episode3-4 ウィッチカップ⑩ 【氷VS竜】
南西外層のクリスタルを確保したドラゴンコールは、南中層のクリスタルに向けて全力で地を蹴っていた。
最序盤での敗北と連戦が祟ってすでに残存魔力が残りわずかであるドラゴンコールは、無駄遣いしていてはクリスタルの確保すら出来なくなってしまうかもしれないため、飛行に使う魔力すら節約しようとしているのだ。
エクスマグナとの戦いで使用した巨大な火竜へと変化する魔法、その名も完全転身・業火竜。これは非常に強力な魔法だがドラゴンコールはまだまだ完全に使いこなせているわけではない。さすがにこの試合中に覚えたということはなく、以前から一人でこっそりと訓練はしているのだが、扱いが難しく、現状は他の魔法と併用できずさらに魔力を馬鹿みたいに消費する。ドラゴンコールがギリギリまでこの魔法を出し渋っていた最大の理由は別にあるが、それらも理由の一つではあった。場合によっては復活にかかる魔力よりも消費が大きいため、出来れば使いたくない魔法だった。
転身の魔法と召喚の魔法は同じ竜で重複することが出来ないため、エクスマグナと戦う時に召喚していた地竜は地竜転身を使った際に送還されてしまっている。その地竜転身も巨竜化したことで解除された。現在のドラゴンコールは鱗も角も翼もないただ露出度の高い巫女服を着た帯刀少女でしかない。
だから気が付かなかった。普段は必ず、お茶会の時ですら転身の魔法を使っているがために、それを使っていない時の索敵能力が鈍っていた。
南中層のクリスタルに到着したドラゴンコールは、そこで初めてクリスタルに手を触れている少女に気が付いた。クリスタルを間に挟んで直線上にいたため、遠目にはわからなかった。
クリスタルの色が、青から黄色に変化する。
「あ~! ドラゴンお姉ちゃんだー!」
「火竜転身!!」
目を丸くしながらドラゴンコールのことを指さして大声を上げたのはパーマフロストだった。
ドラゴンコールはそのことに気が付いた瞬間になけなしの魔力を使って火竜の力を宿し、翼を広げて空へと逃れようとした。
『南中層でパーマフロストさんと遭遇しました!』
『すぐに向かいます。何とかそれまで生き残って下さい』
「む~! 無視しないでよ! 環境魔法『凍土』!」
しかし癇癪を起したようにパーマフロストが魔法を発動すると、大地が薄氷に包まれ猛烈な吹雪が発生し、ドラゴンコールは氷の上に叩き落されることとなった。エクスマグナと戦った時と同じで、召喚された竜のサポートを受けていないドラゴンコールはそれほど飛行能力が高いわけではない。
「息吹!」
「氷結界!」
せめてもの抵抗か、ドラゴンコールの口元に現れた赤い魔法陣が火を噴くが、氷の壁に阻まれてパーマフロストには届かない。そしていつのまにか、ドラゴンコールは四方と頭上を分厚い氷に囲まれ、氷でできた大きな箱の中に閉じ込められてしまっていた。
「極大掘削円錐氷!」
「竜気解放! ぐぅぅぅっ!!」
そこからの脱出をはかる暇も与えず、巨大なドリルのように尖った氷柱が高速回転しドラゴンコールを閉じ込めた箱ごとぶちぬいてミンチにしようと迫る。
ドラゴンコールはそれを強化魔法を使いドリルの側面に刀を添えることで無理矢理軌道を逸らそうとするが、あまりの回転の強さに刀は弾き飛ばされ右腕が巻き込まれた。
ドリルが箱を破壊したおかげで、逃げ場を塞いでいた壁はなくなり、ドラゴンコールも刀と同じように弾き飛ばされて地面を転がったため命だけは助かったが、もはや死に体だった。
ラビットフットとの戦いで破壊された左腕に加え、右腕までも失ったドラゴンコール。万全の状態でも勝ち目は薄いと言うのに、ほとんど魔法を使うことが出来ず、さらに両腕を失ってはまともに抵抗できるはずもない。
それでもドラゴンコールのトカゲのような瞳に諦めの色はなかった。気丈にパーマフロストに視線を向けながら、視界に映ったマップに意識を向ければウィグスクローソがこちらに向かってきていることがわかる。
あと少し、もう少し時間を稼げば、2対1で戦える。
クローソさんならパーマフロストさんにも勝てる。
そう信じて、パーマフロストの追撃が来る前に動き出そうと、立ち上がろうとして、ドラゴンコールは気が付いた。身体が動かない。失った両腕は当然だが、立ち上がるために力を込めたはずの足が動かない。
「また遊ぼうね! 凍てつけ!」
氷漬けになり消滅していくドラゴンコールに背を向けて、パーマフロストは更に南へと楽しそうに笑顔を浮かべて走り出した。
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『ドラゴンコール選手、懸命に食らいつきましたがやはり序列上位の壁は厚かったか!? あるいは万全の状態であれば勝利も夢ではなかったのかもしれませんが! 勝者はパーマフロスト選手です!』
『ドラゴンコール選手自身限界が近いことはわかっていたのだと思います。だから最初は逃げようとして、それが無理だったから遠距離から牽制に切り替えたのでしょう。どうやらウィグスクローソ選手が応援に向かっていたみたいですし、時間稼ぎをしたかったのだと思います』
「たっだいまー! ってあれ? エレちゃんどしたん?」
転移の光と共にスタジアムの観客席に戻って来たプレスは、上機嫌な様子で二人に声をかけたが、何やら魂が抜けたようにポケーっとしているエレファントに気が付いて怪訝な表情を浮かべた。
『ウィグスクローソ選手、たった今南中層へ到着しましたが少し遅かった~! パーマフロスト選手はすでに南外層へ向けて移動しています!』
『あと一歩のところでしたね。とはいえイエローチームの確保した小クリスタルを奪えるので全くの無駄足というわけでもありません。ドラゴンコール選手は復活まで時間がかかるでしょうし、エクステンドトラベラー選手は現在自陣の速度補正を活かして南下してきているようなので、ウィグスクローソ選手が小クリスタルを確保しないとジリ貧になってしまいますからね』
「シルフちゃん……、シルフちゃんが……」
「おかえりなさい、怪我とかはしてないみたいね」
「あたしの方は余裕だったけどさ、何かあったの? つか今試合どの辺?」
目の前で手を振ってみてもシルフちゃんシルフちゃんと呟き続けるだけのエレファントでは話にならないと、プレスはブレイドに問いかける。
『イエローチームのラビットフット選手とレッドボール選手は東側のクリスタルを確保した後それぞれ北内層、北中層を目指して移動していたようですが、機動力の差によるものかラビットフット選手は一足先にクリスタルを確保したようです!』
『ブルーチームがほとんど機能していない現状、レッドチームに侵食され始めている北側への対処を優先することにしたようですね。ドラゴンコール選手が落ちたことも共有されているでしょうし、ラビットフット選手はすでに一度エクステンドトラベラー選手とウィグスクローソ選手に勝利しているので、気兼ねなく動くことが出来そうです』
「試合はあと10分くらいよ。少し前にシルフさんが重力の魔女にひどい負け方をしたの。私もあまり気分は良くなかったけど、エレファントは未だにご覧の有様よ」
「ふーん。戻ってくるのに結構時間かかった気がしたけど歪んだかな。エレちゃーん! 正気に戻れー! あ、ほらシルちゃん復活したみたいだよ!」
エレファントの肩を掴んで前後にぐわんぐわんと揺すりつつ、プレスはモニターにちらっと映ったシルフの姿を指さした。
『ブルーチームのエクスマグナ選手はドラゴンコール選手とパーマフロスト選手が戦っていたタイミングですでに復活し南西外層クリスタルを目指しているようです! さらに! たった今タイラントシルフ選手が復活し何やらドッペルゲンガー選手と話した後に飛び出して行きました! 向かう先はは南外層です! このまま進むとパーマフロスト選手と遭遇することになりそうですが、タイラントシルフ選手はそれを狙っているのか~!?』
『残り時間はあと1/3程度、ここから逆転を目指すとなるとこれ以上クリスタルを奪われるわけにはいきませんから、誰かが迎撃に出るというのは当然とも言えます。ですがこの状況でなおドッペルゲンガー選手は動かない。レッドボール選手はタイラントシルフ選手を倒した位置と時間から目の前まで来ていないことは予想できると思いますが、ラビットフット選手なのかパーマフロスト選手なのかまではブルーチームにはわからないはずです。であれば、パーマフロスト選手であった場合のことを考えてドッペルゲンガー選手が出るべきだと思いますが、あるいはそれほど潜伏を警戒しているのでしょうか』
「シルフちゃんっ!! あれ? 私何してたんだっけ……?」
「エレちゃーん! やっと正気に戻ったんだねー!」
「あれ、プレス。いつの間に帰って来てたの? 大丈夫だった?」
「ひどっ! さっきからいたよー!」
「もしかしてシルフさんの方だけじゃない……?」
シルフの姿を目にした途端正気を取り戻したエレファントがプレスと漫才のようなやり取りをしているのをじっと見つめながら、ブレイドは僅かに冷や汗をかいていた。
『潜伏といえば! 生き残っているのに小クリスタルは確保せず他チームに場所を探らせない戦術ですね!』
『はい。チーム間で力量に差がある場合などは、もしかしたらもう落ちているのかもしれないと油断させて拠点が空いたところをこっそり奪いに行くという戦術も使われます。四つ巴のチーム戦の場合、他チームが誰を落としたかなんてわかりませんから』
『ドッペルゲンガー選手はその潜伏を警戒していると……、そういうことですね!』
『可能性の一つですが、それにしても消極的な策だとは思いますけどね。状況やチームメンバーの構成によってはそのような作戦も当然ありですが、タイラントシルフ選手にイエローチームの大クリスタルを取りに行かせるような大胆な策とは相性が悪いというか、方向性にブレがあるような気はしますが』




