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魔法少女タイラントシルフ  作者: ペンギンフレーム
四章 眠れ、命尽きるまで
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episode4-4 暴走①

 戦いの後、サキュバスに呼び出された医療妖精たちによって魔法界の総合病院へと運び出されたシャドウは、魔法界の優れた技術によって当日の内に傷口は塞がり、その後二日間ほどは様子を見るため入院することとなったが、特段問題等は見られなかったために晴れて退院となった。

 放課後毎日見舞いに来ていたサキュバスも退院には当然付き添っており、シャドウから一々大げさなんだよと乱暴に頭を撫でられている。


「しっかし暇だったぜ。治ってんだからさっさと退院させろって話だよな」

「ディストとの戦いで負った傷の治療は魔法界持ちなんですから良いじゃないですか」

「そんなの当たり前だろうが。これで治療費だの入院費だのが魔法少女負担だったら誰も戦わねえよ」


 ディストとの戦いで負った傷というのは言わば労働災害のようなものである。当然だが、ディストとの戦いとは一切関係ない私生活で怪我をした場合には、その治療費は本人へ請求されることとなる。


「ししょー、私は特訓しました! これからも一杯特訓します! ししょーの足を引っ張らないようにもっと強くなります! だから、これからも一緒に戦ってくれますか? 足手まといにならないよう、頑張りますから!」

「ハッ、何を言い出すかと思えば。弟子は師匠に迷惑かけるものなんだろ? 好きにしろよ。それに今回はあたしもちょっと見誤った。お前がもう少し強くなるまでは、伯爵級以上に挑むのは止める」

「ししょー……」


 シャドウが戦う理由の詳細をサキュバスは知らないが、それでもお金が目当てで戦っていることはわかっている。そんなシャドウが、討伐するディストのランクを落とすと言っている。そうすれば稼ぎが落ちるなんてことは言うまでもない話で、サキュバスだってそれくらいのことはわかる。


「ありがとうございます! ししょー!」


 感極まって飛びつくように抱きつき、グリグリとマーキングでもするように頭を擦りつけてくるサキュバスを、シャドウは鬱陶し気に押し返して面倒くさそうに溜息を吐いた。


「それはもう良いんだが、直近で何とかしなきゃならねえ面倒ごとがある」

「面倒ごとですか?」

「お前、風の魔女さんに魅了の魔法を使ったって言ってたよな?」

「はい! この前助けられてからはディスト討伐に行ってないのでまだ許して貰えてません! ししょーが入院してる間に、エレファントさんとかブレイドさんにお願いしてどうにかシルフさんと会えないかなって思ったんですけど、断られちゃったみたいです……」

「これはあたしの勘だけどな、多分お前の魔法効いてるぞ」

「……え?」


 シルフに憧れ、お近づきになりたくて魔法少女になったというのに、自分の浅慮のせいで仲良くなるどころかむしろ嫌われているのではないかという状況に、サキュバスは少し悲し気な表情をしていたが、予想もしていなかったシャドウの言葉に鳩が豆鉄砲を食ったようなポカンとする。


「この前、魔女さんがあたしらを助けてくれた時な、あん時の魔女さんはどうも怒ってるって感じじゃなかった。むしろ、照れてたように見える」

「そうですか? でも、効いてるとしたらシルフさんは私のこと好きなはずですよね? なんで逃げちゃうんですか?」

「そんなのはあたしだって知らねえよ。シャイなんじゃねぇの? まあ、あくまで予想だけどな。ただそうすると、ちょっと面倒だ。今はまだ魔法にかかって、その内時間切れで効力が切れたとする。そしたら、魅了魔法なんて鬼畜外道なもんを使われたと知った魔女さんは怒るかもしれねぇ。そうなる前に、自分から魔法を解いて誠心誠意謝らなきゃ関係の改善なんざ不可能だろうぜ」

「そ、そんな……」


 今までサキュバスは、魅了の魔法を使って無理矢理自分を好きになって貰おうとしたことがバレており、そのせいでシルフが自分を避けているのだと思っていたが、もしもそうではないとしたら、シルフは今も望まぬ感情を無理矢理植え付けられていることになる。

 確かに少しだけならと欲望に負けて、サキュバスは人の心を操るなんて非道な魔法を使ってしまったが、すぐにそのことを後悔していたのだ。自らの力で振り向かせなければ意味がないと反省していたのだ。それなのに、シルフは今もサキュバスの魔法に囚われているのかもしれない。


「魅了みてぇな状態異常系は魔法を使う時だけ枠を潰す魔法だからな。気づかなくても無理はねぇ」


 例えばシャドウの蠢く影シャドウビーストやサキュバスの開門・悪夢の扉オープン・ザ・ゲートオブナイトメアなどは、魔法の維持に使用者の介入が必要となるため、同時使用可能枠を一つ潰すことになる。

 一方で、開門・夢中の扉オープン・ザ・ゲートオブチャームや、開門・白昼夢の扉オープン・ザ・ゲートオブデイドリームは、発動する時こそ同時使用の枠を使うこととなるが、その状態異常を通した後は門が閉じられ、使用者の介入がなくてもしばらくの間効力は続く。そもそもそうでなければ、本来同時に複数の魔法を使えないサキュバスが、シルフの催眠状態を維持したまま魅了魔法を使うなどということは出来なかったはずなのだ。


「早くなんとかしないと……!」

「今すぐ解除出来ないのか?」

「やり方はわかります。でも、なんですかこれ? 鍵がかかってる?」


 かつてラビットフットがウィグスクローソに対してやって見せたように、状態異常の魔法は使用者の意思でいつでも解除することが出来る。今回のように、サキュバスが手を三度叩いたら正気に戻るというような終了条件を別で設定していたとしても、使用者であればそんなものは無視して強制的に終わらせることが出来る、はずだった。

 サキュバスは知る由もなく、そしてサキュバスを唆したナマケモノの妖精もまた知らなかったことだが、シルフはすでに一つ弱めの思考誘導と、一つ強力な暗示をかけられている。それが何の偶然か、サキュバスのかけた催眠と魅了に絡まり合い、スパゲティコードのような、使用者本人ですら解析できない複雑で負荷の強い精神汚染に成り果てていた。


「もしかしたら、催眠魔法を使った時に私が手を三回叩いたら目が覚めるってことにしたので、そうしないと解除出来ないのかもしれません」

「直接会わなきゃ話にならねえってことか。避けられてるみてぇだし、欺瞞世界で戦ってるとこを狙うしかないか?」

「もう、ししょー! なんでもっと早く言ってくれないんですか!」

「お前が暴走しないようにだよ。あたしが動けないのに一人でディスト討伐に行っても返り討ちにされるだけだろうが。最悪死ぬぞ」


 全くもってその通り、反論のしようもない事実であるため、サキュバスはぐぬぬと唸り声を上げながら逸る気持ちを何とか押さえつける。

 この時、シャドウがもう少し事態を重く受け止めて、エレファントに掛け合い無理矢理にでもシルフと会っていたのなら、あるいは弟子の不始末を他の魔法少女たちにも伝えていたのなら、行き着く未来は変わっていたのかもしれない。

 しかし魅了魔法は確かに非道だが、早急に命に関わるような魔法でもないため、シャドウが少しばかり悠長に考えてしまったことは責められないだろう。出来る限り穏便に、秘密裏に解決して事態を大きくしたくない、悪評がこれ以上ないほど出回っている自分はまだしも、弟子までも自分と同じような嫌われ者にしたくなかったのだから。







「どうしようどうしようどうしよう」


 シャドウが退院してから一週間程度経過した土曜日の夜、ラフな部屋着姿の少女、大崎梨花は不安そうに声を震わせながら自分の部屋の中をウロウロと歩き回りしきりにマギホンの電源をつけては消し、つけては消しを繰り返していた。

 数日ほど前に魔法少女としての師であるシャドウから指摘を受けて、梨花は自分が欲望に負けて使い、失敗したと思い込んでいた精神を操る魔法が実は成功していて、その効力が今もなお活きていることを知った。最初はシャドウの勘であり恐らくという話だったが、梨花の家で惰眠を貪っていたナマケモノ妖精を問い詰めると、シャドウの懸念が事実であることが判明した。

 妖精にはそういった魔法少女の状態を解析する能力があるらしく、シャドウに命令されてナマケモノ妖精が渋々シルフの状態を解析したところ、魅了と催眠にかかっていることは確認でき、それ以外にも何か複雑な暗示が絡み合っていることには気が付いたようだが、良く分からないので一先ず、作戦成功なんだナ~、あれ~でも一日だけって言ってたんだナ~、などと答えていた。

 いつものことなのだが、ナマケモノの妖精はサキュバスの戦闘についてこない。そのためサキュバスがシルフに催眠と魅了をかけたあの日も、妖精はその現場を確認していなかった。相変わらずサキュバスは作戦会議とうるさかったのでてっきり失敗したものだと思っていたらしい。


 妖精の証言を受けて、いよいよ早く何とかしなければと焦るサキュバスだったが、偶然欺瞞世界でシルフが戦っているところに遭遇出来ても、戦いが終わると逃げるように帰ってしまうので三拍も手を叩いている余裕はなかった。かと言って戦闘中にそんなことをすればシルフに大きな隙が生まれてしまうためそれも出来ず、結局今日に至るまでシルフにかかった魅了は解除出来ていない。


「そんなに会いたいなら夢の中で会いに行けば良いんだナ~。夢の中ならいくら魔女でも逃げられないと思うんだナ~」

「……なにそれ? そんな魔法私」

「使いたいと思えば使えるんだナ~。魔法少女の魔法は自分で切り開いて行くものなんだナ~。夢魔の魔法少女なら誰かの夢に潜り込むくらい出来るはずなんだナ~」


 忙しなく動く梨花がうるさなかったのか、ナマケモノの妖精は面倒くさそうに間延びした声でそう告げた。


「惑わせ」


 このナマケモノの妖精は色々と説明は足りていないが今まで嘘をついたことはなかった。だから半信半疑ではあるが、梨花は魔法少女サキュバスへと変身し、そして確かに、自分が新たな魔法を使えるようになっていることを実感する。それは夢の中に潜るというよりも、夢を介して他者の精神に介入する魔法であり、直接的に作用する魔法に分類され本来なら魔法少女には効かないタイプの魔法なのだが、非変身時であればプロテクトも関係ない。夢に潜る前にマーキングを済ませておかなければ特定の人物を狙うことは出来ないのだが、今回はすでにそのマーキングも済んでいる。


「こんな魔法があるなら早く教えてよ!」

「聞かれなかったんだナ~」

「プーちゃんの役立たず~!」


 夢の中での手拍子が催眠を終了させる合図となるのかはわからなかったが、仮にそれが駄目でもシルフに直接事情を説明して現実で会って貰うということは出来る。普段はサキュバスの顔を見た途端脱兎のごとく逃げ出してしまうシルフだが、夢の中ではサキュバスから逃げることなどできない。なにせサキュバスは夢魔の魔法少女であり、夢の中では無敵と言っても良いほどなのだ。現実ではあまりにも弱い分の帳尻合わせがされているのかもしれない。もっとも、ディストは夢などみないとされているし、魔法少女には基本マーキングなど出来ないので、総合的に見て魔法少女として雑魚であることに変わりはなないのだが。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ヤバいな。 このナマケモノ、本気で後先考えてねぇ。
[一言] 雪だるま式に増える厄介ごと(ωー
[一言] シルフの夢の中・・・闇が深そう・・・大丈夫か?! だいじょばないですね。
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