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私を殺した前世の夫が迫ってくる  作者: 三糸べこ


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07 畑兵、誕生

 それから数日、フェルナンはそれなりに真面目に作業していた。

 あてがわれた土地はほとんど耕し終え、エレインは畑の一角に薬草の種を植えた。残った土地のどこに何の野菜をどれほど作るかは、クリスとギャリーが大真面目に議論しているので任せている。


「フェルナン様。種まきの調子はどうですか?」

「半分くらいといったところか」

「じゃあ種まきはいったんそれで終わりにしましょうか。水やりが終わったら草むしりをお願いします。もう芽が出てきているので、雑草と間違って抜かないように注意してくださいね」

「ああ」

「抜いた雑草はまとめてあっちの隅に捨てて置いてください。終わったら次の作業をするので私に声をかけてもらってもいいですか?」

「ああ……って」


 最後に植えた種に土を被せてから立ち上がったフェルナンは、ハッとした様子でエレインを見た。一瞬にしてその目がつり上がり、エレインを睨み付ける形になる。


「何故お前が僕に命令しているんだ、平民ぶぜいが」

「えっ。そんな今さら」

「僕はセドリクス伯爵家の人間だ。こんな農夫のまねごとをするような身分ではないし、薬師とはいえお前ごときが命令を下していい相手ではないんだぞ」

「そう言われても」


 二百年前はともかく、今の貴族についてエレインは詳しくない。フェルナンは時々家名を笠に着ようとするが、家名を言われてもピンとくるものがないのである。


「ちょ、フェルナン様!」

「それはよくないですよぉ。フェルナン様がすみません薬師殿」

「勝手に僕の代わりに謝るな! お前たちもこの薬師も平民だ。僕に命令されることはあっても、僕に命令することなんてあり得ない!」

「――命令に従えないと言うなら、今すぐ退役してセドリクス伯爵家とやらに帰れ」


 畑に冷たい声が降り注いだ。

 見なくても分かる。軍医ジラウド・シャリエだ。

 元気に畑仕事をする姿を見ていると忘れそうになるが、彼らは療養中の負傷兵。自分の患者の様子を見に来たのだろう。


「戦えない、代わりに与えられた仕事もしない上に、上官命令を軽んじる発言まであったな。お前のような兵士をここに置いておく理由はない」

「軍医殿。この者は私の上官ではありません」

「彼女にお前を任せたのは俺だ。彼女の言葉は俺の言葉だと心得るのは当然だと思うが。お前は副司令である俺の言うことが聞けないのか」

「いえ……それは」

「俺の言うことを聞く気があるなら、さっさと彼女の指示通り動いたらどうだ」

「…………」

「それができないなら、どこへでも帰るといい。司令殿には俺から伝えておく」


 黙ってうつむいたフェルナンを冷たく見下ろし、ジラウドは背を向けた。


(この人は「帰れ」が口癖なわけ?)


 エレインもジラウドに帰れ帰れと言われている身だ。フェルナンの気持ちが分かってしまう。

 ジラウドが天幕の影に消えたのを見届けてからフェルナンに声をかけようとしたエレインだったが、負傷兵の三人に視線を移して口を閉じた。


 いつもフェルナンに軽口を叩いていたクリスとギャリーが黙りこくっている。フェルナンも固く口を閉ざして立ち尽くしている。

 エレインが簡単に声をかけていいような雰囲気ではなかった。


「……ごめん」


 クリスがぽつりと言った。


「フェルナン様がそんなに嫌だったの、オレ、知らなくて……鬱陶しかったかなぁ。もう言いません」


 それだけ言うと、クリスはフェルナンに背を向け畑仕事に戻った。

 クリスとフェルナンを交互に見ていたギャリーも、気まずそうにフェルナンから視線を逸らした。


「……フェルナン様」


 ひとりぽつんとしているフェルナンに声をかける。

 フェルナンは返事もなく、走って畑から出て行ってしまった。



 翌朝、畑に来たのはクリスとギャリーだけだった。


「あれ。フェルナン様は?」

「ここにも来てないっすか!?」


 ギャリーが息を切らせて辺りを見回している。クリスは大きな身体を縮こまらせて、今にも泣き出しそうになっていた。


「あらかた見たのに、どこに行っちまったんだよ」

「どうしよう、オレがあんな態度を取ったから……本当に帰っちゃったのかなぁ……」

(昨日の今日だから、顔を出し辛いだけだと思うけど)


 貴族であることに誇りを持っている傍ら、平民を見下す節のあるフェルナンのこと。クリスとギャリーに対して平等な態度であったとは思えない。

 しかし、それにしてもクリスもギャリーもフェルナンを慕っているようだ。


「すみません、薬師殿。今日はフェルナン様を探してからの作業でもいいっすか?」

「それはもちろん大丈夫ですけど……」


 昨日あんなふうに言われていたのに。

 そんなことを思っていることが表情から分かったのか、二人は顔を見合わせて笑った。


「オレたちの怪我の理由って、軍医殿から聞いてないすか?」

「フェルナン様、オレたちを庇って怪我しちゃってぇ」


 クリス、ギャリー、フェルナンの三人組で行動を共にしていたのだそうだ。

 その際、一番年下であるはずのフェルナンが貴族出身であるという理由で三人組のリーダーとなった。運悪く敵兵に遭遇した時も、貴族だからと言って身をていして二人を庇った。


「オレたちだって最初はこの貴族、ガキのくせにむかつくなーって思ってたんすけどね」

「ちょっと生意気だけど、悪いやつじゃなかったんですよぉ」


 だからこそ平民である二人には、フェルナンが平民を嫌っている様子なのが堪えたのだろう。

 しかし、あんなことがあった後に姿を見せないとなると、どうしても心配が勝ってしまうのだそうだ。


「そういうことでしたか」


 貴族貴族と言うだけあって、フェルナンは貴族の責任をしっかり理解しているらしい。


「じゃあ探さないと。フェルナン様の天幕にはもう行きましたか?」

「いや……フェルナン様も同室の方も貴族の人だから、オレたちは来るなって言われてて……」

「たぶん天幕にいると思いますよ。私が見に行ってみますから、二人は作業を始めていてください」

 

 念のため薬剤室に戻り薬箱を持ってから、エレインは男性兵士の天幕まで移動した。

 薬師は天幕の割り振り表をもらっている。それを見て、フェルナンの天幕を探し当てる。


「フェルナン様、おはようございます! もうとっくに朝ですよ!」


 返事はなかった。

 声も出せないほど体調が悪いのかもしれない、という理由をつけて勝手に天幕内に侵入する。軍医や薬師にはそれが許されている。


「お邪魔します。診察します!」

「きゃあああ! なぜ勝手に入ってくる!?」

「よかった。元気そうですね」


 少々寝不足気味の顔に見えるが、しっかり軍服に着替えていた。やはり昨日のことがあったので行くに行けず、無断欠勤のような形になってしまったのだろう。

 エレインは強盗に入られた乙女のような声を上げて隅に隠れるフェルナンの手首を掴み、ぐいぐいと引っ張った。


「ほらほら、行きましょう」

「なっ、おま、引っ張るな!」

「フェルナン様がいないと畑が静かなんです。それに野菜は待ってくれませんよ。フェルナン様が面倒を見なかったら枯れちゃうかも」

「わかっ、分かったから手を離せ! くそ……握力どうなってるんだ……!?」


 今度は人さらいのようにフェルナンを引きずり畑へ向かう。

 畑に着いた時、クリスとギャリーは二十日大根の世話をしていた。フェルナンが種を蒔き、昨日まで面倒を見ていたものだ。もう芽が出て、緑の新芽が綺麗な列になって並んでいる。


 しゃがんだクリスとギャリーの側には抜かれたばかりの新芽が小さな山になっていた。それを見つけたフェルナンが血相を変えて畑に走り寄る。


「どうしたんだこれは!」

「フェルナン様!」

「よかった、オレたち……」

「この芽はどうしたんだと聞いている!」


 フェルナンは少し太った根ごと抜かれた芽の束の前に膝をつき戦慄き、その様子をクリスとギャリーが目を丸くしながら見ている。


「せっかく育った野菜をなぜ抜いたのだ! これからもっと大きくなるんだろう!?」

「そうなんすけど、ええと……」

「まさか僕の世話が悪かったのか……? それとも朝水をやらなかったから……手遅れだったのか……」


 ギャリーがポリポリと指で頬を掻きながら言う。


「あのぅ、これは間引きって言ってぇ」

「……間引き?」

「野菜を大きく育てるために必要なんすよ」

「え……あ、そうか。これは必要な……いや、しかし…………もったいないな……」


 気持ちはよく分かる。小さくても形は一人前だし、実際これはこれで食べられる。


「じゃあ、みんなで食べましょうか」

「食べられるのか!?」

「もちろん。でも、私たちだけの秘密ですよ」


 エレインの提案に三人がそろって顔を上げた。昼には早いが小腹が減ってくる時間だ。


 三人とエレインは間引いた二十日大根を井戸水で洗ってから、薬剤室に移動した。

 調剤用の道具の他に、簡単な食事を作るための小鍋や薬缶、カップなどが置いてある。

 お茶や食事の形で薬を処方することもあるからなのだが、エレインとロザリーの休憩時にも活躍している。


「生で食べてもいいですが、スープにしましょう。毎日寒いですからね」


 取れた二十日大根は根も葉もそのまま使う。ちょろりと伸びるひげはご愛敬だ。

 水を入れた鍋を火にかけて、少しの調味料で味を付ける。根の部分から先に鍋に入れて、色が抜けない程度にサッと火を通したら二十日大根スープの完成だ。


 器に盛り付け、三人に渡す。三人はエレインが自分の分を盛り付けて落ち着くまで、行儀良く待っていた。


「では、どうぞ召し上がれ」

「やったぁ!」

「うまそー」

「い、いただく……」


 エレインもひとさじスープを飲んだ。

 間引きとはいえ収穫したての野菜はみずみずしくて柔らかい。そしてどことなく爽やかな味がする。これを楽しむためにスープを薄味にしたのは正解だった。


「おっ、見ろよ。大根と大根の葉っぱが結んである」

「本当だぁ。こっちも三つ繋がってる」

「俺たちみたいじゃないすか。ねぇフェルナン様」

「……っ」

「味もちゃんとうま! 薬師殿は料理上手なんすね」

「師匠が大雑把な料理ばかりする人なので、私が料理を担当するようになったんです」

「へぇ。他の料理も食ってみたいなぁ」

「そうですね、また機会があれば、皆さんとこっそり……」

「っく……」

「ん?」

「うぅ……」


 先ほどから黙って食べていると思っていたフェルナンから、変な音が聞こえてくる。

 何事かと視線を向けてみると、フェルナンは泣きながらスープをすすっていた。


「どうしたんすかフェルナン様!」

「ど、ど、どこか痛い?」

「薬師殿、見てやってもらえませんか」

「やめろお前ら……これは、これは……うぅ、スープが旨いから……」

「えぇ?」

「そりゃ旨いけど、泣くほど?」

「うっ、うるさい……っ」


 温かいスープで身体が温まったからか、泣いているからか。フェルナンは鼻水を垂らしながらスープを飲み続けている。

 ゆっくりと時間をかけてスープを飲み終えると、フェルナンは静かに話し始めた。


「セドリクス伯爵家は、昔はそうでもなかったんだが今じゃ伯爵とは名ばかりで貧乏でな。僕は口減らしのために軍隊に入れられたんだ。正直、戦うのは苦手だ。でも……出て行けと言われて帰るところもない……」

「フェルナン様……」


 ギャリーがフェルナンの背中をとんとんと叩き、クリスがちり紙を差し出す。

 ちーん、と豪快に鼻を噛んだフェルナンに、二人は良いことを思いついたとばかりに言った。


「じゃあさ、この戦争が終わったら、オレの故郷で一緒に畑をやるのはどうかなぁ」

「こっちでもいいぜ。うちの村はよそ者大歓迎だ」

「三人で共同の畑にする?」

「それもいいなぁ。大農園を作ろう!」

「お前ら……」

「フェルナン様って、いけ好かない貴族かと思ってたけどさぁ」

「おい」

「オレらをかばってくれたことは忘れないぜ。かっこよかったぞ!」

「お、お前らぁ……っ!」


 何やら新しい友情が生まれているようだ。感動的な会話に耳を傾けながらスープを飲んでいると、フェルナンがエレインをまっすぐに見た。

 初日は視界に入れるべからずとばかりに無視をされ、翌日からも斜めから伺うような視線ばかりだった。

 いつにない真面目な気配に、自然とエレインの背筋が伸びてしまう。


「ありがとう薬師殿。あなたが僕を見捨てることなく仕事を与えてくれたおかげで、終戦後の目標ができた」

「いえ。私は畑を手伝ってもらっただけで大助かりで」

「謙虚なものだな。しかし僕は謝罪する。薬師殿に失礼な態度を取ったことを! 大変申し訳なかった!」

「あ、はい……」


 あまり見たことのない感じで謝罪を受けたエレインは反応に困った。

 フェルナンはそんなエレインを気にした様子もなく、一人すっきりした顔で続ける。


「ところで……この野菜は何という名前なのだ?」

「今に至るまで知らないで育ててたのかよ!」

「フェルナン様らしいなぁ」


 この調子では、そのうち「二十日大根はきっちり二十日で収穫できるのではないのか?」などと言いそうだ。

 その日を想像して、エレインはスープを飲みながらこっそり笑った。


 *


 スープをもう一杯ずつおかわりして、三人は仲良く畑へ戻った。エレインは後片付けと、予約の診察をしてから畑に戻る予定だ。

 予約の兵士は見回りを交代したらすぐに来ると言っていた。交代の時間まであと三十分程度というところで、薬剤室に一人の男が入ってくる。ジラウドだ。


「何かご用でしょうか」

「俺はここの副司令であり、君の直属の上官たる軍医だ。時折部下の見回りをするのも職務の一つだ」


 部下の一言に、エレインはピクリと反応した。


「まぁ、部下の見回りを。ありがとうございます。ついに私を第三駐屯地の薬師とお認めくださって」

「それとこれとは別だ。俺はまだ認めていない。何かが起きる前に、そろそろ――」


 エレインは残っていたひとり分程度のスープを温め直し、大きめのマグに注ぎ入れた。

 マグにスプーンも添え、ずいとジラウドに突き出す。


「何だ、これは」

「あの三人と一緒に作った二十日大根の初収穫スープです」

「……スープ? 君が作ったのか?」

「そうです。いらないなら責任をもって私とロザリーの夜食にしますが」

「いらないとは言っていない」


 いつぞやと同じような台詞を口にして、ジラウドはエレインからマグを受け取った。

 このスープは畑を作った三人とエレインの秘密だが、あの三人を派遣してくれたのも、フェルナンを叱責してくれたのもジラウドだ。彼にもスープを口にする権利はあるだろう。


 患者用の椅子に座り、スープを一口飲んだジラウドは「旨いな」と一言だけ言った。

 以降も黙々とスプーンを口に運び、マグをエレインに返すと、そのまま医務室へと戻っていった。


 この日以降、二十日大根を皮切りに駐屯地の畑では様々な野菜が作られた。食堂では新鮮な野菜が出され始め、それに伴い、塩分過多による患者も少しずつ減っていった。


 この仕事ぶりがエミリアーノに認められ、フェルナン、クリス、ギャリーの三人は畑兵と呼ばれることになる。

 普段の任務は畑仕事。訓練には参加するが、有事以外の戦闘任務にはあたらない。元々戦闘が得意ではない三人なので、この人事を聞いてますます畑仕事に精を出していた。


 なお、「二十日大根はきっちり二十日で収穫できるのではないのか!?」という悲鳴も、畑の真ん中で響いていた。


 薬師の仕事は、薬を作るだけではない。人の健康を支えるのも重要な役割だ。しかし。


「毒薬がほしい。作れるね?」


 軍属薬師の仕事は、人を癒やすだけでも、ない。

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