episode3-4 ウィッチカップ⑪ 【兎VS拡張】
北内層クリスタル付近の森の中で、二人の魔法少女が不意の遭遇戦を開始した。
「拡張:対象『左腕』! 拡張:対象『力』!」
「ちっ!」
一方は身体にフィットするような青いドレスの上から灰色の外套を身に纏い、白いマフラーをなびかせた灰髪の少女、エクステンドトラベラー。
もう一方はオレンジ色を基調としてメイド服のようなアレンジを加えられたエプロンドレスに身を包む兎耳の少女、ラビットフット。
最初の一戦のリベンジマッチだ。
北側の小クリスタルの確保を行っていたエクステンドトラベラーは、北内層が黄色に染め上げられたのをマップ上で確認し、南下していた方向を僅かに逸らしてその犯人を撃破しに来たのだ。そしてクリスタルを染め終わり北西中層のクリスタルへ移動しようとしていたラビットフットと森の中でかちあった。
ドラゴンコールの共有した情報から、そこにいるのがパーマフロストではないことはわかっていた。相手はラビットフットかレッドボール。もしも相手がレッドボールであれば再び道連れにする算段だったが、ラビットフットであれば攻略方法はすでに考えていた。
遭遇と同時にエクステンドは自身の左腕を限界まで拡張し、さらに強化した腕力で強引に振りぬくことで周囲一帯の樹木を丸ごと薙ぎ払い荒い断面の切り株だらけにしてみせた。
左腕は拡張された重さと無理矢理振り回された勢いに耐え切れず肩口から引きちぎれてしまったが、まずはこのラビットフットにとって有利なフィールドを片付けなければエクステンドは負ける。それに、巻き込まれてラビットフットが落ちるならそれも良しという考えもあっての攻撃だった。とはいえ、当然その程度を回避できないラビットフットではない。
跳びはねるための足場となる木々がなくなることを理解したラビットフットは、咄嗟に地面を強く蹴って高く跳躍した。
ラビットフットは応用でピンボールのような高速立体軌道を実現しているが、元々月へ届と兎は跳ねるはジャンプ力を向上させる強化魔法だ。純粋に上へと跳び上がれば巨大化した腕を回避するなど容易いことだった。
「跳んだな? 拡張:対象『手槍』!」
ラビットフットが最初の一撃で落ちる可能性が極めて低いことくらいはエクステンドも理解していた。そもそもこの一撃の第一目的はラビットフットの得意技である高速立体軌道を封じるためであり、さらに第二目的はラビットフットを逃げ場のない空中に誘き出すことにあった。
タイラントシルフやドラゴンコール、それからレッドボールやエクスマグナなど、空中で方向転換や回避行動が可能な魔女はかなりの数がいるが、ラビットフットにその力はない。少なくともエクステンドの知る限りではラビットフットがそんな魔法を使ったことはない。つまり足場のない空中に誘い出しさえすれば、一撃は確実に通る。
エクステンドの魔法の中でもとりわけ殺傷能力の高い『傷』を拡張する魔法。これは恐ろしいことに、魔法少女へ直接作用する魔法という判定ではない。あくまでも傷を対象にしているというとんでもない理屈でプロテクトをすり抜けてしまう。
エクステンド自身が付けた傷に限定されるが、魔法少女のプロテクトでも防ぐことが出来ないその凶悪な魔法はただのかすり傷すら致命の一撃へ昇華する。
つまり、逃げ場のない空中に跳んだ時点でラビットフットの敗北は確定していたのだ。
流石のエクステンドも現実でこのようなグロ魔法を使ったことはないため、妖精から仕様を聞いただけに過ぎないが出来ればこの魔法は使いたくないと思っていた。いくら対抗戦が血や臓物の出ない安心設計だとは言っても、魔法少女の身体が内側から食い破られるように開いていく様などエクステンドだって見たくはない。
気は進まないながらも、勝利の為に手槍がラビットフットを貫く瞬間を見逃さないよう目で追いかけていたエクステンドは、太陽の眩しさに一瞬目を細め、次の瞬間死神が忍び寄る足音を聞いた。
「窮する兎は鮫を蹴る」
気が付けばラビットフットはエクステンドの目の前に、ついさきほどまでエクステンドが居た場所に強烈な跳び蹴りをお見舞いしていた。重力による加速を得たその一撃は、さながら小さな子供たちに大人気の特撮ヒーローの必殺技のようだった。
キックの衝撃によってエクステンドの視界を塞ぐように土砂が巻き上げられる。
エクステンドがそれを避けられたのは本当に単なる偶然だった。
ラビットフットの姿を追いかけて見上げた太陽の煌びやかな輝きに目が眩み、エクステンドは一歩、二歩と後ずさっていた。
それが奇跡的に、ラビットフットの蹴撃を回避する行動となった。
「拡張:対象『砲撃』!」
ラビットフットがどうやって空中で手槍を回避したのかはわからない。どうやって一瞬で自分の目の前まで移動したのかはわからない。だがそれは考えるのは後だと、今はこの絶好のチャンスを掴み取るために、エクステンドは手槍を手放し開いた右手をラビットフットに突き出して魔力砲撃を放つ。
はるか上空まで拡張した手槍を元に戻すのには少しだが時間がかかる。時間を拡張してもそれでは間に合わない。ラビットフットが再びトップスピードに到達するまでのほんの一瞬に一撃を加えることが出来ない。
かといって身体強化を使ってラビットフットに殴りかかっても大したダメージにはならないだろう。強引に『力』を拡張したとして、身体強化魔法を得意とする生命系統の魔女に傷をつけられるか。そもそも武器も持たない肉弾戦などエクステンドには心得がない。さらに視界はほぼ塞がれていて、下手をすれば何もできずにチャンスを捨てるだけ。
この一瞬の間にそこまで合理的な思考を巡らせたわけではない。明確にそれを理解して砲撃を選んだわけではない。ただ、そうしなければこのチャンスを掴めないと直感的に感じ取って、この至近距離では自分を巻き込むことになるのも構わずに拡張した砲撃を叩きこんだ。
「――っ~!?」
「うおぉ!?」
それは最早砲撃と言うよりも爆弾を直接叩きつけたようなありさまだった。
ラビットフットは予想していなかった痛みと熱に表情を歪めながらゴロゴロ地面を転がり、エクステンドはあまりにも至近距離での炸裂だったために右腕を吹き飛ばされながら同じように地面を転げ回る。
「なっ!? これ!? この変態! 死ね!」
「わざとじゃないから!!」
転がった勢いを利用して素早く立ち上がったラビットフットが、自身の身に着けている衣装の一部が爆発で吹き飛ばされていることに気が付いて咄嗟に胸元を腕で隠し、顔を真っ赤にしてエクステンドを罵倒する。身体強化の魔法を使っていたラビットフットは細かな傷はあるが身体を欠損するようなダメージは受けていなかったが、それ以上の辱めを受けていた。
もちろん故意での行いではなく、幼気な少女の裸体を見るためにあえて手加減したなどという汚名を着せられてはたまったものではないと、エクステンドは格好つけの演技も忘れて大声で否定の声を上げた。
「ああ、もう、折角リベンジ成功したのに締まらないな……」
「はぁ? 何言ってんの? あんたこっから勝てるつもり? 両腕を失って、専用武器も持てないくせに? 今回もあたしの勝ちよ」
「もう勝ってるのさ、悪いけれどね。拡張対象:『傷』」
エクステンドが何かの魔法を使おうとしていることに気が付いたラビットフットは咄嗟に動き出そうとしたが、その足が大地を蹴り出すよりも早く七色の光とキラキラした綺麗なエフェクトがまき散らされた。
「はぁ、やっぱり嫌な魔法だ」
自身も両腕から光とエフェクトを垂れ流しながら、エクステンドは勝利に浮かれることなく憂鬱そうな顔で次の小クリスタル目指して走り出した。




