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File:091 戦犯

1.7万PVありがとうございます。

2万PVが見えてきました。

「原因はこれだね。」


エルマーが淡々と言い放つ。

視線の先に置かれているのは、黒革の手帳。


筆跡からアレイスターのものと判明していた。


無意識に目を引く装飾が施されていた。

だがその正体は、ただの意匠ではなかった。


手帳の縁に薄く塗り込められていたのは「スコポラミン」と「リナロール」を基調とした特殊アロマ樹脂。

どちらも元は自然由来の成分であり、前者はナス科植物チョウセンアサガオなどに含まれる神経毒、後者はラベンダーやベルガモットなどの芳香植物に含まれる精油成分だ。


スコポラミンは微量であれば判断力の低下と暗示感受性の上昇を引き起こすことで知られ、冷戦時代にはCIAが尋問用に研究していたほどだ。

リナロールは逆に精神を安定させ、警戒心を緩める作用を持つ。


アレイスターはこの二つを計算された比率で混和し、低濃度の揮発性樹脂に溶かして“装飾”に見える形で手帳の表面に塗り込めていた。

視認情報ではなく“香気”によって無意識下へ介入する——言ってみれば「嗅覚型の思考誘導」だ。


濃度は危険域のはるか手前に抑えられており、生理学的には「違法薬物」と断定できない。

だが、それでも脳幹の一次判断領域には十分作用する。

そこに触れた人間は、


「何となく気になる」

「自然に手を伸ばしたい気がする」


という形で、軽い行動誘導を受ける。


能登半島の放棄された自衛隊基地で無意識にそれを拾い上げたのは、偶然ではない。

嗅覚が視覚より先に反応し、「これを持ち帰れば役に立つ」と錯覚させられていた。


つまり——あの手帳は”発信機”であると同時に無意識下に拾わせる装置でもあった、というわけだ。

そしてこの手帳をSGに持ち込んだ人物こそが敵の案内役となってしまった。


よってすべての仇どころか味方を窮地に陥れてしまった。


「……本当に、すまない。」


ジュウシロウが深く頭を下げる。

その前に立つのはルシアン、エルマー、カオリ。

アダルトレジスタンスの中枢だ。


混乱を避けるために今集まった人数で話すことになった。


「ちょうどいいわ。」


カオリが唾を吐くように言った。


「奴ら、ここでぶっ殺してしまった方が早いでしょ?」


「だけど……あいつらが、何の勝算もなしにここへ来るとは思えない。」


エルマーが冷静に斬り捨てる。

あのさくらテレビの事件以降エルマーは臆病になってしまったように見える。


『だが、やるべきことは変わらない。迎撃する。』


ルシアンは表情こそ厳しいが、ジュウシロウを責める色は一切見せなかった。


『幸い、今撃たれた子たちは全員バックアップ済みだ。

 犠牲はゼロに抑えられる。PCもすでに向かわせている。』


その優しさが、胸に刺さる。


『カオリは数人を連れて、バックアップされた子たちのフォローを頼む。

 ジュウシロウ、エルマー。迎撃に回れ。』


「了解。」


ルシアンとエルマーは、それ以上何も言わず歩き出した。


後に残ったジュウシロウは、横に立つカオリに小さく訊く。


「……何も、俺に言わないのか?」


「こうなった以上、仕方ないでしょ?」


カオリは肩をすくめ、そして短く笑った。


「死ぬときは一緒だって言ったじゃない。」


そう言って、そっと唇を重ねる。


「――倒してきなさい。

 自衛隊の奴らなんか、全部。」


その言葉に、ジュウシロウの瞳が鋭く光る。


「わかった。

 ……奴らを殲滅することで、この罪を償う。」


そう告げて、彼は戦場へ向かって駆け出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「――ジュウシロウさん。はっきり言って“戦犯”だからね。」


エルマーは冷たく言い放った。

けれど、その言葉はジュウシロウ本人ではなく、隣にいたルシアンへ向けられたものだった。


『そう言ってやるな。僕にとっても想定外だった。

 それを言うなら、アレイスターがあんな交渉を持ちかけてくるなんて考えていなかった自分にも責任がある。』


「……ボスは、自分で自分の尻を拭ける人でしょう。

 でも彼は、はっきり言って足を引っ張ってる。」


『――それは違う。』


ルシアンの声だけが淡々と、しかし強く響いた。


『このアダルトレジスタンスにいる子どもたちは、“大人と違う”世界を生きてほしい。

 全員で支え合って、生き延びてほしいと思っているんだ。

 君が突出した才能を持っていることは認める。

 だが君にも出来ないことがあるように、ジュウシロウにも“君には出来ない部分”を補う能力がある。

 だから仲間同士で足を引っ張り合うような真似はやめてくれ。』


エルマーは短く息を吐いた。


「……わかった。さっきの発言は撤回する。」


『ありがとう。

 それに——アレイスターの“自作フェイク動画”にあっさり引っ掛かって、

 感情のままにSGへ戻ってきてしまった僕も同罪だ。

 仲間たちが撃ち殺されていく映像を見て……頭が真っ白になった。』


ルシアンの脳裏に、拘置所を襲った時に見せつけられた映像がよぎる。

坂上とアレイスターが、PCの子供たちを笑いながら射殺する動画。


——許せなかった。


あれがフェイクだと判明した時、確かに胸を撫で下ろした。

だが同時に、体の奥で煮えたぎる怒りは消えなかった。


『……エルマー、君は遊撃隊として動いてくれ。』


「黄色の隊の役目なのにいいの?」


『君しか戦況をひっくり返せる人間はいない。

 タランチュラを使ってくれ。』


エルマーの目つきが鋭くなる。


「……了解。“自由行動”でやらせてもらう。」


ふたつの影は、無言で別方向へ駆け出した。

ルシアンは通信チャンネルを開き、PC部隊全機へアクセスする。


『——顔は全員特定済みだ。生かして返すな。

 アダルトレジスタンスの恐怖を、その身に刻め。』


待機していたパーフェクト・カスケードの部隊が、一切の乱れなく動き出す。


まるで精密に訓練された兵士の群れだ。


総数3000体。

東京拘置所襲撃で50体を失ったが、なお2950体を誇る。

対する侵入者は43名。


単純計算で68.6倍――圧倒的優位。

数で押し潰す。誰も疑わなかった。


——だからこそ、その瞬間は衝撃だった。


PCの視界越しに見ていた最前列のPCが、抵抗する間もなく頭部を吹き飛ばされ、崩れ落ちる。


「レスターかッ!?」


そう。PCを単体で倒せるとしたらアレイスターだ。


だが違う。

共有リンクに映る視界の中——


そこに立っていたのは、

ショットガンを無感情に構え、撃ち終えた坂上の姿だった。

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