episode4-3 師弟②
全国展開しているチェーン店のカフェの入口で、地元の中学校の制服を着た少女が誰かを探す様にキョロキョロと辺りへ視線を彷徨わせていると、店内の一角に座っているセミロングの明るい髪の女性が軽く手を振って少女の名前を呼んだ。
「ちさきちゃん、こっちこっち」
「あ、双葉さん、こんにちわ」
制服姿の少女は咲良町に6人存在する魔法少女の内の一人、魔法少女エレファントこと木佐山ちさきであり、待ち合わせの相手はかつて全ての魔法少女の実質的頂点に立っていた雷の魔女モナークスプライトこと水上双葉だった。
二人はお互いに相手が魔法少女であることは知らないが、先日タイラントシルフの着せ替え撮影会を開催して以来すっかり意気投合してしまったらしく、連絡先を交換して日々シルフの動向について連絡を取り合うだけには飽き足らず、より親交を深めるために二人でお茶をするほどの仲になっていた。
双葉としては学校に通っていないシルフにとっての唯一のお友達であるちさきにはこれからもシルフと仲良くして貰いたい気持ちがあり、そしてそれと同時にシルフの可愛らしさを語り合える数少ない相手でもあるため、いつの間にか双葉自身もちさきのことを歳の離れた友人のように感じていた。
当たり前だが、姪っ子の交友関係に首を突っ込んであまつさえその友人とシルフ当人を抜きで会うなど一般的ではなく、あまりに過保護であることは双葉自身理解しており、だからシルフに知られないよう密会している。
双葉とてここまでする必要があるのかと疑問を感じたことはあるが、シルフの抱えている事情は特殊であり、ある程度事情を知っている元魔法少女の自分が二人の仲を支えてあげなければ、いつか致命的なすれ違いが起きてしまうかもしれないと思うと、何もせずにはいられなかった。自分と兄のような悲劇はこれ以上繰り返させたくなかった。
一方でちさきはと言えば、折角家族と仲直り出来たシルフが魔法少女であることを原因に再び疎遠になってしまうことのないようフォローを入れるため、そして、これから先シルフと深い仲になる気満々であり今のうちからシルフの親族と良い関係を築いて家族公認の仲になろうという算段も込みで、こうして双葉からのお茶のお誘いを快く承諾していた。
つまり、これは両者にとってWinWinの密会なのだった。
「すいません、お待たせしました」
「全然待ってないよ。お休みの日にごめんね。今日は部活か何か?」
「はい。陸上部の練習が午前中だけあったんです。午後はとくに予定もなかったので、むしろ誘っていただいて嬉しかったです」
「あはは、そう言って貰えるとちょっと気が楽かな。先に注文だけしちゃおっか? 今日はお姉さんの奢りだから、何でも好きなもの頼んで良いよ」
「ありがとうございます、それじゃあお言葉に甘えて」
トークアプリ上では軽い冗談を交えながら会話をするほど打ち解けているが、こうして直接会うのは先日の着せ替え撮影会以来初めてであり、共通の知人であるシルフもいないことからか少しばかりのぎこちなさの見える二人。
ちさきはディスト討伐でそれなりの金額を稼いでおり、特別に金遣いが荒いわけでもないため金銭に困窮しているわけではないのだが、こういう場では目上の人間の厚意に甘えるべきだろうと考えて素直にお礼を述べ軽くメニューに目を通して手早く注文を済ませる。
注文を終え、話題がシルフへと移行すると最初のぎこちなさもどこへやら、二人は互いにどんどんと饒舌になっていき、場所が場所だけに大声で騒ぎ立てるようなことはしないが、余所余所しさや緊張はすっかりなくなっていた。
「でも本当にありがとうねちさきちゃん。良ちゃんを色んなところに連れてってくれてるんでしょ? あんまり自分からは話してくれないけど、今日は誰とどこに行ってたのか聞くと大体ちさきちゃんの話になるくらいだから……。本当はあの子のお父さんや私がその役を出来たら良かったんだけど……」
「全然気にしないで下さい、私が好きでやってることですから。それに双葉さんもお忙しいでしょうし、良ちゃんのご両親もその……」
「なにか良ちゃんから聞いてる?」
「お母さんがいないということは。お父さんのことは、詳しくは知りませんけど家にはいつもいないみたいです」
「そっか……」
自分が出会う前よりもシルフと仲良くしてくれているちさきならば、シルフの両親のことについて何か知っているかもしれないと期待して質問した双葉だったが、有力な情報は得られなかった。それもそのはずで、ちさきは事前にシルフと相談して対外的な自分たちの関係についてあらかじめ設定を考えてきている。シルフとしては、双葉からちさきのことを深堀された時、ちさきが魔法少女であるということをうっかり漏らさないようにするための措置であり、まさかこうして自分のあずかり知らぬところで二人が会い、その設定が使われることになるなど考えもしていなかった。
シルフの外見上の年齢は凡そ10歳前後であり、中学二年生であるちさきとは約4歳ほどの差があることになる。小学校時代の上級生だとか、近所の年上のお姉さんだとか、多少歳が離れていても交友のあるケースはあり得るわけだが、シルフの場合は学校に通っておらず、双葉と家が近いわけでもないため、魔法少女という共通点を隠そうとすると二人がどういう経緯で知り合い友人となったのかの説明が難しくなる。急に聞かれた際にボロを出したり二人の言い分に矛盾を生じさせないための設定づくりだった。
実際、アプリ上でのやり取りでも双葉は一度良とちさきが友人になった経緯を尋ねているので、設定のすり合わせをしておいたのは正解だったと言える。ちなみに設定上では、インターネット経由で知り合い、同じ町に住んでることがわかってオフ会を開き、リアルでも親しくなった友人ということになっている。ある程度年齢を重ねた層からすればあまり馴染みがなく、顔も見えない相手と友人になって現実でも会うなんて危険ではないかと思われることもあるが、今時の若者にとってはネット越しの友人なんて珍しくもない。もしもちさきの性別が男性だったならば、出会い目的のロリコンではないかと多少の疑いの目も向けられていただろうが、女の子同士であることと、歳が離れていると言っても常識の範囲内であることが双葉の警戒を緩ませた。まさかシルフが狙われているどころか強引にキスまでされていることなど知る由もない。
「良ちゃん、お家ではどんな感じですか? 私は一緒に出掛けることは多いですけど、普段の良ちゃんのこと、聞きたいです」
「いっつもゲームとか漫画ばっかりだよ。小学校に行こうってずっと言ってるんだけど、中々乗り気じゃないみたいで……」
「あ、あはは、大変ですね」
良が水上良一であることを知らない双葉が100%善意で言っていることはちさきにもわかるが、良の正体を知るちさきは軽々しく同意出来ず言葉を濁した。もしもシルフが言っていた通り、ディストとの戦いが終わった後に男性に戻るのであれば、今学校に通うことはあまり意味がないだろう。それにシルフが魔法少女として活動するうえで自分の正体について負い目を感じていることをエレファントも理解している。無理に小学校に通わせたとして、結局はその後ろめたさによってシルフを傷付けるだけの結果にならないとは言い切れない。それに魔法少女の社会と違って、小学校という社会に自分はいないのだ。その閉じられた世界で何かあっても自分はシルフの味方をすることが出来ない。
逆に、この戦いが終わってもシルフが元に戻らないという選択をするなら当然学校にも通った方が良い。水上良という一人の少女として生きていくことを決めたのなら、それに相応しい生活というものがある。いつか男になるからなんて言い訳はもう通用しない。真っ当に学校に通って、同年代の友達を作って、幸せになる権利が良にはある。ちさきはそう思っている。
「あ、でも最近はちょっと上の空っていうか、何やってても集中出来てない感じはするかな? 急に顔赤くしたり、何か熱っぽい目をしてたり、ため息も多いし、なんか悩みがあるような? 何でも相談してねって言ってるんだけど、相手にしてくれないんだよね……」
「それは心配ですね。私もそれとなく聞いてみます」
「ありがとうちさきちゃん。良ちゃん、あなたには凄く懐いてるみたいだから、ちさきちゃんがそう言ってくれるならちょっと安心かな」
ホッとした様子で人の良い笑顔を浮かべる双葉に、良の面影を感じ取ってちさきは僅かに胸が痛くなった。
ごめんなさい、多分シルフちゃんが悩んでるのは私のことです、とちさきは内心で謝罪しつつ、同時に自身の猛アタックの成果が確実に出てきていることを確信して心の中でガッツポーズをとる。
先日シルフを呼び止めて二人きりで観覧車に乗った際、ちさきとしても本来はあそこまでするつもりはなかった。OKも貰えていないのに無理矢理キスをするなど相手の気持ち次第では通報されてもおかしくはない凶行だ。そもそもが祝勝会の時点で一度やらかしており、あれ自体はシルフの気持ちを自分に向けさせるためには仕方のないことだったと思っているものの、少しやり過ぎだったとちさきも反省はしていた。
だから本当なら師匠のアドバイス通り、シルフの良いところも悪いところもひっくるめて大好きだよと、思い出の場所で美しい光景と共にロマンチックな告白をもう一度しようとしていたのだ。しかしエレファントの目論見はシルフの言葉で見事に崩されることとなった。
一度振られたこと自体は、実のところそれほど意外ではなかったというか、予想の範囲内だった。友達になろうと思った時でさえ一筋縄ではいかなかったシルフだ。それよりも更に先の関係へ踏み込もうとした時、そう易々といかないだろうことはちさきもわかっていた。だからあの祝勝会の日は答えを求めなかった。シルフが自分に恋をしてくれるその時まで、何度振られても諦めずに挑戦し続ける覚悟がちさきにはあった。
意外だったのは、シルフがそれでもあなたと友達でいたいと庇護欲をくすぐる半泣きの表情で懇願してきたことだった。あの時シルフに対しては、あんな酷いことを言うのが悪いと言ったが、実際には少しも傷ついていないどころか感動してすらいた。
なにせシルフは、とにかくネガティブで後ろ向きで悪い方向に思考を巡らせては自己完結してしまうとても元は大人だったとは思えないほど面倒くさい魔法少女だ。今回も、もう今までと同じような関係には戻れないから、だったらせめて友情が壊れてしまう前にお別れしましょうとか、そんなちさきには到底理解できないことを言い出すのではないかと予想していたのだ。もちろんそんなことを言われても諦めるつもりは毛頭なかったし、シルフを恋に落とすまでは友達で居続けるつもりだったが、シルフはちさきの予想を裏切った。
それがどれほど嬉しかったか、きっとちさき以外の誰にもわからないだろう。
自分のこれまでの行動が、シルフと育んできた友情が、シルフへの愛が、シルフの根本的な部分を覆すほどの影響を与えたのだ。
ネガティブに、後ろ向きに、悪い方向に考えてしまっても、それでも諦められないくらい、自分と言う存在がシルフの支えになっているのだ。
そしてその感動を噛み締めるエレファントに対して、続けざまにシルフの本音が、愛の告白が吐き出されたのだ。
キスをされて以来離れたくなくなってしまったなんて、
男性に戻ろうとしていたのにその結末に迷いが生まれてしまったなんて、
あんな風に震えながら勇気を振り絞って自分の手を握って欲しいとお願いするなんて、
(そんなのもう好きってことでしょっ!?)
だから我慢できなかった。
シルフは少し前までの自分と同じだと気が付いて。
友情と恋の違いがわかっていないだけで、自分たちは両想いなのだと信じて。
実際、触れる程度のキスではなく、あそこまで濃厚な口づけをされてそれでも嫌がる素振りを見せなかった以上それは勘違いなどではないのだろう。エレファントもそれに気が付き、すでに自らの勝利を確信していた。そう遠くないうちにシルフも自身の恋心に気が付いて、自分の愛に応えてくれるだろうと。
「任せてください。私が良ちゃんのことを幸せにしてみせますから」
「なんかちょっと大袈裟な気もするけど……、頼りにしてるね」
得意げに胸を張って答えるちさきに、双葉は若干苦笑しながらそんな言葉を返すのだった。




