第35話 支援
浮浪者達――もはや立場が変わったので彼等の事は領民と呼ぶべきだろう――に案内され、剛士達は島の奥地へと足を踏み入れていた。どうやら全く整備されていないのは外から見える部分だけで、一度中に入ってしまえばある程度開けた土地が隠されていたようだ。
舗装路とは言わないまでも、多くの人の足によって踏み固められたあぜ道を通り、辿り着いたのは一つの集落だ。使える農耕具が限られているのか畑の数も少なく、斧も少ないのか木により掛かって建てられた家まである。
「こちらへどうぞ」
先頭を行くリーダー格の男の名はニコスと言う。まるでクレジットカードのような名前だが、現在借金まみれの剛士が出会うにはふさわしい人物名だろう。そのニコスは怯えた目を向けてくる人々の間を通り、集落にある広場で足を止めた。
「みんな! 今すぐ集まってくれ! 紹介したい方達がいる!」
何事かと顔を合わせる人々は、繰り返し呼びかけるニコスに応えて徐々に広場へ集まり始めた。年齢も性別もバラバラ。ゾロゾロと歩くその様子からは、まるで生気というものが感じられない。全員例外なく痩せ細っていて、一目で栄養失調なのがうかがえる。
(なるほどね。これじゃ戦うって選択肢がないわけだ)
戦うどころか立って歩くだけでも辛そうな集団が、魔剣を持つ剛士や精霊使いのリーフ、冒険者のファングとナディアを相手に勝てるはずもない。この集落に住む人々が戦うのは剛士達ではなく、まず毎日襲ってくる飢えなのだ。
集まった人々の数は意外に多く、百を下らないだろう。全員集まったのを確認したニコスはグルリと周囲を見渡し、腹に力を込めて声を張り上げる。
「みんな! 俺達は先ほど、新しくこの地の領主になった方々に出会った!」
領主と聞いた途端に怯え始める人々。ニコス同様に、彼等も自分の立場を嫌と言うほど自覚しているのだろう。しかし、そんな彼等を安心させるように、ニコスは手を広げて騒ぐ人々を黙らせる。
「安心しろ! 新しい領主様……剛士様は、俺達全員の罪を免除してくれるどころか、真面目に働くならこのままこの土地で暮らしても良いと言ってくださった! その上俺達の境遇を哀れと思い、もう安心して良いと、食うに困る事はなくなると言ってくださったのだ!」
「おおお……!」
「そ、それは本当か!?」
「おかーちゃーん、オシッコー!」
一部自分の尿意を訴える声を除外すれば、概ね歓迎する声ばかりが上がる。彼等はまるで救世主でも現れたかのように熱い視線を剛士に向けていた。今までの人生で人から尊敬される事のなかった男が、そんな状況で調子に乗らないわけがなく、彼は興奮で鼻の穴をピクピクとさせながらニコスに代わって前に出る。
「えー……、俺が新しくお前達の領主になった剛士だ! 後ろにいるのは俺の家臣だ! 俺達が来たからにはもう安心だ! すぐにこの地を多くの作物が取れる豊かな大地へと変えてやろう! だから安心して俺についてこい!」
関白宣言ならぬ領主宣言を高らかに叫んだ剛士に対して彼等がとった行動は、全員がその場に膝を折って頭を下げるという、忠誠の誓いだった。
「まさか……剛士に忠誠を誓う人間がいるだなんて……!」
「金の力じゃなく、人望でもなく、その場の勢いとノリだけでこんな……!」
「本性を知ったらガッカリするんだろうな~」
後ろで驚愕するリーフ達の声を無視しつつ、剛士は跪く領民達を満面の笑みで眺めていた。
§ § §
四人が初めて自分の島へと足を踏み入れてから丸二日、彼等は再び島を訪れていた。しかも今度は自分達だけでなく、食料や衣類、薬などを満載した漁船を引き連れてだ。一旦街に戻った彼等は手当たり次第に物資を買い込むと港に運ばせ、最初に仕事を頼んだ漁師を介して暇な漁師とその舟を借り上げ、即席の船団を作り上げていた。商会の運営のために残しておいた資金をここぞとばかりに使った事で、寂れた港街が部分的に好景気に沸いたと言う副次効果を起こしながら。
「確かに借金まみれだけど、別に手元から資金がなくなったわけじゃないからな」
「全額借金の返済に充てなくて正解だったな」
即席で作った桟橋が早速効果を発揮し、運ばれてきた物資は次々と陸地へと運び込まれる。それを出迎えたニコス率いる現地住民達は、すぐに食べ尽くしたい衝動と戦いながら更にそれらを村へと運んでいく。久しぶりのまともな食料を目にした住民達は歓声を上げて出迎えていた。
「剛士、とりあえずさっきの船で最後だな」
「ああ、ご苦労さん。これだけ運び込めば当分大丈夫だろ」
村の広場では山のように積まれた物資が所狭しと並んでいて、ナディアとリーフ、そしてニコスのように元気な住民が殺到する人々を整理し、必要な物を分配している最中だ。
「押さないで! ちゃんと全員分あるんだから!」
「そこ! 列を乱すなら物資じゃなくて魔法をお見舞いするわよ!」
「お前達! 領主様にご迷惑をおかけするな!」
手際よく、半ば脅しながら仕事を片付けていく彼女達の様子を見て、剛士はとりあえずホッと息をついた。
「それにしても剛士、これからどうする? このままずっと連中の支援を続けていたら、商会の儲けなんてあっという間に無くなるぞ?」
「当分は我慢だな。連中が体力を回復させて働けるようになってからが本番だ。その為にアレを持ってきたんだからな」
チラリと移す視線の先を見て、ファングが不承不承と言わんばかりに頷く。
「正直言って、俺は未だに抵抗があるんだけどな」
「なに、用法用量を守ればそこまで危険な代物じゃ無い。権力者達にアレを広めれば、俺達の安全は約束されたようなものだ」
ほくそ笑む剛士。そんな彼の横で、ファングは不安を隠せなかった。




