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魔法少女タイラントシルフ  作者: ペンギンフレーム
四章 眠れ、命尽きるまで
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episode4-2 催眠④

 日曜朝に放映されている女児向けアニメーションの魔法少女グッズや、現実に存在する魔法少女のぬいぐるみで彩られた女の子らしい小綺麗な部屋のベッドの上で、制服姿の小さな少女が癇癪を起したようにジタバタと暴れていた。


「うぅ~! 全然シルフさんと仲良くなれないよー! やっぱりシルフさんはただの女の子じゃないのかな……。マジュガのフリーズラズリみたいにすっごく大変な事情があって、だから友達は作りたくないとかなのかな? でもエレファントさんとは仲良くしてるみたいだし、うー! ずるいよー!」


 魔法少女サキュバスの正体、私立小学校に通う小学四年生の大崎梨花が、ボリュームのあるふわふわとしたピンク髪をぶんぶんと振り乱し、スーパーでお菓子をねだって駄々をこねる子供のように手足を振り回す。

 マジュガとはニチアサのアニメであり、魔法の宝石に選ばれた一癖も二癖もある少女たちが地球を侵略しようとする異世界の軍団と激闘を繰り広げる青春バトル活劇だ。梨花は現実の魔法少女と同じくらいこの作品が大好きで、中でもフリーズラズリという追加戦士がとくにお気に入りだった。

 フリーズラズリが劇中で初登場したのは、侵略者の中でも精鋭であるエリート怪人に主人公たちが敗北寸前まで追い詰められる回だった。このままでは宝石の戦士たちが負けてしまうと、テレビの前のちびっこたちが固唾を呑んで見守っていたところにフリーズラズリが現れ、圧倒的な実力でエリート怪人を蹴散らしてしまう。宝石の戦士たちはもちろん、視聴者たちも彼女は新しい仲間なのだと思ったものだが、その初登場回ではとくに何を語るでもなく彼女は去ってしまう。そうしてしばらく、フリーズラズリは時折主人公たちの前に現れては侵略者を撃退して去って行くという謎の第三勢力のような描かれ方をしていたが、時にぶつかり合い、時に共闘することで、彼女の心を覆う冷たい氷が徐々に溶かされていき、最終的には仲間になる。その過程で彼女が背負う宿命や過去が重々しく語られるのだ。


 先日、ガラの悪い二人組の魔法少女に絡まれて以来、魔法少女と言っても全員が全員物語の中の登場人物のように高潔で気高いわけではないということを学習した梨花だったが、憧れの対象であるシルフに対しては無意識のうちに自分のお気に入りのキャラクターを重ねて見てしまっている。そして当然、自分のことは主人公だと思っている。

 いつかは必ずシルフと仲良くなれるという妄信にも似た思い込みは、そんな無意識が影響してのものだった。


「この前のシルフさん、格好良かったな~。エレファントさんも凄かったけど、やっぱりシルフさんはレベルが違うよね。しかも、わざわざ私を助けに来てくれるなんて!」


 恐らく一対一でも自分では到底敵わない魔法少女を二人同時に相手をして、あの結果だ。もちろんあのパンテラという魔法少女がわざわざ二対一で本気を出すと言っていたエレファントも尊敬に値する強さだと理解しているが、シルフはそんな二人が戦いもしないで降参するような存在なのだ。


 あの時の淡々としたクールなシルフのことを思い出し、梨花はつい最近発売されたバレーボール程度の大きさのシルフぬいぐるみ(税込み3300円・エクスマグナ監修)を抱きかかえてキャーキャー言いながらゴロゴロとベッドの上で悶え回る。


「ナ~、うるさいんだナ~。静かにして欲しいんだナ~」


 ベッドの足元に潜り込んで眠っていたナマケモノを模したぬいぐるみ型の妖精、通称プーちゃんが梨花の騒々しさに耐えかねてかモゾモゾとベッドの中から這い出して床の上に寝転がった。

 このプーちゃんと呼ばれた妖精がジャックの後釜として咲良町に配置された新たなスカウトフェアリーであり、魔法少女サキュバスを勧誘した張本人である。世界を守るという使命感は持っているものの、非常に面倒くさがりの怠け者であり、梨花に対しても必要最低限のことを教えるだけで、後は聞かれれば答えるというようなスタンスを貫いている。

 ジャックの後任にプーちゃんが選ばれたのは、当然ながら偶然ではない。最高位妖精であるアースの差配によって、これ以上現場の妖精が余計なことをして計画が崩れないよう、最低限の能力は持ちつつ能動的ではない意識の低い妖精が選ばれたのだ。


「プーちゃん、来てたんだ。プーちゃんも一緒に考えてよ! ししょーから聞いたよ、妖精は色々教えてくれるんだって」

「知らないんだナ~。それは僕の仕事じゃないんだナ~」

「もー! プーちゃんの役立たず! っていうかプーちゃんの仕事って何なの?」

「魔法少女の勧誘と教育なんだナ~。勧誘はもう充分だから、今は梨花の教育中なんだナ~」

「ししょーに丸投げしてたでしょ! 一緒に考えてくれないとサボってるって偉い人に言いつけるよ」


 梨花は小学生の伝家の宝刀、先生に言う、を発動した。中学年にもなると中々そういう言い方をしてくる子供も減って来るものだが、自分の手で解決できないことをより上の人間に報告することが有効であることは理解しているのだ。


「え~? 面倒くさいんだナ~。じゃ~、魔法を使えば良いんだナ~。梨花はサキュバスの魔法少女なんだから、魅了の魔法を使えば良いんだナ~」

「魅了って、相手が私を好きになる魔法のこと? そんなの駄目だよ! 魔法で仲良くなるなんて、そんなの良くないよ!」


 ディストとの戦闘では何の役にも立たない為、梨花自身忘れかけていたが、サキュバスの魔法少女である梨花は強制的に自分のことを好きにさせる魅了の魔法を使うことが出来る。というよりもむしろ本来はそっちの系統がメインであり、夢で見たものを現実に呼び出す魔法などというものは、夢魔の性質から派生したサブ系統に過ぎない。

 しかし使えるとは言ってもそれで良しとするかはまた別の問題だ。梨花は少々魔法少女への憧れが強いだけで、一般的な正義感を持ち合わせている普通の女の子であり、魔法の力で相手の心を操って友達になるなんてやってはいけないことだと思っているし、仮にそれで友達になれたとしてもそんなものは本当の友達ではないとも思っている。


「考えろっていうから考えたのにひどいんだナ~」

「だって、それって無理矢理友達になるってことでしょ? それは違うよ」

「魅了の魔法はずっと効果が続くわけじゃないんだナ~。魔法少女によっても違うし、かけられる相手の耐性でも変わってくるんだナ~。きっかけは魔法でも、そのうち本当に友達になれると思うんだナ~」

「え、そうなの?」


 プーちゃんの甘言に乗せられ、そういうことなら一回くらいは試してみても良いのかな? と梨花の中の邪な部分が語り掛けてくる。現状、シルフと友達になりたいと思って猛攻を仕掛けているものの、すげなく断られたりろくに話も聞いて貰えなかったりでとっかかりすら掴めていない状態なのだ。そんなクールで素っ気ないところもフリーズラズリみたいで格好いいと好意的に解釈している梨花だったが、それはそれとして全く進展しない仲に焦れったい気持ちもあった。


 ちょっとだけ、きっかけを掴むためだけなら良いのではないか。

 一日だけ、一日だけお友達として過ごして、それで魔法はお終い。

 その後に進展がなくても、元に戻ってしまっても、今度はちゃんと自分の力で頑張る。

 だからお試しで、もしもシルフさんとお友達になれたらどんな気持ちなのか、自分の目指すべきゴールを知るためにも、一回くらいなら、一日くらいなら良いのではないか。


 そんな悪魔の囁きが、欲望を正当化するようにぐるぐると梨花の中でループし始める。


「で、でも、魔法少女にそういう魔法は効かないんでしょ。前にプーちゃんが言ってたよね?」

「普通はそうなんだナ~。でもタイラントシルフは催眠にかかったことがあるらしいんだナ~。引き継いだ情報にそういう敵にだけは気を付けるようにって書いてあったんだナ~。梨花は催眠魔法も使えるから、その後に魅了を使えば良いんだナ~」

「催眠魔法……? 相手を眠らせて暗示にかけるって、なにそれ……?」


 魔法少女の魔法はそのキーワードや使い方について勝手に頭の中に情報が流し込まれるため、教わるまでもなくどの魔法がどういうものなのかということはわかるのだが、そもそも効果の意味を知らない、言葉の意味がわからない場合には、その魔法を使うと具体的にどういう結果がもたらされるのか理解出来ないケースもある。

 梨花の持つ魔法である催眠もそのうちの一つで、梨花はこれを、対象を選択して眠らせ、自由に暗示をかけられる魔法、と認識しているが、そもそも暗示とはどういう意味なのかを知らないので、この魔法を使うと何が出来るのか、どうなるのかがわからないのだ。


「簡単に言うと、催眠中なら魅了の魔法も効くんだナ~。おまじないみたいなものなんだナ~。だから他の魔法少女には無理でも、タイラントシルフになら魔法をかけられるんだナ~」

「……」


 梨花は知らず知らずのうちにごくりと生唾を呑み込んでいた。

 魔法少女には直接的に作用する魔法へのプロテクトが存在する。だから本来なら、倫理を語る以前に魔法少女を魔法で友達にしようだなんてことは不可能なはずだった。悪魔の囁きに、自らの欲望に負けそうになった梨花は、出来ない理由を探して、ギリギリのところで踏み止まろうとしていた。しかし、出来るのだ。他でもない、タイラントシルフにだけは自分の魔法が通じるのだ。


 もしかしたらこれは運命なのではないかと、梨花はこの状況を都合よく解釈し始めていた。そうでもなければ、こんなことはありえないだろうと。

 今まではどんな人とでも友達になれた。クラスメイトは勿論、学校の上級生や下級生、歳の離れた近所のお姉さん。仲良くなりたいと思った人と仲良くなれなかったことなんて一度もない。だけど、初めて友達になれなかった、今までの誰よりも友達になりたいと思った、その人にだけ、友達になれる魔法の効果がある。


「試しに、ちょっとだけ、ちょっとだけなら……、でも、良くない、駄目だよ……。こんなの魔法少女のやることじゃない……。でも、うぅー……」

「昔のアニメの魔法少女は魔法で仲直りさせたり人を笑顔にしたりしてたんだナ~。結果良ければ全て良しなんだナ~」


 プーちゃんの言うそれは魔法で直接心を操っているのではなく、魔法で二人の仲を取り持つようなイベントを起こしたり、綺麗な花を出したりマジックショーのような芸として魔法を使うことで自然と人々を笑顔にするような行いのことを指しているのだが、あえて梨花に曲解させるような言い方をしていた。


「……だったら、一回だけ、一日だけなら」


 梨花の天秤は欲望に傾きつつも何とか理性と倫理によってギリギリのところで拮抗していたが、最後のダメ押しによって少しずつ、少しずつ欲望へと傾いていく。そして一度傾き始めた天秤は、もう一方に何かを乗せない限り元に戻ることはない。


「ふわぁぁ、これでようやく眠れるんだナ~」


 このプーちゃん、なにもアースの差し金で悪事を企んでいるわけではなく、基本的に何も考えずその場その場をどうにかやり過ごし如何にしてぐーたらな生活を送るかしか考えていない。今回も早く梨花を満足させて静かな眠りにつきたいという欲求から適当なことを言っているだけに過ぎない。

 だからこそ、余計なことはしないだろうと見込まれてこの町に送り込まれてきたわけだが、アースの予想もしていない方向で新たな波乱が始まろうとしていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 催眠は兎も角魅了は通るのかなぁ? [一言] 大人しい象さんが怒れる象さんになってしまう。
[一言] ···やっぱ「白いナマモノ」に通ずるモノが在るんだな···
[良い点] この地区には、魔法少女を地獄に突き落とすヤツしか担当になれないルールでもあるのか…
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