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魔法少女タイラントシルフ  作者: ペンギンフレーム
四章 眠れ、命尽きるまで
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episode4-5 幸せな夢①

 美しいエメラルドグリーンの海の中、一つの巨大な生き物のように泳ぐ小さな魚の群れや、様々なカラーリングの派手な魚たち、時には大きな海亀など、日常生活では中々お目にかかれない海の生き物たちがちさき・・・の目の前を通り過ぎていく。


 秋も中頃の10月後半、ちさきは修学旅行で訪れた沖縄にてシュノーケリングを満喫していた。

 シルフには少し遅いよねという話もしたが、実際に来てみれば日中はまだまだ気温が高く、天気が快晴ということもあり絶好のマリンスポーツ日和だった。


 たっぷり二時間ほどかけて海中の散歩を楽しんだ後は、一旦ビーチに戻って休憩を挟み、二人一組でのシーカヤックだ。ちさきは親友の美保とペアになって大海原へと漕ぎ出した。ルート自体は単純な直線で、指定された地点で折り返して戻って来るだけという捻りのないものだが、中学生ともなれば箸が転んでもおかしい年頃に片足を突っ込んでいるようなものであり、とび散る海水が肌に触れるだけでキャーキャーと大騒ぎしている。


 そうしてあれやこれやとアクティビティを楽しんだり民宿の食べなれない沖縄料理に子供舌を苦しめられつつも時刻はすっかり夜を迎え、自由時間のうちに買い込んだおやつを肴に思春期女子定番の色恋沙汰に話を咲かせるのである。


 小さな民宿の二人一部屋、ちさきのお相手は勿論美保であり、先日の一件もあって美保はその後進展はどうなのかと聞きたくて聞きたくて仕方がなかった。もう普段の学校生活からウズウズしていたのだが、来るべき今日の為に楽しみはとっておいたのだ。

 狭い和室に並べられた二枚の布団の上に寝そべりながら、美保は早速ちさきへの尋問を始めた。


「それで、どうなのちさきちゃん? 例の子との仲は?」

「例の子?」

「もー、とぼけないでよ! ちさきちゃんの愛しのあの人だよ! って、そういえば名前も聞いてなかったけど……。うちの学校の人なの?」

「ううん、違うよ」


 先日は恋をしていることにも気づいていなかった初心なちさき・・・に恋心を自覚させるため、そして何もおかしくない、恥ずかしいことじゃないと理解させるため変に盛り上がることも出来ず、美保はちさきの好きな相手のことについて碌に聞けていなかったのだが、それが気になって気になって夜しか眠れない日々が続いていた。


「だよねー、ちさきちゃんわかりやすいからうちの学校の人だったらすぐわかりそうだし」

「そ、そうかな?」

「まあそれは置いといて、どんな人なの? 格好いい系? 可愛い系? ワイルドな感じ? クールな感じ? 優しいの? オラオラしてるの? 出会った経緯は? 今はどういう関係? どんなところを好きになったの?」

「もー、そんなに一遍に聞かれたら答えられないよ」


 前のめりになって矢継ぎ早に質問してくる美保にちさきは苦笑したが、そうは言いつつも美保の質問に一つ一つ丁寧に答えていく。


「普段は愛想がなくてぶっきらぼうな感じなんだけど、私には心を許してくれててすっごく可愛い子。インターネットで知り合って、今は友達かな? 好きなところは、全部」

「惚気てくれるねちさきちゃん。可愛い子って、年下とか? 写真とかないの?」

「写真はないけど、年下だよ」


 ちさきは答えられることは正直に答えながら、シルフの都合上言えない部分は対双葉用に作っておいた設定を流用して淀みなく語る。魔法少女としての写真は勿論見せられないし見せても真面な認識は出来ないだろうが、現実で水族館などに遊びに行った際の写真はないわけではない。ただ、ちさきが色恋沙汰に疎いとは言っても、同性愛というものが世間一般にはそれほど受け入れられていないことは理解しており、良の写真を見せて変に気を遣わせるのも良くないと考えての嘘だった。


「守ってあげたいって言ってたから、そうじゃないかなぁとは思ってたんだー。安心して! 私そういうのには理解あるから! 何歳差でもお全然オッケーだから!」

「あ、ありがとう……?」


 なぜ直接的には関係ない美保が何歳差でもオッケーなどと言うのかはよくわからなかったが、善意からくる言葉であろうことだけは理解して、ちさきは疑問符を浮かべつつもお礼を述べた。

 そんなちさきに美保は、大丈夫、わかってるから、と訳知り顔でうんうんと頷きを返す。


「それで、今はどんな感じなの? どこまで進んだの?」

「告白したよ」

「!? だってまだこの前話してから一か月ちょっとしか――」

「あの一週間後くらいに、好きだよって言ってキスしたの」

「ええぇぇぇっーー!?」

「美保ちゃん、声大きいよ」


 これが大声も出さずにいられないよ! と美保は再び大声を出しそうになって思わず自分の口を自分の手で覆った。ここは自分の家ではなく他の生徒や先生も宿泊している民宿なのだ。あまり騒がしくすれば未だに起きていることを注意されてしまうだろう。消灯時間はとっくに過ぎている。


「い、一週間って、しかも、キス!? それってオッケー貰えたってこと? お付き合いし始めたからキスしたってこと、だよね?」

「ううん。その子は多分私のこと、友達としてしか見てなかったから、私のこと意識せざるを得ないようにしようと思ってキスしてから告白したんだ」

「……待って、ちょっと待って。衝撃的過ぎてちょっと受け入れるのに時間がかかってるから」


 そんなはしたない子に育てた覚えはありません、と内心でツッコミを入れながら美保はちさきの衝撃的な告白を何とか受け入れようとしていた。恋を恋とも自覚出来ていなかった初心で純情なちさきが、いきなり告白を、しかもその前にキスをしただなんて、美保には想像できない展開の早さだった。


「それで、振られちゃったんだ。お友達としては好きって」

「……何か、ごめんね。変に盛り上がっちゃって」

「ううん、それは別にいいの。絶対諦めないつもりだったし、私のこと好きにさせてみせるって伝えたから」

「私の親友が恋愛強者過ぎる件について」

「え?」

「気にしないで。思わず漏れ出ちゃっただけだから」


 少女漫画のヒーローか何かレベルの鬼メンタル! と心の中で悶え苦しむようにのたうち回りながら、そんな内心をおくびにも出さず、いや、ちょっとだけ漏れていたが何とか取り繕って平然とした様子で答える美保。振られても諦めない、しかもそれを面と向かって相手に伝えるなど、自分には絶対無理だと理解しており、青は藍より出でて藍より青しか、とちさき・・・の巣立ちを認め、どこか満たされた敗北感を覚えていた。


「でもさ、その、もちろん私はそんなこと思ってないけど、相手の子って年下なんだよね? 大丈夫なの? ストーカー、とか、思われたりしない?」


 ちさきにそんなつもりがないことは理解しているが、恋は盲目という言葉もある。一途に一人の相手を想うことは素晴らしく尊いことだが、何事も度が過ぎれば良くない結果を招くものだ。美保は親友のため、途切れ途切れに言葉を選びながらも最後はストレートに懸念を口にした。


「……! そっか、そういう考え方もあるよね。大丈夫、相手の子からは私と離れたくないって言われてるから」

「そんなのもう両想いですやんっ!」

「なんで関西弁なの?」

「そりゃぁ関西弁にもなるよ! 私の心配を返してよ!! とんだピエロだよ!!」


 布団の上から畳に力強く拳を叩きつけ、美保が魂の叫びをあげる。振られたなどというから心配してみれば、結局のところ惚気を聞かされただけだったのだ。関西弁のツッコミも出ようというもの。当然、先生に呼び出されて注意を受けた。


「美保ちゃんが大声出すから私まで怒られちゃった」

「ちさきちゃんが私の純情を弄ぶからでしょ。でも、うまく行ってるみたいで安心したよ。今日のところはここまでにして、続きは明日聞かせてね。これ以上起きてるとまた注意されそうだし」

「……そうだね」


 何だかんだと言ってはいるが、どこか一安心というような声音で締めくくり布団の中に潜り込んだ美保に対して、ちさきは少し寂し気な笑顔を浮かべて相槌を打った。ちさきとしては惚気ているつもりなどなかったのだ。むしろ、シルフへの想いを諦めるために、誰かに聞いてもらいながら気持ちの整理をつけたいと思っていたくらいだ。


「諦めない、つもりだったのになぁ……」


 美保と同じように毛布にくるまったちさきが、誰にも聞こえないほど小さな声で呟き、一筋の涙を流した。

 たとえシルフが持つ自分への気持ちが本当に友情だけだったとしても、それでもシルフを恋に落とすつもりでいた。諦めるつもりなんて少しもなかった。必ずシルフと結ばれて、二人で幸せになってみせると思っていた。


 シルフが恋をしてるのだということを知るまでは。その相手が自分ではないということを知るまでは。


 違和感を覚えたのは二人で魔法界に存在するテーマパークへ遊びに行った時からだった。もちろんシルフはいつも二人で遊びに行く時と同じように楽しそうにしていたが、時折その表情には翳りが見えた。上の空で、目の前のちさきを見ていない、熱っぽい瞳で、何か他のことに心をとらわれているような、嫌な違和感。

 結局その日は体調が悪いと言うシルフを心配してそんな違和感も忘れてしまっていたちさきだったが、その数日後、出現したディストをシルフたちと共に倒したところへ、咲良町の新人魔法少女が一歩遅れてやって来た時、忘れていた違和感は確信に変わった。


 その新人魔法少女、サキュバスに向けるシルフの表情はまさに恋する乙女そのもので、その子を見ただけでシルフの顔は真っ赤になって、緊張からか会話もしどろもどろで、挙句のあてには自分の気持ちを隠すように逃げ出して、ちさきはそれを羨ましいと思いながらただ見ていることしか出来なかった。自分にだって向けてくれたことがない、あんなに熱の籠った視線を一身に受ける少女に、どうしてそれが自分じゃないのか、どうして自分じゃ駄目だったのか、わけがわからなくて泣きそうだった。

 誰よりもシルフと仲が良いつもりだった、誰よりもシルフから好かれているつもりだった、誰よりもシルフを愛してるつもりだった、そしていつかは、シルフと恋仲になれるつもりだった。


「どうして……、シルフちゃん……」


 最初はあんなに鬱陶しそうにしてたのに、憧れられて、慕われて、だけど魔法少女とは友達になれないからって、遠ざけてたのに、どうして私じゃないの? どうしてあの子なの? どうして、なんで……

 何度も何度もちさきの中で繰り返されるその問いを、シルフに直接伝えることは出来なかった。もしもそれを肯定されてしまえば、ちさきの気持ちは絶対にシルフに届かないことがわかってしまう。


 友情だからというのなら、それを愛情に変えてみせると決めていた。

 男性だから、年上だからというのなら、そんなことで諦められないくらい好きにさせてみせると覚悟していた。

 自分なんてというのなら、二度とそんな思いをさせないくらい愛してみせる、愛されてみせると誓っていた。


 だけど、他に好きな人がいたらなんて、ちさきはほんの少しも考えていなかった。


 そうしてぐるぐると繰り返される思考と共に、ちさきは眠りへと落ちていく。

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アカン(アカン) マズイ(マズイ)
[一言] 闇堕ちがふたりに!
[一言] おいおいおいサキュ子死んだわ
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