開始
リリーナは当たり前のようにラーメンを知らないが、前世のアステラは散々お世話になった。
お店で食べたり作って食べるものではなくてカップのものばかりだったけれど、ブラック企業勤めのアステラの主食はラーメンだった。
……社畜時代はあまり思い出したくないけど、暑い夏に啜るラーメンは最高なんだ!リリーナちゃんにもぜひ味わってほしいくらいに!
炊き出しで自由に作れるのをいいことに、アステラはラーメンを作ろうと決めていたのだった。
まあ、リリーナに食べさせて驚く顔が見たいと思ったのも本当だけど、貴族の食事に飽きてジャンキーなものを食べたい衝動もあったことは内緒だ。
「では、そのらーめん、を作るお手伝いをします。アステラちゃん、私は何からすれば良いですか?」
「リリーナちゃんはそこで笑っててくれるだけでいいよ!」
「えっ、そんな」
困った顔も可愛いリリーナは、飴玉ねぎの皮を剥いているアステラの隣に立ち、皮むきを手伝ってくれた。
……生きていてくれるだけでいいのに、リリーナちゃんって本当に天使。
飴玉ねぎは剥いていると目がかゆくなってくるので、アステラはリリーナと二人して目をこすりながら箱一杯の飴玉ねぎを剥いて鍋に入れた。
「玉ねぎも肉も香草も調味料もいれたし、スープはあと煮るだけだね。次は麺を作るよ」
「はい。なんなりと!」
アステラは、まず甘麦粉と水とかん水を混ぜ合わせて捏ねるようにリリーナに指示を出した。
「うーん、なかなか力仕事だね。リリーナちゃん、大丈夫?」
「はい。でもアステラちゃんは大変そうですね。アステラちゃんの分まで私が捏ねます」
「え?いいよ!リリーナちゃんは無理しないで!」
リリーナは優しいから疲れを懸命に隠してくれているのだろうけど、か弱いリリーナにこれ以上無理をさせるわけにはいかない。
大きなボウルに入れた麺生地をこねるのはアステラの細腕では中々に重労働だが、気会いだけで何とか成し遂げることができた。
そして出来上がった生地は、何故かとてもモチモチだった。
……前世のラーメン麺ってこんなにモチモチな感じだったっけ?
この世界には小麦粉が無く、代用品として甘麦粉を使った所為でモチフワ生地になってしまったのかもしれない。
……まあいっか。
不思議そうにモチモチ生地を撫でているリリーナを愛おし気に見つめたアステラは、生地を細く切る作業に移行した。
生地を伸ばし、出来るだけ均等な太さになるように切っていく。
とんとんとん。
手を切らないように、でも効率よく。
麺も大量に作らなくてはいけないから、悠長にしていては日が暮れてしまう。
「アステラちゃん、生地を細長く切っていけば良いのですか?任せてください」
しかし横からひょこっと現れたリリーナは何処からともなく短剣を取り出し、トトトトトト……!と生地を切り始めた。
「すごい、リリーナちゃん!」
みるも見事な刃物捌きだ。
刃物の扱いに慣れているというか、狙ったところを狂いなく切れる正確さというか、とにかくその姿まで美しかった。
「リリーナちゃんはとても器用なんだね!」
「ふふふ、アステラちゃんのお役に立てたのならとても嬉しいです」
日暮れまでかかるかと思われた麺作成作業は、リリーナのおかげであっという間に終わってしまった。
この分だと、昼ごはんの時間に間に合ってしまうかもしれない。
アステラはスープの具合を確認し、麺を二玉、試しに茹でてみた。
湯で時間は曖昧だったので一本づつ食べて確認し、丁度良いアルデンテで引き揚げた。
それをスープを入れた容器に移し、肉と香味野菜を彩りよく載せてみる。
前世のジャンキーラーメンよりはどことなくヘルシー感があるものの、紛れもないラーメンが出来上がった。
「リリーナちゃん、じゃーん。ラーメンが出来たよ!是非食べてみて!」
「これがらーめんですか……!とっても美味しそうです!いただきます、アステラちゃん」
リリーナは初めて見るラーメンに対して息をのみ、アステラから器を受け取った。
「馬車の荷台に座って試食しよう。熱いから気を付けてね」
「はい。ありがとうございます」
リリーナはゆっくりとフォークを使い、それに麺を絡ませた。
一口サイズに巻き取られた麺がリリーナの口につるりと入っていく。
アステラはリリーナの感想を、少しドキドキしながら待った。
「どうかな?」
「アステラちゃん!……とっても美味しいです!!こんな食べ物がこの世にあったなんて!」
つるつるつる。
リリーナは本当においしそうに麺を搦めては食べていく。
アステラはホッとして、自身の手元にあったラーメンを食べ始めた。
……ん、おいしい!見た目よりこってりしててジャンキーだ!しかも麺がほんのり甘くてモチモチでいい感じ!!
スープのだしを取るために入れた肉が思ったより脂っぽかったのか、スープは見た目よりも濃厚だった。
そして前世のラーメン麺とは少し違うが、モチモチでコシのある麺も中々美味しい。
「ずそそそそそ!!」
アステラは豪快に音を立てて麺を啜った。
貴族の食卓でこんなことをすれば一発で勘当されてもおかしくない程の下品な食べ方だが、そんなのラーメンを前にすれば関係ない。
というかむしろ、ラーメンを食すなら音を立てて食べることこそがマナーだ。
リリーナは社交界の花とも言われているアステラが隣で豪快な音を立てたことに驚いていたようだったが、すぐにふふっとおかしそうに笑った。
「やっぱりアステラちゃんは不思議な方。綺麗で可愛くて上品で賢くてみんなの憧れなのに、とっても優しくて面白くて」
「ふふ、リリーナちゃんもやってみて。ラーメンはこうやって食べるのが一番おいしいんだから」
「はい」
麺を啜るリリーナを見ながら、アステラはまた増えた思い出を噛み締めるように目を細めた。
……リリーナちゃんには、ずっと幸せでいて欲しいな。
それで、ずっとわたしと友達でいて欲しいな。
有名なシェフを呼びつけて作ってもらった高級な食事よりも何よりも、青空の下で馬車の荷台に座ってリリーナと食べた夏のラーメンが美味しかった。
アステラは満足して、器の底に残ったスープまで全部飲みほした。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした、おいしかったです」
すでに食べ終わっていたリリーナと共に立ち上がり、アステラは再び鍋の前に戻ってきた。
「さて、じゃあ今日の本題だね。本格的に炊き出しを始めようか」




