episode4-2 催眠②
「失敗しました!」
「急に呼び出しやがるから何かと思えば……」
平日の夜、少々物騒な身なりの若者が闊歩する町を変身前の状態で適当にぶらついていたシャドウは、いきなりサキュバスから魔法界へ呼び出され、何かあったのかと大急ぎで転移してきたのだが、待ち合わせでよく利用される噴水が設置された広場でシャドウを待っていたサキュバスが第一声に放った言葉がそれだった。つまり、先日シャドウに相談していたタイラントシルフと友達になろう大作戦が失敗に終わったということらしい。
「プレゼントは受け取って貰えませんでした……。エレファントさんたちとは結構お話しできて、一緒に遊びに行って仲良くなれたんですけど、シルフさんは全然話してくれませんでした……」
「そうか、まあ頑張れや」
「あっ、ちょっと待――」
一度弟子入りを認めてしまった手前、魔法少女の活動自体はしっかりとサキュバスの面倒を見ているシャドウだが、タイラントシルフと仲良くなりたいなどという極めて私的な用事にこれ以上付き合うつもりはさらさらなく、引き止める声を無視して転移光と共にその場を去る。咲良町で活動するにあたって、シルフに睨まれれば最悪追い出されてしまう恐れもあり、シャドウはあまりタイラントシルフという魔女と関わりたくないというスタンスなのだ。
さらに付け加えると、当然の話だが魔法界は現実の世界と比べて圧倒的に魔法少女の数が多く密度も高いため、人目に付くような場所には長居したくないという事情もあった。それは自身のこれまでの悪行が原因なわけだが、それを自分から話したいと思うはずもなく、シャドウはどちらかと言えば自分が嫌われ者であることをサキュバスには伝えていなかった。そのため、折角シャドウと待ち合わせをしたにもかかわらずサキュバスは一人でポツンと取り残されることとなってしまった。
そして運が悪いことに、この日はタイミングが悪すぎた。
「君、さっき会ってたのはシャドウだな? 私はネクロという者だ」
「私はパンテラ。お嬢ちゃん、シャドウと友達なのかな? 実は私たちもなんだ。お名前は何ていうの? 」
「そうなんですか! 私はサキって言います! シャドウさんは私のししょーです!」
年のころは中学生程度だろうか。髑髏や骨を装飾に用いたおどろおどろしい衣装の魔法少女と、シュッとしたフォルムのボディスーツに機械仕掛けの装飾を身に纏った猫耳魔法少女の二人組が人の良さそうな笑顔でサキュバスに声をかけた。
いかに元気一杯で直情的なお子様であるとは言っても、普段のサキュバスであれば知らない人に声をかけられて素直に名前を答えたりはしない。その程度の常識は弁えているし、怪しい人について行っちゃいけませんということもわかっている。
ただし、こと魔法少女に限って言えばサキュバスのおつむはお花畑だと言わざるを得なかった。魔法少女に悪人などいるはずがないと信じ切っており、見ず知らずの魔法少女に馴れ馴れしく話しかけられても、笑顔で応えてしまうほどに。
「久しぶりにシャドウに会いたかったけど、連絡取れなくて困ってたんだよね。もう一回シャドウを呼び出してくれないかな? ああでも、サプライズにしたいから私たちが居るってことは秘密にしてね」
「良いところがある、そこでシャドウと一緒に遊ぼう」
「はい! わかりました!」
どう見ても誘拐の手口なのだが、サキュバスはそれに気が付くこともなく他愛もない世間話をしながら噴水広場から離れ、徐々に人気のない裏道に案内されていく。そうして他の魔法少女の気配が完全になくなったころ、優しい声音で会話を続けていた二人組が足を止めた。
「シャドウはなんだって?」
「それが、話したいことがあるなら電話で良いだろって。どうしますか? サプライズはまた今度にしますか?」
「良いから今すぐ呼び出せ」
サキュバスの答えを聞いた途端、ネクロと名乗った魔法少女が命令口調で告げる。先ほどまでの優し気な様子が嘘だったかのように冷たい声音だった。
「いたっ! えっ……? な、なにするんですか!?」
「騒がないでくれるかな? 私たちもあなたに手荒な真似をするつもりはないんだよ? ただ、シャドウにはケジメを付けて貰わないといけないから。呼び出してくれないと、もっと痛くするよ?」
パンテラと名乗った魔法少女が唐突にサキュバスの頬を平手で張り、口調だけは先ほどまでと同じように丁寧なまま脅しをかける。
「あなたたち、ししょーの友達じゃありませんね! 魔法少女がこんなことするなんて、恥ずかしくないんですか!!」
ことここに至ってようやくサキュバスは状況を理解した。どうやら師匠はこの二人組から恨みを買っており、師匠をおびき寄せるために自分は騙されたのだと。そんなことをする魔法少女がいるという事実は大きなショックだったが、サキュバスは怯むことなく二人組を睨みつけて抵抗の姿勢を見せる。
「やる気ならば容赦はしない。死者の葬列」
「あなたのマギホンからボロボロになったあなたの写真を送れば来てくれるかな? 豹変!!」
「開門・悪夢の門!」
錆びた鍬や鎌を持った骸骨の群れが地面をかき分けて現れ、のそのそとサキュバスに向かって進軍していく。その間を縫うように、パンテラが素早くジグザグに地を駆ってサキュバスへ肉薄する。
虚空に開いた悪夢の門からは、得体の知れない大型車程度の大きさの怪物が這いずり出るが、動きは緩慢でとてもパンテラを捉えられず、骸骨の軍団に囲まれて袋叩きにされ始めた。
「弱え弱え! もっと威勢が良いとこ見せてくれよ!!
「ひっ――」
サキュバスは生まれてこの方殴り合いの喧嘩をしたことは一度もなく、魔法少女になってからも基本的に自分自身が直接攻撃して戦うようなスタイルではなかった。ゆえに一度近づかれてしまえば無力であり、あっという間に目の前にまで迫ったパンテラに対して恐怖心から思わず小さな悲鳴をあげてしまう。
「強きこと戦象の如く!」
「な――がぁぁっ!?」
パンテラの伸ばした手がサキュバスに届く寸前、サキュバスの背後から素早く飛び出してきた人影がパンテラを蹴り飛ばし、吹っ飛んだパンテラによってボウリングのピンのように死者の軍勢がなぎ倒された。
「エレファントさん!?」
サキュバスを背に庇い戦闘態勢を取るその少女は、つい最近仲良くなり今日も日が暮れるまで一緒に遊んでいた尊敬する先輩、魔法少女エレファントだった。
「ありがとうございます! でも、どうして」
「話は後でね。まだ終わってない」
「んだよ、テメェは! 関係ない奴はすっこんでろ!!」
なぜこの場所がわかったのか、なぜここに居るのか、疑問はいくつもあったが、問いかけようとするサキュバスを制して、エレファントは倒れ込んだ死体の山の下敷きになっているパンテラから視線を離さないまま答える。
直後、死体の山が爆発に巻き込まれたかのように吹き飛び、その下から片腕をブラブラと力なく垂らしたパンテラが現れた。
「この子は私の後輩だからね。イジメるつもりなら私が相手になるよ」
「ちっ、ネクロォ! こいつ雑魚じゃねぇ、本気で行くぞ!」
「と、お仲間は言ってますけど、まだやりますか?」
「っ!?」
パンテラは強化状態の自分が少なくないダメージを負ったことから、相対する魔法少女が少なくともフェーズ2であることを見抜き、二人がかりで潰すため相方に声をかけた。しかし帰って来た言葉は相方のものではなく、驚愕と共に振り向けばそこには10歳くらいの少女から大きな杖を突きつけられたネクロが両手をあげて立っていた。聞くまでもなく、降参の意を示していることは明らかだ。
「お前、風の魔女タイラントシルフ!? 何でお前みたいな大物がこんなとこに」
「気安くはなしかけないでくれますか。とても不愉快です」
「……そういうことか。最近はシャドウの新しい噂が立たねぇと思ってたが、お前の傘下に入ってたってわけだ」
「だったらどうします」
年齢に見合わない淡々とした冷静さ。感情を感じさせないその姿は、何も知らないパンテラにとって魔女という規格外の存在の不気味さに拍車をかける。小さな少女が段々と巨大な怪物に見えてくる。冷や汗が頬を伝い、さきほど受けたダメージとは別にいつの間にか身体が震えだしていた。本気で目の前の魔法少女とやりあえば、死ぬ。戦いにもならないということを、パンテラは獣の本能で感じ取っている。
「やめておくよ。割に合わない。シャドウがあなたの軍門に下ったって言うんなら、無理にケジメをつけさせなくても多少面目は立つしね」
先ほどまでの荒々しい雰囲気が霧散し、パンテラは当初サキュバスに話しかけた時と同じような穏やかな口調で告げた。それを受け、シルフも杖をおろしてネクロと呼ばれた魔法少女を開放する。
「そうですか。一応忠告しておきますけど、今後は報復なんて考えないことです。次はこちらも容赦しません」
「ははは、わかってるよ。あなたを敵に回したくないしね。行くよ、ネクロ」
乾いた笑い声をあげつつ、内心ではいつタイラントシルフの気が変わるかもわからないと戦々恐々としていたが、表面上は最後まで飄々とした様子を崩さず、パンテラはネクロを引き連れて去って行った。少なくともシルフが居る限りは、シャドウやサキュバスを襲おうなどとは考えないだろう。
「あ、あの、エレファントさん、シルフさん! 助けてくれてありがとうございます!」
「気にしないで、友達なんだから助けるのは当然だよ。でも、危ないから知らない人に付いていったりしたら駄目だよ?」
「はい、ごめんなさい……。まさか魔法少女にあんな人が居るなんて思わなくて。ところで、どうしてここに? ちょっと前にお別れした時、てっきり皆さんは帰ったのかと思ってました」
「あー、それはね。ちょっと私とシルフちゃんは用事があって、お別れした後にこの辺にいたんだ。そしたらサキちゃんがあの人たちについてくのが見えたからね。何かあったらいけないし、一応少しだけ様子を見ておこうと思って。すぐに助けてあげられなくてごめんね? 痛くなかった?」
少し言葉を濁しながらエレファントがチラチラとシルフに視線をやると、シルフはその視線から逃げるように顔を反らす。夜の暗闇に隠されてサキュバスにはわからなかったが、シルフの頬は少しだけ朱色に染まっていた。
今日は平日だが、咲良町の新たな仲間であるサキュバスと親睦を深めるため、放課後魔法界に遊びに来ていた。サキュバスがしつこくシャドウのことも誘っていたが、結局不参加で集まったのは5人。シャドウに報告していた通り、結局サキュバスはシルフとほとんど話せなかったが、それでも楽しいひと時を過ごし、30分ほど前に解散したばかりなのだ。
サキュバスはその後一人で余韻を楽しみ魔法少女の世界の空気感を堪能していたのだが、どうやらその時エレファントとシルフは二人で過ごしていたらしい。
「はい! あんなの何てことないです! 本当にありがとうございました!」
シルフと二人きりで遊ぶなんて羨ましいと思うサキュバスだったが、それ以上に危ないところを助けて貰ったことに対する感謝が大きいようで、深く頭を下げながら大きな声で二人に対してお礼を述べた。
「それにしてもあの人たち、何だったんでしょう。師匠に恨みがあるみたいな感じでしたけど……」
「う、うーん、それはシャドウさんに直接聞いた方が良いんじゃないかな」
「それもそうですね。それじゃあ私はこれで失礼します! エレファントさん、シルフさん、また遊びましょうね!」
サキュバスがぶんぶんと大きく手を振りながら転移魔法陣に包まれると、エレファントはそれに笑顔で手を振り返しながら見送り、シルフは特に何をするでもなく所在なさげに立ちながら見送るのだった。




