episode3-4 ウィッチカップ⑤ 【兎VS糸】
※若干のGL描写があります
エクステンドを倒し近場にあった内層の小クリスタルを一つ確保した後、ラビットフットは西の方角にある外層の小クリスタルを目指して地面を蹴っていた。
戦闘時は立体的な機動で相手を翻弄できるため足場となる木が乱立していることはありがたかったが、単純な移動の場合むしろ隆起した根が邪魔をして全速力は出せていない。パーマフロストやレッドボールと比べればそれでも速いため先行役を務めているが、タイラントシルフやドラゴンコールのように空を飛べる連中にはとても敵わない。
タイラントシルフが内層の小クリスタルを確保した時点で他のチームがまだだったのは、レッドチームは敵を倒すことを優先したからだがイエローチームの場合は単純に到着が遅かったからだ。そのうえ先行役同士の争いに巻き込まれ時間をロスしてしまっている。遅れは取り戻すという気概で足を動かしているが、ラビットフットに焦りはない。
単純な距離の問題で言えば外層を目指すよりも南東にある中層の小クリスタルを目指した方が速いが、マップを見るとその近くにある東中層のクリスタルが赤く染まっている。レッドチームのコンビがリスタート待ちであることを考慮すると、つまり近場にウィグスクローソが居ると言うことになる。
ラビットフットは自分の実力に確かな自信を持っているが、同時に過大評価をしていない。正面から糸の魔女とぶつかれば勝ち目がないことは目に見えている。だからクローソが向かうであろう南東中層の小クリスタルを無視して、少し遠回りしながら東外層の小クリスタルを目指しているのだ。
ラビットフットの判断に致命的な間違いはなかった。だからその選択の結果辿ることになった運命は、結局のところ運に過ぎない。
「窮する兎は鮫を蹴る!」
ラビットフットが辿り着いた視線の先で、ウィグスクローソが小クリスタルに手を添えていた。迷ったのは一瞬、踏み込む足に力を込めて飛び出し奇襲を仕掛ける。
ウィグスクローソが東南中層のクリスタルに向かうだろうと言うのはあくまでも予想に過ぎなかった。だからこうなる可能性も当然想定していたし、もしもよーいドンで戦うことになりそうな状況なら踵を返して脱兎のごとく逃げ出す予定だった。チームメンバーにもそう伝えていた。だが、無防備に魔力を注ぐウィグスクローソの姿を見て、今ならやれると欲が出た。クリスタルに魔力を注いでいる途中で手を離すと、それまで注がれていた魔力は霧散して最初からやり直しとなる。すぐに手を離して迎撃するのが最善の判断だとわかっていても迷いが生まれる可能性はある。そしてその迷いはラビットフットの速度の前で致命的な隙となる。移動には最初からグラブザスカイを使っていた。縄張魔法を使う時間はないがスピードは充分。
魔法を発動して突っ込んだラビットフットに対して、詠唱に気が付いたウィグスクローソの行動は迅速だった。何の迷いもなくクリスタルから手を離し、一歩下がる。もしもこの状況がエクステンドの戦いと同じであれば強引に当てに行くことも出来た。だが違う。明確に違う点が一つある。この場所には、小クリスタルが存在するのだ。破壊不能のオブジェクトである小クリスタルが。
ウィグスクローソが一歩下がったことで、二人を結ぶ直線状にクリスタルが入り込む。当たらない。それを理解してラビットフットは思いきり小クリスタルを蹴りつけその反動で逃げ出そうとするが、遅かった。
「蜘蛛の糸」
どこからともなく現れた粘ついた白い糸がラビットフットの小さな身体に絡みつく。クリスタルを蹴りつけて得た推進力でもその糸は引きちぎることがかなわず、逃れようと藻掻けばもがくほど全身に張り付いて身動きが取れなくなっていき、最後は小クリスタルに磔にされてしまった。
「縄張魔法『兎』!」
ラビットフットは奥の手を出し惜しみしない。魔力が潤沢なわけではないが、出し惜しみして敗北すれば結局は半分も失うことになるのだ。確実に勝てる相手でも勝ち目の薄い相手でも、全力を出すことに迷いがない。
「窮する兎は鮫を蹴る!」
瞬間的にキック力を高める魔法で張り付いた小クリスタルを蹴りつけるが、それでも抜け出すことは出来ない。
蜘蛛の巣に捕まった哀れな獲物のように、無様に身をよじることしか出来ず
「があ゛あ゛ぁぁぁっー!」
それは最早魔法の詠唱ですらなく、獣のような雄叫びをあげて肉体が壊れそうになるほどの力を引き出し抗うが、張り付いた糸は剥がれない。
そうしてあらん限りの抵抗を終え、とうとう諦めたようにラビットフットはウィグスクローソを睨みつけた。
「何見てんのよ! やるならさっさとやりなさいよ!」
「もう抵抗はいいのですか?」
「はぁ!? 情けでもかけてるつもり!?」
「いえ、無駄に魔力を使っていただけるならこちらとしても助かりますので」
相変わらず平坦な声に無表情で、嘲笑でもなんでもなく本心からそう言っているようにラビットフットには聞こえた。つまり心の底から、ラビットフットのことを何の脅威ともみなしていない。何をされても負けることはないと考えている。だから気が済むまで抵抗させてやろうと言っている。
「ふざけんなあ゛あ゛ぁ゛ぁ゛っ!」
相手の思うつぼだとわかっていてもその激情を抑えきれず、ラビットフットはほんの僅かな可能性でも良いから目の前の性悪女をぶちのめしたいという思いに駆られ、本来であれば通用するはずのない、ディストにも魔法少女にも使えず長い間日の目を見ることのなかった魔法を詠唱する。
「あたしを好きになれ!!」
「あ……」
魅了、それはごく一部の魔法少女が持つ状態異常系の魔法だ。使用者に対する好意を対象に抱かせ、好きなように言うことを聞かせることが出来る。
そう聞くと極めて強力な魔法のように感じるが、ディストには他者に好意を抱くと言う機能が今のところ確認されていないため魔法少女活動では大して役に立たない。さらに魔法少女は直接作用するタイプの魔法に対して非常に強いプロテクトを備えており、九割九分九厘通用することはないので対抗戦や縄張り争いでも使えない。
強いて使い道があるとすれば一般人相手になるが、他の魔法少女はともかくとしてラビットフットはそんなことに魔法を使うような感性をしていない。
ラビットフットが今までにこの魔法を使ったことは、魔法少女に成りたてのころに効果を確認するための試し打ち以外では一度もなかった。
冷静に考えれば魔力の無駄遣いでしかなく、通用するはずもないことはわかっていたが、頭に血の上ったラビットフットにはそんなことは全く関係なかった。なんでも良いからウィグスクローソに一泡吹かせてやろうと躍起になっていた。手持ちの魔法を全て使ってやろうと詠唱を続けようとしていた。
だが、魅了魔法を発動した後の奇妙な手応えに疑問と混乱を覚え思わず詠唱を止める。
「……」
「嘘でしょ、通った?」
魔法が正常に発動した感覚。身体強化系や自然物の操作、放出系にはわからないかもしれないが、状態異常系の魔法はそれが通ったのかそうでないのかを、相手の状態を見るまでもなく手応えで感じ取ることが出来る。ラビットフット自身そんな仕様はまったく知らなかったが、今それを理解した。以前に試し打ちした時とは違う。明確にウィグスクローソが魅了の魔法にかかったという確信があった。
魅了が通った理由はわからなかったが、今はそんなことを考えている場合じゃないとラビットフットは急いでこの状況を最大限に活かす作戦を考え始める。レッドチームの主力を倒すどころか、うまくやれば試合の間奪い取ることすら出来るのだ。これほどのアドバンテージはない。最早勝ったも同然だ。
明確な勝利が見えたことで、ラビットフットにしては珍しく浮ついた気持ちに流されてしまい、虚ろな表情で少しずつ近づいてくるウィグスクローソに気が付かなかった。
「うわ!? ちょっとなにす!? んぅ!? んん゛っー!?」
突如正面から覆いかぶさるようにラビットフットへ抱き着いたウィグスクローソが、否定の言葉を口にさせる間もなく強引に唇を奪った。むろん、自らの唇で。
この後のことを考えていたラビットフットの頭の中が状況を理解できず一瞬真っ白に染まる。
これまで魅了魔法が成功したことがないからこその誤算、というか知らないのだから仕方ないが、魅了魔法とは言ってもその強さには個人差がある。通りさえすれば何でも言うことを聞かせられる強力なものから、精々ちょっと気になるな程度の感情を抱かせる程度のものまで、いわゆるピンからキリまでというやつだ。
ラビットフットのそれは流石に魔女の魔法だけあり、どんな命令にも絶対服従だが、命令されていない間は抱いた行為に従って欲望のままに行動するというとんでもない性質を持っていた。
突然の出来事に大混乱に陥ったラビットフットは咄嗟にウィグスクローソを付き飛ばそうとするが、粘着質な糸によってクリスタルに固定されてしまっているため腕が動かない。
ならば僅かに動く頭をぶつけてやろうと勢いをつけるために少し後ろへ引かせると、ラビットフットが逃げようとしていると勘違いしたのかウィグスクローソは片手を幼気な少女の後頭部に回し込みがっちりとホールドして逃げ場を塞ぐ。
ラビットフットはふざけんなこの変態女と内心で口汚く罵りながら、とにかく早く離れろという思いで鼻息荒くクローソを睨みつけるが、口を塞がれていることで詠唱は出来ず身体も動かせないため、されるがままに受け入れることしか出来ない。
結局、時間にしてたっぷり一分ほど無垢な唇を蹂躙されたラビットフットは、息継ぎをするようにウィグスクローソの唇が離れた瞬間、怨嗟の声をあげた。
「死ねっ……、性犯罪者……!」
「はい」
ウィグスクローソは愛する人の命令に従って自らの専用武器で己の心臓を貫いた。
虹色の光と華やかなエフェクトが吹き上がり、ウィグスクローソのアバターが白い粒子となって消えていく。
彼女の名誉の為に言っておくならば、一連の行為は全てラビットフットの魅了魔法があまりにも強力であるからこそ起こった悲しい事件であり、本来の彼女は決して強姦魔などではない。
「ぺっぺっ! あーもう、最悪の気分だわ……!」
ウィグスクローソの死によって魔法が解除され磔の状態から解放されたラビットフットは、グロッキーな表情で悪態をつきながら走り出した。
『ウィグスクローソを倒したわ』
予想外でかつ最悪な事件は片付いたが戦いはまだ終わっていないのだ。




