prologue 憧憬
またまた大変長らくお待たせいたしました。
第四章開始です。
四章本編が完結するまで毎日更新となります。
なお、KUREHA様にご依頼してシルフちゃんのイラストを描いていただきました。
容量の関係でこちらには載せられなかったので、見ても良いよという方は是非以下のURLからご覧いただけると嬉しいです。
https://twitter.com/penguin_flame
少女の目に最初に飛び込んできたのは、巨人だった。
それはこの世の歪みを凝縮して形作られたかのような、禍々しさと不気味さを併せ持つ黒い靄の巨人。
巨人が一歩踏み出せば大地は震え、いくつもの建造物がその悍ましさに耐えかねるように崩壊する。そんな巨人が何かを探す様に、一歩、また一歩と歩みを進め、少女の知る町を均していく。
天災と言っても過言ではないほどの恐るべき存在であり、ちっぽけな少女に出来ることなど何もない。崩れ行く町並みを、踏み消されていく文化の足跡を、ただ固唾を呑んで見守ることしか出来ない。
だが、彼女たちは違った。
始まりは煌めく白刃の剣だった。
矢のように勢いよく飛翔する剣が巨人に突き刺さり、続けて黒い波のような何かが巨人を背後から襲う。さらには倒壊した建物の瓦礫が投げ付けられ、小さな破片をまき散らしながら砕け落ちる。
巨人はその悉くを何事もなかったかのように意にも介さず行進を続けるが、彼女たちは諦めない。倒壊を免れたビルの壁に巨大な魔法陣が発生し、そこから夥しいほどの剣が飛び出したかと思えば、今度は黒い波が細く収束しビームのようになって巨人の身体を削り取る。さらには空色の衣装をまとった一人が巨人に肉薄し、力強くその巨体を蹴りつけた。
彼女たちの奮戦によって巨人は足を止めたが、戦いは決して均衡していなかった。
恐ろしい巨人へ勇ましく立ち向かう彼女たちですら、足止めが精いっぱい。途中、新たに二人の加勢が現れても戦況をひっくり返すには至らない。
一つ間違えればあっという間に全滅してもおかしくない。そんな綱渡りにも似た緊張感を断ち切ったのは、突如現れた法衣のような服装の小さな女の子だった。彼女たちよりも明らかに幼く、外見だけで判断するのであれば少女とさほど変わらないあろう、その女の子。
そこからはあっという間だった。
嵐のような竜巻を自在に操るその女の子によって巨人は成す術もなく削り散らされ、最後には微小な粒子となって溶けるように消失していった。
彼女たちは一体何者なのか?
魔法と呼ばれる未知の力を操る、正体不明の煌びやかな少女たち。
この世界を守るために現れた魔法の世界の住人か、あるいは黒き怪物へ復讐を誓う放浪者か、はたまた魔法の力を借り受けているだけの普通の少女か。
様々な憶測が飛び交い泡沫のように消えていくが、たった一つだけ間違いのないことがある。それは彼女たちの戦う理由が世界を守ることであるということ。
だから人々は、敬意と感謝、それから少しばかりの親しみを込めて彼女たちをこう呼んだ
魔法少女、と
・
「うぅ~! やっぱり何度見ても最高に格好良いです……!」
巨人の消滅と共に停止した映像を見ていた少女が、感極まったように上ずった声をあげる。
少女が見ていたものはとある動画サイトに投稿された動画の一つだ。事情を知らない人に見せればよくできた特撮映像とでも思われそうなそれは、けれどフィクションなどではなく、現実の戦闘記録なのだと少女は理解している。何せその動画が掲載されているのは魔法少女の公式HPからアクセスできる、魔法少女専用の動画投稿サイトなのだから。
言葉の通り、少女がその映像を見るのはこれが初めてではなく、すでに何度となく見返したものであり、最初から最後まで内容は完全に頭に入っているほどだ。
それでもなお再びその映像を見てしまうのは、強く、凛々しく、可愛らしいあの少女の戦いぶりに惹かれてやまないからだ。
「私と同じくらいなのに、凄いなぁ」
小学校も中学年ともなれば、魔法少女やスーパーヒロインと言った子供向けのコンテンツからは卒業していく者が多い。アニメや特撮を見ている者がいたとしても、自分もいつか魔法少女になりたい、だなんて考える夢見がちな子は多くない。
そんな中で、少女は未だにあの煌びやかな存在に対する憧れを捨てきれずにいた。魔法少女の正体なんてほんの少しも知りはしないが、自分もいつかあんな風になりたいという願いを胸の奥に秘めていた。
もちろんそれを友人たちに公言するほど無知でも無恥でもない少女は、放課後共働きの両親が帰って来るまでの間に慣れないインターネットを何とか手探りで使って魔法少女たちの活動を追いかけているのだ。
今再生していた動画は彼女が初めて表舞台に姿を現した時のもので、少女はそれがとくにお気に入りだった。
魔法少女は全国各地に万を越えるほど存在し、彼女の住む町だけでも現在は5人の魔法少女に守られている。そんな中で少女が彼女に一際強い想いを抱いているのは、一見して彼女の年齢が自分に近しく見えることと、その劇的な経歴による部分が大きい。
これまで全くの無名だった新人魔法少女が、デビューからそれほど間を置かず魔法少女たちのトップクラスである魔女にまで至り、強力な敵を歯牙にもかけず葬り去る。そうして様々な魔法少女に慕われ、頼られている。
そんな成功物語に憧れないという方が嘘だろう。
「タイラントシルフさん……」
いつか自分も彼女のようになりたい。そして彼女と友達になって、笑いあいたい。彼女に認められたい、彼女の一番になりたい。
様々な想いが絡まり合って、少女自身自分が最も望んでいるものが何なのかもよくわからないままに、彼女の名を口にしていた。際限なく高まって行く熱に胸を焦がされないように、その熱を発散するように。
少女のように、特定の魔法少女に憧れる者は少なくない。それは少女くらいの歳頃の女の子でもそうだし、もっと小さな子供でも、大きな子供でも同じことだ。
そして大半の人間は成長と共にそんな憧れを思い出にして、新たな夢を見つけて歩き出していく。
魔法少女になることなんて出来ないのだと、現実に折り合いをつけて進んでいく。
そう、だからそれは幸運だったのかもしれない。あるいは悪運だったのかもしれない。
「大崎梨花ちゃん、魔法少女になってみないかナ~?」
その日少女は、魔法少女に憧れているだけの普通の小学四年生だった大崎梨花は、宝物庫の鍵を手に入れた。




