episode1-4 魔女② ☆
5人乗りの乗用車くらい大きい真っ黒な蜂が、空を埋め尽くすように飛んでます。生理的な恐怖を感じさせる不愉快な羽音が爆音で欺瞞世界に鳴り響き、それ自体がすでに一つの攻撃のようです。
「――――!」
「なんですか!?」
私をここに連れてきた張本人である魔法少女ラビットフット、通称兎の魔女が大声でなにか訴えかけてきてますが、羽音がうるさすぎて全然聞き取れません。
うるさくてうるさくてたまりません! なんでも良いから始めさせて貰います。
「削り散らす竜巻・三連」
新しく覚えた魔法ではなく、既存の魔法の扱い方を熟知したことで応用して使えるようになった魔法、それが三連です。
効果は極めてシンプルで、トルネードミキサーを三つに増やしてそれぞれ個別に操る魔法です。
この巨大蜂型ディストは全ての個体をあわせて一つの存在である群生の新型ディストです。前に一度同じタイプを倒したことがあります。
クラスはマーキスですがそれは全体の話であり、一体一体は精々がバロンクラスでしょうか。
トライトルネードミキサーはまだ意のままに全ての竜巻を操れるというレベルじゃないですけど、これだけ数がいれば適当に魔法を使うだけでも相当数のディストを倒せます。竜が首を振るように無茶苦茶な軌道を描く竜巻に、次々とディストが呑み込まれて消滅していきます。
魔法の影響はそれだけに留まりません。竜巻の影響で大きく気流を乱されたことで、直撃していないですけど近くを通り過ぎたディストたちが次々と墜落していきます。これは精々そうなれば良いな、くらいに思ってただけでまさかここまでうまくいくとは考えてなかったですけど、ラッキーですね。
以前に戦った怪鳥の時もそうですけど、私は空中戦をメインとするディストとかなり相性が良いみたいです。
「ラビットフットさん! 落ちてきたディストをお願いします!」
「はっ! このあたしに後始末をさせようなんて生意気なガキね! やってやろうじゃない!」
生意気なガキはどっちですか……。
さすがは魔女と呼ばれるだけはあると言うべきでしょうか。凄まじい早さで駆けだしたラビットフットさんは地面に落ちたディストを踏みつけるように蹴り飛ばし、その踏み込みでまた別のディストまで移動して踏みつぶし、という動作を繰り返してどんどん消滅させていきます。まるでピンボールです。
黒く塗りつぶされていた空は次第に綺麗な青色を取り戻していき、地上のディストもどんどん数が減っていきます。
無事に終わりそうで良かったですけど、そもそも私はどうしてこんなことをしてるんでしょうか。
本当は魔法界で元の姿に戻る方法やジャックの断罪について調べたかったんですけど……。
時間は少し遡ります。
・
うーん、このお店がここで、向かいにあのお店があるから私の現在地はここですよね? だからこっちに歩くとあってるはずで……、あれ? また同じ場所に戻ってきてしまいました。
「ここ、どこなんでしょう……?」
串焼きの他にも、たこ焼きとかチョコバナナとか色々堪能したあと、魔法局を目指して歩いていた私ですが、どうやらすっかり迷子になってしまったようです。
マギホンの機能にこの魔法界の地図が入ってるのですが、どうにも地図の見方がよくわかりません。それというのもこの地図は私の現在地を示す機能がないようで、今自分がどこに居て、どっちに向かって歩いてるのかわからないんです。GPS機能がないんでしょうか?
道具に文句を言ってもしょうがないです……。気は進まないですけど、もう少し地図を頼りに頑張ってどうしても駄目そうだったら誰かに聞くしかないですね。
「えーと、北が上で東が右で……」
「ちょっと! 邪魔よどきなさい!」
「え?」
手元のマギホンをじっと見つめて地図を確認していたら、頭上から焦ったような少女の声が聞こえてきました。
咄嗟のことにまともに反応できずぽかんと空を見上げようとしましたけど、それよりも早く何かが上から降ってきて私は下敷きにされました。
「痛~い! ちょっとあんた! どけって言ったらどきなさいよ!! 今日はほんとにツイてないわ! マジ最悪! あいつらは連絡着かないし!」
「……前を見てなかったことは謝りますけど、空から降ってくるのも相当非常識ですよ」
私に馬乗りになって見下しながら罵声を浴びせかけてくるのは、白髪紅眼の兎耳少女です。目は生意気そうにつり上がったいて、フリルが付いた淡いオレンジと白のエプロンドレスを身にまとってます。兎の魔法少女ということでしょうか。
変身状態だからかあまり痛みはありませんでした。この少女も痛いなどと言ったのは嘘だと思います。
「うっさい! 口答えしてんじゃないわよ! あたしが誰だかわかってんの!?」
「……? 有名なんですか?」
下敷きにされたままジロジロと少女を観察しますけど、見覚えがないです。というか、そもそも私は他の魔法少女のことなんてほとんど知らないんですから、有名人だとしてもわかるわけないです。
これほど自信満々に知ってて当然と言うのなら、もしかして魔女だったりするんでしょうか?
「はあっ!? さてはあんた新人ね!? もしくはもぐりだわ! このあたし、ラビットフット様を知らないなんてね! 巷じゃ兎の魔女なんて風に呼ばれてるけど!」
「兎の足。幸運のお守りですか」
そのわりにさっきはツイてないと言ってましたけど。
というかいつまで馬乗りになってるつもりなんでしょうか。いい加減どいて欲しいです。
「あんた妙に落ち着いてるわね。ちっこいくせに生意気だわ!」
ようやく立ち上がって私の上からどいたラビットフットさんが、起きあがる私を見ながら言いました。
背の低さで言えばあなたもさほど変わらないような気がしますけど。
「……これも何かの縁かしら。この私が不運にみまわれるなんてありえないし」
「何か言いました?」
「別に。それよりあんた、専用武器はもう使えるの?」
「専用武器……? ああ、使えます」
問われた瞬間は意味がわかりませんでしたけど、すぐに思い出しました。普段使っている大杖のことですね。
そういえばジャックが、フェーズ2になったら専用武器を使えるようになるって言ってましたね。この大杖は最初から使えていたので、すっかり忘れてました。
「それがどうかしたんですか?」
ここが魔法少女のホームだからなのか、はたまた今後このラビットフットさんと会うことはないと思ったからか、自分でも理由はよくわかりませんが普段の自分ならば無視して逃げているような状況だと言うのに、なぜか言葉を続けてしまいました。
そして、会話を打ち切らなかったことを私はすぐに後悔することになりました。さっさと逃げてしまえば良かったと。
「丁度良いわ。付いてきなさい」
「え!? ちょ、はな……、うわあああぁぁぁっ」
いきなりお姫様だっこのように無理矢理担ぎ上げられ、文句を言う暇もなくラビットフットさんはとびあがりました。それは飛行する魔法ではなく、身体能力にものを言わせた単純な跳躍で、一気に上空へと持ち上げられた体が今度は高速で落下していきます。
私は普段ディストとの戦いで空を飛んでいますが、それとこれとは全然話が違います。自分の意志ではどうにもならない自由落下。私は命の危機を感じ、思わず魔法を使いました。
「風掴む翼腕ぅぅ!」
私を抱えるラビットフットさんにも魔法の効力は作用したようで、落下中だった私たちの体は空中でぴたりと停止しました。
「はあ!? ちょっと何したのよ!?」
「それはこっちの台詞です!! いきなり何するんですか!」
「キャンキャンうっさいわね! これだからガキの相手は嫌なのよ!」
「あなただってガキじゃないですか!」
「あんたの方がガキでしょうが!! って、こんなこと言ってる場合じゃないわ! あんた飛べるんだったらこのまま真っ直ぐ飛びなさい! 魔法局に行くわよ!!」
「……後で説明して下さいよ」
ラビットフットさんは鬼気迫る勢いでした。魔法局へ急がなければならない重大な理由があることは、その顔を見ればわかりました。それに、偶然にも私の目的地も魔法局です。口げんかしててもしょうがないのは事実ですし、ここは年長者の私が大人になって言うことを聞いてあげることにしました。
最高速度で真っ直ぐ飛べば、魔法局まではほんの十数分で到着しました。これだけ距離があると空から探すのも簡単じゃないですね。あとでこの周辺の地理を頭に入れておかなくちゃ駄目ですね。
「しょうがないから説明してあげるけど、マーキスクラスのディストが北海道に出現してるわ。現地の魔法少女が対応に当たってるけど足止めが精々。だからあたしが長距離転移で助けに行くってわけ。心優しいこのあたしを尊敬してもいいわよ?」
「それは立派なことで結構ですけど、私関係ないですよね? なんで連れてきたんですか」
魔法局までラビットフットさんを連れてきて、そこでお別れするつもりだったんですけど、がっちり腕を掴まれて引きずられるように連行されてます。この人見た目に反してかなり力が強いです。
「戦力は多いに越したことはないわ。フェーズ2ならいないよりはマシだろうし、精々役に立ちなさい。そしたら生意気な態度をとったことは許してあげる」
「なんで私が……」
本気で振り払って逃げることも出来なくはないと思いますけど、目を付けられて後々追いかけ回されるのも面倒です。ここは大人しく協力しておいて、ことが終わったらひっそりと逃げましょう。
それに考えてみれば、マーキスクラスのディストと遭遇することは早々ありません。ポイント稼ぎだと思えば、そう悪いことでもないです。
「ラビットフットよ! 長距離転移の準備は?」
「終わってるよ~。あれ、そっちの子は?」
途中エレベーターに乗ってラビットフットさんに連れてこられたその部屋には様々な機械がおいてあり、その操作盤と思われるキーボードを複数の猫人間が叩いていました。
モニターを監視していた一際毛並みの良い猫人間が、私のことを不思議そうに見てます。
「こいつも連れてくわ」
「駄目だよ~。装置を使えるのは魔女だけだよ~」
「うっさい! あんたたちだって魔女が減ったら困るでしょ! 現地にはフェーズ2が一人しかいないらしいじゃない! 保険よ保険!!」
「それはそうだけど~。……あれ~?」
困ったような顔をしていた猫人間は、ふと何かに気が付いたように私の全身をジロジロと眺め始めました。
「きみ、もしかしてジャックが今担当してる魔法少女かな?」
「カボチャお化けのことならそうですね」
「あ~、じゃ~いっか~」
「最初から勿体ぶるんじゃないわよ! ふん!」
よくわかりませんが、どうやら私も長距離転移の魔法道具を使える方向で話はまとまったみたいです。実感はないですけど一応私も魔女ということになるみたいですし、あの猫人間はそのことを知ってたっぽいですね。
「行くわよ!」
結局、自己紹介もしないままに共闘することになったわけですけど、結果はご覧の通り、冒頭に戻るということですね。




