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第344話 『小栗上野介の財政・貨幣政策』

 元治元年十月六日(1864/11/5)


 小栗上野介は外国奉行としてアメリカやフランスと交渉することはもちろん、勘定奉行として幕府の財政の健全化と増大する軍事費や様々な歳出を補うべく、その施策にまい進していた。


 



「このままでは立ち行かなくなる」


 上野介はつぶやきながら、筆を走らせて新たな財政改革案を練り上げていた。財政状況を示す帳簿を広げ、額に汗を浮かべながら数字と向き合っていたとき――。


 突然部屋の外から声がした。声の主は幕臣の一人である。

 

「上野介様、中将様(一橋慶喜)がお呼びです」


 後見職はその名のとおり、後見である。


 国事の最終決定権は将軍の家茂にあり、その補佐のための後見職だ。成人している将軍に後見職など、将軍を軽んじている、との批判もあった。しかし慶喜は見事にそれをはねつける実績をあげていたのだ。


 上野介は帳簿を閉じ、足早に慶喜の執務室へと向かう。


「上野介、公儀の財政の事様(ことざま)(状況)はいかがじゃ?」


 執務室には慶喜のほかに幕閣の重鎮たちが集まっていたが、慶喜は小栗を見るなり切り出した。上野介は、慶喜の問いに対し、冷静な表情で答え始める。


 ・茶と生糸の増産を進言(生糸に関しては全国の生産地に改所を設置して検査と改印)

 ・五品江戸(まわ)し令の実施により、生糸の輸出を組織化

 ・横浜での生糸取引を幕府が管理

 ・外国との貿易における関税制度を整備

 ・生糸を中心とした輸出品の関税収入を確保

 ・『江戸市中融通貸付金制度』江戸の特権商人を通じた資金調達


「これにより財政は上向いておりますが、痛し(かゆ)しのところもございます」


「痛し痒し? なんじゃそれは?」


「……」


「いかがした? いつものお主ではないな、何か思うところがあるのか?」


 上野介が考えていることが慶喜に通じたのかもしれない。


「もしや、あの家中か」


「はい、然様にございます」


 あの家中とはもちろん、大村藩の事である。


「彼の家中の行いし施策の数々、公儀としても存分に見習い、行うべきにござる。生糸に関しては天領の多くが関東にあり、増産も滞りなく行えております。また、茶に関しては駿府の牧之原の台地を開拓して、その利を折半することでかなりの増収がございました。今やなくてはならぬ物にございます。然りながら……」


「……公儀の施策と相反する、少なくともこの先そうなる恐れがあると?」


 慶喜も上野介も生粋の幕臣であり、慶喜にいたっては御三(きょう)の当主である。国を憂い考えると同時に、徳川宗家、つまりは幕府を第一に考えるのは当然のことであった。


「……然に候。少なくとも茶に関して言えば、公儀より多くの量を産し、売り、その利を得ております。ゆえに駿府の儀もあって強く言えぬのでございます。これまでの、そう……蔵人殿(次郎左衛門)と出会う前の某なら、何の事はない全ての家中に命じて公儀の施策にしたがうよう、強権をもって行うべしと申し上げましたでしょう。然りながら、能いませぬ」


 慶喜の顔がピクリと引きつり、幕閣がざわついた。


 幕府の命令が、大村藩の意向を無視しては(少なくとも大村藩に関連することは)今後は発せられなくなるであろうことが明白だったのだ。


 表面化していないだけで、慶喜も上野介も、うすうすは感じていたのだ。『兵庫商社』や『諸色会所』などは、間違いなく次郎の構想とはズレている。


「能わぬか……」


「はい」


「ではもし、能わぬとしても、このさき公儀の力を弱める、または倒そうなどと言う不届き者がでてきたとき……。そうはならずとも、彼の家中が考える先の世と、わしらが考えるあくまでも公儀を軸として国を動かす政体と、違えたときはいかが致す?」


「……」


「……」


「そのときは、是非もなし。抗うよりほかありますまい」


 この会話は、これで終わった。





「上野介、ほかにはあるか?」


「は、貨幣を一統することを考えております」


「貨幣を一統?」


 上野介は慶喜の問いに対し、背筋を伸ばして答えた。


「は。ただ今の貨幣の仕組みは真に入り組んでおり、各家中それぞれが独自の領分札(藩札)を刷り、さらには金銀銅の比価も定まっておりませぬ。これにより物の価は乱れ、経済の立ち行きも悪うござりまする」


 慶喜は上野介の言葉に耳を傾けながら、その先を促した。上野介は続ける。


「さればこそ公儀において一統の貨幣を発行し、全国に広く行き渡らせることを建言いたします。金本位制にて『円』と称する新しき貨幣単位を設け、全国にて通用せしめたく存じまする」


 上野介の提案を聞いた慶喜はしばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開く。


「うべな(なるほど)。一統貨幣の発行か。されど各家中の領分札に障りはないのだろうの? あまり言いたくはないが、様々な改革が各家中の反発で失敗しておる。もし障りがあるのならば、少しずつやっていかねばなるまい?」


「全く障りございませぬ。領分札はこれまでどおり領内にて使えまする。一統貨幣は領分札とならんで流通するだけでございます」


 上野介は即座に答えた。


「ならばこの一統貨幣の利とは何だ?」


「公儀の威信を高め、全国の経済を活発ならしむること能いまする。さらには外国との取引も円滑となり、わが国の国威をも高めることにつながるやもしれませぬ」


 上野介は熱を込めて説明を続けた。幕閣の面々は上野介の説明に耳を傾けている。老中の久世広周が発言した。


「されど一統貨幣の製造は莫大(ばくだい)な費え(支出)となるのではないか?」


 上野介は久世の懸念に対して丁寧に答える。


「確かに初期投資は要りまするが、長い目で見れば公儀の財政の礎を強めまする。関税収入や鉱山からの収益を活用すれば、十分に賄えるはずと存じます」


 久世広周の質問に上野介が答えると、幕閣の面々の間で小さなざわめきが起こった。その中から板倉勝静が声を上げる。


「一統貨幣の(あたい)(価値)はいかにして定めるつもりだ?」


「金本位制を用い、一円を金一(ぷん)(計数貨幣の()ではなく秤量(ひょうりょう)貨幣の分・1.5グラム)に相当すると定めます。さらには十進法を用いて百銭を一円、十厘を一銭といたします。これにより、貨幣の値を安んずること能いまする」


 上野介は自信に満ちた表情で答えた。


 慶喜は上野介の説明を聞き終えると、幕閣の面々を見渡した。その目には新しい時代への期待と不安が交錯していたが、しばらくの沈黙の後、慶喜は決断を下した。


「よかろう、上野介。その一統貨幣の構想を具体化せよ。ここには老中院の全員が集まっておるが、方々、異論はござらんな?」


 老中院は筆頭の久世広周を含めた内藤信親、本多忠民、板倉勝静、水野忠精の五名である。


「ございませぬ」


 満場一致で決定された。


「よし、ではこれを次の大老院にて諮るぞ。上野介、それまでに子細をまとめておくのだ」


「はは」





 2人の目指す未来と、次郎が目指す未来はどの交わり、どう着地するのだろうか?





 次回予告 第345話 『首里城下にて』

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