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File:101 起死回生の殺戮

総合評価600pt突破!

ありがとうございます!!

今が昼か夜かもわからない。

SGにいることは記憶があやふやな中でも覚えている。


そして今地震のような揺れが断続的に響き、外で何かが起きていることだけはわかる。

だが、それが事前に決めていた自衛隊の殴り込みなのか、単なる幻聴なのか、俺には判断できなかった。


両腕は肩口から釘で貫かれ、壁に打ち付けられている。

冷たい鉄が骨に擦れ、体をわずかに動かすだけで軋むような痛みが走る。

乾ききった血が鉄の匂いを放ち、皮膚に張り付いたまま剥がれない。

両足も拘束具で固定され、口には猿轡。

呼吸のたびに、乾いた布の繊維と血の味が喉を擦り下りていく。


キリストのように磔にされ、鉄と血にまみれた男

――それが今の俺、前崎だ。


地震のような衝撃が断続的に伝わってくる。

拷問の続きは中断されたらしい。

だが、このままでは三日も保たないだろう。


公安の基礎訓練の時点で拷問に対する耐性はある程度あるがそれでも限度はある。

いざとなったら自決も含まれている。


だがまだそうできない理由があった。


理由は三つ。


①バックアップが存在する確信

アダルトレジスタンスに属していた時点で、俺の複製は必ず作られている。

奴ら不死身の子どもたちがそうだったように、俺もまた転送のデータベースに刻まれているはずだ。

だから、この肉体が潰えても終わりではない。


②自分が必要とされる存在だということ

俺はやつらにとって今後必要になってくる存在らしい。

アレイスターをおびき寄せる餌としてもまだ使える。

組織にとって俺は利用価値がある。

だからこそ殺されず、痛めつけられ続ける。


拷問されるということは、まだ生かされるということだ。

自決はいつでもできる。

だがまだ情報を引き出すチャンスはある。


③①を前提に自由に動けないという油断を逆手に取れる

両手両足を縛られ、口も封じられた男が自決できるなど誰も思わないだろう。

だが、俺にはある。

前崎の異能――極限集中。

かつては世界がスローモーションに見えるほどに脳を加速させることができた。


ならば、その逆も可能だ。

意図的に脳のリミッターを外し、活動を限りなく停止へと落としていく。


今がその時であると決断する。

はっきり言ってこれは賭けだ。


かつて達磨太子は九年瞑想し、足が腐っても気づかなかったという。

瞑想とは脳の休止だ。

そのさらに奥へ進めば、死と同じ静寂に辿り着く。


死の直前、人は気持ちのいい感覚に包まれるらしい。

俺はその領域を、自らの意志で引き寄せる。


前崎の脳はそれを可能としていた。


血に濡れた拘束具の中で、俺は心の中で呟いた。


「来世はもっと平和な日本で生まれたいもんだな」


意識の奥に、静かな波音が聞こえた。

見えるはずのない水平線が広がり、海のきらめきが網膜に焼きつく。

会ったことのない母が呼ぶ声がした。

遠くで誰かが拍手している。


昔、付き合った女だろうか?

懐かしい。


顔が思い出せない。


誰だったか?


名前も。


そもそもおれはなんだっけ?


いま……なにをしている……?


ねむたい


きもちいい


視界が遠のき、痛みが消えていく。

殴打も、切創も、熱の痛みも、すべて海の底に沈むように消え去る。


首が前のめりに落ちる。


脳死。


前崎だったものは光の塵となって消えていった。


ーーーーーーーーーーーーーー


前崎が意識を回収したとき、視界一面に薄乳白の樹脂があった。

おそらく再生ポッド。

体は緑の液体に包まれていた。


内圧で耳が詰まり、喉は焼け砂のように乾いている。

胸には生体電極、腕には点滴、口には酸素吸入器。

皮膚の下でナノ縫合の微振動がまだ続いていた。


手を開いて閉じる。

確信した。


(賭けに勝った!バックアップはやはり存在していた!!)


内蔵センサーが覚醒を検知する前に、両膝で蓋を押し上げ、踵で一点に加重を集中させる。

バキン、とポリカーボネートが蜘蛛の巣状に割れ、閂が外れた。

前崎はポッドの縁を掴んで体を引き抜き、脇のラックに畳まれていた薄手の病衣を片手で引っ張り、肩に通す。

裸足のまま床へ。

床はわずかに温い。

温調マットだ。


体を簡単に動かす。

調子がいい。


いつもより遥かに。

支障はない。


薄く目を上げる。

ここは治療ブロック。

器具は最小限、鋭利物は施錠保管——“心理的安全性”を最優先にした部屋。

だが運用が甘い。

トレー、蛇管、滅菌パック、緊急ワゴン。

代用武器はいくらでもある。


少し奥へ向かう。

妙な音がする。


視界の先、幼い咳き込みと嘔吐の音。

再生直後特有のリブート酔いと死ぬ前のフラッシュバックに子どもたちが苦しみ、カオリが背中をさすっている。


その近くには、見覚えのある顔が他に3つ。

カノン、ユーリ、そしてマスミ。

誰も武装していない。


前崎は知る由もなかったが、ここだけは非武装という規則。

錯乱状態の少年たちが武器を恐怖で容赦なくぶっ放す可能性があったからだ。


(俺は正義の味方ではない。

 だからこそ俺はどんなに非道と言われても成功率が最も高い道を選ぶ)


カオリが吐瀉物の入った洗面器を捨てに背を向けた——その瞬間が今。

前崎は足音を殺し、ベッドレールを飛び越えて距離を刈る。

ポッドの残骸が床で割れる音が響いたとき、もうカオリの背後にいた。


「アンタ……! 前崎!? 何して——ぐっ……!」


左腕で頸部を締め上げ、右手で手首を極めて体軸を封じる。

気道ではなく頸動脈を狙う正しい絞め。

数秒で意識は落ち始め、数十秒で反抗心も沈む。

ジュウシロウに教えられた格闘技の技術も前崎の前では発揮すらできなかった。


そして意識が朦朧となったカオリを見せつけるように宣言する。


「全員動くな」


低い声が治療室の空気を凍らせる。

ユーリが反射で半歩下がった。

前崎はそれを見切って、足先で医療用の銀トレイを蹴り上げる。

金属音とともにトレイがユーリの脛に当たり、バランスが崩れた。


「きゃっ!」


「動くなと言ったろうが」


言葉と同時に、締めをわずかに強める。

カオリの喉から短い息が漏れ、抵抗の力が抜けていく。

時間を掛けるのは理由がある。

武術の心得がある体さばき——神経外骨格に振り回されながらも“芯”がある女だ。

完全に抜くまで念を入れる。

ここで心を完全に折る。


カノンが目を見開いた。

緊急ワゴンの引き出し——ロックが甘い。

手が伸び、メスの柄が覗いた。


顔を上げると前崎が目の前にいた。

カオリの喉を掴みながらである。


(なっ!……速過ぎる!)


前崎の右足が床を弾き、踏み込みの反動を腹直筋へ合わせる。

踵が鳩尾に吸い込まれ、空気の音がカノンの喉からごそりと抜けた。

カノンは膝から折れ、床を掻きむしりながら咳き込む。


「カノン!」


ユーリが駆け寄ろうとした瞬間、前崎は空いた左拳で裏拳を跳ね上げる。

狙いは顎——短い衝撃で脳の中枢のスイッチを落とす。

ユーリの視線が泳ぎ、膝が笑った。


「前崎さん……!」


マスミが、震える声で名を呼ぶ。

それは初めて見る前崎の姿だった。

殺気を撒き散らし、戦闘機械となった。


彼女が憧れる前崎はそこにはいなかった。

ケンやジュウシロウとのスパーリングの比ではないほどの恐ろしさ。


(ダメ……!殺される……!)


救いを求めて背を向けて出口へ——


前崎の指は、ワゴンの奥の滅菌パックに触れていた。

メス一本。

手首のスナップで投げる。

刃はマスミの肩に突き刺さり、布地で減速した分だけ深度が浅い。

致命は避けている。

髪を引っ張り上げ、鳩尾に膝蹴りを喰らわせる。


「おえっ……!」


マスミが声を上げると同時に裏拳を顎へ。

そのまま糸が切れた人形のように倒れる。


室内に残るのは、再生直後の少年たち。

嘔吐で胃を空にし、発汗で顔色が悪く、まともに立てない。

だが彼らは、数時間後には立ち上がり、数日後には敵の戦力として戻ってくる。


(決別だ)


前崎はカオリの意識が完全に落ちたのを確かめ、そっと床へ横たえる。

足でワゴンを引き寄せ、刃先をふたたび指に乗せる。

視界の端で少年の一人が助けを求めるように手を上げかけ——力なく下ろした。


「……悪いな。戦争なんだ」


その一言に感情はない。

戦場の手続きだ。

前崎は流れる動きで喉元を切り、次の個体へ移る。

音も立てず、素早く、確実に。

医療用の床は、静かに赤茶の斑点を増やしていく。


カノンは、息を整えながら震える指で這った。

視界に入ってくるのは、前崎の横顔と、崩れる少年の肩。

悲鳴は出ない。

肺が空っぽで、声帯が追いつかない。


「やめて……お願いだから……!」


掠れた懇願に、彼は視線すら寄越さない。

刃が最後の一人で止まり、空気がやっと動いた。

前崎はメスを滅菌トレーに戻し、室内をぐるりと見渡す。


——脅威は排除。

——拘束は解除。

——侵入経路は二つ。出口は一つ。

——警報は鳴っていない。ここは安全区画。

通報は遅れる。


「……これでいい」


新しい消毒済みメスを手に取る。


前崎は自分に言い聞かせるように呟くと、カオリの頸動脈の拍動を確かめ、意識を落としただけだと確認してから、患者用のブランケットを彼女の肩に掛けた。

マスミの肩の刃を抜き、止血パッドで押さえる。

ユーリの気道を確保しておく。


そんな前崎の足にカノンがしがみつく。


「……いかせない!」


それは弱弱しい力だった。

前崎は手加減せず鳩尾を膝蹴りしたつもりだった。

しかし運が良かったのが這いずるだけの力はあったようだ。


「まだ意識があったのか。

 ……悪いな。」


カノンの顎を容赦なく打ち抜く。

カノンはそのまま崩れ落ちた。


殺すべきを殺し、残すべきを残す——計算通りに。


そして先ほどの再生ポッドに向かう。


そこでは数多くのバックアップされた子どもたちの肉体があった。

それらを全てこじ開け、喉をメスで切り裂いていく。


血の赤と培養液の緑が混ざり合い、床に毒のような沼を作る。


全員例外なく喉を切り裂いていく。

だが見つからない。


ジュウシロウやシュウ、カオリ、エルマーのバックアップは存在しなかった。

幹部たちだ。


「仕方ない……ここから出るか」


誰に向けたでもない言葉を落として、前崎は自分の足裏を見た。

血が付いている。

備品庫に歩み、使い捨てシューズカバーと手袋を装着する。

ワゴンから簡易消毒液を掴み、掌に二度噴いてこすり合わせた。


扉に手をかける前、ほんの一瞬だけ振り返る。

ステーションの壁に取り付けられた小さな鏡に、自分の目が映った。

静かで、冷たい。

けれど、揺れていない。


(俺は必要な手を打った。ここは戦場だ)


迷いはない。


カオリを肩で担ぐ。

大事な戦利品だ。


最悪盾にもなる。


ロックを外す。

治療ブロックの自動扉が、音もなく左右へ割れた。

外は、まだ騒がしい。遠くで爆音。床の振動。SGが軋む。


前崎は足を踏み出す。

生まれ直した男の歩幅は、もう迷っていなかった。

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