episode4-6 眠りの①
大理石のように真っ白な石材で作られた柱が壁際に建ち並ぶ、煌びやかな黄金と色鮮やかな赤や青の鉱石を使用して作られた豪華絢爛な広間があった。貴金属がふんだんに使用されたいくつものシャンデリアは眩い光を放ち、どこか神々しさすら感じるその空間を明るく照らし出している。そうして光を頼りに天井や壁に目を向かてみれば、地球では見慣れないような獣や、犬や猫のように日本人も良く知る動物、更には人間などなど、様々な生き物が寄り添いあい穏やかに眠った姿で描かれていることが見て取れる。
広さで言えば学校の体育館ほどもあるその大広間の最奥、赤い横断幕のようなカーテンが開かれたその先に鎮座する無機質で武骨な玉座の上で、とある少女が偉そうに足を組みながらゆっくりと手を叩いている。その動きはひどく緩慢で、ほとんど音も鳴っていないが、どうやらそれは拍手をしているらしかった。
「幸福な夢に溺れ、二度と目覚めない者も珍しくないのですが、ふふ、流石というべきでしょうね。魔法少女エレファント、ヤツに認められるだけのことはあります」
一目見た瞬間に、エレファントはこの場所を玉座の間であると認識した。それは広間のつくりや玉座と思わしい座具の存在もそうだが、高みから自分を見下ろす見覚えのあるあの少女が、聞き覚えのある声の少女が、傾きかけた王冠を頭の上に乗せていたからだ。
「どうしてあんなひどいことするの、どこかの誰かさん」
真っ白な布を繋ぎ合わせただけの、カーテンを身体に巻き付けていると言われても納得出来そうなシンプルな装い。長いエメラルドグリーンの髪の毛は無造作に伸ばされていてところどころ寝ぐせが跳ねている。眠たそうな瞳、甘く蕩けるような幼い声、そして誰よりも愛くるしいかんばせ。
エレファントはその王冠を被った少女の姿を知っている。
「タイラントシルフ。そうは思いませんか?」
「違うよ。あなたはシルフちゃんじゃない」
少女の、タイラントシルフによく似たその少女の言葉に対して、エレファントは悩む素振りも見せずに断言した。
何か具体的な証拠があるわけではない。決定的な根拠があるわけではない。だがエレファントにはわかるのだ。目の前の少女が、自分の愛する人ではないと。
「ふふ、たしかに、根源を同じくするとは言ってもヤツと私は別人です。正確には異なる存在と呼ぶべきでしょうか。だからと言ってこうも簡単に見分けられるとは思っていませんでしたが、やはりあなたは特別なのですね」
睨みつけるような視線で自らを見上げるエレファントに対して、少女は楽しそうに笑いながら答え合わせをするが、その言葉の半分近くはエレファントの理解が及ばないものだった。ただ、少女がシルフではないということだけは間違いなく、ならば遠慮をする必要はない。
「はぐらかさないで欲しいな。なんで、あんな夢を見せたの」
エレファントにしては珍しく、苛立ちを隠しもせず刺々しい声音で再び問いかける。
先ほどまで、エレファントは夢を見ていた。
その夢の中で自分とシルフは両想いになって付き合っていて、待ち合わせをして、お互いの装いを褒め合って、お祭りが初めてだというシルフに様々な遊びや美味しい食べ物を教え、可愛らしい嫉妬をされて、最後は美しい花火を背景にロマンチックなキスをしたのだ。シルフが他の誰かを好きになったなんてなかったかのように、もしも全てがエレファントの望み通りになったのなら、あんな未来が待っていたと示すように。
けれど夢は覚めるものだ。どれだけ幸せで希望にあふれた夢であっても、いつかは現実に向き合わなければならない。ならばあんな、もう手に入らない未来を夢に見させるなんて、そんな残酷なことがあるだろうか。あの世界が、あのシルフが夢だと気づいた時、そうして口づけを交わして、だけどもうその結末へはたどり着けないのだと気が付いた時、どれほど悲しかったか。どれほど、絶望を感じたか。そしてその幸せな夢を振り切って、夢の世界を踏み壊すのに、どれほどの覚悟を必要としたか。
泡沫の夢など見たくなかった。諦めようと、シルフの恋を応援しようと、気持ちに整理をつけようと必死だったのに、あんなものを見せられたら、諦めたくなくなってしまう。あの未来を掴みたくなってしまう。
「なんでって、親切心ですよ。私の根源はあなたのことを気に入っているようで、まあそんなもの無視することも出来るんですが、ちょっとくらいならサービスしてあげても良いかなと思っただけです。とても疲れるので普段はこんなことしないのですが、特別ですよ?」
「親切心……? もう叶わない夢を見せるのが……、あなたの親切心だって言うの? ふざけないでよ!!」
常人よりも善性が強いとはいえ、エレファントだって思春期の女の子だ。怒りを感じることもあるし、機嫌が悪い時だってある。ただ、だからと言ってそれをあからさまに態度で示したり、ましてや怒鳴りつけるなんてことは滅多にしないのだが、そんなエレファントがこればかりは我慢ならないと怒声をあげた。
「シルフちゃんは、サキちゃんのことが好きなんだよ……? ようやくシルフちゃんが、私だけじゃなくて、他の人も好きになれたの。サキちゃんだって、シルフちゃんのことが凄く好きみたいで、きっと二人は仲良くなって、幸せになれるんだ……。だから私が、二人の間に入って邪魔するなんて、そんなこと、出来るわけないよ……」
シルフを愛しているから、シルフの幸せを願うからこそ、その愛の矛先を自分に向けさせてみせる何て、その愛を奪い取ってみせるなんて、そんな決意は出来なかった。だから、諦めるつもりなんてなかったはずなのに、諦めようとしていた。
「あなたは一つ勘違いをしているのですよ」
「勘違い?」
「ええ、あれはあり得たかもしれないではなく、今なおあり得る未来なのです。あなたの恋はまだ終わってなどいないのですよ」
そんなことはエレファントにだってわかっている。シルフに好きな人が出来たからって、それでも諦めずに自分に恋して貰えるよう努力を続けることは出来る。その結果として、シルフと結ばれる可能性がないわけではない。
そもそもシルフはサキに恋をしている可能性が極めて高いとエレファントは思っているが、同時にシルフが自分の事情をサキに話すとも思えないのだ。エレファントがシルフの秘密を知ることが出来たのは、エレファントの人柄や押しの強さもあるが、それよりもタイミングに恵まれた部分が大きい。仮にサキがエレファントと全く同じ性格だったとしても、そしてシルフがサキを好きなのだとしても、シルフの真実に辿り着ける可能性はそれほど高くない。そしてそれを知らない相手に対して、シルフが何も言わずにお付き合いをするなど考えられない。秘密を抱えたままでは、魔法少女と友達になることすら負い目を感じて出来ないでいるシルフに、そんな器用なことが出来るわけがない。
そういうシルフの抱えてる事情や後ろ向きな性質を考えれば、自らの気持ちに蓋をして悲しみに暮れる弱ったシルフにつけこむことは難しくない。少し遠回りになるが、結局シルフと恋仲になることは出来る。少なくともそういう可能性はある。
だが、魔法少女エレファントは、木佐山ちさきはそれを良しとするような人間じゃない。
それで良いと思えるような人だったならば、初めからこんな風に悩んではいないのだ。
「ちょっと待って。どうしてそんなこと知ってるの? あなたは、一体……」
夢の世界を破壊した直後、落ちてきた先がこの広間であり、意味深に玉座に腰掛けていた目の前のシルフに似た少女の仕業だと断定してエレファントは怒りをぶつけていた。少女もそれを否定しないため、エレファントに夢を見せていたのは確かに目の前の少女なのだろう。
だが、そもそもなぜエレファントの恋愛事情を知っているのか。なぜ、あり得た未来ではなくあり得る未来などと言えるのか。なぜ、自由自在に望んだ夢を見せることが出来るのか。少女は一体何者なのか。感情に任せて大声をあげたことで幾分かの冷静さを取り戻したエレファントが、今更になってそのことに思い至った。
「私が何者なのかなんてどうでも良いことですが、あなたが知りたいというのなら答えましょう。もっとも、あなたが知っているこの世界の不思議なんてそう多くはないでしょう? 魔法少女と、ディスト。細分化するのなら妖精もそうでしょうか。その中で当てはまるものなど、一つしかないと思いませんか?」
「魔法少女……?」
エレファントの知る限りで、彼女の正体に該当しそうなものなどそれ以外に思いつかない。
だが、エレファントは今修学旅行で沖縄に来ているのだ。そしてこの地を守る存在のことを知らない魔法少女などいない。
24時間、365日、どんな時でも眠り続ける魔法少女
あらゆる階級のディストを一瞬で撃滅する世界最強の戦士
たった一人でありながら、一度として現実へ被害を出したことがない無敵の守護者
「正解であり、不正解でもあります。初めまして魔法少女エレファント、あるいは木佐山ちさき。あなた方の流儀に則って名乗るのであれば、この世界での私の名は――」
やたらと回りくどい言い回しの末に、勿体ぶるように一度言葉を区切って、少女は楽しそうに告げる。
「序列第一位、眠り姫ということになりますね」
それは魔女のお茶会最高戦力にして、全ての魔法少女の頂点に立つ者。




