episode3-4 ウィッチカップ⑯
チームメンバー全員が立つことのできる少し大きめの表彰台に直接転移で送り出された私たちは、厳かなBGMと共に運ばれてきたトロフィーを受け取りました。私たちとは言っても実際に受け取ったのはリーダーであるドッペルゲンガーさんですけど。
ちなみに二位のイエローチームはパーマフロストさんとレッドボールさんが負けたことに臍を曲げて早々と帰ってしまったらしく、ラビットフットさんが一人ポツンと表彰台に立って青筋を浮かべながら引き攣った笑顔でトロフィーを受け取っていました。レッドチームには流石にそこまで幼稚な魔女はいなかったですね。
それから一旦転移で退場させられて、今度はインタビュー会場に転移させられました。どうやら各チーム別々の会場でインタビューをされることになるようで、他のチームの姿は見えません。
現実のスポーツとかとは違って様々な会社の記者がいるわけではないので、何度も同じことを答えたり突飛な質問が飛んでくることはありません。そもそも個人に対する質問じゃなくて試合全体の流れとかチームに関する質問はリーダーが答えてくれるので、私はぼーっとしてるだけです。試合時間はたったの30分ですし本当の身体ではなくアバターを使ってのものでしたけど、それでも今日はもうクタクタです。何かやることがある間は大丈夫でしたけど、こうやって座りながら他人の話を聞いてるだけだと眠くなってきます……。
あ、まずいです……。意識したら途端に眠気が強く……。でも、さすがにインタビュー中に眠っちゃうのは駄目ですよね……。我慢、我慢です……
「エクスマグナ選手は今回の一戦で一番印象に残ってるのはどの場面でしょうか?」
「それはやっぱりドラゴンコールとの戦いですよ。負けちゃいましたけど、派手で面白かったでしょ? とくにドラゴンコールがおっきな竜になってブレスを吐き出す瞬間はもう、思わずかっこ良さに見惚れましたね」
「そうですね、とてもスケールの大きな一戦でしたね。派手と言えばタイラントシルフ選手とパーマフロスト選手の戦いも見応えのあるものでしたが、タイラントシルフ選手はどの場面が一番印象に残っていますか?」
「……」
「タイラントシルフ選手?」
「……zzz」
「シルフちゃんっ、インタビュー中だからっ、シルフちゃんっ」
「あはは、こりゃ完全に寝ちゃってますねぇ。起こします?」
「そうですね……、ある意味これも試合が終わってのありのままの姿とも言えますし、それほど緊張と疲れの溜まる試合だった、ということで記事にさせてもらいましょう。こんなに気持ちよさそうに眠っているのを起こすのも忍びないですし」
「すみません、普段はもっとしっかりしてる子なんですけどね」
「いえいえ、ではその分お二人に詳しく聞かせていただくとしましょう」
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「おーい、そろそろ起きろー」
「ん、んぅ……、眠いです……」
「この後用事があるんじゃなかったのかよ? エクステンドが何か言ってたぜ」
「ん、よう……じ……? ――ハッ! 今何時ですか!?」
折角心地の良い微睡の中にいたのに邪魔するなとうまく働かない頭で考えてましたけど、15時にエレファントさんたちに呼び出されてることを思い出して一気に目が覚めました。
部屋の中をキョロキョロと見回しながら何故か近くにいたアースに問いかけます。
ここがどこでどうしてアースが私と一緒にいるのかも疑問ですけど、そんなことよりも時間が一番大事です!
「14時45分。約束の時間まではまだあるだろ」
「なんだ、驚かさないでください……。あれ? ウィッチカップは? 私はインタビューを受けてたはずで……。まさか夢だったんですか……?」
「いつまで寝ぼけてんだ。ブルーチームの優勝でお前の言う通りインタビューも受けただろうが。ま、お前はインタビューの途中でぐっすりすやすやと眠っちまったわけだけどな。ドッペルゲンガーのやつが起こすのは可哀想だっつーからしょうがなく魔法局に作った俺様のプライベートルームを貸してやったんだよ」
「は、はあ、それはどうも……。別にアースの部屋じゃなくても良かったんじゃ……?」
私はソファーの上に寝かされて薄手の毛布をかけられてました。
部屋の中には他にもテレビとか冷蔵庫とか本棚とかが置いてあって、まるで人が暮らしてるような生活感が伝わってきます。妖精のクセに随分人間みたいな部屋ですね。
「魔法局の医務室に寝かせとくんでも良かったけどな、お前にゃ人前で渡せねえ景品もあるし丁度良いと思ってな」
「っ! それって……」
「ああ、そこの机に置いてある小さなビン。それが性転換の薬だ」
アースには腕もなければ指もないですし顔だってないのでそことか言われても普通ならわからないかも知れないですけど、この部屋には机が一つしかないのですぐにわかりました。塩とか七味唐辛子みたいな調味料を入れておく容器と同程度のサイズの小瓶に、蛍光ピンクの身体に悪そうな液体が入れられてます。
これが、ずっと私が求めていた魔法薬。性転換の薬ですか……。
「蓋には細工がしてあって歪みの王を倒すまでは開かねえ仕様になってるが、それでも良ければ現物は持ってって構わねえ」
「……どうしてですか?」
「あん? 優勝するかMVPに選ばれたらくれてやるって話だっただろ? 俺は約束は破らねえぜ?」
「違います。どうしてこの薬が、今この場にあるんですか?」
私がウィッチカップに優勝したのはつい2時間ほど前のことです。
そのたった2時間の間にアースはこの薬を用意したって言うんですか?
在庫もなく材料を集めるのも大変だっていう話だった、この貴重な薬を。
今アースが言った通り、私がこの薬を貰う条件は優勝するかMVPに選ばれることでした。そんなこと、試合が終わってみるまでわからないはずなんです。それなのに薬はまるで最初から用意してあったかのように、今この場にあります。
「野暮なことを聞くじゃねえか。優勝するかMVPを取ったらってのはお前にやる気を出させるための方便だったってわけだ。どっちにしろ補償はくれてやるつもりだったんだよ。だから事前にどうにか調達してやったのさ。お前だって優勝しました、じゃあ景品は後日ってんじゃ不安だろ? 本当に貰えるのか、また騙されたんじゃないかってよ。俺様のありがたーい気遣いに感謝しな」
「……そうですか。確かにこの場で薬を貰えるのは嬉しいです。ありがとうございます」
「ははっ、良いってことよ。何度も言ってるがそういう約束だったからな。もちろんそれとは別にウィッチカップ本来の賞金は後から振り込まれるから楽しみにしておけよ」
「はい、わかりました。それでは私はこれで失礼します」
表情を変えないように淡々とお礼を述べてアースのプライベートルームを退出し、急ぎ足でそのまま魔法局を後にします。
現時点では、アースが確実に黒だと断言することは出来ません。全てアースの言った通りで、ウィッチカップを盛り上げるために景品を餌にして私のやる気を引き出させることが目的で、結果にかかわらず薬は渡すつもりだったのかもしれません。だから早めに用意していたのかもしれません。
だけど本当にそうでしょうか? そもそも魔女は他にも居るんです。出場者が私じゃなくちゃいけなかった理由はありますか? 優勝賞金が出るんですから、シメラクレスさんなんかは別の景品を用意しなくても誘えば出てくれたんじゃないんですか? ただ単に試合を盛り上げたかっただけならわざわざコストをかけてまで私を参加させる必要はありましたか? 魔法の派手さで言うならディスカースさんやキャプテントレジャーさんだって大したものです。
憶測でしかないですけど、あいつは私をどうしてもウィッチカップに参加させたかったんじゃんないでしょうか。だからそのための理由づくりをしようとしたんです。私の正体を知ってるってことは私の目的も知ってるはずなので、性転換の薬を買い占めることで私に対する交渉のカードを手に入れようとしたんです。そしてまんまと作戦通りに動いた私に対して、最初から買い占めていた薬を一本譲渡する。
……仮にそうだったとして、全部がアースの掌の上だったとして、ムカツクのは事実ですけど結果的に目的の魔法薬はちゃんと手に入りました。
だったら今更終わったことを掘り返して目を付けられるのは得策じゃないです。泣き寝入りするみたいで気分は良くないですけど、相手は魔法局で一番の権力者なんです。よほど我慢ならない、それこそ性転換の薬をやっぱり渡さないとか言って来たなら話は別ですけど、約束通り性転換の薬は貰えました。今の状況であいつに歯向かっても私が損をするだけで良いことは一つもないんです。
そうです、性転換の薬は手に入ったんです。
私は懐に仕舞い込んだ薬のビンを大事に抱きしめながらタワーマンションに向かいます。
老化の薬は事前に二つ買ってあります。だからこの性転換の薬と合わせて三つの魔法薬を使えば、私は元に戻れるんです。
まだ戦いは終わってませんし、歪みの王とやらがいつ出現するかわからない以上実際に戻れるのがいつになるかはわかりませんけど、それでもこれで、私はやり直せるんです。
長いようで、短い三カ月でした。
歪みの王とやらを討伐したら他の魔法少女も自動的に引退することになるんでしょうか?
その辺のことは詳しく聞いてなかったのでいまいちよくわからないですけど、エレファントさんにだけは事前に説明しておかないとですね。歪みの王を倒したら私は魔法少女を引退して水上良一に戻るってことを。
エレファントさんは優しい人ですから、それでも友達だよなんて言ってくれるかもしれませんけど、少女の姿だった時とはわけが違います。エレファントさんは気にしないかもしれないですけど、必ずエレファントさんを見る周囲の目は変わります。それはきっと良い変化じゃないでしょう。私はそれを許せません。そんなことになるとわかっていて、友達でい続けようとする図々しい私を許せません。だから、エレファントさんと友達でいられるのは最後の戦いまで。それが終わったら、私たちは見ず知らずの他人に戻るんです。
折角できた初めてのお友達なのに、そんな風にお別れになってしまうことは悲しいですし寂しいですけど、私はもう暗闇の中で蹲ったりはしません。エレファントさんに手を引いてもらわなくても、自分の足で歩き出して、双葉とやり直すんです。
自分勝手なのかもしれません。エレファントさんの気持ちを考えていない、独りよがりなのかもしれません。だけどエレファントさんならわかってくれるはずです。




