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魔法少女タイラントシルフ  作者: ペンギンフレーム
四章 眠れ、命尽きるまで
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episode4-6 眠りの②

 レイジィレイジ、それは魔女の中でも一際謎に包まれている人物で、欺瞞世界ですやすやと眠っている姿は常に生配信されているが、ただの一人も彼女が目を覚ましたところを見た者はいない。

 使用する魔法も一切不明であり、ディストが現れたと同時に消滅していくという事態が観測されるだけになっている。一般の魔法少女は勿論、お茶会の魔女たちも、それどころか妖精ですら詳しいことはなにもわかっていない。


「でも、見た目が」

「普段映し出されている私の姿は幻ですよ。あなた方が認識阻害と呼ぶ技術を流用しているのです」


 他所の魔法少女事情についてあまり詳しくないエレファントでも、レイジィレイジの眠っている映像は目にしたことがある。その時はシルフと同じ外見だなんて思わなかったはずだが、今思い出そうとしてみると確かにレイジィレイジの姿がどのように見えていたのかハッキリと思い出すことが出来ない。それはまさしく認識阻害の影響を受けている時と同じ状態だった。


「じゃあ、今も認識阻害を使ってるの?」

「いいえ、これこそが私の本来の姿です。言ったでしょう、私とヤツは根源を同じにしていると。今となっては別の存在ですが、容姿が似通っているのは必然です。あまり嬉しいことではありませんけど」

「……どういうこと? 全然わからないよ」

「理解する必要はありません。容姿などという一面的なことにとらわれず、私がヤツとは別の存在であると、そういうものだと認識することくらいはあなた程度でも出来るでしょう」


 最初に気に入っていると言っていたはずだが、明らかに馬鹿にされている気がする……、と若干不満を覚えたエレファントだったが、今はそれよりも疑問の解消を優先するため言葉を続ける。


「レイジィちゃんはいっつも眠ってるはずだよね?」

「あなたは自分がどこからここに来たのかも忘れてしまったのですか? ここはあなたの夢と地続きになっている場所です。つまり現実の私は今も気持ちよく眠っているということです」


 確かに、ちさきが眠りについたのは沖縄にある小さな民宿の一部屋のはずで、こんな落ち着かないキラキラした広間ではなかった。だとすれば、そこで目覚めていないのなら確かにここがまだ夢の中なのだということは充分にあり得る話だ。

 転移の魔法が存在することを考えれば、寝ている間に別の場所に連れて来られている可能性もなくはないが、どちらにせよエレファントにそれを確認する術はないのだから、素直に相手の言うことを聞いておくのが賢明だろう。


「よくわからないけど、とりあえずあなたがレイジィレイジちゃんで、シルフちゃんじゃないってことはわかった」

「よろしい。それで、なぜ私があなた方の恋愛事情を知っているのか、でしたか? 私はあなた方とは存在の格が異なる、より高位な存在ですので、この世界で起きている程度のことは知ろうと思えばいつでも知れるのですよ。あなたの本名だって知っていますし、ヤツの正体も勿論知っています」

「……? 魔法少女じゃなかったの? 高位な存在って……、神様みたいなものってこと?」

「全知と呼ぶにはあまりに無知であり、全能と呼ぶにはあまりに無力ですが、少なくともこの世界を我が物顔で牛耳る神モドキ……、ああ、亜神などと名乗っているんでしたか。礼儀知らずの連中よりは一般的な神の定義に近しいと言えるでしょうね」


 レイジィレイジの話は一々回りくどく、そして専門用語がチラホラと使われるため、あまり学力が高いわけでもないエレファントには難解だったが、一先ず神様的な存在だということで納得した。

 しかしそうなってくると次々と新たな疑問が沸き上がる。なぜ常に眠っているのだとか、神様の力でディストとの戦いを終わらせられないのか、なぜその神様がわざわざ自分に接触してきてあのような夢を見せたのか、などなど、数えていけば切りがない。


 しかしエレファントがそれらを整理して言葉にするよりも先に、レイジィレイジが先読みするように話し出した。


「今あなたが考えていることの大半は、あなたにとってどうでも良いことです。先ほども言いましたが、ここはあなたの夢と繋がっている場所です。つまり時間制限があるのです。そしてそのリミットはあなたが思っているよりもずっと短い。なので話すことは私が決めます。あなたは大人しく私の話を聞くことが良いでしょう。多少の質問は許します」


 レイジィの言い分に納得したわけではなかったが、いつの間にか自身の口が縫い付けられたように開かなくなっていることに気が付いたエレファントは、渋々言われた通りに大人しくしていることにした。


「私があなたに夢を見せた理由は最初にお答えした通り、親切心です。私はあなたのファンなので、応援しているのですよ。それから、あなたは何やら略奪愛がどうこうと悩んでいるみたいですが、それらは全くの杞憂と言って差し支えないでしょう。ヤツは魔法少女サキュバスに恋愛感情など抱いていませんから」

「で、でも! あの時のシルフちゃんは……」


 多少の質問は許すと言う言葉は嘘ではなかったようで、レイジィの言葉に思わずと言った様子で反論したエレファントは、自分の口が開くようになっていることに遅れて気が付いた。


「あれは精神操作の一種でそう思わされているだけです。まったく、魔法少女として厳重なプロテクトに守られていながら情けない話ですが」

「精神操作って、なに、それ……」

「有体に言うのなら、魅了、あるいはチャームでしょうか。無理矢理、強制的に相手の気持ちを書き換えて術者を好きにさせる魔法ですね。どこの世界でも初歩の初歩、ちょっと術理を学んだ者であればいくらでも防御手段を持っている児戯のようなものです。そもそもおかしいとは思わなかったのですか? 出会って間もない小学生を好きになるなんて、ヤツにそんな非常識なことが出来るはずないでしょう? ヤツ自身、その不出来な感情に翻弄され苦しんでいるほどに、本来ならあり得ないことなのですよ。笑ってしまいますよね、ヤツはあなたと魔法少女サキュバスに二股をかけてしまったと苦悩しているのですから」

「ちょっと、待ってよ……。それって、サキちゃん、シルフちゃんに魔法をかけてたってこと……? そんなひどいことをしておいて、仲良くなりたいなんて、言ってたの……? そんな、そんなの……!」


 自身がシルフに恋をしているからというのも勿論あるのだろうが、それを差し引いても、自分の都合で他者の心を無理矢理変えてしまうなんて、そんな非道な行いをしておいて悪びれもしないなんて、エレファントには考えられないことだった。許しがたい暴挙だった。何より、かつてシルフは恐怖を奪われるのが怖いと泣いていた。それは例え負の感情であっても、それを含めて自分という存在を形作っているのであり、誰かの都合でそれを変えられてしまうことは、自らが消えてしまうのと同義だと恐れていたからだ。サキュバスのやったことは、それと何も変わらない、いや、ただ感情を抑制するだけのシステムよりも、無理矢理好意の矛先を変えることはより悪質で、シルフの尊厳を踏みにじる行いだった。


「ふざけないでよ!! そんなの、許されるわけない!!」

「まあ待って下さい。彼女も悪気があったわけではないのです。ほんの少しだけ魔が差して、一日だけお試しで友達になりたかった、かつてあなたがやったこととそう大差は……ありますが、少なくともあなたが思っているほど彼女に悪意はなかったのですよ。なにやら手違いでその魔法が続いてしまっていたようですね」

「……どうして、そんな風にあの子の肩を持つの?」

「いえ、どちらかと言えばあなたの為に言っているのですよ? 今は随分と興奮しているみたいですが、その怒りに任せて行動すればあなたは確実に後悔することになります。私が先ほど言ったことも、別に嘘ではなく事実ですから。まあ、あなたの価値観に照らして考えると、一日だけとはいえそんな魔法を使おうとしたこと自体信じられないことは理解できますけど、でもその被害者がヤツじゃなければそこまで激昂はしないでしょう? 私情を交えて罪を裁くのもまた、あなたの価値観ではありえないことなのではないですか? 夫婦の浮気ならともかく、あなたとヤツは今のところただの友人のはずでしょう」

「それは……」


 レイジィの言葉は正しかった。もしもレイジィの語った事情が全て事実なのだとすれば、そしてその被害者がシルフでなかったのなら、後は当事者間の問題であり、被害者がその罪を許したのなら、エレファントが首を突っ込んで断罪するような出しゃばった真似はしないだろう。エレファントがここまで怒りを抱いているのは、その被害者が自分の想い人であり、そしてその気持ちを奪われたからに他ならなかった。


「話を戻しますが、あなたに夢を見せたのはあのような未来も充分にあり得るということを教えてあげるためです。ヤツが他の人間に懸想しているなんて事実はないわけですから、何の気兼ねもなくなったでしょう? 自分の親切さが怖くなりますね」


「もっとも、あなたがあの夢から抜け出せないのならそこまででしたけどね。永遠に目覚めず、眠り続ける運命が待っていたわけです。もちろん、幸せな夢は続きますよ。それもまた親切であることに変わりはありませんから」


「あなた一人くらいなら持って帰るのにもそれほど労力はいらないでしょうし、私としてはそうなっても構わなかったのですが」


 エレファントが夢に気が付くことが出来たのは、シルフと付き合ってデートをすることなんてもうあり得ないものだと認識していたからであって、その現実と空想のギャップによる違和感がなければ抜け出すことなど出来なかっただろう。例えばこの沖縄への修学旅行よりも先にシルフがエレファントの告白を受け入れ、二人が正式に付き合い始めていたのなら、きっとエレファントは今も幸せな夢の中だったに違いない。

 ぞっとしない話だ。そういう意味では、結果論ではあるがサキュバスの行動はエレファントを救ったことにもなるのだった。そもそもサキュバスが余計なことをしなければレイジィが仕掛けてくることはなかったという可能性もあるが、同時にそんなこととは関係なくエレファントを幸福な夢に溺れさせようとしていた可能性もある。レイジィの真意が不明である以上、もしもは考えても仕方のないことだ。


「さて、見事夢に打ち勝ったあなたにささやかながらプレゼントをさしあげましょう」


 当たり前のように永遠に眠らせるつもりだったと話す目の前の少女に対して恐れを抱くエレファントの内心を知ってから知らずか、レイジィは少しだけ楽しそうに言葉を弾ませながらパチンと指を鳴らしてみせた。


 その瞬間、厳かな雰囲気の玉座の間は瞬く間に消え失せ、代わりにエレファントの目の前に広がったのはどこかの家の中のようだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 見た目がシルフちゃんと一緒… まさか良一時代の不眠症は眠り姫ちゃんがずっと寝ている代償だったのかなって
[一言] もう主人公エレファントちゃんだ!
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