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魔法少女タイラントシルフ  作者: ペンギンフレーム
四章 眠れ、命尽きるまで
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episode4-5 幸せな夢③

 白い狐のお面を頭に引っ掛けるようにつけ、手首には巾着とヨーヨー釣りで獲得した水風船を垂れ下げた良が、真剣な面持ちで波紋が広がる水面を見つめている。その右手には虫メガネのレンズを外して紙を貼りつけたようなポイと呼ばれる道具を持っており、左手には水の入ったお椀を持っていた。長方形の箱に浅く張られた水の中には、赤と黒の大小様々な金魚が挑戦者たちから逃げるように元気よく泳いでいる。


「……」


 比較的小さく、動きが少なく、そして水面に近い個体に狙いを定めた良が無言のままポイを水の中に沈め、ゆっくりと金魚を掬い上げようとして、あっさりと紙が破れた。狙っていた金魚は良をあざ笑うかのようにポイの縁を潜って逃げて行った。


「こんなので掬えるわけありません! ちさきさん、こんなのおかしいです!! 詐欺です! 悪徳業者です!」

「おーよしよし、頑張ったね~。取れてもお世話するのも大変だし、そろそろ止めておこ? ね?」


 実際にお祭りに来るのは初めてとはいえ、創作物に触れていればどういった出し物があるのかなどはある程度知識として入ってくるものだ。そのため金魚すくいが破れやすい紙を使って水中の金魚を掬う難易度の高い遊戯であることは良も勿論知っていたはずだが、実際に挑戦するまでは何となく自分なら上手くできるのではないかと思っていたのかもしれない。三回ほど何の成果も得られずに失敗した良は、流石にその場で苦情を言うことはしなかったが、少し離れて様子を見ていたちさきの元へ無言で歩み寄り、ぐりぐりとちさきの胸に頭を押し付けながら文句を言い始めた。

 ちさきはそんな良を抱きしめて頭をなでなでしながら、幼子の癇癪を宥めるかのように言い聞かせる。ちさきも小さい頃は何となく自分には出来そうな気がして何度もお金を無駄にしたことがあるため良の気持ちはわかる。わかるが、こういうのは諦めが肝心なのだ。


 ちなみにこの金魚すくいに挑戦するまでに、良は射的や型抜き、くじ引きなどと言ったお祭りの定番と言える屋台の数々に挑戦しており、そしてその全てで芳しくない結果を残すこととなった。


 射的は背の低い良では身を乗り出して狙うことも出来ず、そもそも的に当てることが難しいうえ、目玉商品のように扱われているゲーム機やらキャラ物のぬいぐるみなどは何とかコルクの弾丸を当てることに成功しても、中に重りが仕込まれているのではないかと思うほどびくともしない。結果として、途中から大物狙いは止めて市販のお菓子のような小さな景品を狙い、最終的に一つだけ撃ち落とすことに成功した。


 型抜きは何度挑戦しても細っこい部分が割れてしまい、そもそもチマチマと小さな針で削る作業にすぐに飽きてしまって一度も成功することはなかった。もっとも、あれはお小遣いの少ないちびっ子たちにもしかしたら所持金が増えるかもしれないという淡い夢を餌に成り立っている屋台であり、金に困っていない良が早々に飽きてしまうのも無理からぬ話だろう。


 当たりが入っているのかも疑わしいくじ引きでは当然のように最低ランクのG賞を五回連続で引き当て、大して欲しくもない景品が荷物として増えるだけの結果となり、早々に魔法界のタワーマンションに放り込んでいた。


「お祭りの屋台なんて詐欺とぼったくりばっかりです! もう騙されません!」

「ああ言うのは雰囲気を買ってる部分もあるしね。誰かと一緒にこうやってお祭り回って遊ぶのは楽しいでしょ?」

「それは……、そうですね」


 物質的な成果は乏しかったものの、射的の際ちさきに後ろから手を添えられて一緒に的を狙った時も、型抜きでどちらが早く成功させられるか競争した時も、くじ引きで運比べをした時も、良はずっと楽しそうだった。金魚掬いも最初にちさきが一緒に遊んでいた時はとても楽しそうにはしゃいでいた。


「誰かと……、いえ、ちさきさんと一緒にお祭りに来れて良かったです」

「お祭りの楽しさがちょっとでも伝わったなら何よりだよ。ちょっとお腹も減って来たし、次は食べ物を見て回ろうか?」

「はい!」


 夕暮れ時の待ち合わせからすでに二時間ほどが経過しており、夕食にも丁度いい時間になっている。満腹になって動くのが辛くなる前に、まずは遊ぶ系統の屋台を優先して回っていた二人だったが、屋台は何も種類ごとに区分けされているわけでもないため、良い匂いがそこら中から漂ってきていた。ちさきにとってはどれも馴染みのある屋台だが、良にとっては焼きそばやたこ焼きのように良く知っているものもあれば、チョコバナナやりんご飴などお祭り以外ではまず見かけない珍しいものもあり、ずっと気になっていた様子だった。


 二人は、一先ず良が気になったという食べ物をいくつか買い込んで、待ち合わせに使った神社まで戻りベンチに座って分け合うことにした。


「甘くて美味しいです。ちさきさんもどうぞ」


 良が最初に手を付けたのは、バナナに割り箸を突き刺してからチョコレートで一杯の機械にぶち込んで、チョコスプレーをかけたのち自然乾燥させた甘味、名前そのままのチョコバナナだ。一本購入すると店主にじゃんけん勝負を挑まれ、見事勝負を制することで二本貰えると言う太っ腹な屋台であり、良はお祭りの屋台の割には良心的ですねとしきりに感心していた。チョコバナナ屋台では全国的に導入されている制度であることは知る由もない。ちなみにじゃんけんは負けた。


「こっちはちょっと微妙ですね……」


 艶々とした輝きと色鮮やかな赤に目を惹かれて購入した、りんごを丸ごとべっ甲飴でコーティングした、こちらも名前そのままりんご飴はどうやらお口に合わなかった様子で、少し眉間に皺を寄せながらチマチマと食べ進めている。そうなるであろうことを予見して自分の分は買わなかったちさきも食べるのを手伝ったことと、最初は大きいものを買おうとしていたが小さいのにしておいた方が良いとちさきが助言し、素直にそれに従ったこともあり、それほど時間はかからずに食べ終わる。


「から揚げなんていつでも食べれるのにいつもより美味しい気がします」


 口直しと言わんばかりに紙コップにぎっしりと詰めこまれ爪楊枝が刺さっているから揚げをちさきと二人で分け合い、お祭り補正でより美味しく感じられるとパクパクと食べ進め、大サイズがあっという間になくなってしまった。


「熱、熱いですっ!」


 他の食べ物に先に手を付けていたため、火傷するほどではないがそれでも未だアツアツのたこ焼きを口に放り込み、良は口元を手で押さえながらハフハフと空気を取り込み熱を冷ましていく。


 そうして様々な食べ物を片付け、二人のお腹が充分満たされてきたころ、最後のデザートとして取っておいたわたあめをあむあむと美味しそうに食べている良を可愛いなぁ見守っていたちさきの耳に、小さな子供たちがはしゃぎ回る賑やかな声が届いた。


 声の方に視線を向けてみれば、小学校低学年くらいの女の子たちが大声をあげながら境内を楽しそうに走り回っていた。ちさきが元気だなぁとそんな姿を微笑ましく眺めていると、すぐ近くにいた女の子たちのお母さんとお父さんらしき人物が、あんまり騒がないのと軽く注意しながら女の子たちを抱っこする。するとまたキャーキャーと楽しそうな声をあげるのだ。

 子供は元気が一番だよね、なんて考えながらちさきがその家族に視線を向けていると、ふいにちさきの浴衣の袖がくいくいと引っ張られた。


「……? 良ちゃん?」


 振り返ると、先ほどまで幸せそうにわたあめを食べていた良が責めるような目つきでちさきを見上げていた。


「あの、そういうの、良くないと思いますけど」

「え? なんのこと?」

「だ、だから、彼女がいるのに他の子に目移りするのとか、そういうの、駄目だと思いますけど」


 わたあめで口元を隠し、恥ずかしそうに視線を逸らしながら、どこか他人事のように、自分がそう思っているのではなく、一般的にはそうなのではないかという態でそんなことを良は言い始めた。


「もしかして良ちゃん、嫉妬してるの?」

「べ、べつに嫉妬とかじゃないですけど、普通は良くないと思います。私はちさきさんしか見てないのに……」

「も~! 大丈夫だよ~! 私だって良ちゃんしか見えてないよ!」


 普通はなどと言って自分がそう思っているわけではないという雰囲気を出していたくせ、すぐに自分はちさきのことしか見えてないのにと嫉妬丸出しで口を尖らせる良。その間の抜けた可愛らしさに、ちさきは辛抱たまらないという様子で抱き着こうとしたが、二人の間にあるわたあめが邪魔で踏み止まることとなった。


「そういうんじゃないから安心して? 私が他の子に目移りするなんて、そんなこと絶対ないから」

「……だったら良いですけど。それより、そろそろ花火の時間なんじゃないですか?」


 ちさきの言葉に対して明らかに嬉しそうな声音になった良は、話を逸らす様にそんなことを言い出した。これ以上嫉妬していたことを追及されないための思い付きだと思われるが、確かに移動を始めても良い頃合いだった。


「そうだね。そろそろ行こっか」

「はい」


 花火が見やすい穴場があるというのはあらかじめちさきから伝えているため、良もそれ以上とくに何か言うでもなく素直に答えてちさきの後ろをついてくる。流石にものを食べながらでは腕を組むのは難しいのか、あるいはちさきの浴衣を汚してしまうのは良くないと思ってか、出発する時のように無理に抱き着こうとはしてこなかった。


 穴場とは言っても、少女漫画やラブコメコミックのようにそう都合よく誰も知らない絶景スポットはなく、地元の人間ならそこそこ知っている場所で、二人きりには程遠いがそれでも長時間場所取りをしなくても花火がよく見えるのだから充分だろう。


 十分ほどかけて二人がその穴場、小高い丘にある竹藪を抜けた先に到着すると、すでに先客が何名かおり、各々花火が始まるまで雑談していたり屋台で買ったものを食べたりして時間を潰しているようだった。

 ちさきもそれに倣って、良と話しながら時間を潰そうと口を開きかけた、ちょうどその時一発目の花火が上がった。


 腹の底に響くような重低音と共に、真っ赤な光の粒が華のように広がり、消えていく。


 それに続けて、青、緑、白、黄等々様々な色の花火が次々と打ち上げられ、真っ黒な夜空に大輪の花を咲かせていく。同時にいくつもの花火が打ち上げられたり、空中で色が変わったり、特別に大きいものが迫力のある大音量と共に爆発したりと、工夫の凝らされたそれは何度見ても飽きないものだ。


 良は楽しんでくれているだろうかと、ちさきが視線を落としてみると、打ちあがる花火を追いかけて空を見上げていた良と目が合った。


「花火って、こんなに綺麗なんですね」

「凄いよね。今日だけで3000発くらいは上がるんだって」

「はい……」


 すっかり魅入ってしまったらしい良は、感慨深げに小さく答えてそれきり黙りこくった。それだけ感動してくれるなら誘った甲斐があるというもので、ちさきも打ち上げられる花火を黙って見届けようと視線を戻そうとして、出来なかった。


 花火に見惚れる良の表情が、あまりにも美しかったから。そしてそれに、嫌な既視感を覚えたから。

 ディストとの戦いの時のような格好良い凛とした表情でも、私生活の少しだらしない表情でも、色恋沙汰に慌ててる時の可愛い表情でも、今までちさきが見てきたどれでもない、美しく熱の籠った、その表情。その瞳。

 見たことがないはずなのに、覚えている。知らないはずなのに、知っている。その視線を手に入れたくて、だけどそれが向けられているのは自分じゃなくて。


「――んぅ!?」


 気づけばちさきは、花火に照らされた良へ吸い寄せられるように口づけを交わしていた。

 良のその視線は、その気持ちは、自分だけのものだと、誰にも渡さない、渡したくないと、知らないはずの誰かから取り戻す様に。

 強引な口づけを受けた良は、最初こそ驚きに目を見開いたものの、それを拒絶するでもなく、むしろ良を抱き寄せたちさきの背中に手を回して、ちさきの全てを受け入れるように瞳を閉じた。


 初めて知った花火の美しさをほんの少しも見逃さないように、瞬きすら惜しんでその感動を瞳の中に閉じ込めようとしていたにもかかわらず、ちさきが望むならと全てを委ねた。


 そうして最後の花火が、最も大きく美しいその花火が打ち上げられ、消えていくその時まで……


「こんなところで、駄目です、ちさきさん」


 花火が終わってちさきが良を開放すると、酸欠で大きく息を切らして、途切れ途切れになりながらも良はまんざらでもない様子でそう告げる。言葉とは裏腹にちさきを責めるような意図は感じられず、むしろ熱を持った瞳は続きを促しているようにも見える。


「蹴散らせ」


 ちさきはそんな良の言葉に、ちさきにとって都合の良い反応を示す良に答えを返すことなく、呟いた。途端に鮮やかな光がちさきを包み込み、煌びやかな衣装を身に纏った神秘的な少女へと姿を変える。


「ちさきさん? なんで――」

「ごめんね」


 状況についていけないというように不思議そうな良の言葉を遮って、俯いたちさきがそれだけ言って力強く大地を踏みしめる。


 何度も、何度でも


 そして、目の前の良がひび割れ、


 空に亀裂が走り、


 世界が砕け散った。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] チョコバナナの屋台そんな制度あったのか…
[一言] 気付き方が切なすぎる……
[一言] やったぜ、さすがちさきさんだ そこに気づくとはやはりエレファントさんか・・・!
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