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魔法少女タイラントシルフ  作者: ペンギンフレーム
四章 眠れ、命尽きるまで
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episode4-1 サキュバス①

※四章よりTS百合要素がかなり強めになります。苦手な方はご注意ください。


ところどころ名前に強調がついてるのは平仮名が続いて読みづらいと思った部分につけています

 隅々まで掃除が行き届き綺麗に片づけがされている小洒落た部屋の中央で、波打つようにパーマのかかった淡い水色の髪の少女、木佐山ちさきが、短く切りそろえられた黒髪の女性に何事かを熱心に話していた。

 学校帰りにそのままやって来たのか、制服姿のまま熱弁を振るうちさき・・・に対し、話しかけられているジャージ姿の女性は、適当な相槌を打ちながら机の上に置かれたスマートホンを操作している。


「もう! ちゃんと話聞いてましたか師匠!」

「聞いてる聞いてるー。たしかに最近のお菓子は量が少なくなってて物足りないよね~」

「全然聞いてないじゃないですか! そんなこと一言も言ってないですよ!」

「あ~、ごめんって~。もうちょっとでデイリー全部終わるからお菓子でも食べながら待っててよ。すぐに歩美も戻ってくるだろうから」


 ちさきに師匠と呼ばれた女性は、机に片肘をついて眠そうに眼をとろんとさせながら、ソーシャルゲームのデイリークエストを消化しつつ間延びした声で答える。

 彼女は佐々木優希、またの名を魔法少女グリッド。かつて咲良町で活動し、ちさきに魔法少女としてのイロハを教えた人物だ。現在は宝物庫の鍵を手放し魔法少女を引退しているが、それからもちさきと疎遠になってはおらず、不定期に連絡を取り合う程度の関係は続いている。

 二人は魔法少女の活動を行う中で信頼を深め、現実でもお互いの身分を明かして交流しているため、優希がこういう性分であることはちさきも理解しており、仕方ないですねと言いたげなジト目を向けつつも言われた通り大人しく待つことにした。


「ごめんなさいね、ちさきちゃん。せっかく遊びに来てくれたのに。こんなものしかないけど、良かったらどうぞ」

「いえいえ、むしろいきなり訪ねて来ちゃってすみません。ありがたくいただきます!」


 優希の言葉に応えるように、明るく染められた茶髪で背の高い女性がトレーの上にティーカップとティーポット、それからクッキーの盛られたオシャレなお皿を乗せて入室し、苦笑しながらちさきに謝罪すると、ちさきはとんでもないと大きくを首を横に振って机の上に置かれたクッキーに手を付けた。


「これ、すっごく美味しいです!」

「あら、そう? 実は私が焼いたものなの。お口にあったみたいで良かったわ。優希、折角ちさきちゃんが来てくれたんだから、ゲームはほどほどにね」

「わかってるって」

「それじゃあ、私はちょっと用事があるから少し外させて貰うわね」


 ちさきの純粋な賛辞を受けて女性は嬉しそうに顔を綻ばせながら、口元に手をあててうふふと上品に微笑み、優希に簡単な注意をしてから部屋を出て行った。


「気を遣って貰っちゃいましたね」

「さあ? ほんとに用事があったんじゃないかな?」

「師匠はほんとに適当ですね……」


 さきほどの女性、桐島歩美は優希の同棲相手であり、彼女でもある。

 ちさきと優希は魔法少女としての師弟関係なわけだが、歩美は魔法少女ではなく、優希が魔法少女であったことも知らない。つまり歩美は、木佐山ちさきという人物が自身の彼女である優希と具体的にどんな交友関係なのかをそれほど詳しくは知らないのだ。にも拘わらず、以前から深く詮索するような真似はせず、こうして遊びに来ても邪険にするどころか優しく接してくれる。


「自分の恋人が、自分の知らない相手と親密にしてるなんて、色々邪推されても仕方ないと思いますけど」

「歩美は私にべた惚れだからねー。それにちゃんと仲が良い後輩だって話してあるからさ。ちさきとは何にもないよって」

「それを信じて深入りしないところに歩美さんの器の大きさを感じますよ」


 異性のカップルであれば、同性の友達と遊ぶなんて疑うようなことでもないだろうが、同性カップルともなれば、同性の友人ですらライバルになり得る可能性があるわけだ。ちさき自身、シルフが他の女の子と親密にしているところを想像するだけでモヤモヤするのだから。


「歩美のことは置いといて。相談っていうのは?」


 デイリークエストの消化が終わったのか、優希がスマホをスリープ状態にしてクッキーを口に放り込みもしゃもしゃと頬を膨らませて咀嚼し飲み込んでから、ちさきに問いかけた。

 魔法少女時代の蓄えによって労働という苦役から解放された優希は、普段昼夜逆転したニート生活を堪能しており、現在のような夕方の時間帯はまだ眠っているかちょうど起き出して来るかと言ったところだ。

 しかし前日に他でもない愛弟子から相談したいことがあると連絡を受けたため、仕方なく少しばかり早起きして日課をこなしていたのだった。


「実は、好きな子がいるんです……」


 少し頬を赤らめ、恥ずかしそうに伏せられた瞳は熱っぽい潤みをおびており、どこからどう見てもそれは恋する乙女の表情だった。

 共に戦場をかける友人たちに打ち明けるのと、師匠に打ち明けるのとではまた別なのか、あるいは恋愛相談を恥ずかしがっているのか、ちさきはブレイドにシルフへの恋心を宣言した時とは打って変わって少女らしい初々しさを見せる。


「ごめんちさき。私には歩美がいるから、ちさきの気持ちには……」

「先輩のことじゃないです」


 申し訳なさそうな表情でそんなことを宣う優希の言葉を、先ほどまでの乙女チックな表情はどこへやら、声のトーンを一段落とした真顔でちさきはバッサリと切り捨てた。


「ああ、そう。でも、だったらなんでわざわざ私に恋愛相談? 私はそういうの向いてないって、ちさきも知ってると思ってたけど」

「年下の女の子なんです」

「……うん?」

「だから、私が好きになったのが、年下の女の子なんですっ」


 解せないという表情で首をかしげた優希に、ちさきは顔を真っ赤にしながら少しだけ声量をあげてもう一度言いなおした。


 実際のところ、ちさきが好きになってしまった相手、つまりタイラントシルフは純粋な意味で年下の女の子ではない。むしろその逆で、本来は年上の男性なのだ。であれば、そのように相談するべきかもしれないが、仮にここで相手が年上の男性であると伝えたとして、全てがうまくいってシルフとお付き合いできるようになった時、相談した内容と結果で矛盾が生じることとなる。その矛盾がシルフの秘密を暴くことに繋がる恐れを考えれば、余計なことは言えなかった。

 さらに言えば、年上の男性へのアプローチ方法なんてものはネット上にいくらでも転がっており、探そうと思えば誰かに相談する必要などない。事実、ちさきも最初はその方面を調べてみた。ただし、その結果は頭を抱えたくなるようなものだった。

 ネット上で散見されるアドバイスの例をあげるならば、相手を名前で呼んで距離を縮めるだとか、良いところを褒めてあげるだとか、さりげないボディタッチをしてみるなどなど、今まで意識せずともやっていたことばかりなのだ。

 ちさきの認識では、シルフが元は成人男性であるということは理解しつつも、現在は小さな女の子なのだからそれに相応しいコミュニケーションをとっていたつもりだった。そしてシルフに対しても、普通の女友達ならこれくらい普通だと吹き込んでいたのだ。まさかそれがここに来て自分の首を絞めることになるなどと全く予想もできなかった。


 だから、現状を打開するため、シルフを夢中にさせるため、ちさきの知る中で唯一の女性同士のカップルであり、少し歳の離れたお相手に見事攻略された優希に相談をもちかけたのだった。


「年下の女の子ねぇ。私のところに来た理由は何となくわかったけど、ちさきは今中二だよね? その好きな子っていくつ?」

「中学……年くらい、ですかね。アハハ」

「……はんざいてきー」

「いえ、あの、大丈夫な子なんです。合法なんですっ」


 優希の冗談半分の非難の声に、ちさきは慌てて弁明する。

 面倒くさがり屋でずぼらで怠惰な優希ではあるが、人並み程度の常識と倫理観は持ち合わせており、相手が年下の女の子であると伝えればそのように言われる可能性があるのはちさきもわかっていた。ただ、シルフに対して「夢中にしてあげる」などと大見得を切った手前、何をすれば良いのかもわからないまま途方に暮れるわけにも行かず、葛藤の末、師匠であればわかってくれると前向きに考えて相談することを決断したのだ。


 そもそも、本来であればちさき・・・としてもあそこまで性急にことを進めるつもりはなかった。シルフに恋しているということは自覚したが、それをすぐにでも伝えなければいけないとは、少なくともあのウィッチカップの日までは思っていなかった。少しずつでもシルフが自分の気持ちに応えてくれるよう、ゆっくりアプローチしていけば良いと考えていた。

 ただあの日、ウィッチカップが終わりシルフの祝勝会を開いたあの時、真剣な表情で元の姿に戻り家族とやり直したいと語るシルフを見て、ちさきは気が付いた。シルフが自分から離れようとしていることに。その言葉は最後まで言わせなかったが、かつてシルフが言っていたことを思い返せばすぐにわかった。シルフは歳の離れた異性である自分とは友達になれないと、そんなの気持ち悪いだろうと、そう言っていたのだ。その時はちさきの持ち前の強引さで距離を詰めて仲良くなることに成功したが、その言葉は、その考えは、シルフの中からなくなったわけではなかったのだろう。

 だからちさきは自分の気持ちを伝えて、不意打ちで唇を奪った。シルフの中に自分を強く刻み付けて、例え元の姿に戻ったとしても忘れられないように、自分から離れようだなんて考えられなくするために。家族にも渡したくないなどと言ったのは、気持ちの強さゆえに咄嗟に出てきてしまった本音でもあるが、だからと言ってシルフの目的を邪魔しようだなんて考えていない。シルフが水上良一に戻れたとしても、ちさきには諦めるつもりなど毛頭ないのだ。


「合法……? ああ、なるほどね。同性カップルだからってだけじゃなくて、魔法少女でもあったから適任なわけだ。だとするとお相手は……、サキュバスちゃんかタイラントシルフちゃんってとこかな?」

「……それ以上の詮索はしないでいただけると助かります」

「オーライオーライ、面倒ごとに首突っ込む気はないよ」


 ちさきが思わず口走ってしまった合法であるという言葉は、元魔法少女である優希にしてみれば何かある相手だと容易に想像できるものだった。

 とくに年齢層が比較的高めだった咲良町の魔法少女も、最近ちょうど二人ほど小学校中学年くらいの子が増えたところで、それと結びつけるのは自然な成り行きだ。


「まあ、ちさきは真面目で良い子だから滅多なことはしないと思うけど、あんまり心配させないでよ。それで、何が聞きたいの? なんとなく予想はつくけど」

「師匠は元々女の人が好きってわけじゃなかったですよね? 歩美さんの猛アタックに堕とされたじゃないですか? どういうアプローチが特に効いたのかなって」

「やっぱりそういうことか……」


 ちさきの言葉通り、優希は同性愛というものに特段興味も偏見も持っていなかった。そもそも歩美とくっつくまでは人を恋愛的に好きになったこともなかったし、中学生の頃から魔法少女として十分な収入を得ていてたため誰かと結婚するというような未来もとくに描いておらず、何となく自分の好きなことをしながら一人で生きていくのかな、と考えていた。

 だというのに、猛烈にアタックしてくる歩美にいつの間にか絆され、流されるままに今ではこうして同棲までしている。そしてそのことを優希自身嫌だとは思っていないのだ。むしろ、恋愛なんてものに興味はなかったはずなのに、いつの間にか歩美のことを欠かすことのできないパートナーだと思っていて、愛情というものを確かに抱いている。


「うーん、気が付いたら少しずつ好きになってたって感じだからどういうアプローチが特に効いたとかはあんまり覚えてないけど、そこまで言うなら試しに付き合ってみても良いかなって思ったきっかけはあれかなぁ」

「おぉ! なんて言われたんですか!? それとも何をしてもらったんですか!?」

「一生養ってあげるってさ。仕事も家事も何にもやらなくて良いからその代わりに私だけを見て、だったかな。お金はいくらあっても困らないし、養ってくれるっていうなら断る理由もないかなーと思って」

「……それは何というか、師匠らしいですね。それに歩美さんは本当に師匠のことが大好きだったんですね」

「自分で言うのもなんだけど、こんなにぐうたらな私の何がそんなに良いんだかねー。まー、つまりさ、私から言えることは二つだよ。一つは相手の求めてるものを与えてあげること」

「相手の、求めてるもの」


 シルフが求めているものはなにか。ちさきがそれを明確に思い描くよりも早く、優希が続けて言葉を紡ぐ。


「もう一つは、相手の悪い部分も受け入れられるってことを相手に伝えること。私は自分でもぐーたらでダメダメだってことはわかってるつもりだけど、歩美がそれでも良いって言ってくれたのは嬉しかったから。だからちさきも、相手の良いところばかりじゃなくて、悪いところにも目を向けて、それでも想いが変わらないならそれをありのまま伝えれば良いよ」

「な、なるほど……! 流石です師匠! すごく参考になりました!」


 相手の悪い部分も受け入れるというのは、恋にかまけて視野が狭くなっている時には見落としてしまうものだ。いざ付き合ってから相手の悪いところが見えてきて愛が冷めてしまうなんてことも珍しくはない。

 ちさき自身はシルフの滅茶苦茶に後ろ向きで面倒くさい性格のことも理解したうえで好きになったのだという自覚はあったが、そのことをシルフに直接伝えたことはない。


「ふふん、ま、伊達に師匠と呼ばせちゃいないってことだよねー。ついでと言っちゃなんだけど、もう一つ良い話をしてあげるよ。これは恋バナじゃないけどね。ちさきはFXって知ってる? 時代は投資だよ投資。銀行にお金を預けておけば安心なんて考え方は時代遅れだよ。インフレリスクだってあるんだからさ。私たちみたいに大金を稼げる魔法少女はお金に働かせてお金を稼ぐのが一番良いんだ。その好きな子を幸せにするのだってお金はあるに越したことはないし――」

「なんかよくわからないですけど、その投資? ですか? ちゃんと歩美さんに相談した方が良いと思いますよ」


 聞いてもいない儲け話を意気揚々と語り出した優希に対して、師匠は肝心なところでは格好良くキメてくれる人だけど普段はダメダメなんですから、と口にしそうになった言葉を呑み込んで、ちさきは何とかオブラートに包んで忠告することに成功した。

 これまでも優希は何かと楽をしようとしては失敗を繰り返してきた前科があり、こうして調子に乗り始めるのはその前兆だった。


 ちさきの忠告を理解しているのかいないのか、優希はこの後も長々と聞きかじりの半端な知識で楽な儲け話について嬉々として語るのだった。

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