episode4-2 催眠⑤
エレファントさんの告白を断って、これからも友達でいて下さいとお願いしたはずが、逆にお友達から始めましょうと言いくるめられてしまったあの日から数日が経ち、相変わらずエレファントさんは人目がある時は友達同士の距離感を崩しませんけど二人きりになると途端に急接近してきます。
まったく、本当は私のこと好きなんでしょ、なんてよくあんな恥ずかしいこと言えますよね。そりゃあエレファントさんのことは好きですけど、友達としての好きだってハッキリ伝えたんですよ? どれだけポジティブというか何というか……。そんなところも素敵ですけど、でも、さすがに無理矢理キスするのはどうかと思います。私だったから良かったものの、本物の小学生女子にあんなことしたら犯罪なんですよ? エレファントさんはちゃんとわかってるんでしょうか……。
「圧砲!!」
悶々と思い悩む私をよそに、圧縮された空気の塊が対応のように撃ちだされ、ディストに着弾するのと同時に爆発しました。上半身を丸々消し飛ばされたディストが再生することなく、崩れ落ちる砂のようにさらさらと空中へ散っていきます。
それにしても最近は人型に他の動物をくっつけたようなディストが多いです。今プレスさんが一蹴した男爵級ディストも、3m程度の人型に獣の爪や牙が付け足されたような、獣人とでも言えば良いんでしょうか? そんな感じでした。
もしかしたら何か特殊な能力を持っていたのかもしれませんけど、それを発揮させるまでもなくプレスさんの一撃で消滅したので詳しいことはわかりません。ただ、最近の奇妙な人型ディストは前より再生力が落ちているというか、柔らかくなったというか、何となく耐久面が劣化しているように感じます。
今までディストにおきていた変化は特殊能力の発現や急激な強さの変動など、基本的に強化されるものだけだったと思いますけど、この奇妙な変化も歪みの王が現れるのが近いのと何か関係があるのでしょうか。一応魔法局に報告はあげていますが、今のところ何もわかっていません。
「うーん、いくら男爵級って言っても、ちょっと弱すぎだよねー?」
「そうですね。馬鹿にしているわけではないですけど、プレスさんの一撃だけで再生出来なくなるというのは今までなら騎士級程度だったと思います」
「だよねー。通知の故障とか?」
「どうでしょう、現時点では何とも言えませんけど、機器の故障なら魔法局から連絡があっても良いと思います」
「うーん、ま、あたしらがあれこれ悩んでも仕方ないか! んじゃシルフちゃん、またねー!」
「はい、お疲れさまでした」
プレスさんの言う通り、わからないことであまり気を揉んでも仕方ないですし、油断だけはしないようにして気にしすぎないのが一番ですね。
ディスト発生の通知が討伐状態になったことを確認した上で、プレスさんは軽く挨拶してから転移光に包まれて姿を消しました。今回はエレファントさんとブレイドさんは都合がつかなかったのか通知に気が付かなかったのか、プレスさんと二人だけの戦いでしたけど、あの人は口で言うほど私に構うことに執着してないから結構やりやすいんですよね。今もあっさり帰っちゃいましたし。これがブレイドさんだったらこの後一緒にお茶でもどう、とかって誘われるんですよね。仲良しアピールのため、ひいてはエレファントさんのためだと思えば別に嫌ではないですけど、本気で仲良くしようとしてくれてることは伝わってくるので、申し訳ない気持ちでいたたまれなくなります。
ただプレスさんは、ブレイドさんとかエレファントさんが一緒に居る時は無駄にくっついてくるので、多分、本当は私に興味はないんでしょうけど、二人に対しては気さくでフレンドリーなキャラを演じているんだと思います。エレファントさんは底抜けに優しい人ですし、ブレイドさんは正義感が強くて優しい人ですけど、プレスさんのことは未だによくわからないです。
「あ、あの! シルフさん!」
「……またあなたですか」
私も帰ろうと思っていたのですが、背後から声を掛けられてまた来たのかと若干呆れながら振り返ります。何度も何度もしつこく話しかけられていい加減声も覚えてしまいました。
「何の用ですか、サキュバスさん。先に言っておきますけど、友達にはなりませんよ」
「サキって呼んでください! どーしても駄目ですか? 他の皆さんとは仲良くしてるじゃないですか?」
「前にも言いましたけど、縄張り荒らしへの牽制として表面上仲が良いように振舞っているだけです。それで良いのなら、先日のように皆さんと一緒に遊ぶのは構いませんけど」
「うー、この前は楽しかったですけど! 私はシルフさんと本当のお友達になりたいんです!」
「だったら何度も言っている通りです。私は魔法少女の友達なんて作りません」
エレファントさんが私のことを受け入れてくれたのは、奇跡的な例外だってことは私だってわかってます。誰にも彼にも自分の正体を明かして、その上で受け入れて貰えるなんて、そんな子供じみた夢は見ていません。
「今のすごいラズリっぽかった……格好いい……」
「はぁ? ラズリ? 何を言ってるんですか?」
今の話のどこに格好いい要素があったんですか。というか、ラズリって何ですか。
「やっぱり、しょうがないですよね……。うん、ちょっとだけ、ちょっとだけですから……」
「……? 用事がそれだけなら私は失礼します」
サキュバスさんは急に俯いてぶつぶつと独り言呟き始めました。小さい子供のお願いをこんな風にばっさりとお断りするのは少し胸は痛みますけど、ここで甘い態度をとっても叶わない夢を見せるだけです。毅然とした態度で対応するのがこの子のためにもなるでしょう。
「ごめんなさいシルフさん! 開門・白昼夢の扉!!」
「え――」
・
「シ、シルフさん? ほんとうに、眠っちゃってるんですか?」
持っていた杖を地面に落とし、虚ろな表情で立ち尽くすシルフ。その瞳からは光が完全に消え失せ焦点があっていない。
サキュバスはそんなシルフの目の前で手を振ってみたり、軽く呼びかけてみたりするが全く反応が見られなかった。無視されているのかとも思うほどの無反応っぷりだが、魔法少女は精神汚染系の魔法を使った際、それが通ったかどうか手応えで自覚できる。そしてサキュバスはこの魔法を始めて使うが、それでも成功したという確信を得ていた。
「シルフさん、今日だけですから許してくださいっ。開門・夢中の扉」
それは対象を魅了し、自分を好きにさせる魔法。だが、サキュバスは友達になるための手段をナマケモノの妖精に相談し、その答えがこの魔法だったために完全に勘違いをしてしまっていた。自身が一体なにをモチーフにした魔法少女なのかを全くと言って良い程理解出来ていなかった。
自分を好きにさせるというのは友人としてではない。恋愛的、性的な意味で、相手を夢中にする。それがこの魔法の本当の効果だ。
「次に私が二度手を叩いたら、シルフさんは目を覚まします。でも、魔法の効力はそのままです。その次に私が手を三度叩いたら、魔法の効果はなくなります」
魅了の魔法も成功した手応えを得て、サキュバスは声を僅かに震わせながらシルフに暗示をかけていく。催眠のやり方など全く知らなかったサキュバスだが、自分の魔法を使いこなすためわざわざ慣れないインターネットを使って勉強してきたのだ。サキュバスは予習復習の出来る優等生であった。
「いきます」
その言葉は当然シルフには届いていないが、自分の覚悟を決めるように呟いて、パンッパンッと鋭い音を響かせて勢いよく掌を叩いた。
「――あれ? 私、なにをして……っ!? えっ、な、あ、」
音に合わせてハッと意識を取り戻したシルフが、目を瞬かせながら何か違和感でもあったように忙しなく視線を動かしたが、その目がサキュバスと合った瞬間、目に見えてどんどん顔が赤くなっていき、パクパクとまともに言葉も紡げずに意味のない声をあげてしまう。
その反応の意味がサキュバスには良く分からなかったが、とにかくこれでシルフは自分のことを好きになってくれているはずだと思い、これまで何度も伝えては断られた言葉を懲りもせずに元気よく投げかけた。
「私と友達になってください!」
「お、お断りです! あなたのことなんて全然好きじゃないですから! 勘違いしないでください!!」
今までにない強い口調で、どこか焦ったように吐き捨てながら、シルフは逃げるように転移魔法陣に包まれて去ってしまった。
「……もしかして、失敗しました?」
思っていた答えとは全く違う、それどころか怒ったようにも見えるシルフの反応に、サキュバスは血の気が引いたようにサーっと顔を青くする。ナマケモノの言い分を完全に信じ切っており、まさか失敗するだなんて考えてもいなかった。
「私のこと好きじゃないって言ってましたし、魅了の魔法をかけたのがバレちゃったってことですか!?」
確かに成功した手応えはあったけど、もしかしたら魔法の効果がすぐに切れたのかもしれない。プーちゃんも相手の耐性で効果のある時間は違うって言ってたし、シルフさんならそんなのすぐに効果がなくなっても不思議じゃないです、と完全に自分は失敗し、しかもこの悪だくみがシルフにバレてしまっているのだと思い込み、サキュバスは大いに焦った。焦ったが、しかし時間が経つにつれて少し落ち着きを取り戻し始めてもいた。
「でも、逆に失敗して良かったかもしれないです。やっぱりこんなやり方は良くないってことですよね。うー! 誘惑に負けちゃった私のバカバカ! 私は最低魔法少女です!! この前の人たちと何にも変わらないじゃないですか……」
自分で自分の頭をポコポコと叩き反省しなさい、反省しなさいとサキュバスは自分に言い聞かせる。
シルフと友達になりたいという思いが強すぎるあまり暴走してしまったが、そもそも妖精が余計なことを言わなければちゃんと自制出来ていた程度の倫理観は持ち合わせている子だ。仮に思惑通りことが進んで今日一日シルフと仲良く出来たとしても、やはりそれは間違っていると気づけていただろう。
「印象は0どころかマイナスですよね……。いえ、落ち込んでる場合じゃありません! とにかくまずは謝らないと! 相手にされてなかったのは今までと変わらないんですから、そんなことよりシルフさんに酷いことをしちゃったこと、謝らなきゃ駄目です」
たとえ今後一生嫌われてしまったとしても、自分のやってしまったことを考えれば仕方のないこと。それを胸に刻み込み、サキュバスはこれから謝罪のためにシルフを追いかけまわすことになる。
しかし、シルフはなぜかサキュバスの姿を見ると顔を真っ赤にして逃げ出すようになり、中々その機会は訪れないのだった。




