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File:060 儀式前

「……ごめんね、シュウ。あんたにまで手伝わせて」


「いえ。今回の作戦――

 正直、ジュウシロウさんの貢献が大きすぎました。

 前崎ですら歯が立たなかった相手に勝ったので。

 みんな一緒に生きて帰ってこれて嬉しくて仕方ないんだと思います。」


ジュウシロウは酒に酔い潰れ、千鳥足のままカオリとシュウに支えられ、ようやく自室のベッドへと横たえられた。


「……このあと、『儀式』なんでしょ?

 ソウと一緒にやるのよね。

 何もこんな宴の時にやらなくていいのに……。

 あ、でもエネルギー供給にはちょうどいいのかしら?」


「はい。その通りです。これはむしろチャンスです。

 ジュウシロウさんのように『儀式』なしでここまで上り詰めたのが異常だったんです」


「……確かにね。私もやったわ。

 簡単な医学の知識だけだったけど()()に3年かかったわよ?」


「覚悟の上です。必ずやり遂げて帰ってきます」


そう言って、カオリはそっとジュウシロウの額に毛布をかけた。


「じゃあ、いってらっしゃい。無事に帰ってきてね」


カオリはシュウを静かに抱きしめた。


「……はい。行ってきます」


ジュウシロウの部屋をあとにし、儀式場へと向かおうと踵を返す。


「待って、シュウ」


「はい?」


「カノンとユーリには、伝えたの?」


「……いえ。まだです」


「伝えなさい。アレイスターのようになるかもしれないのだから」


その名が出た瞬間、空気が凍りついた。


アレイスター。

シュウは直接はあったことないがアダルトレジスタンス史上、最悪の儀式失敗例。

その一件以来、儀式は厳重な管理下に置かれることとなった。


この話はアダルトレジスタンスに入った時から深く聞かされた。

なんでもジュウシロウの師匠らしい。

一度会ってみたかった。裏切者ではあるが。


「……わかりました」


「どうせそんなことだろうと思った」


声のする方を振り向くと、廊下の奥にカノンとユーリが立っていた。

手には、ジョンが作った温かい料理の皿が載っている。


「あら、ユーリ。カノン。さすがね。

 どうしてシュウが『儀式』に行くってわかったか聞いていいかしら?」


「……女の勘よ」


ユーリが淡く笑う。


「シュウ、今回の件で無力感を感じていたんでしょう?」


カノンはその言葉に驚いた顔を見せる。

あの戦場であのマルドゥークたちを見て、サテライトキャノンを落とされて普通なら勝とうなんて思わない。

むしろ、どうやって勝つというのか。

勝てるわけないと考えるのが普通だ。

だが――シュウは違った。


ちなみにあの戦闘の最中、カオリやカノン、ユーリといった非戦闘員たちは、黒の隊によってさくらテレビ社屋の奥で必死に守られていた。

突き抜けてくる弾丸から守りつつ、ボスとエルマーのホログラム転送装置の軌道を信じた。

瓦礫と火花の中、全員が死を覚悟していた。

――それでも、生き残った。


だからこそ、ジュウシロウは、嬉しさのあまり酒に潰れたのだ。


その時に自分もジュウシロウさんと同じように隣で戦えていたらケンを救えたかもしれないと思わざるを得なかった。


「無力感……。確かに、俺は戦場で何もできなかった。

 ジュウシロウさんのように、前崎を超える存在になりたい。

 そのためには、この『儀式』を受ける必要がある。

 本当は、お前たちを心配させたくなかったけど――」


そう言って、シュウは二人をそっと抱きしめた。


「――必ず、無事に帰ってくるよ」


「私たちも、一緒に行くわ」


ユーリが即答した。


「えっ……?」


「大丈夫。邪魔はしない」


「……分かった。ただし、ボスの許可が下りれば、だ」


「わかっているわよ」


唯一、事態をのみ込めていないのはカノンだった。


「結局、シュウは何をするの? 『儀式』って何なの?」


「捕らえた不動って男のこと、覚えてるわね?」

カオリが静かに説明を始めた。


「彼の頭の中にある技術――それを、シュウに転送するの。

 それが『儀式』よ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「アリア、行ってくるよ」


床には昨夜脱ぎ捨てられた衣服が、余熱を帯びたまま散らばっていた。


ベッドの上では、ソウとアリアが静かに抱きしめ合っている。

まるで、互いの存在を確かめるように、微かに震える指先で体温を探り合っていた。


ソウが、アリアの額にそっと口づける。

それは祈りのように優しく、慈しみに満ちていた。


そして、アリアの瞳からは、ひとすじの涙が音もなく伝い落ちた。


「……本当に、無事で帰ってきてくれる?」


かすれた声。

けれど、その中には確かな恐れと、願いと、愛が込められていた。


「約束するよ。シュウ君もいるし、心強いよ」


ソウは微笑んでそう答えると、ゆっくりと立ち上がり、黒のタキシードに腕を通した。


それは、彼が“本気の場”に挑むときだけに着る正装だった。


そんな服を着る決まりなどないが死装束(しにしょうぞく)はこの服と決めていた。


マットな漆黒の生地と、細身のシルエット。

そして、まだどこかあどけなさの残る顔立ちとの不思議な調和が、彼の覚悟を一層際立たせていた。


しかし――


ベッドの縁で、嗚咽を噛み殺しながらも懸命に平静を保とうとするアリアを見て、ソウは思わず立ち止まる。


行かなければいけないと分かっている。

でも、今この瞬間だけは、彼女の傍にいたくてたまらなかった。


「僕はね、シュウ君ほど難しい役回りじゃないから、大丈夫だよ。

 それよりさ、全部終わったら――次は何を弾こうか?」


努めて軽く、穏やかな口調で、未来の話を持ち出す。


アリアが涙で濡れた頬を赤らめながら、ぽつりと答えた。


「……《真夏の夜の夢》。劇付随音楽、Op.61、第9曲」


その選曲に、ソウは思わず笑みを零した。


それは、少女たちが憧れとともに口にする夢の曲。

一度は弾いてみたいと願う、神秘と浪漫に満ちた名作だった。


「気が早いな。でも、いいね。

 ピアノはデュオで――一緒に弾こう」


そう言い残し、ソウは振り返らずに部屋の扉に手をかけた。


だが、その背にアリアの叫びが飛ぶ。


「……私も、行く!」


ソウは一瞬だけ黙り、ゆっくりと振り返る。


アリアの瞳は、もう泣いていなかった。

ただ、真っ直ぐに彼を見据えていた。


「……わかった。一緒に行こう」


そうして二人は、手をつないだ。


指先から伝わる鼓動の熱が、互いの不安を少しだけ和らげてくれた。


ゆっくりと、儀式の場へと歩き出す。


――ソウとアリア。

――そして、シュウ、カノン、ユーリ。


祭壇へと続く長い廊下の手前で、彼らは偶然、顔を合わせた。


その瞬間、空気がわずかに張りつめる。

視線が交差し、誰も言葉を発さない。


――この儀式で、廃人になるかもしれない。

――狂ってしまうかもしれない。

――もう元の自分には戻れないかもしれない。


そんな不安が、誰の胸にも静かに巣食っていた。


けれど、焦らず、慎重に進めばいい――そんな声もある。

だが、儀式は“鮮度が命”なのだという。

脳が柔らかいうちにしか受け付けられない。

そして、体力も、精神も、想像以上に削り取られる。


だからこそ、今しかない。


宴の熱気と衝動の中でしか、決して踏み出せない一歩だった。


軋む音を立てて、重たい扉が開かれる。


儀式の部屋。その中心に立っていたのは――


儀式の部屋の中。

そこにいたのは、ルシアン――そして前崎だった。

メンデルスゾーン作曲『真夏の夜の夢 劇付随音楽 Op.61』第9曲

――俗に「結婚行進曲」として知られる曲です。


聞いたら「あぁ!」ってなる曲です。

https://www.youtube.com/watch?v=FmA2z7vwpTM

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