episode3-4 ウィッチカップ⑭ 【糸VS蛸】
試合終了まで残り五分という最終盤でパーマフロストの撃破に成功し小クリスタルを取り返したタイラントシルフは、別のクリスタルを奪うために急いで飛び出したところで動きを止めた。否、止めさせられた。
「人形遊び」
抑揚のない詠唱と共にタイラントシルフの身体が空中で固定されピクリとも動かなくなったのだ。
自分が何をされたのかに気が付いたシルフが反撃の魔法を発動しようとするが、口が動かない。詠唱を封じられた魔法少女は無力。タイラントシルフは唯一動かすことの出来る瞳を動かし木陰から姿を現したその魔法の主を睨みつけた。
清らかな純白の衣装に身を包んだどこか神々しさすら感じさせる少女、糸の魔女ウィグスクローソ。
絶対に負けられない戦いで、絶対に負けたくない相手を前にしてシルフは感情を荒ぶらせながらどうにか魔法から抜け出そうと全身に力を込める。魔法少女は直接的に効果を発揮する魔法に対して耐性を持っている。だからウィグスクローソの使った人形遊びの魔法も無条件でシルフの身体を操っているわけではないはずであり、恐らくは糸を媒介にしているはずだと当たりをつけてシルフはそれを引きちぎろうとしているのだ。
パーマフロストとの戦いで目覚めた力を使えば状況を打開できる可能性は高いが、何が起きてるのか本人もよく分からない内に気が付けば戦いが終わっていたため、シルフはまだ自分に秘められた最後の力を使いこなせていなかった。
「痛みのないようにするので我慢してください。切り裂く鋼の糸」
しかしシルフが魔法の糸から抜け出すよりも早く次の一撃は放たれた。
ラビットフット戦の時とは違い試合も直に終わる。今の時点では魔力を消耗させるために抵抗を許すのはリターンよりもリスクが大きい。なにより、相手の魔力を減らす作戦だったとはいえ、油断したことでラビットフットに敗北してしまったことを反省しての判断だ。
よく目を凝らさねば見えないほどに細い強靭な鋼糸がシルフの小さな体を真っ二つにしようと迫る。
こんなところで負けられない、負けるわけにはいかないとシルフは諦めずに足掻き続けるが、それでも身体は動かない。
「猛り狂う八つ足」
そしてあわやその身が切り裂かれる直前、突如空中に出現した触手のようなものに絡めとられシルフは空へ向かって投げ飛ばされた。
『ここは私に任せて次のクリスタルに向かいなさい!』
『――っ、わかりました!』
パーマフロストとの死闘、そして息を吐く暇もなくウィグスクローソの魔法に絡めとられたことで、シルフはマップを見る余裕がなく、一人の仲間が近づいてきていたことに今の今まで気が付いていなかった。
いきなり空中に身を投げ出され、自由に動けるようになったことでシルフは混乱しながらも、通信で聞こえて来た声と、地上に立つその頼もしい姿を見て理解した。この対抗戦も最終盤を迎えて、ようやくドッペルゲンガーが動き出したのだと。
拠点の防衛や、ウィグスクローソとの戦いについて、シルフはいくつか聞きたいことはあったがそれらの疑問をのみ込んでドッペルゲンガーの指示に従い飛び去って行った。
今のシルフには盤面を確認して状況を判断しているほどの時間はない。ならばこれまで全体を見ていた司令塔の判断を信用することに決めたのだ。
ウィグスクローソはそんなシルフを追う素振りはみせず、ドッペルゲンガーに向かい合って杖を構えた。
「少々予定と異なるようですが、ここでやるのですか?」
「さっきね、聞いちゃったのよ。通信を切るのを忘れてたみたいでね」
クローソの問いかけにドッペルゲンガーは答えず、どこか吹っ切れたような清々しさを感じさせる声音で独り言のように喋り始める。
「……何の話ですか?」
「あの子、勝って取り戻すんですって」
訝しげな表情で再度問いかけるクローソと、思わずと言ったように小さな笑いを漏らすドッペルゲンガー。
「本音を言うとついさっきまで迷ってたのよ。予定通りにするべきなのか、そうじゃないのか。だけど、親友の姪っ子にあんなの聞かされて、見て見ぬふりなんて出来ないじゃない」
「――空色の錨」
ドッペルゲンガーは申し訳なさそうに語りながら杖型の専用武器を呼び出し、その行動を引き金とするようにウィグスクローソが魔法を使用する。
少し距離を置いて会話する二人を取り囲むように、周囲一帯へ360度くまなく何かが突き刺さる。それは空間に同化し目には見えない錨。先端が杭のように尖り、反対側が輪っかの形状となった、糸を通すための針。物理的な質量を持つ大地は勿論、空間にも突き刺さるそれらは例え障害物の一切ない更地であってもクローソに有利な戦場を作り出す。
「ごめんなさいクローソちゃん。約束はなし、本気で行くわ」
二人はこのウィッチカップの組み分けが発表された段階で、ある一つの約束を交わしていた。その約束とは、試合終盤に自分たちの戦いが勝敗を決する状況が作り出せた場合、接戦を演出した上でドッペルゲンガーが負けるという八百長だった。
ドッペルゲンガーとウィグスクローソは対抗戦にあまり興味のないタイプであり、このウィッチカップに参加したのもアースからどうしても出場して欲しいと頼まれたからだ。
ドッペルゲンガーはアースのことが大嫌いだが、魔法局で最も権力を持っている相手の頼みを嫌いだからと言う理由だけで断るほど幼稚ではなく、どうせ出場するのならウィッチカップという大舞台を利用してやろうと考えた。そして思いついたのが、ウィグスクローソの箔をつけることだった。
ウィグスクローソの前に魔女のお茶会を取り仕切っていた、先代とも呼べる魔女は引退の一年ほど前からその役目をクローソに引き継ぎドッペルゲンガーと協力してノウハウを教え込んでいた。そのためクローソはお茶会を取り仕切り魔女をまとめる知識も能力も十分に持っているが、先代のカリスマ性だけは真似することが出来なかった。
そもそも先代とウィグスクローソでは性格からして全く違うためそれは仕方のないことなのだが、そう遠くないうちに引退するドッペルゲンガーとしては可愛い後輩のために少しでも何かを残してやりたかった。
だから先代とセットで名前が知れている自分と手に汗を握る様な戦いを繰り広げ、その末に勝利を手にする姿を知らしめることで、ウィグスクローソは一世代前の魔女にも負けない、新世代の星なのだと、新しい世代の魔法少女を率いるに相応しい魔女なのだと印象付けようとしていたのだ。
拠点防衛を理由にギリギリまで動かなかったのもその目的のためだった。もしもブルーチームがボロ負けするような状況になれば消化試合にさせないよう自分で動くことも考えていたが、試合展開は想像以上にドッペルゲンガーに都合よく進行した。自身は拠点防衛のためにと保守的な行動方針であったにも拘わらず、優位な状況でシルフに大クリスタルを奪わせに行くというリスクの高い作戦を提案したのも、あまりにも自分のチームが有利になりすぎないよう調整するためだ。落ちていたのが誰かまではわからなかったが、マップの動きからイエローチームの誰かが復活する頃合いだろうことは読んでいた。
「構いません。どちらにせよ、負けるつもりはありませんので。無量魔法『繭』」
この土壇場で約束を反故にしたドッペルゲンガーに対して、ウィグスクローソはまるで気にした様子はなく、それどころか普段は滅多に変わることのない表情を和らげて、どこか嬉しそうに領域魔法を展開する。
ウィグスクローソにとって先代とドッペルゲンガーは頼れる先輩であり超えるべき壁でもあった。ドッペルゲンガーさんが言うのなら、そうした方が良いのならと素直に八百長も受け入れていたが、それと同時に全力で戦い本当の勝利を掴みたいという気持ちもあった。
「完全擬態魔法――」
夥しいほどの糸が波のように迫り、ドッペルゲンガーはそれを先ほど召喚した八本足でせき止める。しかしそれも長くはもたない。ドッペルゲンガーもそれはわかっていた。ただほんの少し、彼女にとっての最強に至るための時間を稼げればそれで良かった。
「乾坤根刮ぎ、」
それは、魔法ではない。
それは、第三の門を開くためのキーワード。
それは、数えきれないほど隣で聞いた親友の合言葉。
「焼き穿て」
眩いほどの稲光が輝き、八つ足諸共糸の津波を焼き尽くした。
・
『ついに動き出したドッペルゲンガー選手! タイラントシルフ選手を雁字搦めにしていた糸を万力の如き八つ足で引きちぎり、見事に助け出しました!』
『ウィグスクローソ選手の人形遊びは相手を操る特殊な糸を巻き付ける魔法です。巻き付いた糸が多ければ多いほど細部に至るまで肉体の主導権を奪い取る恐ろしい魔法ですが、一方で人の形をしたものにしか効果を発揮しないのでドッペルゲンガー選手のように仕様を理解してさえいれば突破する方法はいくらでもあります』
『ドッペルゲンガー選手、そのままタイラントシルフ選手を投げ飛ばし戦線を離脱させました! 2対1に持ち込んだ方が勝率は高いと思いますがなぜタイラントシルフ選手は飛び去ってしまったのでしょうか!?』
『時間がないからでしょう。タイラントシルフ選手の機動力ならば他の魔女に遭遇さえしなければ今からでもギリギリ小クリスタルを二つは確保できます。ですがここでウィグスクローソ選手の相手をして足止めをくらえばそれも叶いません』
『ではウィグスクローソ選手はタイラントシルフ選手を足止めした方が良かったのではないでしょうか!』
『そうですね。レッドチームにとって最もベターな選択肢はウィグスクローソ選手が二人を足止めしてエクステンドトラベラー選手がイエローチームのクリスタルを奪うことです。ただ、もしも可能なのであれば、ここでドッペルゲンガー選手を倒してブルーチームの大クリスタルを奪うのがベストとも言えます。ウィグスクローソ選手は自分の勝利に試合の命運をベットしたようですね』
『なるほど! この一戦は試合の行方を決定づける重要なものになりそうですね!』
『生き残っている魔女の動きを見る限りおそらくこれが最後の戦いになります。今回の参加者の中で最も序列の高い二人が大トリを飾ることになるとは、運命的なものを感じますね』
『ああっとウィグスクローソ選手、先手を取りました! いきなりの大技、無量魔法です! 早くもこれで終わらせるつもりでしょうかぁ!』
『創造系統の領域魔法は司る創造物を大量召喚して操ります。ウィグスクローソ選手はつい先日も外敵を相手に『繭』を使用していましたし、映像で見たことがある人も多いのではないでしょうか。『繭』はその性質から回避や防御はほぼ不可能なので、この魔法を突破するためには高火力での迎撃が必要となりますが……、これは驚きました』
『これは!? この稲光はまさか!? 見間違えるはずがありません! 雷を連想させる美しい黄金のポニーテール! 勝気にキリリと吊り上がったアメジストのように輝く瞳! そして黒ベースに紫電のラインがあしらわれた改造修道服! 雷鳴公主だぁぁぁぁ!!』
『ドッペルゲンガー選手の魔法で最も有名なものと言えば完全擬態魔法、その名の通り全く姿かたちの異なるものに変身する魔法です。外敵と戦う時にはその魔法で巨大な獣に変身したりと大味な使い方が多いですが、逆に対魔法少女ではその力で他の魔法少女に変身し、魔法の主導権を奪う、あるいは制御に干渉して妨害するなどと言った非常にテクニカルな戦闘を得意としていることは最早語るまでもないでしょう。だからこそあのレッドボール選手ですら戦いを避けていたのです。ただ、これまでは基本的に相対する魔法少女にしか変身することはありませんでしたが、まさかこのような隠し玉を持っているとは』
『モナークスプライトの姿に変身したドッペルゲンガー選手が! 次々と雷を撃ちだしてウィグスクローソ選手の魔法を撃墜していきます! ウィグスクローソ選手は物量や死角を突いての攻撃を試みているようですが、その悉くがドッペルゲンガー選手の纏った紫電の鎧に阻まれています! ウィグスクローソ選手、これは苦しいか!!』
『ドッペルゲンガー選手がモナークスプライトの魔法を100%再現出来るのであれば、ウィグスクローソ選手が勝つのはかなり難しくなりますね。何せ彼女は引退するその時まであのディスカースすら抑えて序列第二位の座を守りぬいた魔女です。殿堂入りとも言えるレイジィレイジを除けば、歴代魔女の最強議論で必ず名前が挙がるほどだと言えばどれほど規格外の魔女であったかというのがわかるでしょう。まあ、100%再現出来るのならですが』
『息つく暇もない魔法の応酬! ただ糸を伸ばすだけでは焼き切られてしまうからか、ウィグスクローソ選手は周辺の木々を引っこ抜き次々と投げ付けながら同時に人形遊びの糸や鋼糸などを忍び寄らせています! さらに無数の糸を束ねた巨腕が次々と襲いかかります!しかしドッペルゲンガー選手、まるで意に介していません! 大規模な魔法はまだ使っていないようですが基本的な雷撃の魔法のみで軽々とさばききっています! 久しぶりに雨のように雷が降り注ぐ環境魔法『嵐』や自分自身を電撃と化す『雷神』の魔法を見られるかと思いましたが、これは余裕の現れでしょうか!?』
『ドッペルゲンガー選手としては試合終了まで粘り続けるだけでもブルーチームの勝利に繋がりますので、無理をして戦う必要がありません。とはいえ、簡単に倒せるのであれば倒さない理由はないので、使わないのではなく複雑な魔法は使えないのでしょう。他の魔法少女の魔法を使うと言うだけでも反則じみた魔法だと思いますので、何らかの条件があるのだと思います』
『ではウィグスクローソ選手に変身して魔法を妨害する方が良かったのではないでしょうか!?』
『先ほども解説した通りドッペルゲンガー選手の戦法はテクニカルなもの、つまり技術がものを言います。レッドボール選手のように力で無理矢理押し通すわけではありませんので、ドッペルゲンガー選手よりも魔法を扱う技術が優れている相手には有効に作用しない場合があります。実際に試したことがあるのかどうかはわかりませんが、ウィグスクローソ選手には妨害は通用しないと考えたのだと思われます』
『現在は押されていますが流石は序列第三位の魔女だということですね! 少々ドッペルゲンガー選手が有利ながらも若干戦況が拮抗し始めたところで映像がタイラントシルフ選手に映り替わりました! レッドチームに奪われた南中層のクリスタルを今まさに確保して南東中層の小クリスタルを目指しています! おっと!? ラビットフット選手をくだし北内層の小クリスタルを奪った後更に南東中層のクリスタルを奪い取ったエクステンドトラベラー選手! 同じく南東中層を目指す模様です!! 残り時間あと2分というところで更なる戦いとなるか!?』
『若干ですがタイラントシルフ選手の方が近いですね。機動力的にも先に到着するのはタイラントシルフ選手でしょうが、クリスタルを染めるのが先か、エクステンドトラベラー選手に妨害されるのが先か……』
『イエローチームで唯一生き残っているレッドボール選手は一度奪われた北内層の小クリスタルを即座に奪い返し、エクステンドトラベラー選手を追いかけるように南東内層の小クリスタルを目指しています!』
『追いかけている相手がエクステンドトラベラー選手だと気づいているかはともかく、レッドチームの小クリスタルを奪うついでに鉢合わせたら倒すという算段ですね。現時点ではブルーチームの小クリスタルはエクスマグナ選手が確保した南西中層のクリスタルも合わせて6、大してレッドチームは7なので一見してレッドチームの小クリスタルを奪うのを優先した方が良く見えるのでそうしているのでしょう。実際にはフィールドに残っている人数と機動力的にブルーチームの方が逆転する可能性は高いですが、今それに気づいてもあの位置からではもうブルーチームの小クリスタルには届きません』
『エクスマグナ選手は現在西外層のクリスタルに向けて移動中のようです!』
『現在フィールドに残っているのはイエローチームがレッドボール選手、レッドチームがウィグスクローソ選手とエクステンドトラベラー選手、ブルーチームが全員です。このうちエクスマグナ選手が西外層の赤いクリスタルを奪うのと、レッドボール選手が南東中層のこちらも赤いクリスタルを奪うことはほぼ確定しているので、暫定的に見てイエローチームの小クリスタルは8、レッドチームは5、ブルーチームは7となります。後はウィグスクローソ選手とドッペルゲンガー選手の勝敗、それからタイラントシルフ選手がクリスタルを確保できるかどうかで試合の勝敗が決まります』
『それぞれのチームが勝利するにはどうなればよいのでしょうか!』
『レッドチームはウィグスクローソ選手が勝利し小クリスタルを確保することと、エクステンドトラベラー選手が試合終了までに小クリスタルに辿り着きタイラントシルフ選手を撃破した上で小クリスタルを確保すること。この二つが求められます。ウィグスクローソ選手が戦い始めてすぐに勝てていれば大クリスタルを奪うことで手っ取り早く勝利できたでしょうが、今からではもう間に合わないのでかなり厳しいですね。そこまでうまく行ってもイエローチームと同点なので、勝ちではなく勝ちの目はまだある、程度の状態です。ブルーチームはそれとは逆に、ドッペルゲンガー選手が勝利もしくは試合終了まで小クリスタルを守り抜き、そのうえでタイラントシルフ選手が小クリスタルを奪う必要があります。そしてイエローチームは、タイラントシルフ選手とエクステンドトラベラー選手が奪い合う小クリスタルが奪われなければ勝利となります』
『丁寧な解説をありがとうございます! そうこうしている間にも試合は進み残り時間はあと僅か! ウィグスクローソ選手とドッペルゲンガー選手の戦いは未だに決着の予兆が見えません! 一方でタイラントシルフ選手、小クリスタルに到着したもようです! 周囲の警戒もせずに大慌てで小クリスタルに手をつきました!』
『残り時間、あと20秒です。この時点で南外層の小クリスタルはドッペルゲンガー選手が守り切ることに成功したこととなりました。あとはタイラントシルフ選手がこの小クリスタルを奪えるか、エクステンドトラベラー選手が間に合うかとなります』
『残り時間あと10秒! 黄色の小クリスタルが内側から少しずつ青色に染まっています!』
『エクステンドトラベラー選手、時間を拡張しているのか高速で移動していますが間に合うでしょうか。5』
『『4!』』
『『3!』』
『『2!』』
『『1!』』
『ゼロー!! 試合終了です!! エクステンドトラベラー選手惜しくも間に合わず!! 優勝はぁぁぁ! ブルゥゥチームゥゥゥ!! 現時点を持ってウィッチカップ出場者は全員控室へ転送されます!!』




