episode3-4 ウィッチカップ⑫ 【風VS氷】
一足先に復活して動き出したエクスマグナさんに続いて、私も復活と同時に飛び出します。
本当ならどうして私たちが復活するまでの間もずっと拠点に引きこもっていたのかドッペルゲンガーさんに直接聞きたかったですけど、足を止めてる余裕はないので移動しながら通信で問い詰めることにしました。
『ドッペルゲンガーさん、なんで動かなかったんですか』
『作戦は散々話し合ったでしょう? 大クリスタルを取られるわけにはいかないのよ。ポイント的にもそうだし、復活がランダムになるから作戦も立てづらくなるもの』
『状況が変わったら臨機応変に対応するって言ってましたよね? 今の状況こそドッペルゲンガーさんが動くべきだったんじゃないんですか? 結局誰も大クリスタルに近づいてなんて来てないんですよね?』
『それは結果論だわ。私が動かなかったから、私の存在を警戒して取りに来れなかったのよ。あなたたちが復活するまでの間にブルーチームの小クリスタルが増えたら、誰も拠点を守ってないのが丸わかりなのよ? その間に誰かが大クリスタルを奪わないなんて言いきれる?』
『……わかりました。変なことを言ってすみません』
『大丈夫、気にしてないから。さ、ここから逆転するわよ』
私がどうしても勝たなきゃいけないと思ってるから、そうやって焦ってるからドッペルゲンガーさんの妙に落ち着いた態度が気にかかるだけなんですか?
ドッペルゲンガーさんの言い分を聞いてみれば、拠点から動かなかったことにも一理あるのかもしれないと思いました。大クリスタルを取られてしまえば残り時間が少ない中で逆転するのが難しくなるってことはわかります。
実際、私自身イエローチームが誰もいないっていうドッペルゲンガーさんの判断に従って大クリスタルを取りに行って、確かに最初は誰もいなかったんです。同じ状況が発生しないとは言い切れません。
理屈はわかります。ドッペルゲンガーさんの作戦が私の今の心理状況と噛み合ってないだけなんだってことも何となく自覚しました。
でも、それとは別に何か腑に落ちないんです。本気で勝とうっていう真剣さが感じられないのはエクスマグナさんだって同じですけど、ドッペルゲンガーさんからはそれとは違う、もっと別の何かが……。
『っ!』
考え事をしながら飛行を続けていると、南外層のクリスタル付近に差し掛かったところでいきなり眼下の森が氷に覆われて猛烈な吹雪が発生しました。います、パーマフロストさんが私はここだと挑発してきてます。
このまま飛んで別のクリスタルを確保しに行くことは出来ます。機動力は私の方が圧倒的に上ですから、この魔法の主を無視してこの先へ進むのは難しくありません。
ただ、それじゃあ勝てないんです。復活待ちの最中に考えてました。イエローチームの魔法少女の誰かが、すぐそこまで迫ってます。このまま取って取られてを繰り返してるだけじゃ、数が変わりません。この場所のクリスタルはすでに奪われてます。むしろこっちが遅れてるんです。イエローチームの魔法少女は全員健在のはずですから、勝つためには倒さなくちゃいけないんです。今、この場所で。
『環境魔法『嵐』』
凍り付いた樹木を巻き上げて吹き飛ばしながら、大嵐と吹雪がせめぎ合うようにぶつかって緩やかに消滅していき、雲が吹き飛ばされたそこにはギラギラと鬱陶しいほどに輝く太陽の姿がありました。
前の公爵級と戦った時には本気じゃなかったということなんでしょう。あの時よりも私の魔法は強くなってるはずですけど、一方的にかき消すことは出来ませんでした。環境魔法はお互いに決め手にならないということです。
『風の巨人!』
風の巨人を生み出し、私はその胸の中心辺りに入り込んでロボットを操縦するかのように巨体を操ります。
元々この風の巨人はパーマフロストさんの対策に覚えた魔法なんです。エクステンドさんが何もできずに氷漬けにされた概念凍結という魔法、まずはこれを封じないことにはどうやっても勝ち目はありません。
ではどう対応するかと考えた時に疑問を感じました。どうしてパーマフロストさんは公爵級ディストと戦う時にそれを使わなかったのでしょうか?
もしも舐めプをしていただけなのであれば、ハッキリ言って対策のしようがありません。そもそもその魔法を詳しい仕様だってわからないんですから、弱点を突くとか以前の問題です。でも、舐めプじゃなくてあのディスト相手には使えない理由があったんだとしたら。そうであれば付け入る隙は必ずあるはずです。
そして私が思いついたのは大きさでした。どれだけ習熟して強化したとしても魔法の規模には限界があります。例えば私の風の刃の魔法も、鍛えればもっと一度に何枚も刃を飛ばせたり大きな刃にしたりは出来るでしょうけど、それでも削り散らす竜巻ほどの破壊力を得るには至りません。
それと同様に、パーマフロストさんの概念凍結はあまり大きな相手には効果がないのではないかと思ったんです。
「極大掘削円錐雹!!」
『削り散らす竜巻・六連!!』
私の予想が当たっていたのか、それとも遊びのつもりなのかはわかりませんけど、パーマフロストさんは概念凍結を使って来ませんでした。
以前に見たあの高速回転する巨大な氷のドリルがいくつも宙に形成され、次々と風の巨人に向けて撃ちだされます。
私はうねりを打つ竜巻で迎撃しますけど、破壊力は互角です。ドリルと竜巻が衝突するごとに粉々になった氷の破片が崩壊した竜巻にまき散らされて辺りに広がります。攻撃の回転速度はほぼ互角で、パーマフロストさんのドリルが私の巨人に当たることはありませんが私の竜巻もパーマフロストさんに届きません。
だったら近づいて直接ぶん殴ってやるまでです!
「氷片嵐!」
『矢除けの風鎧!』
パーマフロストさんに向かって踏み出した風の巨人を、散らばった鋭利な氷の欠片が取り囲み嵐のように回転して空気の身体を削り取りながら行く手を阻みます。ですが、嵐で私が負けるわけありません。風鎧を巨人サイズにまで拡大して氷の欠片を吹き飛ばしてやります。
「あはははっ! すごいすごい! ドラゴンお姉ちゃんと遊ぶより楽しい~!」
『私は全然楽しくありません!』
「でもでも、シルフお姉ちゃんだけそんな面白そうなのに乗ったらずるだもん! 行けー! 氷の巨人ー!」
纏わりついてきていた氷の嵐を吹き飛ばして風の巨人がパーマフロストさんに拳を振り下ろすと、地面からニョキニョキと生えてくるように形作られた氷の巨人がその拳を受け止めました。パーマフロストさんは巨人の肩の上に座ってニコニコしながら足をブラブラさせています。
『大人しくやられてください!』
「やだよーだ! もっといっぱい遊ぶんだもん!」
ドリルと竜巻の打ち合いはずっと続いてますけど、超至近距離での殴り合いとなり、もはやぶつけあって相殺する余裕もなく、氷のドリルは風の巨人に次々と風穴を開けてますし、掘削機の竜巻はかき氷のように氷の巨体を削りまくってます。
私はなんとか自分のいる胸の中心部分は守りながら戦ってるので継戦できてますけど、パーマフロストさんはいつの間にか氷の巨人を降りて攻撃から逃れていました。
『これでとどめです!』
激しい攻防の末に最後まで立っていたのは私の巨人でした。
付き出された風の拳が氷の巨人の胴体を貫いて持ち上げ、地面に叩きつけて粉々に粉砕したのです。
そもそも流動性が高くて風穴なんて空いてもすぐに再生できる私の巨人と、攻撃を受ける度に体積を削られてヒビが入る様な氷の巨人とでは効率が違うんです。むこうだって再生しつづけようとすれば出来たんでしょうけど、いずれガス欠になるのは目に見えてます。
「あーあ、やられちゃった。でも楽しかったし、もういいや。概念凍結」
『なっ!?』
さっきまで楽しそうに笑っていたパーマフロストさんが急に冷めたような表情で詠唱すると、巨人の全身が氷に包まれてしまいました。どうやら今は巨人の表面だけが氷漬けになってるみたいですけど、じわじわと少しずつ内側も氷付き始めてます。このままだとまずいです。私まで凍らされてしまいます!
可能性は考えてましたけどまさか本当に遊んでるだけだったなんて! やろうと思えばいつでも私を倒せたんです……!
でも、風の巨人に意味がないわけではありませんでした。これがなければこうやって考える時間の猶予もなかったはずです。まだ負けたわけじゃないんです。私はまだ、諦めてません!
『削り散らす竜巻・六連!』
内側には竜巻を発生させるほどのスペースはないので、外側から削りだす様に竜巻をぶつけますけど、びくともしません。
この氷はさっきまでのドリルや巨人とはまるで強度が違います!
早く! 早くなんとかしないと!
『極点!!』
六つの竜巻が合体して巨大な一匹の風龍になり表面の氷を削り取ります。
行けます! 少しずつですけど削れてます! 一点特化すれば脱出口を作り出せます!
「しつこーい! 極大掘削円錐雹!」
絶望の中で見えた一縷の希望は、あっさりとかき消されてしまいました。大量のドリルが風龍に突き刺さって食い破り、巨大な怪物を殺してしまったのです。
勝てません……!
このままじゃ……、今の私じゃどうあがいても……!
だけど、ここで負けたらもうブルーチームに逆転の目はないんです!
私が勝たなきゃ、ここで勝たなきゃ! 私はやり直せないんです!
『勝つんです! 勝って戻るんですっ!』
お父さんとお母さんは滅多に帰ってくることなんてありませんでした。
たまに帰ってきてもお父さんはいつも忙しそうにしていて、一緒に遊んでくれたことなんて一度もなくて。
お母さんは私たちを見ると何かを怖がるように震えだして、触れ合った記憶なんてありません。
私たちの面倒を見てくれてた家政婦さんだって、やることだけやって私たちに興味なんてなかった。
私にとっての家族は双葉だけでした。
双葉にとってもきっとそうだったはずです。
だから双葉だけは私が守らなきゃって、双葉には私しかいないんだって、そう思ってたはずなのに……。
いつしか私は双葉に嫌われることを恐れて、逃げて、目を逸らして、逆恨みしてたんです。
それなのに双葉は、わざわざ私の居場所を探してまで迎えに来てくれたんです。もう一度私を家族にしに来てくれたんです。
双葉に、妹にそこまでさせて、ここで諦めるなんてそんなの兄失格です!
私は諦めない! 絶対に、絶対に勝って!
『取り戻すんです!! 家族をぉぉぉ!!』
絶叫と共に巨人の出力を強引に上げて無理矢理内側から氷を破壊しようとしたその時、視界が一瞬のうちに切り替わり、迫りくる氷ではなく真っ白な扉が目の前にありました。
不思議とそこがどこなのかなんて気にならなくて、周囲を見回そうなんて思いもしなくて、導かれるように目の前のその扉にそっと手を触れて、力を込めました。
「――風神」
・
凍結という概念が少しずつ侵食していく風の巨人に背を向けて、パーマフロストは次のクリスタルを確保しに行こうとしていた。一度は強力な魔法で脱出しかけたタイラントシルフだが、あそこまで侵食が進めばもう助からない。それを知っているからこその行動だった。
パーマフロストの使う概念凍結は魔女の使う魔法の中でも極めて高度な魔法だ。一般の魔法少女は当然として、完全開放の魔女ですら極一部を除き一度囚われれば成す術がない。
そう、極めて少数の一部の魔女を除いては。
「うっそ~……」
走り出そうとしたパーマフロストは、いつの間にか胸に空いていた風穴から七色の光と可愛らしいエフェクトが漏れ出ていることに気が付き、思わず驚きの声をあげて振り返る。
そこには巨人の内側から概念凍結を打ち破り、パーマフロストに向けて大きな杖を向けているタイラントシルフの姿があった。
しかしその表情はどこか虚ろで瞳の焦点があっておらず、視線こそパーマフロストに向けられているが意識はどこか別の場所に飛んで行ってしまっているようにも見える。
「あは、あはは、開いたんだ……、最後の、も……」
喜色満面の笑みを浮かべ、口からカラフルなエフェクトを吐き出しながら、パーマフロストは何かを言いかけて倒れ伏しゆっくりと消滅していった。




