episode3-4 ウィッチカップ⑰
魔法局とタワーマンションはそれほど離れていないですけど、万が一にも遅れるわけにはいかないので全速力で飛行して何とか5分前には到着しました。
自分の部屋なので別に鍵を開けてそのまま入っても良いんですけど、中にはエレファントさんたちがいるわけですし、びっくりさせるのも良くないので一応インターフォンを押します。
『はーい』
「あの、シルフです」
出てくれたのはエレファントさんだったみたいで、入って入ってという言葉に従って玄関から家に入ります。
そのまま廊下を通ってリビングに繋がるドアを開けたところで、パンパンという破裂音が耳に響きカラフルな細長い紙や鮮やかで小さな紙片が私の頭に降りかかりました。
「「「「「「「優勝おめでとー!」」」」」」」
「え? あ、これって……?」
部屋の中には私を除いた咲良町の魔法少女4人と純恋町の魔法少女3人が勢ぞろいしていて、それぞれがクラッカーを私に向けて持っていました。
部屋の中は折り紙で作った輪っかの飾り付けがされていて、机の上にはケーキやチキンなどのパーティー料理が並べられています。
そして、エレファントさんがいます。あの日以来ずっと会えてなかったエレファントさんが。
「シルフちゃん優勝おめでとうあ~んど!」
「エクスパイセンとっても頑張りました!」
「っていうお祝いと労いを兼ねたサプライズパーティーよ」
「この私も先ほどクラッカーでお祝いして貰ったのだけど、主役という感じで悪くないね!」
「今回の主役はタイラントシルフだと思うが……」
「細かいことは気にしない気にしない。ほらほら、シルフちゃんもそんなところで立ってないでこっちこっち! 席空いてるよ」
「へへ、いやぁ流石です風の魔女様ぁ。下僕のあたしも鼻が高いってもんですよぉ」
「下僕にした覚えはないですけど……。みなさん、ありがとうございます。さっきの今で準備が大変だったんじゃないですか?」
まさかこんなお祝いの準備をしてくれているとは思ってなかったので、思わず面食らってしまってあまり良い反応は返せませんでした。そもそも私こんなパーティーに参加するのなんて初めてですし、どういう反応をするのが成功だったのかもよくわかりません。
ただ、試合が終わったのがまだ2時間ちょっと前なのにこれだけ会場を整えて料理を用意するなんて大変だったと思います。私とエクステンドさんの為にわざわざそんな手間をかけてくれたんだって思うと、素直に嬉しいです。
「飾り付けとかは前から作ってたからそんなに大変じゃないよ!」
「時間がなかったから料理はほとんど店売りのものになっちゃったんだけどね」
「味見したけど全部美味しかったよー。ほら、シルちゃんも食べて食べて」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
あーんするように口元へケーキをグイグイ押し付けてくるプレスさんからお皿とフォークを受け取って自分で食べます。
うん、美味しいです。ブレイドさんは店売りになっちゃったなんて言ってましたけど、料理はともかくケーキとかお菓子は中々素人が作れるイメージはありませんし、全然悪いことじゃないと思います。
「シルフちゃん、こっちも美味しいよ。はい、あーん」
「え、あの、今は手が塞がっててですね……。というか量が……」
「あーん」
「あ、あーん……」
プレスさんとは反対側の隣の席に移動してきたエレファントさんがニコニコ笑いながら、問答無用で大きなケーキの塊がついたフォークをゆっくりと近づけてきます。何やら妙な迫力を感じて抵抗することも出来ず、大人しく大口を開けて口の中に詰め込まれたケーキを頬張りました。
すごく食べづらいというか、口の周りにケーキがついちゃいましたけど、美味しいです。
「もう、シルフちゃん。口の周りにケーキついてるよ」
口一杯のケーキをもちょもちょと無言で咀嚼していると、エレファントさんが紙ナプキンで私の口の周りをぬぐい始めました。そんな子供のような扱いに当然抵抗しようとしたのですけど、手は塞がってますし口は開けないしでどうすることも出来ません。
というかですね、エレファントさんが無茶して一度の沢山詰め込むからこうなったんですけど、なんで私が食べるの下手みたいな扱いを受けてるんでしょうか? エレファントさんが楽しそうなので別に良いですけど。
「シャドウさんがこういう集まりに参加するのは珍しいですね」
「あー、ちょっと伝えとかなくちゃいけないことがありまして……」
ようやく口の中が空になったので、ふと感じた疑問を投げかけてみるとシャドウさんは歯切れ悪くもごもごと口ごもって視線を逸らしました。また何か悪いことをしてるんでしょうか。もしエレファントさんを巻き込んでるようなら粛清が必要ですね。
「いや、あの悪いこととかではないんですけどね? こんな場でいきなりこういう話するのもどうかと思いまして……」
「もしかして咲良町の新人さんのことですか?」
「あ、知ってたんすね。そうなんですけど、ちょっと妖精に頼まれまして。あいつの面倒はあたしが見てもいいすかね?」
「何の話ですか? 新人に妖精?」
「私も初耳だよ」
「ちっちっちー、二人ともアンテナが狭いなー。常に情報収集はしておかないとさ」
ブレイドさんは何か知ってるみたいですけど、エレファントさんは私と同じで何の話かわかってないみたいです。
そんな私たちに、シャドウさんが立てた人差し指を左右に振りながらマギホンの画面を見せてきました。
そこには咲良町に所属している魔法少女の一覧が表示されていて、上から順にエレファントさん、ブレイドさん、プレスさん、私、シャドウさん、そして最後にサキュバスという何やら妖しい名前がありました。
「魔法少女サキュバス?」
「そそ、夢魔の魔法少女。一人で活動してるのかと思ってたけど、シャドっちが面倒見てたんだねー」
「でも、シャドウさんはエレファントと一緒に行動してたはずよね?」
「この新人が増えたのはつい最近なんですが、偶然エレファントさんが来れなかった時に妖精から押し付けられたもんで……。ただまあ、既存のチームを分裂させてまであたしに気遣われんのもちょっとあれなんで、今後はこいつとやってきますよ。みなさんは今までどおり四人でやってもらえればってわけで」
「シャドウさんはやっぱり私たちと一緒に戦うのは難しいですか?」
「エレファントさんには先日お伝えしましたがね、どうにも団体行動は得意じゃないんです。我慢できても二人が限界でして。まあ、咲良町は未だに若干人手不足でしたし、これでようやく丁度いいくらいじゃないすか。それぞれ別のチームってことでうまくやっていきましょうや」
私としてはその新人さんとシャドウさんが二人で活動するんでも私たちのチームに合流するんでもどっちでも良いですけど、これってエレファントさんが戻って来るってことですよね。そういうことですよね。
「言ってはなんですけど、新人の魔法少女がまともに戦力に数えられるとは思えません。二人のチームと言えるんですか?」
「まあそりゃそうですが、助けを呼びに行くとかあたしを担いで逃げるくらいはできますよ。そもそもあたしはそんな格上にゃ挑みませんから。実際、エレファントさんと組み始めてからも基本的にあたしは一人で戦ってるんすよ」
「……そうなの?」
「うん。私が手を出すとシャドウさんの取り分が減っちゃうから何もなければ基本は見守ってるよ。今までに何かあったことはないからずっと見守ってるだけになってるけど」
「へー、だったら別にいーんじゃない? エレちゃんを遊ばせとくよりはあたしらの連携も強化できるし強いディスト相手に経験積めるし、エレちゃんには戻って来てもらえば?」
「あの、私もプレスさんの案に賛成です」
元々エレファントさんが決めてシャドウさんを助けに行っていたわけなので、その行動を否定するようなことはあまり強くは言えないですけど、控えめに主張をしておきます。多数決ならもう決まったようなものです。
「……」
ボソッと呟いた私に反応して、ブレイドさんが私を見てます。なんか、凄い見られてます。なんでですか!? プレスさんと同じって言っただけなのに何で私だけそんなに見つめるんですか!?
「わかりました。私は異論ありません。エレファントは?」
「う~ん、サキュバスちゃんには会ってみたいけどチームの話は私もプレスに賛成かな。シャドウさん、自分では大して強くないなんて言ってるけど、強いよ」
「そんなこたぁないですがね。まあ、じゃあそれで決まりってことで」
チームの編成の話はそこで一区切りとなって、そこから話題は新しい魔法少女に移っていきました。どうやら年齢的には私の外見年齢とほとんど変わらないそうで、魔法少女に憧れを持ってるタイプなんだそうです。
「すみません、お手洗いに行ってきます」
途中までは私もその話に耳を傾けてましたけど、エレファントさんとまた一緒に戦える、またたくさん会えるってことの実感が徐々に湧いてきて、嬉しさで頬が緩みそうになってしまうので一度避難することにしました。ニヤニヤ笑ってる顔は見られたくないです。
廊下に出てリビングと繋がるドアを閉めてから、ついつい吊り上がってしまう口角を揉み解して真面目な表情に戻そうと試みます。
「何してるの?」
「ふぇ!?」
音もなくいつの間にか近づいてきていたその人物にいきなり声をかけられて、私は驚きから妙な悲鳴をあげてしまいました。顔を見るまでもなく声でわかってましたけど、振り向いてみればそこにはやっぱりエレファントさんがいました。
「シルフちゃん、ほっぺたもちもちだもんね。もみもみしたくなっちゃった?」
「ひゃ!? エ、エレファンホひゃん!? ひゃへへふらはい!」
「あはは、なに言ってるかわかんないよ」
私が何か言い訳する暇もなく、エレファントさんは私の頬を両手で掴んでむにむにと揉みしだき始めました。流石にこれは恥ずかしいのでやめて下さいとお願いしたのですけど、どうやらうまく発音できてないようでエレファントさんに私の意思が通じてないみたいです。
「も、もう、やめて下さいって言ったんですっ」
「そうだったの? ごめんね、嫌だった?」
エレファントさんの腕を掴みながら後ずさりして何とかむにむに攻撃から脱出して少しだけ文句を言いますけど、しゅんとしたエレファントさんにそう聞かれると嫌だったとは言えません。
「い、嫌ではないですけど、恥ずかしいからもう駄目ですっ」
「えー、残念だなー。それで、どうかしたの? お手洗いじゃなかったんだよね?」
「別に大した理由じゃないです」
エレファントさんが戻って来てくれるのが嬉しいって伝えるのは良いですけど、それで頬が緩んじゃうから落ち着くまで席を外してましたなんて恥ずかしくて言えません。
「それよりエレファントさん、一つ伝えておきたかったことがあるんです」
エレファントさんは押しが強いですし、私はエレファントさんに強く迫られると断り切れないので話題を逸らしましょう。ちょうど今は二人きりですし、なるべく早く伝えたかったので好都合です。
「……なにかな?」
「私の元の姿の話です。エレファントさんのお陰で、決心がついたんです」
エレファントさんがちゃんと双葉と向き合えって言ってくれなかったら、きっと私は今でも双葉から逃げてたんです。双葉が魔法少女をやっていたことも、苦しんでいたことも、なにもわからなかったんです。
私が今こうやって魔法少女を続けられてるのも、魔法薬を手に入れられたのも、全部エレファントさんのお陰なんです。
だからエレファントさんにだけは知っておいて欲しいんです。
「ずっと悩んでました。この戦いが終わったら、私はどうするべきなんだろうって。やっと出来た初めてのお友達とずっと仲良しでいたくて、だったらこの姿のままの方が良いはずなのに、元に戻りたいって気持ちは完全にはなくならなくて……」
心の奥底ではわかってたくせに、向き合うのが怖くて目を逸らしてたんです。だからわからなかったんです。どうしていつまでも男に戻りたいなんて思うのか。あんな辛くて苦しい日々に戻ろうとしてるのか。
「私は、私は家族とやり直したかったんです。だからずっと元に戻りたかった。本当の私として、もう一度家族に戻りたかったんです」
寂しいです。
離れたくないです。
離れ、たく……
――■■■■■■
いえ、でも、もう勇気は一杯貰いました。
「この戦いが終わったら、私――」
「ごめんね、シルフちゃん」
私が最後まで言い切る前に、柔らかい何かが私の口を塞ぎました。
それはほんの一瞬のことで、瞬きする間に終わってしまいましたけど、私はまるで石になる呪いをかけられてしまったみたいに固まってしまって、続く言葉を発することが出来ませんでした。
キス、されました……?
「へ? えっ? あ、な、なんで……?」
顔がどんどん赤くなっていくのが自分でもわかります。熱くて、変な汗が止まりません。
「私、シルフちゃんが好き。大好き。私だけのものにしたい。誰にも渡したくない。それがシルフちゃんの家族でも。だからね、シルフちゃん」
ゆっくり近づいてくるエレファントさんに合わせて一歩二歩と後ずさりしますけど、すぐに壁にぶつかってしまい少しずつエレファントさんの顔が近づいてきます。
どうしてエレファントさんから逃げようとしてしまってるのか自分でもわからないですけど、またキスされるのかと思って俯きながらギュッと目を閉じます。
そんな私の耳元で、エレファントさんが囁きました。
「私に夢中にさせてあげる」
ハッとして目を開くと、エレファントさんは私に背を向けてリビングに戻ろうとしていました。
「期待しててね!」
そう言って振り返りながら見せてくれた笑顔はいつも通りで、さっきまでの少しだけ変な空気は感じられません。
ど、どういうことなんですか~~~~!?
これにて三章本編完結となります。
明日からは閑話を更新しますが、全て書き終わってないのでストックが尽きたら隔日更新となります。
魔法少女エレファントは病まないし闇落ちもしない。
続きが気になる、面白い、気に入った、と思っていただけたましたら、評価やブクマ、感想をいただけるとモチベーションに繋がります。




