episode3-閑 プール①
時系列は縄張り争いが終わった直後、八月の末ごろです。
1.
エレファントさんたちの夏休みもそろそろ終わりが近づいてきたある日のこと、私は魔法界のとあるレジャー施設にやって来ていました。その名もマジカルアクアランド。名前から連想出来るとおり、大型のプールです。
先日の咲良町襲撃事件にあたり、地元の魔法少女と魔女の仲があまり良くないと思われていたのが原因の一つだったのではないかと考えたエレファントさんの提案により、ここ数日私たちは魔法界の色々なところで仲良しっぷりを見せつけるように遊び回っています。今日もその一環ということで、私、エレファントさん、ブレイドさん、プレスさんの四人で遊びに来たというわけです。
エレファントさんはともかく、ブレイドさんやプレスさんと仲良しの振りをするのは気が重い部分もありますけど、仲間外れにしてまた妙な噂が流れても困りますから仕方ないです。ちなみにシャドウさんは一応咲良町に住み着いてますけど、まだHPの表示やらは変わってないので対外的にはフリーのままです。そんな状態で仲良しアピールをするのは話がややこしくなりますし、何よりシャドウさん自身が望まなかったので不参加になりました。
そこまでは良いんですけど、今日は一つ問題があります。
エレファントさんの安全のために仲良しアピールをするということ自体は私も納得していることで、気恥ずかしさを我慢してこれまでも付き合ってきましたけど、今日来た場所は流石にハードルが高いと言うか、覚悟を決めなければいけないというか……。
「シルフちゃん? そんな隅っこでどうしたの?」
「ひゃわ!?」
ロッカールームでの着替え中、みなさんをなるべく視界に収めないように人の居ない方へ避難していたんですけど、エレファントさんに見つかってしまい思わず変な声をあげてしまいました。
今日のエレファントさんはいつもの魔法少女然とした空色の衣装ではなくて、とても肌の露出が多い、単刀直入に言うと水着を身に付けているのです。胸元にリボンが付いた袖がフリルの三角ビキニに、同じくフリルのフルカットボトムで色は淡い水色で統一されてます。
水着なんですから人に見られるのは当たり前で、別にエレファントさんの水着を見ることが悪いことではないと理解してますけど、それでもやっぱり普段とは違う露出の多さやその状態での距離の近さも相まってどうしても意識してしまいます。
「ほらほら、早く着替えないと置いてっちゃうぞ~」
少し離れた場所からぶんぶんと大きく手を振ってるプレスさんは、スタンダードな三角ビキニにタイサイドのローライズボトムで、それぞれ桃色から白のグラデーションになってる水着です。
実は着やせするタイプだったみたいで、それなりに大きな胸が手の動きに合わせて揺れていて、見ないようにって思ってるのに声をかけられてつい目線がそっちに行ってしまいます。
「シルフさん、女の子同士なんだからそんなに恥ずかしがらなくても大丈夫よ」
黒のフレアビキニにスカート付きのボトムを着たブレイドさんがエレファントさんに続いて私のところまで近づいて来て、そっと私の肩に手を乗せて優しく微笑みました。
でも、女の子同士じゃないから問題なんです!
みなさんの水着姿を見るのだって恥ずかしいですし、それに私が女の子用の水着を着て人前に出るなんて恥ずかしすぎます!
エレファントさんの押しの強さに負けて流されちゃいましたけど水着選びに連れまわされてた時に断っておくべきでした……。
「わ、わかりましたからあっち向いててください!」
恥ずかしいですけど、ここまで来たらやっぱり帰るなんて言えるわけないですし、みなさんに迷惑をかけるだけですから腹を括ります。
着替え自体はマギホンの機能で一瞬で終わるので見られてても問題はないですけど、いつもの服装から水着に着替えるところをじっくり見られるというのは嫌なので後ろを向いて貰いました。
「やっぱり落ち着かないです……」
画面をタップした瞬間、いつもの神官のような衣装から、薄黄緑色のキャミソールのようなトップにショートパンツタイプの白いボトムへ切り替わりました。エレファントさんいわくタンキニというタイプの水着なんだそうです。女性水着の種類なんて詳しくないですから目立たない感じなら何でも良かったんですけど、散々着せ替え人形にされた末にエレファントさんたち三人の協議を経て可決されたものです。
「わぁ! やっぱり可愛いよシルフちゃん! お持ち帰りしたい!」
「何危ないこと言ってるの。でも、似合ってるわ」
「……ありがとうございます」
似合ってるなんて言われても別に嬉しくはないんですけど、エレファントが喜んでるので良しとしましょう。それに恥ずかしいのは変わりませんけど、エレファントさんたちの水着と比べるとかなり露出は少ないですし、ギリギリ我慢できるレベルです。
「じゃあ行こっかシルフちゃん!」
「あ、ま、待って下さい」
楽しそうに笑いながら私の手を引いて、エレファントさんが小さく走り出します。
つられて、転ばないように私も走り出して、ロッカールームを出た瞬間、目の前に広がったのはテーマパークのように楽しげで心躍る様な光景でした。
ウォータースライダーはまるでジェットコースターでみたいで、大きな水上アスレチックの一端がここからでも見えて、飲食物を販売してるお店はファンシーで、巨大な山のようなオブジェクトから噴水のように水が噴き出します。
きっと今見えているものが全てじゃなくて、まだまだ沢山のアトラクションや施設があるはずで、テレビの中でしか見たことないものが目の前にあって、この瞬間の私は自分でも気づかないくらい自然に、夢の中にいるみたいに、ワクワクしてました。
すぐにプールで走るなってブレイドさんに注意されて、現実に引き戻されちゃったんですけどね。
2.
冷たいシャワーを浴びて身を清めた私たちが最初にやって来たのは、大きなプールの上にビニール製の遊具や浮島がいくつも浮かべられたアトラクション、いわゆる水上アスレチックです。
魔法界の各施設を利用出来るのは魔法少女だけで、全体でも精々1万人、その中でも今日このタイミングでプールに来てるのなんてそう多くはないので、ほとんど順番待ちなんてなしで私たちの順番が回ってきました。
「遠くからでも結構大きいように見えたけど、同時に二人まで遊べるみたいね」
「よーし、じゃあ二人でどっちが早く向こう岸まで渡れるか競争しよっ!」
「いいじゃん面白そー! まずはあたしとエレちゃんね!」
「あ、ちょ、ちょっと待って下さいっ」
あれよあれよという間に話が進んで、私が制止の声をあげるよりも早くプレスさんはエレファントさんの手を引いてアスレチックに飛び乗ってしまいました。エレファントさんもノリノリで浮島をジャンプで渡り始めてしまったので、今更引き返してもらうことも出来ません。
このマジカルアクアランドでは魔法の使用が禁止されてるので、二人とも魔法少女としての基礎的な身体能力だけのはずなんですけど、人間業とは思えない身軽さでピョンピョン跳びはねながらどんどん先に進んでます。
わーきゃーと楽しそうな悲鳴が聞こえてきて、エレファントさんはとっても楽しそうです。
「もうっ、気が早いんだから」
「……」
ブレイドさんと二人残された私は何とも言えない気まずさから、遠ざかっていくエレファントさんの後姿を無言で見つめることしか出来ません。戦場でならまだしも、こんな状況で一回り以上も歳の離れた女の子にどんな話をすれば良いのか見当もつきません。
でも、今回の目的は仲良しアピールなわけですし、何も話さないというのはわざわざ恥ずかしさを我慢してまで水着を着たことが無駄になってしまうような気もします。
「シルフさん、そんなに気負わなくても大丈夫よ」
「え?」
ブレイドさんが私の手を握って、小さな子供に話しかけるような優しい声音で言いました。
「無理に会話をしなくても、こうしてるだけで対外的なアピールは充分よ」
「は、はい」
何を話せば良いのか、どうすれば良いのか、少しだけ考えすぎてたみたいです。
確かにブレイドさんの言う通り順番待ちで手を握ってるなんて仲良しじゃないとしないですもんね。それに、これくらいならきっと許されますよね。
握り返した手を少しだけギュッと強く握られて、ほんの少しだけ気持ちが軽くなったような気がします。
「うわー!」
「ぎゃー!」
「……私たちは力を合わせてゆっくりいきましょう」
「……そうですね」
水に濡れた足場の上を走っていたエレファントさんとプレスさんは結局揃って足を滑らせ変な声をあげながらプールに落ちてしまいました。次は私たちの番です。
ブレイドさんの言葉通り、私たちは手を繋ぎながら一つ一つ確実に障害物を越えていきます。
「うわわっ、す、滑りますね」
「大丈夫、シルフさん? 転びそうなら私にしがみついても良いから」
エレファントさんたちが走破してたのでゆっくり行けば余裕だと思ったんですけど、どうやらそう簡単にはいかないようで、私は何度もツルツルと滑るビニールで足を滑らせて転びそうになっては何とか立て直すということを繰り返してしまってます。
「いえ、そういうわけに――わぁ!?」
「おっと、ほら、だから言ったでしょ?」
さすがに私の事情を知らないブレイドさんに抱き着くなんて許されないことで、だからそれだけは断固として拒否するつもりでした。ですがタイミング悪く致命的に足を滑らせて、自分ではどう頑張っても立て直せない態勢であることを理解し、大人しく水面に転がり落ちるのを受け入れた私をブレイドさんは繋いでいた手を強引に引き寄せて受け止めました。
私は完全に態勢を崩していたせいでされるがままで、つまりその、なんというか、ブレイドさんの胸の中に飛び込む形になってしまいました。
「ご、ごめんなさいっ! わたしそんなつもりじゃ!」
「? 二人とも落ちなかったんだから謝ることないわ。ほら、エレファントとプレスが待ってるし早くいきましょ」
「ぅ、ぅ~」
全身が暑いです。申し訳なくて恥ずかしくて、死にそうです。
結局それから私は、無事にゴールしてブレイドさんが私の手を離すまで、まともにブレイドさんのことを見ることが出来ませんでした。




