episode4-閑 魔術師②
本日2回目の更新なのでご注意ください
そもそも魔法少女とは何なのか。多くの魔法少女は、妖精からこの世界に危機が迫っていること、それに対抗する存在として魔法少女が必要であること、そして自分には魔法少女の素質があることを伝えられ、その特別性に惹かれてか、あるいは戦いの対価を望んでか、それぞれの理由で魔法少女になることを選んだ者たちだ。
では、何の変哲もない、どこにでもいるような普通の女の子に魔法の力を与える存在、妖精とは一体何者なのか。彼らの本拠地である魔法界とは何なのか。大半の魔法少女は彼らの正体にまで考えを及ばせることはしておらず、この世界を守るために活動している善良な存在なのだと、魔法少女を勧誘し、その戦いをサポートするような都合の良い神秘的な存在であるのだと、そういうものだと思い込んでいる。中には彼らの正体に疑問を抱く者もいるが、それに対する明確な答えが妖精から返されることはない。煙に巻かれ、有耶無耶にされ、魔法少女として活動を続けるうちにいつしかそんな疑問も忘れてしまう。
「源流はそもそも人間なんですよ。妖精なんて名乗っちゃいますけど、やつらは人為的に作り出された仮初の生命体。人造生物だとか、ホムンクルスとでも呼べば何となくイメージできますかね」
かつて、まだ魔法少女という呼び名すら存在しなかった頃、数世紀近くも前からいずれ来る滅びに対抗するための計画はいくつも練られていた。特別な力を特別でない人間に与え、世界を守る兵隊とすることもその計画の内の一つだった。
「世界の滅びなんてオカルトは表で生きてる人間にとっては与太話も良いところです。終末論だなんだなんてのが流行ってた時期もあるみたいですけど、結局あれも一過性のブームに過ぎなかったわけですしね。本当の滅びに対して備えをしていたのは、裏の人間たちだった」
「それが魔術師というわけですか」
滅びに対するアプローチは扱う術の種類や、術師の派閥によって千差万別であり、全ての術師が魔法少女システムの計画に携わっていたわけではない。むしろ、術式の知識も、術理の技術もない素人をお手軽に一線級の術師と同じ水準にまで引き上げようと言うその計画は荒唐無稽であるとされ、ほとんどの術師が見向きもしなかった。
だからその計画は、表どころか裏の世界でも人知れず、時の流れと共に忘れ去られながら、ひっそりと進められていた。世界の法則を紐解き、術式を紡ぐことで理を書き換える術師たちの中でも一際優れた4柱の亜神。それぞれのアプローチを持って人間という枠組みを超越した、神の領域に踏み込んだ術師たちの手によって、ゆっくりと、しかし確実にその計画は完成へと近づいていたのだ。
そしてその成果こそが、宝物庫と呼ばれる魔法少女たちの力の源。様々な魔術の知識が詰め込まれた書物や術式が刻まれた道具を配置し、立体的な魔法陣として複雑な力を簡素に扱えるよう落とし込んだ芸術とも呼べるほどの技術の集大成。
「その辺の女の子を魔法少女にして戦わせるだけなら、別に妖精なんて存在を作る必要はなかったはずなんです。亜神たちが手ずから宝物庫の鍵を与えてやれば良い。だけど、連中はそれを良しとしなかった」
単純に手が足りなかったというのも、妖精が作られた理由の一つだった。滅びの日が近づくにつれて世界の歪みは日に日に大きなっていき、その拡大を封じ込めるのは並みの術師には難しく、亜神たちの力を必要とした。
だがそれだけが理由であるならば、妖精など作らずとも他の術師に任せることも出来たはずだ。自立して行動する知的生命体を新たに、それも大量に造り出すよりもそちら方が遥かに簡単だ。
「蜂谷さんは、魔術のことはもちろん、呪術師だのなんだの、そういうのも妖精からは聞いてないんですよね?」
「はい。呪いの力も偶然、魔法界や妖精とは関係のない場所で見つけたものです」
「つまりそれが、わざわざ妖精なんてものを造った理由ですよ。全ての亜神がそうなのかまではわからないですけど、連中は魔法少女に術師のことを知られたくなかったんです」
序列第二位の魔女ですら、魔法少女の真実を知らされていない。元よりプレスは自分の推測に間違いはないだろうと自信を持っていたが、その事実がより確信を強めた。
そもそもなぜ魔法なのか。魔法少女になったばかりの頃のプレスはそれが不思議だった。魔術師としての能力に関係なく力を振るえるのは感動ものだが、術式の系統は明らかに魔術そのもの。ちょっと術式の知識がある人間ならばすぐにわかることで、魔法と魔術、その本質は同じものだった。だから術式を少し書き換えてやるだけで、プレスは詠唱を要さずに魔法を使うことが出来た。
特別な『偽装』の術式を使い、少し危ない橋も渡りながら魔法界の調査をする過程でその意味を知ったプレスは、古臭い魔術師らしい考え方に強い嫌悪感を覚えた。
魔法という名前そのものに意味はない。術という言葉が含まれていなければ何でも良かった。つまりただ単に、術理の類ではないと区別するため、そしてそれを扱う魔法少女たちは術師ではないと差別するためだけに魔法と呼称しているのだ。
「どんだけ遅れてるんだよって話ですけど、連中は非術師のことを差別してるんです。術師に非ずば人間に非ずってな具合で。術師の全員がってわけじゃないですけど、非術師のことを原始人とか獣みたいに見下す風潮は確かにあります。まさか亜神もそうだったなんて思ってませんでしたけどね」
術式を扱うのには正しい知識と卓越した技術が必要とされるが、魔術の場合それらの能力は総合して魔術的演算能力と呼ばれる。
術師と魔法少女の違いを簡潔に表すのであれば、術師は高い演算能力を備えたコンピューターであり、魔法少女はパソコンを使う一般人、とでも言えばいいだろうか。
世界の理を理解し、自ら術式を組み立て、制御して様々な現象を引き起こす術師に対して、魔法少女は与えられた道具を制御するだけで力を振るうことが出来る。自ら高度な計算能力を有する人間と、高度な計算能力を有する道具を扱う人間。どちらがより優れているのかは視点によって異なるが、多くの術師にとっては自分の頭で術式を組むことも出来ない一般人は劣った存在だと言う認識だった。
非術師の中には魔術的演算能力を有するが、これまでの人生で魔術の存在を知らなかったがゆえに非術師である者もいるが、そうした者は貴い血統ではないだとか、運命に選ばれなかっただとか、何かしらの理由をつけて見下している。
結局のところ理由は何でもよく、今現在術師である自分が、そうでない非術師よりも優れた存在だと心から信じているのだ。
「で、非術師に魔術やら術師の真実を教えてやる必要なんてないって考えて秘匿してるってわけです。いわば技術の独占、既得権益を必死で守ってるようなもんですかね」
「術師至上主義、ですか。ですがだったらどうして、その差別している相手に対して力を与えるようなことをするのですか? 以前熱尾さんが仰っていたように、術師は魔法少女に選ばれないのですよね? 術師至上主義だと言うのなら、むしろ術師こそが魔法少女に選ばれるのではないのですか?」
「そりゃあもちろん、使い捨ての駒にするためですよ」
魔法少女の力は凄まじい。これまで命のやり取りどころか喧嘩にだって無縁だった非力な少女が、強大な怪物を打ち倒せるほどだ。だが、無敵ではない。非常に大きな力であり、現在はかなりの安全マージンが確保されているが、それでも命を落とす魔法少女は存在する。派手な魔法や煌びやかな見返りに目が眩んで正常な判断が出来ない者もいるが、魔法少女の戦いは命がけなのだ。負ければ死ぬ。そしてそれは、魔法少女でなくても同じこと。
「術師ってのは、自分の利益のために術師をやってるんですよ。世界を守るための計画が、なんて言いましたけど、結局それだって世界が滅びれば自分も危ないからで、別にみんなのためにとかそんな優しさじゃない。そんな連中が、世のため人のために自分の命危険に晒してまで戦うと思います?」
「……魔法少女は、術師の代わりに戦わされていると、身代わりだと言いたいのですか?」
「大正解! それが魔法少女の真実ってやつですよ。本当は力を持ってる連中が、我が身可愛さにその力で便利な道具をこしらえて、年端も行かない女子供を戦争に駆り出してるわけです。魔法界はそのための餌に亜神の手で作られた箱庭です」
もっとも、大半の術師はそんな裏事情を知りもしない。前述の通り、この魔法少女システムは多くの術師に見向きもされなかった代物であり、そのような計画が水面下で着々と進行していることをほとんどの術師が認識していなかった。そして認識阻害は一般人や魔法少女だけでなく、術師に対しても平等に効果を発揮している。
術師と一括りに言っても実際には一枚岩ではなく、魔術や呪術と言った術式の系統の違いによってそれぞれ組織や派閥は分かれているし、集団に属さないはぐれ者もいる。そうした者たちの中には、魔法少女システムのことを知ればその力を自分にも与えろと要求する者も出るだろう。なにせディストと戦うのは強制ではないのだから、魔法少女の力を手に入れて私欲のためだけに使うということも出来る。
亜神が極一部の術師以外に魔法少女システムのことを伝えていないのは、そういった面倒ごとを回避するためだったのだろう。
「なるほど、それが事実であれば信用ならないというのも頷けます。一つ気になったのですが、魔法少女の力のことは別にして、他の術師もそれぞれ別の方法で滅びへの対策はしているのですよね? ならばなぜ、それを使わないのです? 魔法少女が戦っている間は自分たちの出る幕ではないと、命を惜しんでいるのですか?」
「いや、単純にディストが滅びの前兆だと気づいてないんです。うちの両親もそうだから間違いないですよ。認識阻害の効果でそこも誤魔化されてるみたいっすね。亜神の中にはかなり過激な差別主義者がいるっぽいんすよね。自分だけじゃなくて他の術師も含めて、非術師なんかのために危険な目には合わせたくないんでしょうよ」
「なんと度し難い……。それにしても、随分とお詳しいのですね。お話を伺う限りでは、例え魔術師であっても魔法少女の真実は知らないように聞こえますが」
「あたしの偽装は特別だって言ったじゃないっすか。色々隠蔽しながらコソコソ嗅ぎ回ってたんですよ。ま、一番の隠し事に力の大半を使ってるんで結構危ない時もありましたけど」
「一番の隠し事ですか。それがお友達の?」
「ええまあ、本題に入りましょうか」
魔法界や妖精が真っ黒であることを説明するために随分の回り道をしてしまったが、そもそも今日の本題は魔法少女の真実ではない。
彼女を助けられるのか、否か。プレスが勧誘を受け魔法少女になった時、魔術師である自分が今までその存在を完全に意識していなかったことに対する驚きや不気味さがあったが、それ以上に、未知の力であれば彼女を助けるための糸口が得られるかもしれないと、閉塞した現状を打破できるかもしれないと、僅かな希望に縋る様な思いがあった。まさか自分よりも先に彼女が魔法少女になっているとは思っておらず、改めて認識阻害の恐ろしさに冷や汗を流したのは、プレスにとって記憶に新しい出来事だった。




