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第65話 それぞれの驚き

「どう言う事だ!?」


出撃していった海軍が壊滅。残存艦艇は三十隻中僅かに二隻と言う報告を聞いたエドガー子爵は、手に持っていたワイングラスを力一杯床にたたきつけた。高価なガラス製の美しいグラスは粉々に砕け、床に赤い染みを作っていく。それはまるで、戦いで散っていった兵達の血の海のようにも見える。


海戦が行われたのはちょうど昼過ぎ。彼はその頃当日の執務を終わらせて自室に引き込み、趣味であるワインを楽しんでいたところだ。この世界に出回る酒はエールが主で、まだまだワインは珍しい、高価な酒なのだ。そんな一部の富裕層しか楽しめない酒を口にして上機嫌であったのに、彼は今不機嫌の極みにある。


「そ、それがその……敵は見たこともない新兵器で、我が方の艦艇を次々と沈めていったと報告を受けています」


主の怒りを受けた伝令は身を縮ませるように顔を伏せ、彼の怒りを何とかやり過ごそうと苦心している。彼としても、敗戦の報告などと言う不名誉極まる役目など引き受けたくはなかったのだが、他人に代わってもらうわけにはいかなかったのだ。エドガー子爵は未だ敗戦の事実が信じられないのか、落ち着き無く部屋の中を歩き回っている。


「三十隻もいてエルマンは何をしていたのだ! 敵は少々大きいとは言え、たったの一、二隻であろう!?」

「それはなんとも……私が直接目にしたわけではありませんので……」


歯切れの悪い返答に、エドガーは思わず舌打ちをする。彼としても、理性では目の前の伝令に怒鳴っても意味が無いと理解していても、感情がそれを許してくれないのだ。


「エルマンはどうした!? 奴をここに出頭させろ!」

「エルマン提督は……意識不明の重体です。全身に酷い矢傷を負っていたので治癒術士に治療をさせていますが、完治まで数日かかるかと」

「チッ! どいつもこいつも! 成り上がりの商人風情に調子づかせおって!」


椅子を蹴り上げようとして目測を誤り足をぶつけ、エドガーはその場で悶絶し始める。そんな彼を心配して駆け寄った側仕え達に八つ当たりしている彼だったが、すぐにそんな余裕はもう無いのだと思い知らせる一報が届けられるのだった。


§ § §


「フラン様、剛士殿の新型艦がエドガー子爵の海軍を壊滅させたと報告がありました」

「それは……間違いないのですか?」


信じられない吉報にフランは腰を浮かせ、セルビーの手渡してきた報告書を食い入るように観察する。そこにはどうやって調べたのか、海戦の大体の流れや参戦艦艇数、そして互いの受けた被害などが詳細に書かれている。数の上では三十対二。圧倒的不利な状況で、本来ならまともな戦いにすらならない陣容だ。それなのに結果は剛士達の圧勝――いや、完勝なのだ。フランが報告を疑うのも無理ないことだった。


「……信じられない。一体彼等はどうやってこんな戦力を?」


エドガー子爵の海軍は、この周辺で並ぶ者がない規模の艦隊だったはずなのだ。街の規模では大きく上回るフランの港でも軍艦の数はそれ程多くない。街自体は昔からあったが、フランが領主になる前はエドガー子爵の街より小さく、軍艦の影も形もなかった。フランも領主に就任後、街を拡大するため商船の建造を優先したので、海軍が後回しになっていたと言う理由がある。


「この三笠と言う巨大な戦闘艦と、商船を改装した日本丸と言う艦。たったの二隻で壊滅させるなんて……。それに、船の大きさよりも気になるのがこの武器です。エドガー子爵の海軍は遠距離から一方的に攻撃されたとありますね。と言う事は、彼等は陸でも使える同じような武器を量産している可能性が高い。仮に陸で彼等と戦うことになったら、近づくまでに大変な犠牲を払わなければならなくなります」


セルビーに聞かせるように独り言を呟くフラン。セルビーは長年の付き合いで、今彼女が深い思考の海に沈んでいるのを理解していた。こんな場合、彼女は声をかけることを控え、主の思考を妨げないようにしなければならない。やがて考えがまとまったのか、フランはふう――と息を吐いて顔を上げる。


「……すぐに軍をエドガー子爵の街へ向けるように指示してください。海軍が壊滅して動揺している今が好機です。一気に責め立て、あの街を支配下に置きます。そして、日ノ本商会と早急に連絡を取れるよう、連絡用魔法具の用意をお願いします。決して敵対する意思のないよう、高圧的な物腰は厳禁だと伝令に伝えなさい」

「かしこまりました」


セルビーがフランの決定に異を唱える事は無い。彼女は指示された命令を淡々と果たすべく、部屋を後にする。


「これは嬉しい誤算と言うべきなのか、想定外の事と狼狽えるべきなのか……判断に迷いますね。彼等がこれ程の力を有しているなんて想像もしませんでした。珍しい商品を売り出す商人でしかないと言う認識は改めるべきでしょう」


今回の事がなければ、フランもエドガー子爵も、その周辺の貴族でさえ、剛士の事など眼中になかったに違いない。しかし今後、そうはいかなくなる。なぜなら彼等の力を取り込むかどうかによって、今後自陣営か敵方の戦力が大きく増強されるからだ。


「剛士殿とは一度話しただけなので、いまいち人物像が掴みにくいですね。悪い人では無いと思うのですが……」


惚けた顔で強気の交渉をしていた剛士の顔を思い浮かべ、フランはクスリと笑みを浮かべる。


圧倒的勝利によって自分達を取り巻く環境が急激に変化し始めている。剛士達がそれに気がつくのは、それからしばらく経っての事だった。

 

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