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File:045 テロ志願者

日本最大手のテレビ局・さくらTVは、既にジュウシロウの部下36名によって完全に制圧されていた。

局内の職員は一人残らず無力化済み――ほとんどが命を落とした。


「見境なく殺したつもりだ」


それがジュウシロウの言葉だった。

だが胸のモヤモヤのようなものは取れなかった。


かつて国家を欺き、最も多くの人間を扇動した“最大の加害者”

――そのメディアを潰しても、驚くほど虚しさしか残らなかった。


「復讐には思っているほどのリターンはない」


昔、アレイスターが言っていた言葉を思い出す。

ジュウシロウはその教えに従い、目的を感情ではなく義務として処理した。


文栄春陽社の社長をそこまでいたぶらなかったのもその理由だ。


そのおかげで、彼は冷静でいた。

初めて人を殺した少年兵の一部がショックで口を利けなくなる中、ジュウシロウは任務を淡々と遂行していた。


そんな子供たちを見かねて、カオリが一人一人に深呼吸をさせ、言葉をかけて落ち着かせていた。


「…俺が暴走したとき、カオリが止める想定だったのですか?」


『もちろん。でも正直、カオリ君の方が取り乱すと思ってたよ。

 女性は強いね。』


「まったくです」


ジュウシロウは血に染まった床を見渡した。

死体の山、血の海、地獄絵図。

だが、ほどんどの少年少女たちは談笑もせず、叫びもせず、着実に任務をこなしていた。


特にジュウシロウと一緒に国会議事堂とシンフォニア襲撃を行った者たちは、既に常人の感覚からは外れているのだろう。


中でも、養護施設出身の少年兵たちはジュウシロウを“兄貴”のように慕っていた。

血の繋がりはなくとも、黒の隊は“家族”として機能していた。

だからこそこの場では基本的に黒の隊が先頭に立って指示を飛ばしていた。


だが、その静けさが逆に不気味だった。


「…なぜ、警察が来ない?」


明らかに大量殺人が起きている。

だというのに、警察の介入は皆無だった。


いや、正確には動いている。

だが彼らは、既に襲撃された“(から)の施設”ばかりを捜索していた。

全員が集結し、最も危険であるはずのこの“さくらTV”には、なぜか誰も近づかない。


新聞記者もいない。

それは当然だ。我々が殺したのだから。


代わりに、SNSでバズりたい“活動者”たちが、面白半分で現場に押し寄せてきていた。


『ジュウシロウ君、あいつ射殺しようか?』


「御意」


ミニガンが吠えた。

そのSNS活動者は肉片に変わり、無言で地面に崩れ落ちた。


『まったく、命かけて来るならまだいい。

 遊び半分なら、その命ごと挽き肉にしてやる。』


「同感です」


ジュウシロウは静かに応え、部下たちの様子を見に行こうとしたそのとき、無線が鳴る。


「隊長、報告です」


「どうした」


「まもなく、シュウ副隊長が、潜伏していたユーリ、カノンを含めた4名を連れてここに合流予定です」


「了解した」


忘れていたわけではなかった。

ただ、あまりにも多くの“現実”が目の前に積まれており、それに対する感情が希薄だっただけだ。


「…並びに、もう一点報告があります」


「続けろ」


「その……一般人と見られる男たちが、“自分も仲間に入れてくれ”と懇願してきまして……」


「……は?」


一瞬、自分の聴覚を疑った。

この血まみれの現場を起こした組織に参加希望者が?


『それは面白いね』


近くにいたルシアンが、ニヤリと笑いながら階段を下りていく。


その先――

階下では、シュウと部隊員たちが、妙に目を輝かせた男たちの行く手を無言でふさぐ光景が広がっていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


敵対しない者は殺さない

敵対すれば殺せ


それがアダルトレジスタンスの基本原則だった。


だがその判断に、シュウは迷いを覚えていた。

目の前に土下座する男を、どう処理すべきか――。


「……仲間に入れてくださいっ……!」


男は地面に額を擦りつけ、声を振り絞るように訴えていた。

その背を、カノンが無言で踏みつけている。

踵に力を込めて、ぐりぐりと。


「うぅぅ……ありがとうございますぅ……!」


嬉しそうに呻いたその声に、横で見ていたユーリはゾッとした表情を浮かべた。


「カノン……あんたが隠れSなのは知ってたけど、ここまでとは……」


「コツはね、強めに踏むこと。圧を一点に集中させるの」


「……そんな情報、聞きたくなかった……」


ユーリは、それでもどこかでカノンに対する女としての敗北感を引きずっていた。

だからこそ、無意識に距離を取ったのかもしれない。


一方、シュウは冷静に銃を男に向けていた。


「どういうつもりだ?……あんた、見たところ大人だろう」


踏みつけられたまま、男は必死に言葉を絞り出した。


「はい!45歳です!

 でも、命を燃やしてでも変わりたかったんです!

 それが……あなた方の行動だった!

 自分を変えられる気がしたんです!仲間にしてください!!」


「……は?」


シュウは眉をひそめた。

大人。それも社会で適応できなかった者たちが、自分たちの元に来る。

そのことに、言いようのない不快感があった。


「…子供なら、理不尽に押しつぶされ、居場所を求めるのもわかる。

 けど……お前は、何やってたんだよ、これまで」


そのとき、ユーリが小さく声を上げた。


「……他にも来てる。あそこ」


彼女が指さした先には、他の少年兵たちに同じように“仲間にしてください”と頭を下げている大人たちの群れがいた。

一人、二人ではない。十人以上。いや、二十、三十……。


「……全員男。年齢が結構バラついているけど20代と40代しかいないような…」


ユーリはその共通点に何かの“兆し”を感じていた。


『やあやあ。君たちが噂の“志願者”たちかな?』


ルシアンがいつの間にか現れ、値踏みするように彼らを見回した。

薄く笑いながら、淡々と語る。


『我々は“大人に抗う”ことを理念に掲げて結成された。

 まさか、その“大人たち”に気に入られるとはね。

 ……いや、予想はしていたけど、ここまでとは』


しばしの沈黙。

そして、静かに放たれた結論。


『うーん……ないかな。君たちは、いらない』


「どうしてだ!?前崎という男は受け入れてるじゃないか!」


一人の男が叫ぶ。

その中には、若干20歳ほどの青年がいた。眼鏡をかけ、やや小太り、声だけがやけに大きい。


『前崎君と君たちを一緒にしないでほしいな』


ルシアンは冷たく切り捨てる。


『彼は傑物だ。才能、実行力、そして狂気を持っている。

 日本どころか世界を見渡しても、彼に並ぶ者はそういない。

 ……だが君たちは?』


ルシアンの目が彼らの体型と顔立ちをなぞる。

運動不足でたるんだ身体。あるいは痩せこけた体。

不健康な生活習慣。

眠たげで隈が目立つ目。まるで死んだ魚のような目だった。

それは染みついた“敗北者”の匂い。


『浪人生のように見える子もいるね。そういう人生、否定はしない。

 でも“戦う場”には立てない。負債(役立たず)を抱え込む余裕は、我々にはないんだ』


「お、俺は……帝大出身だ!役に立てるはずだ!」


自信ありげに名乗ったその男に、ルシアンの眼差しは微塵も揺れなかった。

40歳ぐらいの男に見えた。


『それがどうしたの?』


「えっ……」


その瞬間、空気が凍った。


『大学名に価値なんて感じない。

 成果を出した人間しか、私は評価しない。

 あるいは子どものように、未来を変える余地があるなら別だが……』


ルシアンの声は、冷え切っていた。


『君たちからは、“可能性”の匂いがしない。

 残念だが、私の目には怠惰な家畜()にしか見えないんだよ。』


言葉を失う男たち。


『……世間から与えられた価値基準だけで生きてきたんだろう?

 何も考えず、何も疑わず、惰性でここまで来た。

 君たちの未来には、私は興味がない』


ルシアンは静かに言い放った。


『私が世界を手に入れた時、君たちは強制労働者として働いてもらう。

 それが君たち大人への最大の社会貢献だよ』


その場に、ざわめきと沈黙が交錯する。


ジュウシロウは何か言いたげだったが、ルシアンが先に口を開いた。


『ジュウシロウ。私は“子どもたち”を守る。それ以外が滅びても構わない。

 だが、君が“守りたい”と願う人間は、生き残らせる。それは約束する』


「……だったら、問題ありません。水を差してすみません」


ジュウシロウが静かにミニガンを持ち上げた。

砲身が、ゆっくりと回転を始める。


男たちの一部は、恐怖に駆られ、逃げ出した。

だがそうしても逃げない者たちがいた。


『……どうして逃げないの?』


ルシアンが問いかける。


「殺してほしいからだ。……もう、疲れた」


「……自分が何者なのか、それすらわからない。

 でも、あなたたちの姿を見て……人生を燃やしたいと思った。

 だから、どうか……仲間に入れてください」


「自分が何者か確かめる場がほしい。でなければ死んでいるのと同じだ」


しばしの沈黙の後――


『……ならば、“試し”を与えよう。

 最初のミッションをこなせば、入隊を認める。』


その中で3名の男たちが選ばれた。

彼らは、処刑される代わりに試されることを選んだのだ。


『ミッションは……』


だが、その瞬間――


『ルシアン!応答しろ!』


緊急通信が入る。

前崎の声だった。

これまでに聞いたことのない、切迫した声で。


空気が、張り詰めた。

余談として、テロや過激な犯行に走る人物には、世界的に見ると若年男性が多い傾向があります。

思春期以降に急激に上昇するテストステロンは攻撃性や衝動性を高め、過激思想や暴力的行動に結びつきやすくなるためです。


実際、イスラム過激派組織においても作戦を実行するのは主に20代前後の若者であり、日本から渡航を試みた者の多くも大学生など若年層が目立ちました。


しかし、日本はその傾向から外れる例外的な国でもあります。

「秋葉原通り魔事件」や「京都アニメーション放火殺人事件」に代表されるように、社会的に孤立し、経済的にも精神的にも行き詰まった中高年男性──いわゆる“無敵の人”が加害者となるケースが多く見られます。


このような傾向は、日本特有の雇用環境や孤立を生みやすい社会構造を背景とした、現代の病理のひとつとして捉えるべき現象かもしれません。

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