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File:102 Proto-Λcellion(プロト・アセリオン)

シュウが再生ポッドから這い出たときには、すでに全てが遅かった。

逆流した胃液で喉が焼け、緑と赤に濁った再生液を足元で跳ね飛ばしながら、血と薬液の臭気の中を駆け抜ける。


計画では――雨宮隊を待ち伏せし、ジュウシロウと挟撃するはずだった。

坂上が雨宮を利用しようとしたのと同じ作戦。

だが運命は皮肉だ。進軍途中で坂上と鉢合わせし、頭をショットガンで吹き飛ばされ、PC部隊もろとも屠られた。


そして今、視界に広がるのは首を断ち切られた少年兵たちの山。

光の粒子にもならず、ただ血肉として転がるバックアップの肉体群。

皮膚は灰白に変色し、切断面から乾いた血がこびりつき、鉄臭さが鼻腔を刺した。


「……誰がこんな……自衛隊か!?

 いくらなんでも、侵入が早すぎるだろ!!」


叫びは虚空に溶ける。

副隊長以上の彼ら――ジュウシロウ、シュウ、ケン――は知っていた。

一般兵とは別に、隠されたバックアップ室があることを。

それゆえにシュウは復活できた。


だが同時に、それは裏切りを想定した保険でもあった。

役割持ちが簡単に消されぬよう、場所は限られた者しか知らされなかった。

その備えが、今度は仇となった。

看護室から少し距離があることで緊急連絡から遅れてしまった。


神経外骨格の予備を起動させ、性能を生かし最速で向かう。

この速度で移動してもなお遅いと感じた。


「はぁ……はぁ……着いたぞ!」


スライディングのように飛び込み、刀を取り出し構える。

奥に誰かいる?


シュウが血の匂いにむせながらゆっくり奥へ進むと、壁際に寄りかかる三人の少女がいた。

ユーリ、カノン、マスミ。

生きてはいるが、顎に強烈な打撃痕を残し、意識を失っている。


「頼む……嘘だと言ってくれ……!」


掠れ声で駆け寄る背後から、乾いた声が響いた。


「その三人は大丈夫。まだ死んでない」


振り返ると、組立工具を操りながら背を向けるエルマーの姿。


「ただし温情じゃない。

 君たちが再生したとき、即座に追撃されないように潰してあるだけだ。

 強い衝撃を脳に受けてる。

 絶対安静、動けば後遺症で廃人になる可能性がある。」


改めて見れば、確かに首筋と顎には不自然な痕。

動けば命が尽きる――そう告げていた。


「……やったのは誰だ」


「決まってる。前崎だよ」


エルマーの答えにシュウの目が血走る。


「どうやって……!?」


「……にわかには信じがたいが、拘束された状態から自殺に成功したらしい。

 そこからバックアップ体で復活し、この区画を殲滅した。

 見ればわかるだろ。

 どうやったかはわからないけどね。」


周囲には、脳幹を切り裂かれ絶命した少年の死体が累々と重なっている。


「……じゃあ、この床に沈んでる奴らは?」


「もう手遅れ。全員殺されてる」


シュウのこめかみに青筋が浮かぶ。

そして気づく――カオリの姿がない。


「……カオリさんは?」


「前崎が連れていった。拉致だろうね。

 交渉材料として使われるから殺されることはないだろうね。」


その一言で、シュウの顔は憤怒に染まった。

仲間だけでなく、尊敬し、愛した存在までもが奪われたのだ。


「裏切り者ォォ……!!最初から殺しておくべきだった……!!」


銃を掴む手に力が籠もる。


「どこへ行くつもり?」


「決まってる!前崎を殺す!それだけだ!」


エルマーは肩を竦めた。


「バックアップもなく、白兵戦で自衛隊のたった一人に負けた君が?

 無駄死にしたいの?」


その冷淡な声に、シュウは胸倉を掴み顔を寄せる。


「お前は悔しくないのか!? 天才ぶって冷静装って……!」


「……部屋を見てみろよ」


言われ、周囲を見渡したシュウの視界に飛び込んできたもの。

それは壁一面に並ぶバックアップの死体群。

だが、すべてナイフで脳幹を潰され、眼窩が抉られ、沈黙していた。


背筋が凍る。


「僕は別の場所にバックアップしてたから助かったけど……

 君にはもう残機がない。ただの人間だ」


俯くエルマーに、シュウは銃口を押し付けた。


「だからどうした。玉砕でも構わない。

 奴らを道連れにしてやる。刺し違えてでもな」


声には鼓舞と諦観が混じっていた。


「……僕を殺してもカオリは戻らないよ。

 所詮八つ当たり。

 アダルトレジスタンスに縋らないと生きていけない君と違って、僕はネットさえあれば生きられる」


「お前が天才? 笑わせるな。

 国に利用されようが最後は同じ地獄行きだ。

 お前がNASAに仕掛けたのも、ただのウイルス入り迷惑メール。

 突破したんじゃない、運が良かっただけだ。

 凡人の延長線上で偉そうに語るな!」


怒声と共に、指がトリガーを絞る。


——ガンッ!


鈍い衝撃。

家庭用補助ロボットが鈍器の腕でシュウの側頭部を殴りつけていた。

視界が揺れ、銃口が逸れる。


「……やれやれ、バカは困る」


エルマーが銃を押し返す。


「生身で、バックアップもなしで突っ込む?

 死ぬならせめて兵器を使え」


背後のシャッターが開き、影がせり上がる。

そこにあったのは人型を逸脱した巨大な装甲。


「これは試作。神経外骨格の拡張版

 ――神経外骨格:拡張装甲 《Proto-Λcellionプロト・アセリオン

 ボスに渡したのは、これの小型高性能版。

 ……まあ改造されちゃったけど」


シュウは身を任せ、言葉もなく装着される。

ファストトラックとの互換性があり、機体は彼の体に吸い付くように接続した。


「どうせ死ぬなら、これで倒してきて。

 ……まあ、君には期待してないけど」


エルマーは後ろを向き、家庭用補助ロボットに運ばれながら工具箱を手に取る。


「僕は最終兵器を起動させる。

 遅かれ早かれ、SGは崩壊する。好きに暴れなよ」


返事を待つこともなく、シュウは扉を蹴破って飛び出した。


「前崎……待っていろ。必ずぶっ殺す!!」

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