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第335話 『鹵獲戦利品の分配』

 元治元年五月十六日(1864/6/19)


 鹵獲(ろかく)したイギリス軍艦を大村藩の海軍工廠(こうしょう)で修理しているころ、大村・佐賀・長州・薩摩・幕府の間ではその分配協議がなされていた。


 五大老とはいえ、土佐藩、加賀藩、仙台藩は除外されている。


 鹵獲した軍艦は以下のとおりである。ちなみに修理は機関と船体のみ行っている。艦載砲で使える物は残し、機関はもちろん、()()()()()()()()修理した。



 


 ・ユーライアラス級チェサピーク3,334トン(1855進水・12kt・旗艦・515名・4缶6炉2気筒横置き単膨張蒸気機関・400NHP) 主甲板:8インチ(204mm)65cwt(1cwtは約50.8kg)砲×28 後甲板および船首楼:32ポンド砲×22


 ・コンカラー3,771トン(1833進水・ウォータールーより改名・蒸気改造1859・12kt・830名・4缶8炉2気筒横置き単膨張蒸気機関500NHP) 砲甲板:8インチ/65cwt砲×16 主甲板:32ポンド/56cwt砲×20 上甲板:32ポンド/42cwt砲×12 68ポンド/95cwt砲(旋回台に搭載)×1


 ・バロッサ2,302トン(1860進水・11.796kt・240名・4缶4炉2気筒横型単膨張蒸気機関・400NHP) 110ポンドアームストロング砲×1 8インチ砲×20


 ・ラトラー1365トン(1862進水・9kt・180名・2缶2炉2気筒横置き単膨張蒸気機関・200NHP) 40ポンドアームストロング×5 32ポンド前装砲×12


 ・ワスプ1337トン(1850進水・8kt・170名・2缶4炉2気筒横置き減速単膨張蒸気機関・100NHP) 68ポンドアームストロング砲(87cwt)×2 32ポンド砲(42cwt)×10


 ・バウンサー415トン(砲艦・1856進水・8kt・40名・1缶2炉2気筒横置き単膨張蒸気機関・60NHP) 68ポンド砲×2


 



 次郎は例のごとく純顕(すみあき)の横に座り、それぞれの藩主の横に海軍の代表者が座っている。


 ・島津忠義と赤塚源六

 ・毛利敬親と高杉晋作、松島剛蔵

 ・鍋島直正と中牟田倉之助

 ・安藤信正と矢田堀景蔵



 


「さて、方々。まずは戦勝……至極重畳にてお(よろこ)び申しあげる。各御家中ですでにお祝いはなされたと存ずるが、改めて申しあげる」


 安藤信正が万座を見渡して言うと、全員がうなずいて笑顔となる。


「さっそくではありますが、こたび鹵獲した軍艦の儀にござる。ただいま大村御家中にて修繕中ではあるが、修繕が終わりましたら艦の所在、いずれの家中が有して用いるかが重要となるが……」


「対馬守(安藤信正)どの、まわりくどい。要はいずれの家中がいずれの船をもつか、にござろう?」


「ま、まあ、有り体に申せばそうなりますな」


「では話が早い。わが薩摩はコンカラーを所望いたす」


 島津忠義が勇ましく言うが、横で赤塚源六が小声でささやく。


(殿! 確かにコンカラーはもっとも砲も多く巨大にござる。されど軍艦の価値はそれだけでは決まりませぬぞ)


 そ、そうか? と、ゴホンとせき払いをしたが発言は撤回せず、忠義は何事もなかったかのように振る舞っている。


「うべな(なるほど)。大隅守(島津忠義)殿はコンカラーでございますか。では他の御家中はいずれの船をご所望か?」


 信正はあえて要望を出させて不満が出ないように分配しようと考えている。しかし、どう考えても大村藩が戦功第一なのは疑いようもなく、純顕も次郎もどっしりと構えていた。


「では、長州はチェサピークを」


 と敬親がすかさず発言する。


 晋作は内心(チェサピークは良い船だが、維持費がなぁ……)と頭を抱えていたが、藩主の決定は覆らない。機関が故障してまともな戦闘に加われなかった晋作は、本当に大丈夫か? と隣の松島剛蔵の顔を見る。


 松島は、おれに金のことを聞くなよ、と言わんばかりであった。


「ではわが家中は、バロッサを」


 と佐賀藩の鍋島直正はにこやかに言った。


 倉之助は小さくうなずいて、良い選択だと考えている。この会議の前に大村の海軍工廠で各艦の詳細を見て、いずれ話合いが持たれるだろうからと、決めていたのだ。


 では……と一呼吸置いて信正が聞く。


「大村御家中は何を所望される?」


 純顕は次郎と顔を見合わせ、落ち着いて言った。


「我らは最後で構いませぬ」


 勝者の余裕とでも言うのだろうか、その言葉に信正は不気味さを感じながらも、次は幕府である。


 実は、純正と次郎は、すでにチェサピークとバロッサを大村海軍に編入することを考えていた。6隻を5で分けるのならば、1隻はどこかが引き取ることになる。


 ここで大村藩が手をあげても誰も文句は言わないだろう。


 まず、チェサピーク(3,334トン)は高速で強力な火力を備えていて乗組員数も適正だ。


 バロッサはラトラーに次いで新しく、12㏏弱と早い。この組み合わせによってイギリスの最新の技術と大村藩の技術をすり合わせることが可能となる。


 両艦とも適度な乗組員数なので維持費を抑えられる。高速な艦艇は迅速に艦隊に編入して運用が可能で、大型艦と中型艦を運用することで多様な任務につけるだろう。


 ただ、どれを選ぼうが大村の海軍工廠で修理している以上、6隻すべての情報が筒抜けなのだ。艦載砲も新しくクルップ砲と改良アームストロング砲に換装されて、機関も優れた方の炉筒煙管ボイラーと多段階式膨脹(ぼうちょう)蒸気機関に換装されるのは間違いない。


 いや、これは大村藩が引き取る2隻だけだが……。


「それでは公儀は……」


 と信正は全員の顔を見渡しながら言った。


「公儀としては、ラトラーを頂戴いたしたく存じます」


 矢田堀景蔵が答えた。


「最も新しい艦であり、アームストロング砲を装備しているため、研究価値が高いと考えます」


 万座がうなずく。


 矢田堀がラトラーを選んだのは、大村藩から貸与された砲である改良アームストロング砲と、旧アームストロング砲を比べれば、何が違うのかがわかるからだ。


 


 これまでどこもかぶっていない。純顕と次郎がワスプとバウンサーを選べば、何の問題もなく終わる。


 信正は再び大村藩に向き直った。


「大村御家中、残るはワスプとバウンサーとなりますが、いかがいたしましょうか」


 純顕は次郎と目を合わせ、落ち着いた様子で答えた。


「我々はチェサピークとバロッサを所望いたします」


 この発言に、幕府と他の藩の代表者たちは驚きの表情を見せた。


 最大の戦功を挙げた大村藩が予想外の選択をしたのだ。予想外というのは、もっとも大きくてもっとも速く、そしてもっとも重武装のチェサピークとコンカラーを選ぶだろうと予測していたからだ。


 しかしいずれにしても、チェサピークは長州が、バロッサは佐賀藩が希望していた。


「……」


「……」


 直正と敬親は黙り込んで考えているが、純正は次郎へ目配せをし、次郎はそれぞれに希望の理由を確認していった。


「ではここで、失礼を承知で申しあげるが……」


 純顕はそう前置きをして言った。


「先の鹿児島湾での海戦において、軍規違反があったと聞き及んでおります。薩摩の御家中の事、それがしがとやかく言うことではないのやもしれませぬ。されどこれから先、共に日本の海軍として戦う際に同じような事があっては困ります。ゆえに然様(さよう)な事があった御家中が、もっとも大きくもっとも強き火力のコンカラーを持つのは、いかがかと存じます。その儀、御存念を伺いたい」


 忠義は『あ!』という顔をしている。まさに当事者である赤塚源八は純顕の顔を直視できない。戦功によって罪を減免されて、しかも補佐という役割で江戸参府していたからだ。


 長州藩の毛利敬親と高杉晋作はかすかにニヤニヤしていたが、隣の松島は相も変わらず黙っていた。


「中将(毛利敬親)様、御家中も他人事ではございませぬぞ」


 純顕の言葉にギョッとする3人である。


「ここな(ここにいる・ここの)次郎から聞いておりますが、船の注文を我が家中にされ、その船でこたびの戦に臨んだと聞き及んでおります。しかれどもその船が古い機関の船で、壊れてよく進まなかったというではありませぬか。それがために練習艦ならいざ知らず、実戦に用うるは危ういこと、加えてよく手入れをするよう申し伝えておりましたが、なされてましたか?」


 敬親は晋作に目をやり、晋作は松島に目をやる。松島はオレのせいではないとばかりに、明後日の方向を向いている。長州からの返事はない。資金不足で完全にはメンテナンスに手が回らなかったようだ。


「次に肥前守(鍋島直正)どの」


 無表情を装っていた直正の顔がわずかにひきつる。


「技術を学び取るなら、バロッサよりも新しいラトラーの方が良いのではありませぬか?」


「そ、それは……」


 ラトラーはバロッサより2年新しいが、1,000トン近く小型であり、速力も遅い。


 佐賀藩としては大村藩と同じように2,000トン級の建造ノウハウを知りたかったのだが、その佐賀藩の直正をもってしても、『焦ってはいけませんよ』と聞こえたのだ。


 江戸や京都での天誅騒ぎも、ヒュースケンも生麦も、樺太も対馬も、どこ吹く風で技術革新に突き進んできた佐賀藩である。



 


「さて次は御公儀にござるが」


 え? という顔を一瞬した信正であったが、すぐに居住まいを正して純顕に正対する。


「なんでござろうか」


「は、御公儀におかれましては武家の棟梁である公方様擁する政権にございますれば、以後も中心となりて日ノ本をおまとめいただきたく、ここはコンカラーをお持ちいただき、その保全と運用をお願したく存じます」


 信正と矢田堀は驚きをあらわにしたが、他の藩の面々は何も言えない。次郎にしても純顕にしても、()()()()幕府を中心としていた方がいいのだ。


 次郎は立憲君主制を目指しているし、純顕もなんとなくそれを理解している。それに考えすぎかもしれないが、他の藩が変に力をつけて勢力が乱立するようになったらまずい。


 大村藩以外ではあるが、現代日本(この時代)でのイギリス艦というのは、明らかにオーバーテクノロジーなのだから。


 反対意見は出なかった。鹵獲品の艦艇の受け取り割り振りは次のとおりである。



 


 幕府:コンカラー

 大村藩:チェサピーク・バロッサ

 薩摩藩:ワスプ

 長州藩:バウンサー

 佐賀藩:ラトラー





「では、この割り振りで決定といたします。各家中におかれましては、割り当てられた艦の運用と保守に万全を期していただきたい。そして、今後のため、互いに協力し合うことを忘れぬよう」


 全員がうなずき、この歴史的な会議は終了した。各藩の代表者たちは、新たに手に入れた艦艇の運用計画や今後の海軍戦略について思いを巡らせながら、会議の場を後にしたのであった。



 


 次回予告 第336話 『捕虜の処遇と列強の動向』

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英艦のドラフト会議回w
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