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第42話 『藩校五教館への蘭学導入と私塾の命名』(1840/4/18)

 天保十一年三月十六日(1840/4/18) 


 次郎は昨日、純(あき)から五教館の科目として蘭学(らんがく)が導入された事を知らされた。立石昭三郎兼近は驚いていたようだが、藩の役に立てるのならと二つ返事で了承したようだ。


 昭三郎は次郎と同じ郷村給人だが、藩校を優秀な成績で卒業している。同い年の次郎と信之介とは面識があるため、高島秋帆への弟子入りや、今回の教授就任の話は話が早かったようだ。


「しかし、オランダ語ってどうなんだろうか?」


「そうだよね。ペリー来航以降は急激に英語になるもんね」


 次郎の言葉にお里が答える。


「ジョン万次郎でさえ十三歳だ」


「誰それ?」


「え? あーうんとね。土佐の人で漁師。漂流してアメリカの捕鯨船に助けられて、日本人初のアメリカ渡航者。帰国していろんな人に影響を与えているから、維新の影の功労者。当然英語の第一人者だね」


 信之介が次郎に聞いたので、次郎はざっくりとジョン万次郎の略歴を話した。


「来年かな。漂流するの」


「そうなんだ」


 と信之介。 


「話がそれたけど、今はオランダ語で仕方ないよね。私たちが英語で喋ったら、間違いなく捕まるよ」


 お里が言う。


「だろうな」


 わはははは、と全員が笑う。


「でも、10年後くらいから、えーっとペリー来航が53年でしょ? あと13年。それから英語が主流になるとして、語学は昭三郎。私は教えられないからね。他のはどうするの?」


 お里の言葉に次郎が答える。


「うーん。国語・数学・理科・社会……とオランダ語か。これでも中学生くらいかな。国語はいいとして、数学も、まあなんとかなるんじゃないか? 方程式とかそれ以上の高等な計算は砲術にも必要だろ?」


「確かに。でも中学の数学でどんなものを教えていたのかは、俺たちにしか分からないだろ?」


 そういうのは信之介だ。


「うーん。中学の時は……まず方程式だろ? それから連立方程式。あとは、プラスとマイナスに立方体なんかも。関数は? 平方根みたいなやつもあったぞ。比例や反比例」


 と一之進。


「あーあったあった! 懐かしい!」


 信之介が反応する。


「いやあ、完璧じゃなくても、俺たちが中学や高校でどんな事を習ったか、みんなでおさらいして思い出すしかないんじゃ?」


 次郎は言う。


「そうだな……あ、そういえば今のオランダの教育制度ってどうなんだ? 現代とは中身は違うけど、中学や高校、それから大学はあったんじゃないか?」


「どっちにしても、藩校は昭三郎とプラスアルファで誰かを招聘(しょうへい)して蘭学全般を教えるようにしよう。俺たちがやるのは私塾の方だよ。うーん。どうだったっけな……」


 一之進は思い出しながら科目を列挙していくが、当然ながら完璧ではない。


「それもお殿様に頼んで、出島のオランダ人に聞こうよ。まだ19世紀半ば前だから、もしかすると厳密に中学校や高校って概念がないのかもしれないよ」


 お里の言葉に、全員が『だよな~』という同意の声を漏らす。結局全員で思い出しながら書き出して、中学校と高校の科目とその内訳を考える事になった。


 1840年時点の蘭学者のくくりとしては渡辺崋山や高野長英も含まれるが、華山は蟄居(ちっきょ)中であり、長英は獄中である。


 ・宇田川榕菴(ようあん)……舎密開宗(化学書)で有名。津山藩医。


 ・箕作(みつくり)阮甫(げんぽ)……蘭方医を始め、語学、西洋史、兵学、宗教学など広範囲にわたり洋学を修め多方面で活躍。津山藩士。


 ・坪井信藤(しんどう)……蘭方医。1840年時点では長州藩医。


 適塾で有名な緒方洪庵はすでに大坂で塾を開いていたが、中天遊や坪井信道、宇田川玄真(榕菴の義父)などに学んでいた。その洪庵も開塾の前には、長崎でオランダ人医師から医学を学んでいたのだ。


 オランダ語の読み書きと会話ができたからこそ、長崎で学ぶことができたのだろう。


 私塾では寺子屋の不足分を小学校レベルで教える予定であり、中学・高校は4人のオリジナルとオランダの学制を参考に考えるが、結果的に数年はかかる。


 そのため藩校の生徒は将来的に適塾に入塾させるべきで、幅広く学んで、その中でいわゆる専攻のようなものを決め、深く学んでいく方がいいと考えたのだ。


 しかし、医学なら一之進、農学や動植物・鉱物学ならお里、そして化学・理学・工学なら信之介にたどり着く。そうなると次郎は軍事関係の教授である。


 が、そこは高島秋帆や立石昭三郎との兼ねあいでちょうどいい加減でやればいい。この時代の洋式調練の方法など知るよしもないからだ。


 ただ問題は世の中がそれを許容するだろうか?


 家老の次郎はなんとか風当たりはなくなった(ように見える)が、信之介は相変わらず村大給(郷村給人)であり、一之進は平民である。お里にいたっては女性だ。


 身分制度と男尊女卑は、今とは比べようもない。4人は開明的な藩主である大村純顕にかけるしかなかったが、今のところは満足できる。


 女性であるお里の経歴を詐称して生きる必要があったが、純顕にはまだ話していない。本当の事をいってもいいものか? 迷ってはいたが、今後やっていくには必要不可欠な問題でもあった。


 次郎はまず、信之介を精錬(せいれん)方に任命させてもらい、自分と同じように城下給人にしてもらおうと考えていた。次郎は加増はなく、建前上の城下給人である。


 そして一之進は、なんらかの功績をもって藩士待遇にしてもらう。ペニシリンは時間がかかりそうなので、別の薬を作って貰うのだ。お里は現状だと椎茸(しいたけ)の栽培になるだろうか。


 いずれにしても藩内での立場を……それでも女性は厳しいか、と思いつつ、上げる必要があった。





 私塾の名前は『開明塾』と決まった。


 次回 第43話 『和蘭オランダ風説書』

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