお陰で町は守られたラン」
「……! そっか、私、ちゃんとできたんだ……。えへ、えへへ、そっかぁ、私のおかげかぁ……」
「今後も頑張って欲しいラン」
正直、全然期待できない戦いぶりだったけど、ここで駄目出しをしたらやる気をなくしてしまいそうラン。だから一応褒めておくラン。まあ、時間は稼げたし次のディストが現れるまでにもっと才能がある子を探すラン。見つかれば用済みだし、見つからなかった時は今回みたいにうまく言い包めて戦って貰うラン。




