episode4-3 師弟③
おかしい、こんなの絶対おかしいです。どうしてあの魔法少女の顔を見ただけで、こんなに胸が高鳴って嬉しいきもちになるんですか。どうしてエレファントさんと一緒に居る時と同じくらい幸せな気持ちになるんですかっ。どうして、頭の中が好きだって言葉で一杯になるんですか! 今までは何とも思ってなかったのにっ、むしろ鬱陶しいとすら思っていたはずなのに!
ついこの前、少しだけ話をしたあの時から、寝ても覚めてもあの子のことが頭から離れません。普段から上の空になってしまって、双葉に心配される頻度も増えてしまいました。何でも相談してなんて双葉は言いますけど、こんなこと、言えるわけがありません。
相手はろくに話したこともない、友達になりたいなんて言うからむしろ遠ざけていた、本物の子供なんですよ? エレファントさんみたいに私の事情を知ってるわけでもない、秘密を打ち明けようとも思わない、今まで接してきた他の魔法少女と何ら変わらない、好きになる理由なんてどこにもないのに、そのはずなのに……!
「シルフさん! ありがとうございます!」
「すいません、助けられちまいましたね」
「……別に、この町の魔法少女が減ったら面倒だからです」
ディスト発生の通知に従って欺瞞世界に転移してきた私は、すでに交戦を始めていた二人が追い詰められているのを見て、咄嗟に声をかけることもせず魔法を使ってディストを蹴散らしてしまいました。途中参戦をする場合、普段なら下手に揉めないよう必ず了承を得てからにするというのに、あの子が、サキュバスさんがピンチに陥っているのを見た途端身体が言うことを聞きませんでした。理性よりも感情が先に動いて、気が付いたらディストを倒していました。
そして、傷だらけのシャドウさんを心配そうに見ながらお礼をするサキュバスさんを、可愛いだなんて思ってしまってます。愛おしいだなんて感じてしまっています。
意味が分かりません。自分の気持ちが理解できません。何も知らない女の子を相手に私みたいなのが恋愛感情を抱いてるなんて、そんな許されないことをしてると言うんですか? 私の本性を知って、それでも受け止めてくれたエレファントさんという人がありながら、こんな私を好きだと言ってくれる人の好意を断っておきながら、出会ったばかりの二回り近くも年下の女の子を、異性として見ていると言うんですか? その理由すらもわからずに?
吐き気がするほど気持ち悪くて、頭が痛いです。
だけどそれを上回るほどに胸が躍り、彼女の姿は輝いて見え、多幸感があふれて止まりません。
「あの、この前は本当にごめんなさいっ!」
謝られるようなことをされた覚えはありませんけど、彼女がそう言って私へ近づいてくると、途端に頭の中は真っ白になって、何も考えられなくなってしまいます。目と鼻の先に彼女の可憐で美しい顔が迫り、自分の顔が真っ赤になっているのが自分でもわかります。
好き。大好き。愛おしい。好き。友達になりたい。愛してる。結ばれたい。大好き。可愛い。好き。
――言ったでしょ、私に夢中にさせてあげるって
「~~っ、私はこれで失礼します!」
「あ、ちょ――」
次々と湧き出して来る感情に流されそうになって、好きになっちゃったものはしょうがないなんて思い始めた自分を無理矢理振り払って、私に何か話しかけようとしていたシャドウさんのことも無視して逃げるように転移でその場を後にしました。
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だけどやっぱり、あの時あの場所では振り切れたこの気持ちは、日を跨いでも消え去ることはありませんでした。あんな風に立ち去って、謝罪に対する言葉も返さないで、あの子が傷ついていないか、悲しい思いをしていないかと気が気じゃありません。
そんなことを考えているくせに、今この瞬間は楽しさに心が躍ってる、私は本当に最低で最悪な人間です。何せ今日は、エレファントさんが魔法界にあるテーマパークに誘ってくれて、一緒に遊びに来ていているのです。
「どうしたのシルフちゃん、そんなに暗い顔して? お化け屋敷そんなに怖かった? まだ私の腕に掴まっててもいいんだよ?」
「ぜ、全然怖くなんてなかったです!! 勘違いしないで下さい!」
「えー、私の腕にしがみついて離れなかったのはどこの誰だったかな~?」
「知りません!」
確かにちょっとだけホラー映画とかは苦手ですけど、あんなの全部作り物なんてことはわかってます!
って、そうじゃなくて、エレファントさんへのこの気持ちと、あの子への気持ち、私は両方とも好きだと思ってしまっているんです。二股です、最低男です。
エレファントさんに誘われて観覧車に乗ったあの日、我儘だとわかってて私は自分の欲望をさらけ出しました。ちょっと思っていた形とは違いましたけど、エレファントさんはそれを受け入れてくれて、これからも私と友達でいてくれると言ってくれました。あ、あんなキスをされたのは流石にちょっと怒ってますけど、でもエレファントさんの言う通り私も勝手なことを言ってましたし、そこはお互い様ということでとりあえず水に流すことにしました。それに、そうやって無理にでも忘れないとあの時の感触を、心地良さを生々しく思い出してしまって……。
と、とにかく、アクシデントはありましたけど今まで通りになるはずだったんです。今まで通りの友達に。でも、唐突に湧き出したあの子への気持ちが、エレファントさんへの気持ちを自覚するきっかけになって、私はようやく、このドキドキする胸の高鳴りが、心地いい温かさが、エレファントさんの幸せを願うこの気持ちが、恋だったのだと気が付きました。
だって、あの子のことを考える時も、エレファントさんのことを考える時も、私は同じ気持ちになるんです。だったら、あの子を前にすると好きという言葉が頭の中で止まらなくなるのと同じように、エレファントさんのことも好きなんだと思います。エレファントさんと一緒の時は、あの子と一緒の時ほど重傷ではないですけど、私は二人の人を同時に好きになってしまった最低な人間なんです。
「じゃあ次はジェットコースターね! 行こうシルフちゃん!」
楽しそうなエレファントさんに手を引かれながら、その後も私たちは様々なアトラクションを楽しみました。ジェットコースターは凄く高いところから急な角度で落ちるように進んで、縦に360°回転した時は落っこちるんじゃないかとハラハラしました。可愛らしい動物たちの映像が投影されたスクリーンに手元の玩具銃を撃ち込むと餌が発射されるというトンチキなシューティングアトラクションは慣れているのかエレファントさんがとっても上手で、二倍近い点差をつけられてしまいました。ワイヤーアクションをふんだんに取り入れたショーは見応えがありましたし、魔法の密林を冒険するという名目の船型映像アトラクションは3Dメガネをかけなくても映像が飛び出して来て迫力満点でした。他にもたくさん、創作物で見たことがあるようなアトラクションもあれば全く知らないアトラクションもあって、食べ物はテーマパークの世界観に合わせたユニークなものが一杯あって、初めての経験ばかりで、エレファントさんは私の願った通りに私の手を取って私を連れまわしてくれて、そうやって楽しんでいる間だけは自分の薄汚さを忘れられました。
このまま時が止まってしまえば良いのにと、何度そう思ったことかわかりません。
「もうこんな時間かー。楽しい時間はあっという間だね、シルフちゃん」
「……そうですね、本当に」
開園時刻が午前の9時で、いつの間にか8時間も経っていたみたいです。休憩のために入った軽食を販売しているファンシーなカフェの時計を見れば時刻は閉園一時間前の17時を回っていて、夕日が沈み始めていました。魔法少女は全国的に見ても一万人程度しかおらず、一日に入園している人数なんてたかが知れているため、さほど待ち時間もなく様々なアトラクションに参加出来たんですけど、それでも全てのアトラクションを制覇とはいかず、このテーマパークが如何に広いのかということを実感させられます。
「いつかまた一緒に来ようよシルフちゃん。それで、全アトラクション制覇だよ!」
「……はい」
エレファントさんも私と同じことを考えていたみたいで、一日中遊び回ったというのに元気な声でそう宣言していました。
叶うことなら私もそうしたいです。でもこのままで良いんでしょうか? エレファントさんはこれからも私とお友達でいてくれると言ってくれましたけど、まだ諦めてないとも言ってました。私だってエレファントさんのことは好きですけど、同時にあの子のことも好きになってしまって、そんな不誠実な気持ちでエレファントさんの思いに応えることなんて出来るわけがなくて、結局何も言い出せず、エレファントさんの優しさにつけこんで、こうやって期待を持たせたまま一緒に遊びに来たりしてるんです。私のやっていることは、勇気を出して告白してくれたエレファントさんに対する冒涜なんじゃないですか? この前みたいに、正直に自分の気持ちを伝えるべきなんじゃないですか?
……いいえ、駄目です。正直に全てを話したとしても、エレファントさんはそれでも良いと言ってくれるかもしれません。でも、そんなのは他の誰でもなく、私が許せない。例えどれだけ好きだとしてもあの子と仲良くなるつもりなんてないんですから、だったら全てを心に秘めて、私だけがその罪を背負えば良い。
そもそもこの戦いの末にどうするかだって決められていないのに、今エレファントさんに気持ちを伝えてどうするつもりなんですか? 元の姿に戻るなら結局お別れすることになるのに、ぬか喜びさせるだけなんじゃないですか? そんなの自分のためでもエレファントさんのためでもない、ただの自傷的な自己満足なんじゃないんですか?
こんな思いをするくらいなら、エレファントさんへの恋心になんて気づきたくなかった。
「もー、どうしたのシルフちゃん? 何か変だよ? あ、もしかしてデートみたいでドキドキしちゃった? 恋しちゃった?」
「ごめんなさい、ちょっと、調子が悪いみたいで……」
「えっ、大丈夫なの? ごめんね、気づかないで連れまわしちゃって」
「そんなに深刻じゃないから大丈夫ですよ」
「でも、今日はもう帰ろうか? ゆっくり休んだ方が良いよ」
結局、本当のことは何も言えなくて、そんな風に誤魔化して、この日は解散することになりました。
悩みが増えたせいか、ここ最近頭痛が続いてるのは本当のことなので、一応嘘はついてません。一晩休んで悩みも忘れられたらそれが一番良いのかもしれませんけど、そう都合よくはいかないですよね。




