File:021 リザルト①
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「ボス」
「おや、エルマー。どうしたんだい?」
戦いの決着がついたばかりのトレーニングルーム。
前崎とジュウシロウが話しているのを、ケンが少し離れた位置から静かに見守っていた。
エルマーはその様子を一瞥しながら、ボスの元に歩み寄る。
「……あのリボルバー。しかも5発だけで関節を狙い撃つなんて、本当にあり得るの?」
「うーん……普通じゃ考えにくいね。」
ルシアンは頭をかきながら、少しだけ苦笑した。
「裏打ちされた“経験”と“感覚”。そうとしか言えないかな。狙ってできる芸当じゃない」
「……これじゃ勝てるわけないじゃん、大人に」
ぽつりとエルマーが呟く。
ルシアンはその言葉に笑う。
エルマーの思い描く大人は少々レベルが高すぎる。
「そんなことはないさ。正面から挑む必要はない。
たとえば“エア”や“マルドゥーク”を使った広域殲滅型みたいに、戦い方はいくらでもある。
また彼のような人は稀有な存在だよ。だから例外としてみればいい」
「……そっか。確かに……それに前崎みたいなやつがゴロゴロいるわけじゃないよね」
言葉とは裏腹に、エルマーの口元はわずかに引きつっていた。
そのまま彼は踵を返し、足音を響かせながら駆け足でトレーニングルームを後にする。
ルシアンはその背中を黙って見送っていたが、ふと呟く。
「……ああ、そうか。彼が作ったんだっけ。ジュウシロウの神経外骨格」
その声には、ほんの少しの気づきと、思慮深い静けさが滲んでいた。
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「完敗です」
ジュウシロウが素直に頭を下げる。
「いや、ちゃんと学習していたのは伝わった。筋も悪くない。もっと精度を上げていけば、戦い方も変わってくる」
前崎は柔らかく応じた。
「……どうすれば、あなたに追いつけますか?」
真っ直ぐな視線だった。嘘のない、純粋な問い。
前崎はその眼差しを正面から受け止める。
「どこで、一番差があると感じた?」
「……経験? 技術? 感覚……?」
ジュウシロウは考え込みながら言葉を選ぶ。
「それもあるだろうな」
前崎は腕を組み、やや間を置いて言った。
「だが、パワーだけならお前の方が圧倒的に上だ。神経外骨格の出力差は歴然だった。
もしそれだけで勝負が決まるなら、俺なんか一発で終わってる」
「……でも、終わらなかった」
「そう。お前は“100”の力を“10”しか使えていないんだ。初撃もそうだった。
力任せに振るってるようで、体が流れてる」
「……あ」
ジュウシロウは、無意識に力んでいた自分の姿勢を思い出す。
「フルパワーで戦うことが常に正解じゃない。10の力の10使いこなすんだ。
自分のコントロール下に収まる出力で、正確に、速く、意図通りに動けること。
それが“強さ”の基準になることもある」
「……なるほど。確かに」
素直に頷きながら、ジュウシロウは胸ポケットから小さなメモ帳を取り出して何かを書き込む。
見た目には似合わないが、案外マメな性格だと前崎は苦笑した。
「ま、頑張れ。力任せの戦い方も否定はしない。状況によっちゃ、それが正解な場面もある」
「……最高出力に耐えられるのが自分だけだったので、少し調子に乗っていたかもしれません」
「誰だってそうさ。高性能の車を手に入れたら、一回はアクセル全開で走りたくなる。違うか?」
ふたりの口元に、自然と笑みが浮かぶ。
「……前崎さんは、どこでそんな技を――――」
そう問いかけかけたジュウシロウの言葉は、突如響いた怒声によって遮られた。
「ジュウシロウゥゥゥ!!」
振り返ると、勢いよく駆け込んでくるカオリの姿があった。
「……うるせぇな」
前崎がぼそりと呟く。
ジュウシロウは思わず頭を下げた。
「す、すみません……」
そのすぐ後ろから、叫び声と共に神経外骨格が駆け込んでくる。
「前崎ィィィ!!」
突進してくるのはカオリ。感情のまま、装備の出力を最大にして突っ込んできた。
「めんどうな……」
前崎が右手に力を込めた、その瞬間だった。
「手加減を…!」
ジュウシロウが心配の声を上げる。
だが…
「カオリ嬢」
一瞬でケンが割り込み、流れるような動作で彼女の勢いを殺す。
背負い投げ。完璧な体重移動。
「ぐへっ……!」
女の子らしからぬ呻き声が床に響く。
「前崎さんとジュウシロウさんは、現在会話中です。邪魔をしてはいけません」
ケンの口調は淡々としているが、言葉に揺るぎはない。
「……ケン、あんたねぇ……」
「ジュウシロウ殿はご無事です。安心してください」
「わ、わかったから退いて……!」
倒れたカオリの背に、ケンは無言で膝を乗せて制圧していた。
逃げることも、暴れることもできない絶妙な加減。
だがその背中からは、わずかに得意げな気配が滲んでいた。
「ジュウシロウさん!」
声をかけたのは、やってきたシュウだった。
前崎を見るなり、目を細める。
「……こいつが」
「やめろ、シュウ。手心を加えてもらった上で負けた。事実は事実だ。
それにすでに同志だ。敬意を払え」
ジュウシロウの言葉に、シュウは悔しそうに唇を噛む。
その視線の先で、前崎は別の人物と会話していた。
「前崎さーん」
そういいながら背後から何者かに軽く抱きしめられる。
手を不自然に回されることに違和感を感じた。
「私を覚えてらっしゃいますか?」
柔らかい声。
声の主は、制服姿の少女──マスミだった。
「……総理の娘の真澄さんですね。ご無事で何よりです」
五体満足、健康状態良好──プロファイリングを一瞬で済ませ、前崎は軽く会釈を返す。
「……楽しそうですね?」
「正直、いつもの学校よりも遥かに楽しいですね。
まあ……未承認国家に若者が渡っていった歴史を思い出しまして。
今も昔も、理想は人を動かすものですね」
「不老、幸福、神性……現代人が最も欲しがるものですから」
「『サピエンス前史』ですか?博学ですね」
「あなたこそ。こういう状況でよくそんな余裕がありますね」
「だって、私、生きる意味なんて無かったんです。政略結婚の駒。進路すら他人任せ。
──ここに来て初めて、自分の意思で選べる気がしてます」
「……このまま、この組織に?」
「それもいいかなって」
「森田総理は悲しまれるのでは?」
「“自分の評価”が傷つくことには、きっと嘆くでしょうけどね。娘の心配なんてしてないですよ」
そう言って、ふいっと横を向いた。
その様子を見ていたカオリが不満げに口を挟む。
「マスミ。あんた、なんでそんなに楽しそうにそいつと喋ってんのよ」
「え……カッコいいと思いません?前崎さん」
「……もういい。猿に背負い投げされて、頭がガンガンしてきた」
ケンが無言でお辞儀をする。
明らかに煽っていた。
前崎をカオリが睨みつける。だが前崎は肩をすくめるだけだった。
「睨まれても困るな」
「マスミに手を出すなよ、変態!」
捨て台詞を残し、カオリはその場を立ち去ろうとする。
何なんだ、あいつ──そう思った瞬間。
「お待ちください、カオリ殿」
「ぶっ……!」
振り返ると、ケンがすでに目の前に立っていた。
「きゅ、急に出てくるな!」
「お言葉ですが、私は最初からここにいました」
そう言って、ケンは今度は前崎に向き直る。
「前崎様。よろしければ、私とも一戦交えていただけますか?」
「……お前が?」
内心(なんでお前まで来るんだよ)と呟きながらも、前崎は静かに目を細めた。
「私も少し、試してみたくなりました。よろしいでしょうか?」
「前崎さん」
ジュウシロウが耳打ちする。
「ケンは……俺よりずっと強いです。少なくとも、このトレーニングルームでは」
前崎は一度ケンを見て、静かに頷いた。
「いいだろう。やってみるか。──仮面は、外すか?」
「いえ。仮面は私のアイデンティティです。もし割られたら、その時点で私の敗北で構いません」
「ハンデ背負って、負けた時の言い訳にすんなよ?」
「負けても構いませんが、こちらは本気で“殺し”に行きます」
その声色には、冗談の気配は一切なかった。
静かに装備を装着しはじめるケン。
その背中から立ち上る、奇妙な静けさと──緊張感。
ケンはリラックスして前崎と向かい合った。
『サピエンス全史』はめっちゃいい本なのでぜひ読んで見てください!
…というかなろうってリンク載せれないんだ。




