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私を殺した前世の夫が迫ってくる  作者: 三糸べこ


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23 お茶会

 応接室を出て、通りがかった使用人にカップやお湯などの用意を頼む。

 親切な使用人は快く頷いて「わたくしがお淹れいたしましょうか」と言ってくれたが、それはエレインが断った。


 今回使う茶葉は、普通に淹れるとものすごく苦くなる代物だ。なるべく苦みを抑えるコツは茶葉を調合したエレインが一番良く知っている。


(それに……)


 ジラウドはエレインが淹れたお茶を飲んでくれた。前世を覚えていないのだから当然といえば当然なのだろうが、エレインには存外、ただそれだけのことが嬉しかったのだ。

 だからジラウドにお茶を振る舞う機会があるなら、なるべく自分で淹れたいなどと思ってしまっている。

 オルガにも言えないし、駐屯地での出会い頭を知っているロザリーなどにも知られたくはない感情である。


「……お口元が緩んでおりますよ、奥様」

「うそ」


 エレインはとっさに手のひらで口元を押さえた。エミリアーノがまだ意識を取り戻さない今、不謹慎にもほどがある。


「付添人を置いて図書室を出て行ってしまわれたと思ったら、あっという間に姿をくらまして」

「司令殿おすすめだという中庭で踊っていて……」

「まったく。私は何のための付添人でしょう」

「すみません……」


 言われてみれば、図書室を出てからモントレー夫人の付き添いがなかった気がする。彼女を待たずに中庭に向かい、何曲も続けてジラウドと踊って、そして……と回想したエレインの顔が赤く染まった。


「それは置いておいて、奥様は茶葉を取りに部屋に戻られますよね? 茶道具は私が受け取っておきましょう」

「お、お願いします。すぐに戻りますね」


 これ幸いとエレインは走り出す。鞄の中から茶葉を取り出し、鏡で顔を確認してから応接室に戻ると、ちょうどモントレー夫人も茶道具の乗ったワゴンを押して姿を現した。


 人数分の茶器と、たっぷりのお湯。温められたミルクに、入れ物からあふれそうなほど山盛りの角砂糖。先ほど朝食を平らげたばかりだが、気軽につまめそうな焼き菓子も何種類か。


「クッキー美味しそうですね。見てください、真ん中にジャムが」

「ああ、ありがたいな」

「本当に。ジラウド様とエレインがお疲れだと気を使ってくれたのでしょう……ルシアンに少し取っておいても?」

「ぜひそうしてやってくれ」


 ロザリーが手際よくテーブルにお菓子を並べて行く。その間にエレインはポットに茶葉とお湯を入れ、砂時計をひっくり返す。

 この光景が、ふいに前世の光景と重なった。


 前世の夫であるジラウドと、いつも側にいてくれた侍女の生まれ変わりであるモントレー夫人。ロザリーはエレインをよく手伝ってくれた家政婦長に似ている気がする。

 夫の大好物である甘味をテーブルいっぱいに広げたお茶会にはいつも、この四人がいた。あの日も。


 落ちる砂を眺めながら考える。


(あの時、犯人はどうやって夫のお茶にだけ毒を混ぜたんだろう)


 お茶を飲んだ夫は、すぐに血を吐いて倒れた。

 身体の自由が失われて、呼吸困難になって、五分もしないうちに意識を保てなくなったようだった。

 その二日後、夫に殺された日に見た時は皮膚にやけどのように爛れていた。

 それ以上のことは分からない。


(もっとよく見ておけばよかった)


 あの頃は戸惑うばかりだった。あまりに痛ましくて、経過観察なんてまともにしていられなかった。

 けれど今は違う。生まれ変わってから何度もそうしたように、あのときの夫の症状を思い出せるだけ思い出す。


(あの毒は、即効性かつ水溶性で、熱にも強い。匂いや色、味はほとんどなかったはず)


 誰にも分からないように夫にだけ飲ませられる形状、状態だった。カップや茶器、茶葉のどれに含ませれば……。

 ふと、ロザリーがルシアンのために取り分けているクッキーに目がいく。


(実はお菓子だった、とか?)


 夫は甘いものが大好きだった。エレインは張り切ってたくさんのお菓子を集めていたから、どれか一つくらい、毒を仕込むことはできただろう。

 しかし、お菓子はエレインも食べていた。用意した全てをその場で食べ切るとも限らない。お菓子に毒を仕込んだ場合、いつ、誰が毒に倒れるかは無作為となる。


(そもそも、あれは誰を狙ったものだったのか……)


 お菓子や茶器に仕込めばジラウドではなくエレインが倒れていたかもしれない。お茶に入れていたら、夫とエレイン、二人とも毒を飲んでいた。

 けれど実際には、ジラウドだけが倒れた。犯人の目的はジラウドだったのだろうか。


「さあ、準備が整いましたよ」

「ありがとう。いただこうか」


 夫人とロザリーはクッキーに、ジラウドは角砂糖に手を伸ばす。

 二個、三個と角砂糖を落として、スプーンで混ぜる。確か朝食のお茶にも同じくらい砂糖を入れていたはずだ。ジラウドの甘党は筋金入りである。

 対するエレインは、昔からお茶は無糖派である。


「……あ」


 エレインは口元に近づけたカップを、叩きつけるようにして置いた。


「どうしましたか?」

「なんですエレインさん。お行儀の悪い」


 二人の声を無視してエレインはジラウドを見る。

 ジラウドも驚いたようにエレインを見ていた。


(同じお茶を飲んで倒れた夫と助かった私。私たちには、違いがあったじゃない!)


 彼の口から、赤いものが垂れた。

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