episode3-4 ウィッチカップ⑮
目の前で小クリスタルの色が完全に青色に変化するのと同時に、全身が光に包まれて気が付けば控室に転送されていました。咄嗟に勝敗を確認するためマップを見ようとしましたけど、すでにアバターから本来の身体に戻っているようでそれは出来ませんでした。
クリスタルの色は確かに変わっていたはずで、試合終了の直前にマップを見た限りでは私たちが勝ったはずです。でも、実際にそれを確認しないと、不安でしょうがないです。
「大丈夫よ、シルフちゃん。私たちの勝ちだわ」
私がマップの確認をしようとしていたことに気づいたのか、一緒に転送されてきていたドッペルゲンガーさんがマギホンの画面を私に向けてそう言いました。
画面に表示されているのは魔法少女専用のSNSで、次々とウィッチカップについての投稿が流れていきます。そしてその投稿のあちこちに書き込まれている、優勝はブルーチームという言葉。
「勝てたんですね……」
生中継を見ていた魔法少女たちのリアルタイムの反応がこれだということは、私たちの勝利は確定したということです。私はその事実を認識してようやくホッと安心することが出来ました。
「良かったわね、シルフちゃん」
「いやー、タイラントシルフにも熱いところがあるんだね~。こっちまで負けたくないって気分にさせられちゃったよ」
「……? 何の話ですか?」
ドッペルゲンガーさんが今までになく微笑ましいものでも見るような優しい表情で私に声をかけ、続けてエクスマグナさんが頭の後ろで手を組みながらどこか照れくさそうな雰囲気でそう言いました。
打ち合わせの時から散々私は絶対にこのウィッチカップで勝つっていう話はしてたと思いますけど、今更何なんでしょうか。
「やっぱり気づいてなかったのね。フロストちゃんと戦ってる時、途中で通信を切ったつもりだったんでしょうけどずっと繋がってたのよ」
「事情は知らないけどさ、これで家族を取り戻せるんだよね? 良かったじゃん」
「――えっ!? あ、あれ、聞こえてたんですか……?」
「しっかり聞こえてたわ」
「気迫のこもった雄叫びもばっちり」
絶対に負けられない、勝たなきゃいけないって気持ちがあふれ出て思わず声に出しちゃってましたけど、まさか通信が繋がったままだったなんて……。もっと早く教えてくれても良かったじゃないですか!
「わ、忘れてください! あの時はちょっと興奮していたというか、冷静じゃなかったというか、とにかく何かの間違いです!」
「隠さなくてもいいじゃん。クーロリも良いけど、子供っぽいところもギャップがあってグッドだよ~」
「そうね。寂しいならもっと身近な人に甘えても良いと思うわよ」
気持ちに嘘はありませんけど、誰かに聞かれてるなんて思ってもいなかったのであまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にして言い訳しました。でも二人はそんな私の焦った様子を見て揶揄うようにそんなことを言ってきます。
「~っ! もう知りません!」
「あらら、拗ねちゃった」
「私は別に揶揄ったわけじゃないんだけど……」
これ以上話してても私が恥ずかしい想いをさせられるだけなので、二人に背を向けて自分のマギホンを取り出しました。ウィッチカップは終わったんですからこれ以上仲良くする必要はありませんし、後はこのままやり過ごすことにします。
「そういや私らが落とされること以外は全部計算尽くだったんですか? 拠点離れるなんて聞いてませんでしたけど」
「さすがにそれはないわよ。最後のも状況を見て咄嗟にそうした方が良いと思っただけ。フロストちゃんがドラゴンコールちゃんを落としてるってことを示唆してくれたから」
「そういやそんなこと言ってましたね。よく聞いてるなー」
二人のやり取りに聞き耳を立てつつ試合中は落としていたマギホンの電源を入れると、メッセージアプリの通知がいくつも画面上にポップアップしました。エレファントさんやブレイドさん、プレスさんにそれからエクステンドさんからメッセージが届いたみたいです。
優勝おめでとうという内容は皆さん共通で、加えてエクステンドさんは次は負けないよという彼女らしいものでした。いつかまたウィッチカップが開催されたとしても私がそれに出ることは多分ないと思いますけど、それを伝えたら面倒そうなので簡潔にお礼と次も私が勝ちますと返しておきます。
エレファントさんたちからは、時間があれば15時頃にタワーマンションに来て欲しいと追加のメッセージが来てます。このあと表彰だとか景品の受け渡しがあると思いますけど、いくら何でも2時間はかからないでしょうから多分余裕で間に合いますね。私の部屋の合鍵は渡してあるので最悪少し遅れても先に入っててもらうことは出来ますし、わかりましたと返しておきます。
「せっかくだからMGWの方で対抗戦優勝記念水着SSRを実装したいんですけど、資料が必要なんで水着着てくれませんか?」
「いやよ。マグナちゃん何だかんだ言って毎年私にきわどい水着着させようとするじゃない」
「いやいや、そのナイスボディを活かすならやっぱりビキニじゃないと! それにほら! 蛸の魔女なんですからこう触手とか海と相性が良いんですって!」
「っていうか時期を考えなさい。もう水着とか海っていう季節じゃないでしょ」
「えー! いいじゃないですかー! 魔法界なら気候くらいどうにでも出来ますって! 私も着ますし、タイラントシルフも着ますから!」
「!? 着ませんよ!? 何言ってるんですか!!」
また何か馬鹿なことを言ってるなー、なんて思いつつ私に飛び火しないように気配を消していたんですけど、なぜか私に対しては説得ではなく水着を着ることが確定事項のように言われてます。放っておくとそのまま拒否しなかったことにされそうなので、エクスマグナさんの言葉を慌てて否定します。
「ちょっとちょっとタイラントシルフー、それじゃ約束が違うじゃん? 私がウィッチカップにちゃんと参加する代わりに約束したよね?」
「それはゲームの声当てと配信のコラボだけのはずです!」
「えー? でもタイラントシルフがサインしたこの契約書にはちゃーんと、水着撮影についても書いてあるんだけどにゃあ?」
「なっ!?」
エクスマグナさんが懐から取り出した紙切れは確かに先日私がドッペルゲンガーさんに呼びだされた際にサインした書面です。その時は「口約束で言った言わないにならないように紙にまとめたからサインよろ。私は真面目にウィッチカップに参加する、タイラントシルフは私の企画に協力する、声当てとか、あと動画のコラボの件とか、この前話した感じのこととかが書いてあるだけだから」と言われて軽く目を通してからサインしたんです。
エクスマグナさんがここと指さす場所を見てみると、声当てと配信の内容の他にすっごく小さな文字で「優勝時には記念配布する特典の資料収集に協力する」と書かれていました。
「こ、こんなこと説明されてません! こんなの詐欺です!!」
他の項目は重要なところが赤文字になってたり下線が引いてあるのに、この一文だけは本当に小さくスタンダードな文字色と書体です。しかも多分ですけど、目に付かないようにあえて横文字を使わない書き方してるんです。イベントとかイラストとか、そういう言葉が入ってる方が文言的には自然のはずです。
「まあまあ、減るもんでもないんだしさ、タイラントシルフはスク水で良いから協力してよ。ね、お願い? 私もコラボだけじゃなくて噂まくの手伝ってあげるからさ」
「う、うぅぅ、写真は撮らなくちゃ駄目なんですか……?」
「そりゃ資料として使うんだから写真はいるでしょ。大丈夫大丈夫、写真集にしたりはしないって。写真撮るのも資料見るのもどうせ妖精だし、それなら大して恥ずかしくないでしょ?」
そんな水着を着ること自体恥ずかしいんですよ!
こんなのどう考えたって詐欺ですけど、魔法界は魔法少女同士のいざこざには介入してこないですから何を言ったってきっと無駄です。それに、詐欺同然だとしても契約書にはちゃんと書いてあるんです。私が悪いんでしょうか? ちゃんと読まなかった私が悪いから……
「大丈夫大丈夫、悪いようにはしないからさ」
「マグナちゃん」
底冷えするような低く重たい声で名前を呼ばれた瞬間、エクスマグナさんの悪徳商人のような厭らしい笑顔が引き攣ったように見えました。
今この部屋にいるのは私とエクスマグナさんとドッペルゲンガーさんの三人だけで、つまりその声の主は一人しか考えられません。
「それ以上続けるなら、冗談じゃ済まなくなるわよ?」
「い、いや、本気にしないで下さいよぉ。冗談、冗談ですって、あはは……。ね、タイラントシルフ!」
ドッペルゲンガーさんが眦を吊り上げて怒りの形相でエクスマグナさんを見据えていました。見るからに怒ってます。もしかして私の為に怒ってくれてるんですか?
というか、エクスマグナさんはあれだけ言っておいて冗談でしたって……。
「……そうなんですか? 私には本気で言ってるように聞こえましたけど」
「ないない! この一文もちょっとした茶目っ気! 本気でやらせようなんて思ってないから!」
「じゃあその契約書はもういらないわね。猛り狂う八つ足」
「あ゛ー!? ひどい、ひどすぎる……。鬼、悪魔、ドッペルゲンガー……」
先ほどまでエクスマグナさんが鼻高々に掲げていた契約書が召喚された八本足によってビリビリに引き裂かれてしまいました。こうなると、私が持ってる複写の方も破り捨てれば約束なんて最初からなかったことに出来るわけで、だからエクスマグナさんも膝から崩れ落ちて泣き真似をしてるんでしょう。言ってることを聞く限りまだまだ余裕がありそうな感じもしますけど……。
とはいえ、私は約束は守る人間です。流石に水着の話は受け入れられないですけど、お互いに納得の上で取り決めたことまでなかったことには出来ません。
「声当てとコラボの件は約束通り引き受けますから、それでいいでしょう?」
「ほんと!? 神、天使、タイラントシルフ!」
「嫌ならやらなくても良いのよシルフちゃん」
「気は進みませんけど、約束は約束ですから」
「律儀と言うか誠実と言うか……、マグナちゃんに爪の垢を煎じて飲ませてあげたいわ」
「そういうことを本人の目の前で言うのはどうかと思いまーす! パワハラですよパワハラ!」
「セクハラしてる人に言われたくないわねぇ」
さっきまでの落ち込んだ様子が嘘のように復活しああ言えばこう言うエクスマグナさんに対して、ドッペルゲンガーさんはやれやれという空気を出しつつも本気で嫌がってるわけではないようです。たぶんさっきの契約書のような件も今に始まったことではないということでしょう。エクスマグナさんの手口を知らない私はまんまと騙されてしまったわけですけど、今後はなるべく関わらないようにした方が良さそうです。
「よぉ、盛り上がってるところ悪いんだが、表彰式の時間だぜ。終わったらそのままインタビューに移るから喋ること考えとけよ」
「局長じゃないですか。どうもでーす」
「毎度毎度、一番偉い癖にわざわざ出て来なくて良いのよ」
「冷たいねぇ。この俺様が直々に目をかけてやってるってのに贅沢な女だぜ」
軽口を叩きながら、アースの視線が一瞬こちらに向いたきがしました。
いえ、まあこの地球儀顔とかついてないので本当にそうなのかはわからないですけど、何となく見られた気がしたんです。例の景品についてはこの場で話すわけにもいかないでしょうし、また今度ということですかね。




