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魔法少女タイラントシルフ  作者: ペンギンフレーム
三章 乾坤根刮ぎ、焼き穿て
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episode3-4 ウィッチカップ⑦ 【竜VS兎】

 エクステンドを一人拠点に残し、ドラゴンコールは西中層のクリスタルへ向かって飛行していた。それはすでにレッドチームで確保しているクリスタルであるため、新たなクリスタルを確保しようとするなら北西中層のクリスタルを目指した方が良いし、ドラゴンコールも途中まではそうするつもりだったが、視界に映るマップ上で北中層のクリスタルが黄色に変わったことと、クローソが撃破されたことを知って目的地を変更したのだ。


 マップ上に表示される情報は基本的に味方の位置とクリスタルの位置、それから色だが、味方の視界内に敵チームの魔法少女がいる場合に限り、その魔法少女の位置情報も表示される。

 ついさきほどまで、ドラゴンコールのマップには西外層の小クリスタルの位置にクローソとラビットフットのアイコンが表示されていたのだが、その二つのアイコンが同時に消滅し、少し遅れてクリスタルの色が黄色く変化した。つまりそれは、クローソが敗北しラビットフットがそこに居るということになる。

 さらにレッドボールはレッドチームの拠点でエクステンドと戦っているはずであるため、イエローチームの現在の位置関係的に、北中層のクリスタルを確保したのはパーマフロスト以外にあり得ない。

 ほとんど小クリスタルを確保できていない状況で、クローソとエクステンドがリスタート待ちとなってしまっており、現状レッドチームはかなり追い詰められている。そんな中で、勝ち目の薄いパーマフロストと戦うことをドラゴンコールは避けたかった。


 だからパーマフロストを避けるように、そしてラビットフットを迎え撃つように、西中層のクリスタルへ降り立った。


「ちっ! 月へ届と兎は跳ねるグラブザスカイ!」

樹竜転身トランス・ツリードラゴン! 囲えプリズン!」


 クリスタルに手を添えながら注意深く周囲を警戒していたラビットフットが、枝葉を揺らして空から降りて来たドラゴンコールに気が付き素早くその場を離れようと駆け出したが、意思を持つ動物のようにうねうねと動き出した樹木が行く手を阻み、クリスタルを中心とするドーム状の囲いを作り出した。


「こっちに来たってことは、偶然じゃないってことなのかな」


 森林の青々とした風景に染められたかのような、美しい緑色の竜鱗を露出度の高い巫女服で見せつけながらドラゴンコールはラビットフットに語りかける。

 単純にパーマフロストを避けようとするだけであれば、この西中層のクリスタルに一度降り立つ必要はなかった。しかし仮にラビットフットがクローソを撃破したことが偶然でないのであれば、必ずレッドチームの拠点に近づいてくるはずだとドラゴンコールは予想していた。イエローチームの中で最も戦力の低い駒はラビットフットであり、逆にレッドチームで最も戦力が高いのはクローソだ。もしもラビットフットでクローソを確実に抑え続けられるのであれば、極めて大きな戦術的優位を取れることになる。

 客観的に見て、ラビットフットとクローソの戦力は一目瞭然であり、ドラゴンコール自身クローソの敗北は何かの間違いか偶然だろうと考えていた。しかし今回のフィールドを南と北の二つに分けて考えた時、大半のクリスタルをブルーチームが確保している南側ではなく、すでにイエローチームが七割を確保している北側に先行役であるはずのラビットフットが来るのは不合理だ。であれば、その行動には南側のクリスタルを確保するよりも効果的な意味があるということになる。


 つまり、ラビットフットの勝利は偶然ではなく必然。


「……あんたが負けたらそっちのチームは誰もあたしに勝てないってことになるけど、わかってんの?」

「だから私が止めるんだ。狂える地の竜よ! 我が叫びに応えその猛威を示せ! 噛み砕けクランチ!」

窮する兎は鮫を蹴るラビットスマッシュ!」



 黒鱗に全身を覆われた四足歩行のトカゲのような竜が実体をもって召喚され、狂暴な叫び声をあげながらラビットフットに迫る。

 ドラゴンコールが召喚の詠唱を終えるのとほぼ同じタイミングで魔法を発動したラビットフットは、高められたキック力を迫りくる地竜にではなく行く手を阻む樹木の幹へと向けた。直撃すればドラゴンコールの火竜ですら一撃で仕留められるその蹴りは高々樹木程度に止められるものではない。ラビットフットの目論見通り、壁のように立ち塞がっていた太い樹木は爆発でも起きたかのような轟音と共に弾け飛んだ。


「っ――!」


 だが、大穴が空いた先には更に木々が乱立し不規則に絡み合い、不気味な第二の壁を形成していた。

 ドラゴンコールにはラビットフットが戦闘よりも逃走を優先するであろうことは読めていた。それはラビットフットの気質の問題ではなく、与えられた役割と相性によるものだ。機動力のある先行役は無理に戦わずクリスタルの確保を優先する。とくに今回の場合だとラビットフットがドラゴンコールに勝てる見込みは著しく低いこともあり、強引に囲いを突破しようとすることは目に見えていた。


縄張魔法フィールドマジックドラゴン』」

「あたしが上よ! 縄張魔法フィールドマジックラビット』!」


 目に見えない二人の縄張りがそれぞれを中心に広がっていき、ぶつかった。膠着したのはほんの一瞬、ドラゴンコールの展開した縄張りにラビットフットの縄張りは呑み込まれ、かき消されてしまった。

 これこそがラビットフットが逃走を優先しようとした最大の理由。生命系統同士の領域魔法フィールドマジックは同一の空間で共存しない。格上の魔法少女(強い獣)に対して、格下の魔法少女(弱い獣)による縄張りの主張など認められるはずがないのだ。


 プライドの高いラビットフットには試しもせずに最初から格下であると認めることは出来なかった。だからドラゴンコールが縄張魔法を使えば、どれだけ勝てる可能性が低くても自らの縄張魔法を使わないわけにはいかなかった。それをラビットフット自身理解していたからこそ、自分の役目は無理に戦うことではないと自分を納得させて逃げ出そうとしていたのだ。


 魔女のお茶会による序列はディストに対する強さによって決定される。中には魔法そのものがディストに対して相性が悪いという魔法少女も存在するため、単純に序列の順位が魔法少女の格をそのまま表してるわけではない。

 しかしそうは言っても一つの指標にはなり得る。同じ生命系統でかつ限定開放の魔女同士、二人に与えられた序列には明確に実力の差が反映されていた。


「ざっけんな! あたしは認めない!」

「悪いけど、これ以上みっともない負け方は出来ないから」


 図体に似合わず俊敏な動きをする地竜に追い回されながら、ラビットフットはドラゴンコールに向けてジグザグに走り出した。周囲を囲う樹木の壁はドラゴンコールの命令一つで自由に動き回るため、お得意の立体的な機動による撹乱は出来ない。壁を蹴る前に絡めとられて動けなくなってしまうだろう。だからラビットフットは自分の最大の強みであるスピードに賭けた。


竜気解放ドラゴンオーラ

あたしを好きになれチャームオブバニー!」


 地上最速と言われるだけあってラビットフットは非常に速く、地竜もそのスピードについて行けなくなっているが、周囲一帯を縄張と化し、さらに生命系統の魔法少女なら当然誰もが持っている身体強化魔法を使用することで、ドラゴンコールはラビットフットの動きを完全に見切っていた。

 空を飛びさえすればわざわざ動きを見切る必要もなく一方的に攻撃することも出来るが、樹竜転身の使用中は翼が退化して空を飛ぶことが出来ない。転身系の魔法は竜の力を借り受ける代わりにマイナスな特徴も再現されてしまうため、地竜や海竜、樹竜と言った飛行能力を持たない竜に転身すると自身の飛行能力も一時的に失われてしまうのだ。

 

 ラビットフットは通れば儲けもの程度の考えで魅了魔法を発動するが、結果は不発。クローソに対して使った時に感じた手応えを感じることは出来なかった。このウィッチカップの間は魔法少女のプロテクトが機能していないという可能性を考えていたが、それは間違いだったと知る。


窮する兎は鮫を蹴るラビットスマッシュ!」

地竜転身トランス・ガイアドラゴン


 衝突の直前にそれぞれが魔法を発動し、勝負は一瞬で決着した。

 渾身の一撃を受け、ひしゃげたように左腕が折れ曲がったドラゴンコール。

 左肩から右腰まで袈裟懸けに真っ二つにされ、七色の光と派手でファンシーなエフェクトをまき散らすラビットフット。


 ドラゴンコールの判断は至って単純で、肉を切らせて骨を断った。確かにラビットフットの動きは見切っていたが、それに合わせて相手の攻撃を回避し自分の攻撃だけを当てることが出来るかどうかはまた別の話だ。刀という専用武器を持っていることから勘違いされがちだが、ドラゴンコールにはあまり近接戦闘のセンスがない。だから確実に倒そうとするのであれば、相手の一撃を受け止めて動きを止め、そこに自分の攻撃を叩きこむのが最も確実だったのだ。

 ラビットフットの攻撃を受ける直前に地竜へ転身し黒鱗に覆われた姿へ変化したのは、耐久力が最も高いのが地竜だったためである。


 勝利の女神はドラゴンコールに微笑んだ。

 瞳から光が失われたラビットフットのアバターが崩れ落ちながら消えていくのを見届け、ドラゴンコールはわずかに七色の光と小さなエフェクトが漏れ出ている自身の左腕に視線を向ける。


「ちょっとだけ痛いな、もぅ……」


 縄張の強化を受け、身体強化魔法の恩恵を受け、さらに耐久力を高める竜に転身してなお、ラビットフットの一撃がもたらしたダメージは甚大だった。

 ウィッチカップ中はアバターが感じる痛みのフィードバックがかなり低く設定されているため少し痛い程度で済んでいるが、これが生身の肉体であれば戦闘を継続できるかどうかも怪しい。


火竜転身トランス・フレイムドラゴン


 タイラントシルフに圧倒された時点でわかっていたことだが、序列が下だからと言って油断は出来ないことを実感しながらドラゴンコールは空を蹴った。





『破竹の勢いで勝利を重ねていたラビットフット選手でしたが、ここに来てドラゴンコール選手相手に黒星を付けられる結果となりました! コメントさん、今の一戦はどうでしたか!?』


『普段の対抗戦でも稀に見られる光景ですが、領域魔法の習得に至っている生命系統同士の魔法少女の戦いは一方的になることがほとんどです。縄張りの性質上強い方に上書きされてしまうのは仕方ありませんので、そういう意味ではラビットフット選手はむしろ健闘した方だと思います』


「へぇー、そうなんだ。二人とも知ってた?」


 マイクの形をした妖精の解説にエレファントは感心した声をあげてブレイドとプレスに問いかける。

 エクステンドがレッドボールと相打ちになった時は凄い凄いと大はしゃぎしていたエレファントだが、特段交流があるわけでもないラビットフットとドラゴンコールの戦いについては勝敗の結果よりも魔法の仕様の方が気になったらしい。


「知らなかったわ。あんまり対抗戦は見ないし」

「あたしは知ってたよー。ま、エレちゃんが縄張り使えるのなんてず~っと先だろうからわざわざ言わなかったけどね☆」


 ディストと戦う上では縄張り魔法が両立せず強い方に食われると言う情報はあまり関係がないため、ブレイドがそれを知らないのも無理はない。それは怠慢でもなんでもなく、むしろ見た目に似合わずそんなことまで把握しているプレスの方が勤勉だと言える。


『ウィグスクローソ選手を打倒するのに使用したと予想される魅了魔法は使わなかったのでしょうか!』


『この映像では音声までは拾ってませんから、魔法が失敗した場合何が起きてるのか私たちにはわかりませんので、恐らく使ったうえで通らなかったのだと思います』


「そ、そんなことないもん! 私だってすぐに使えるようになるよ!」

「そうね、私たちもそれくらいは出来るようにならないとね」

「あははっ、目標たかーい」

「別に――」


 領域魔法は一般的に奥義と言われるレベルの魔法であり、それを使えるのは超一流の証でもある。

 良い意味で意識の高いブレイドを茶化すようにプレスが笑い声をあげ、それに少しムッと来たのかブレイドが何か反論しようとしたところで、会話を遮るようにディスト発生の通知が鳴り響いた。


「あれ? 私のは鳴ってないよ?」

「変ね、私のでもないわ。プレスは?」

「あー、あたしのだったよ。んじゃ、ちょっくら行ってくるねー」

「ちょっ――」


 ブレイドとエレファントに通知が来ていないということは、ディストが発生したのは咲良町ではないということになる。つまりプレスはこの魔法界にあるスタジアムに来る前、現実世界において咲良町ではないどこか別の町にいたということになる。

 ブレイドがそのことを聞こうと声をあげるが、プレスはどこか急いだ様子で制止の声も聞かずに転移して行ってしまった。


『なるほどですね! それにしてもドラゴンコール選手は多彩な魔法を使っていましたね! 見ていてワクワクする一戦でした!』


『タイラントシルフ選手に敗北したことで出し惜しみしていたら負けると思ったのでしょう。実際、縄張りで上書きしてなお左腕は持っていかれてしまったわけですから、全力で戦ったのは正解だったのではないでしょうか』


「まったく、どこにいるのかくらい言ってからでもいいじゃない」

「プレス、一人で大丈夫かな?」

「心配だけど、どこに居るのかもわからないんじゃどうしようもないわ。あんまり気負った様子もなかったし、そんなに強いディストじゃないことを祈りましょ」

「うん、そうだと良いんだけど……」


 ブレイドは呆れたように、エレファントは少しだけ心配そうな表情でさきほどまでプレスが座っていた席に視線を向ける。

 実を言うと、二人はプレスのことをあまりよく知らない。エレファントもブレイドも当然プレスのことを友人だと思っているが、プレス自身があまり積極的に自分の話をするタイプではなく、かと言って大きな問題を起こすようなタイプでもないため、ブレイドとエレファントのようにお互いの信念と弱さを理解していたり、エレファントとシルフのように秘密を共有したりもしていない。

 プレスが新人魔法少女として咲良町で戦い始めたころからチームを組み、現実でも非変身状態で会うこともあるが、言ってしまえばそこ止まりなのだ。いつも軽い感じで飄々としており、魔法少女をやっているのはお金のためだと公言しているがそれが本当かどうかもわからない。

 別に何かの確信があるわけじゃない。深い事情があるわけではなく、ただ単にプレスという少女のパーソナルスペースが広いだけなのかもしれない。ただ、わからないから心配なのだ。ディストと一人で戦うことなど、相手の階級によってはエレファントだってよくあることだ。それだけならブレイドやエレファントも気負いなく見送っただろう。けれどプレスの場合は本当にそれだけなのかわからない。だから時折こうやって、何かの拍子に漠然とした不安がエレファントに付きまとうのだ。


『おっと! 縄張り争いに勝利したドラゴンコール選手は中央から見て南西の方角へ移動し始めました! 更にどうやらウィグスクローソ選手とエクステンドトラベラー選手も復活し、二人揃って北西方向へ向かっています!』


『レッドチーム対イエローチームという状況が多くて、ブルーチームが野放しになって着実に陣地を広げているので、ドラゴンコール選手はそちらを削りに向かうようですね。一方で復活した二人は、南側をドラゴンコール選手に任せて北側を塗り替えていく算段でしょうか』


『イエローチーム! 先ほどまでの優勢が一転して大ピンチです! レッドボール選手とラビットフット選手が復活待ちとなってしまいました! パーマフロスト選手は北中層から北内層へ移動し無事クリスタルを確保したようですが、果たしてどうなってしまうのでしょうか!?』


『こうなってくると確保したクリスタルの多さが災いして二人の復活は大分遅くなりますので、パーマフロスト選手にとっては踏ん張りどころですね』


『ブルーチームのドッペルゲンガー選手! 相変わらず動きがありません! ですがタイラントシルフ選手は南東外層のクリスタルを確保し現在は北東外層クリスタルを目指している模様です! さらにエクスマグナ選手も南西内層のクリスタルを黄色から青に塗り替えています! 現在確保済みの小クリスタルは8個と、すでに4割を手中に収めている計算となります!』


『ここまでは順調ですが、イエローチームの人数が減ったことでブルーチームのクリスタルの数が突出する可能性が高まりました。そうなると二つのチームに集中狙いされるので、今のリードを保ったまま試合終了まで粘れるかが勝負の鍵となりますね』

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