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魔法少女タイラントシルフ  作者: ペンギンフレーム
四章 眠れ、命尽きるまで
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episode4-3 師弟①

 黒い人間に翼が生えた、まるで悪魔のような姿をした騎士級ナイトクラスディストが自身を追い回すカラフルな巨大魚の群れを振り切ろうと空を飛び回る。幼児の落書きをそのまま形にしたような、人によってはディストよりも悍ましく映る歪な魚は、逃げ回るディストから時折反撃を受けて水に溶ける絵の具のように消えていくが、開きっぱなしの悪夢の門からすぐに次の巨大魚が現れるため、群れの数はさきほどから全く減っていなかった。

 そして四方八方から襲い来る軽自動車ほどの怪魚に遂には追い詰められ、次々と食らいつかれて全く再生が追いつかずに消滅していった。それを見届けたサキュバスが悪夢の門を閉じると、全ての巨大怪魚が空に溶けて消えて行った。


「ぃやったー! やりましたよししょー! 私一人だけでディストを倒せました! どうです、やっぱり私は強いでしょう!!」

「……まあ、今回はお手柄だ。よくやった」


 嬉しさを全身で表現するように、魔法少女サキュバスはぴょんぴょんと跳ね回りながら喜びの声を上げる。

 太陽が頂点に差し掛かったころ、夜の闇を迎えるにはまだまだ早く、シャドウは空を飛ぶディストに対してあまり有効な攻撃手段を持っていなかった。一人でもやれないことはないが、労力がかかるし多少の危険もある。そんな中で、サキュバスのとんでもびっくり箱のような魔法から飛行能力を持った強力な軍勢が現れたことで戦いは難なく決着したのだ。その結果を認めないほどシャドウも狭量ではない。


「これで狙ったもんが出せれば文句はないんだけどな」

「でも今回はちゃんと、飛べる子出てきてー! って思いながら魔法を使ったらあの子たちが出て来たんですよ! 段々コントロールできるようになってきてるんです!」

「こないだはナメクジみてーなクソの役にも立たねーヤツだっただろーが」

「この前はこの前、今日は今日です! 私は日々成長してるんです!」

「ポジティブなこって。お前まだ授業中だろ、さっさと帰りな」

「そうでした! ……師匠は違うんですか?」

「あたしのことを詮索すんな。黙って言うこと聞いとけ」


 魔法少女の世界の人間関係は例えて言うならばインターネットのようなもので、私生活の情報を普通にさらけ出している危機感のない者もいれば、シャドウのようにどれだけ距離が縮まっても現実の情報は一切漏らさないというような警戒心の高い者もいる。シャドウのそれは自身に敵が多いというのが大きな理由だが、そうでなくても身バレのリスクは少ないに越したことはない。サキュバスにも普段から余計なことは言うなと言い含めているのだが、今日は授業でどんなことを習ったとか今日の給食はなんだったとかを平気で話題に出すため、シャドウはサキュバスの時間割まで覚えてしまっていた。


「あー、またそうやって秘密にするんですね! 別に私生活のことは良いですけどー、魔法少女としてのししょーのことはもうちょっと教えてくれてもいいんじゃないですか? 私、ししょーが恨まれてるって知らなかったからこの前危なかったんですからね!」

「……なに?」

「ネクロって暗そうな人とパンテラって怖い人に、ししょーを出せーって脅されたんです! エレファントさんとシルフさんが助けてくれたから大丈夫でしたけど、そういうことがあるなら先に言っておいてくださいよ! マギホンで調べたら何か一杯ししょーの悪口出てきましたよ!」


 以前、エレファントとシャドウが敵対していた時に、エレファントが簡単に調べただけでもシャドウの情報がわんさか出てきたように、自身の師匠がなぜあのように恨みを買ってるのか疑問に感じたサキュバスはマギホンでシャドウのことを調べ、主にSNSや匿名掲示板で他の魔法少女から悪く言われているのを発見したのだった。


「まあ、私はししょーのこと信じてますし、ししょーのことをよく知ってますから、別にししょーのことをけーべつしたりしませんけど! 賢い弟子でよかったですね、ししょー!!」

「ハッ……、あたしはお前の言う魔法少女のくせにってのが当てはまるタイプの悪人だぜ? 調べたんならわかってんだろ? くだらねえ嘘ついてねーで、魔女さんのチームにでも行ったらどーだ?」


 しょうがねーなと口先だけは嫌々だったり渋々でも、最後は何だかんだ言って面倒を見てくれるシャドウだったが、その言葉にはいつもの軽さがなかった。

 サキュバスが魔法少女に憧れを持っているらしいことはわかっていた。自分がそんな憧れとは正反対な人種であることも。だから度々辞めろと言ったり向こうのチームに行けと言っていた。遅かれ早かれ、どうせいつかはそうなるだろうと思っていた。それに今更なんの感慨もない。元からシャドウは、一人で戦うことをよしとする魔法少女だ。


「ししょー、自分が何て言われてるのか知らないんですか?」

「……好き好んで自分の悪評なんて調べるかよ」

「弱虫、臆病者、チキン、逃げ足だけは一丁前、腰抜け、意気地なし」

「喧嘩売ってんのか?」

「私じゃなくてマギホンで調べるとそういう悪口が出てくるんです!」

「そーかよ。で、だからなんだってんだ。弱虫で悪かったな」

「いえ、そうじゃなくて、ししょー別に他の魔法少女を襲ったりしてないですよね? 勝手に縄張りに住み着いてすぐ逃げる寄生虫みたいなことは言われてますけど、具体的にししょーに何かされたとかそういう話は全然ないですから。別に悪いことしてなくないですか?」

「……お前、あたしを励ましてるのか貶してるのかどっちなんだよ」


 サキュバスが本気で不思議そうに何が悪いのかと言っているのはシャドウにも伝わったが、それはそれとして、喧嘩を売ってるのでもなければ普通弱虫だの寄生虫だのと面と向かって言うものではない。


「もちろん励ましてます。ししょーが悪く言われてるのは悲しいですけど、縄張りなんて勝手に自分たちのために言ってるだけじゃないですか。そこでちょっとディストを倒したからって、何が悪いんですか?」

「最初に教えただろ。金目当てで魔法少女やってるやつだって珍しくないってよ。そんなやつらにとっちゃあたしは泥棒も同然だ。あたしもそー思うね」

「だったら私には関係ないです。私はお金なんてどうでも良いですから。私にとってししょーはししょーです! 泥棒なんかじゃありません!」


 純粋な、キラキラとした瞳でサキュバスがシャドウを見上げると、シャドウはまるで太陽でも見るように目を細めて吐き捨てるように告げる。


「……一つ勘違いしてるみてーだが、別にあたしはお前のためにお前を弟子にしたわけじゃない。面倒な事情があってお前を弟子にする方がまだマシだったから弟子にしてやっただけだ。それにあたしが誰も襲ってない? 馬鹿言うな。あたしはこの町の魔法少女を襲って、それで今ここに居る。あたしを実は良い人だなんて思うなよ。あたしは自分さえ良けりゃ他はどうだって良いんだよ」

「何格好つけてるんですか? ボコボコにされて、その相手に泣きついてお情けで迎え入れて貰ったんですよね。ししょーの悪事なんてその程度のものです」

「お前、もうちょっと言い方ってもんがあるだろ……。ていうか何で知ってんだよ……」

「エレファントさんに聞きました!」


 胸を張ってふんすと答えるサキュバスに、シャドウはがっくりと肩を落とす。これでは師匠の威厳も何もあったものではない。いや、今まさに破門しようとしていたわけだが、この調子ではシャドウの言うことに聞く耳を持つ気はなさそうだった。


「いいですかししょー、人は過ちを犯すものです。実は私も少し前にシルフさんを魔法で無理矢理友達にしようとして失敗しました」

「命知らずかオメーは」

「シルフさんに謝りたいと思ってますけど、それ以来顔を合わせると逃げられてしまって一度もごめんなさいって言えてません」

「無理もねぇ……」

「だけど私は反省しました! 魔法で友達になるなんて間違ってると気が付きました! 今はそれを心から反省して、今度こそ自力でシルフさんと友達になろうと思ってます!」

「それは反省してると言えるのか……?」

「いちいち茶々を入れないで下さい! とにかく! ししょーだけでなく私だって間違ってしまいました! 一度は道を踏み外した者同士、お似合いじゃないですか」

「いや、何かお前と一緒にされるのは普通に嫌なんだが……」

「何でですか!!」


 先ほどまでは純粋に輝く眩いものでも見るような視線をサキュバスに向けていたはずのシャドウだったが、いつの間にかサキュバスを見る目が理解不能の存在を見る目になっていた。自分でさえ、自分の為に誰かを傷つけることを悪事だと自認し、多少の罪悪感を呑み込んだうえで自分勝手に振舞っているというのに、サキュバスは悪いことをした、反省をした、それでおしまい、とばかりに完全に意識を切り替えている。切り替えの鬼だった。


「まあ、つっても一度弟子にしちまったもんはしょうがねえ。弟子の不始末は師匠の不始末だしな。仕方ねえから一緒に頭下げてやるよ」

「うわっ、もう、撫でるならもうちょっと優しく撫でて下さいよ」


 サキュバスのその切り替えの早さはまったくもって理解不能だが、自分についてくるというのなら師匠としての責任を果たさねばならないだろうと、シャドウは柄にもなくそんなことを考えてぐりぐりとサキュバスの頭を乱暴に撫でまわす。


 シャドウにはかつて家族がいた。仲の良い両親と元気いっぱいな可愛い妹が居て、何不自由のない生活だった。時に喧嘩をすることはあるけれど、一夜眠れば元通り。そんな他愛もない、ありふれた幸せな家族だった。

 それが、たった一度の不幸で二度と元には戻らなくなってしまった。休日、父の運転する車でテーマパークへ行く予定だった。そんなシャドウたちを乗せた車に、飲酒運転の自動車が正面衝突した。運転席と助手席に乗っていた父と母は即死だったと聞いている。自分の隣に乗っていた妹は、重傷を負ったシャドウの目の前で徐々に弱っていき、二度とその瞳を開くことはなかった。シャドウ自身もそうなるはずだった。それがなんの因果か、ギリギリのところで魔法少女として見いだされ、魔法界で迅速な治療を受けて一命をとりとめた。

 復讐のために生きることはできなかった。相手の運転手はその事故で亡くなっていて、恨みをぶつけられる相手なんてどこにもいなかった。

 そうしてシャドウは特に目的もなく、さりとて自死を選ぶことも出来ず、治療にかかった高額のポイントを返済するため普通の女の子に戻ることもできず、お金を求めて稼ぎの良い土地を転々としていたのだった。


 サキュバスの弟子入りを認めた時、彼女に妹の姿を重ねなかったと言えば嘘になるだろう。生きていれば妹も同じくらいの歳頃のはずであり、元気で溌溂とした様子がよく似ていた。

 交流を深めていく中で、妹とは似ても似つかない部分も多くあったが、そんなものは他人なのだから当たり前だった。今更理解できない一面が新たに一つ見つかったからと言って、シャドウにとってサキュバスが妹分のような存在であることは変わらない。


「おら、わかったからさっさと学校行けよ」

「むー、ししょーだって学校あるんじゃないんですか?」

「あたしは学校には行ってねーから良いんだよ」

「……! ずるいですよししょー!」

「うるせー! 教えてやったんだから素直に言うこと聞きやがれ!」


 だからきっと、その手のかかる弟子が自発的に巣立っていくその時までは、シャドウが弟子を見放すことはないだろう。

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