表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/117

File:010 報告×法改正

アダルトレジスタンスを名乗る集団が国会議事堂を襲撃してから三日後。

前崎たちは、まさに地獄のような“報告会”の席に臨んでいた。


国会の中枢が未成年に占拠されるという、戦後最悪のテロ事件。


しかも、その鎮圧に際して未成年の実行犯たちをナイフや銃撃で無力化した上、子どもの腕を切断をしてでも制圧したという対応が、国内外における“倫理”と“国家権威”の正当性を問われる結果となった。


「……報告は、以上となります」


静寂が落ちる。

前崎の言葉とともに、警視庁の会議室の温度が一段冷え込むようだった。


壁一面に並ぶ大型モニターには、

防衛大臣、統合(とうごう)幕僚長(ばくりょうちょう)、内閣総理大臣、副総理、警察庁長官や警視総監までもいた。

国家の意思決定中枢が揃い、ただ一点に視線を注いでいる。


それは、「前崎」という一個人に向けられた重圧ではなく、“判断”に対する責任を問う、集団としての視線だった。


「ご苦労だった、前崎君」


防衛大臣の低く沈んだ声。

隣の統合幕僚長――自衛隊制服組の最高責任者は、言葉を発することなく、無言の圧力で場を支配している。

総理と副総理は深く目の下に隈を落とし、消耗の色を隠せていなかった。


「では、質問させてもらおう。

総理の令嬢が人質に取られていたと把握していたはずだ。

それでも、なぜ君は作戦を強行した?」


問いかけたのは総理自身ではなかった。

代わりに、現場から一歩距離を置ける立場にある防衛大臣の声だった。

だが、その言葉の背後には、明らかな“怒りの感情”が滲んでいた。


前崎は、一切の迷いもなく口を開いた。


「“国か娘か”という声があったことは承知しております。

ですが、国家に携わる者として、仮に令嬢が命を落とす結果となろうとも――

国家の機能と主権を守る判断が、最優先であると考えました」


その瞬間、総理の目がわずかに動く。

口元に怒気は見えない。

だが、机の下で固く握られた拳が、その胸中をすべて物語っていた。


「……その責任は、誰が負うつもりか?」


「当日のテロの場にいた政治家の皆様のご意見を尊重した結果になります。

なお、録音・録画は完了済みであり、発言者の特定も可能です。

ご希望であれば、記録をご提示いたしましょうか?」


沈黙。

防衛大臣が渋い表情で目を伏せ、小さくため息を吐いた。


「……いい。必要ない」


警察庁長官が変わるようにいう。


「現実として、令嬢は依然として誘拐されたままだ。

この点について、どう説明する?」


前崎は、目を逸らさず応じる。


「仕方のない犠牲です。

個人の命と国家の安全保障を天秤にかけた結果、

今回は後者を優先すべきだと判断いたしました」


総理の頬がわずかに引きつる。

その顔には一瞬、鬼気すら漂う。

だが、前崎の表情は変わらない。


(国家元首が“家族”を優先すれば、その国はもう終わりだ。

あなたは私的な存在ではない。“国そのもの”なのです)


その想いは胸に留めたまま、前崎は静かに続けた。


「ただし、朗報もございます。森田総理」


前崎が総理と目をしっかり合わせる。


「……何だ?」


「令嬢・優花様のご無事は、極めて高い確度で見込まれます。敵の標的は、“国家機関”および“制度そのもの”です。

彼らにとって未成年は同胞であり、利用価値のある存在です。

殺害する理由は乏しく、実際にシンフォニアにおいても、子どもの殺害は意図的に避けられております。

これは、彼らの信念であり戦略でしょう」


総理がわずかに肩を落とす。

その表情には、安堵というより“覚悟”がにじんでいた。


「……わかった。君に一任する」


「光栄です、総理」


それを見届けた防衛大臣が、重く口を開いた。


「……正直に言おう。我々にとって、今回の件は手に余る。君が適任だ。

最初に提示した条件のまま、事件の全権を委ねたい」


「承知しました。ただし、追加で条件を提示させていただきます」


「……聞こう」


「少年法第61条の報道制限の撤廃。

加えて、未成年を含む武装テロリストへの、実弾を用いた武力行使の許可を求めます」


会議室に、音のない衝撃が走った。

数秒の静寂が、凍りつくように場を支配する。


「……総理、可能か?」


副総理が小さく問う。


「……やってみる」

総理の声は、かすかに震えていた。


それから、七日後。


泰新3年4月。

国家安全保障会議(NSC)は特別緊急事態宣言を発令。

憲法第41条および国家緊急権を根拠に、通常の立法手続きを飛び越えた特例法が即日可決・施行された。


その名は――


『特別対テロ緊急措置法』


かつて平成27年(2015年)、

“首相官邸ドローン事件”を契機に制定された【小型無人機等飛行禁止法】が、約2ヶ月で成立した前例はある。


しかし今回は違った。


制定まで、わずか七日。


与野党問わず、反対は誰一人もいなかった。



【特別対テロ緊急措置法】(抜粋)


■第1条(目的)

国家機関への武装攻撃、大規模破壊行為、要人誘拐といった事態に対し、迅速対応するため特別措置を定める。


■第2条(未成年重大犯罪者の実名報道)

10年以上の懲役相当犯罪を行った未成年に、氏名・顔写真等の実名報道を認める。

適用は法務省と内閣官房による個別審査。


■第3条(対テロリスト武力行使特例)

公安警察・警視庁に対し、実弾および致死性兵器による武力行使を認可。

武装テロリストであれば、未成年も例外なく適用。


■第4条(未成年への死刑適用特例)

大量殺人・破壊行為を行った未成年に対し、刑法第11条(死刑)の適用を認める。

適用は最高裁判所の個別審査を要する。


■第5条(時限措置・見直し)

本法は特別緊急事態宣言期間中に限定。

1年ごとの見直しにより、延長・廃止を決定。


「要するにこうだ」


・凶悪事件を起こした未成年は、顔も名前も隠されない。

・武器を手にしたテロリストは、警察が銃で“撃って”止める。

・未成年でも、人を殺せば“死刑”の可能性がある。

・今回は“例外”だからこそ通った法律であり、1年ごとに見直す。


“国家が子ども相手にも牙を剥いた瞬間”だった。

それは単なる法改正などという生ぬるいものではない。

「国家とは何か」その定義そのものが、歪み、軋み、音を立てて変質した瞬間だった。


“守るべき存在”とされた未成年が、“討つべき敵”に書き換えられた日。

憲法も、法律も、理念すらも、

「生き残るためなら踏み越える」と宣言された日。


この国は、ついに子ども相手に“殺意”を合法化した。

それが、“国家を怒らせる”ということだった。


本文中に登場した「統合幕僚長とうごうばくりょうちょう」について、簡単に補足させていただきます。


統合幕僚長とうごうばくりょうちょうとは、日本の自衛隊において制服組の最高位にあたるポストであり、防衛省内の「統合幕僚監部(とうごう ばくりょう かんぶ)」の長を務める人物です。


具体的には、自衛隊全体――すなわち陸上自衛隊・海上自衛隊・航空自衛隊の運用に関して、統合的な調整や指揮助言を行います。

いわば、現場レベルにおける“実動部隊の総司令官”といった位置づけです。


◆指揮命令系統について

防衛大臣 → 統合幕僚長 → 各自衛隊の部隊指揮官


という流れになっており、文民統制シビリアン・コントロールを前提に、政治家である防衛大臣が最終的な命令権を持っています。


統合幕僚長は、陸・海・空の各幕僚長より上位に位置し、運用面では自衛隊全体を見渡す立場にあります。

ただし、法制度上は「助言」や「調整」に重きが置かれており、直接的な“命令者”としての役割は限定的です。


◆ 現実の問題点として

実際の防衛体制においては、以下の2点がかねてより指摘されています。


・防衛大臣が“現場を理解していない文民”である可能性が高く、緊急時に的確な判断・命令が下せるとは限らない点

・そもそも命令を下す前に、敵の先制攻撃によって戦闘が始まり、最悪の場合“終わってしまっている”という時間的ギャップの存在


このように、憲法上の制約や平時を前提とした法制度が、実戦のスピード感と乖離しているという現実があります。


本作では、こうした「制度と現場の齟齬」や「国家の意思決定構造の脆さ」といった要素も、物語の根底に織り込んでいます。


フィクションではありますが、どこかに“現実の構造がにじむ”ような、そんな物語でありたいと願っています。


※通常、国家レベルの会議に警視総監が加わることは稀ですが、本件は首都テロという極めて例外的な状況であるため、実務責任者として同席しているものとしています。参考程度に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ