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第329話 『捕虜と馬関』

 元治元年四月六日(1864/5/11) 江戸城


 -発 次郎蔵人 宛 御殿


 先の海戦にて英吉利艦隊に勝利せり-





「おおお! これは僥倖(ぎょうこう)である! 重畳(ちょうじょう)重畳!」


 純顕は次郎からの電信を読んで喜び叫んだ。


 純顕がここまで感情を露わにするのは珍しい。そのため傍らにいた安藤信正や三大老は驚きを隠せない。島津忠義と毛利敬親は前線へ向かっているためにここにはいなかった。





 -発 次郎蔵人 宛 御殿


 敵別動隊馬関に向かう恐れあり。備えを強めるとともに、各国大使館を通じて英吉利に事実を通達する要ありと認む。-





「丹後守どの、これは……」


 信正が純顕に問うと、真剣な眼差しで純顕は答える。


「敵の援軍を恐れてのことにございましょう。おそらく次郎は艦隊を従えて馬関に向かうでしょうが、敵よりも早くつくかはわかりませぬ。また、その援軍を仮に(ほふ)ったとして、第二第三の援軍が大挙してくれば、次も勝てるとは限りませぬ。それゆえ鹿児島でのわが軍の戦果を伝え、英吉利の戦意をそぎ、もって終戦へと向かわせる必要があるのです」


「……あい分かった。方々、各国にその旨伝え、会見を開いて各新聞社にも伝える。異論ございませぬな?」


 誰も反論するはずもなく、各国の大使館に通達がされ、新聞社向けに会見が開かれる事となった。





 ■元治元年四月九日(1864/5/14)


 大村艦隊が全速力で鹿児島湾から東シナ海、最短距離で角力灘(すもうなだ)を北上、対馬海峡から馬関へ向かったのに対し、1日早く上海を出港したとは言え、7~8ktで航行していたキング艦隊はまだ到着していない。


 次郎は長州藩に対して台場の大砲を大村藩製のものと交換し、艦載砲もクルップ砲とアームストロング砲に換装するように、許可を得て実施していた。


 しかしすでに建造されていた長州藩の台場は、海峡を通過する外国船を砲撃することを目的に設置されており、海峡中央部から瀬戸内海側にかけてのみ設置されていたのだ。


 これでは日本海側からくるイギリス艦隊には事実上対応できない。


 しかし同じことがイギリス側にも当てはまった。単純に封鎖するだけなら、海峡の入り口を押さえて船の航行を遮れば済む話であるが、軍事行動を伴う場合は事情が大きく異なってくる。



 


 1.狭い地形


 関門海峡は最も狭い部分で約1kmしかなく、大型艦船の機動性が著しく制限される上に、彦島の東岸から対岸までの距離が短く、砲撃の際の選択肢が限られる。


 2.砲撃の困難さ


 軍艦の主力砲は舷側に配置されており、狭い海峡内での効果的な横撃ちが困難。砲台に近づかざるを得ず、敵の射程内に入る危険性が高い。


 3.長州藩の防御態勢


 長州藩は海峡沿いに複数の砲台を配置しており、約70門の大砲を備えている。砲台は戦略的な位置に配置されており、海峡のほぼ全域をカバーしている。


 4.敵地での作戦


 日本の領土内での作戦となるため、地理的な不利さや情報の不足などの困難が予想される。長州藩が十分に警戒している状況下での攻撃は、さらなるリスクを伴う。


 5.援軍や補給の困難さ


 日本近海での作戦のため、本国からの援軍や補給が容易ではない。長期戦となった場合、物資の補給が課題となる可能性がある。





「英吉利艦隊においては、海峡を封ずる策と砲台を攻め落とし占拠する策の二つが考えられます。然りながら先に述べたような由にて、海峡において直に兵を動かすは極めて危うく、難し策ゆえ、為されぬものと考えます」


「うむ」


 次郎は長州藩主の毛利敬親に献策していた。


「もし敵艦隊が海峡に入ってくれば袋の(ねずみ)、いや、瀬戸内側は開いておりますが、台場からの砲弾の雨あられにございます。また、海峡を封ずる策となれば、これはわが艦隊との戦いとなりますが、念のため長州の軍艦も御助力願います」


「無論の事」





 ■元治元年四月十日(1864/5/15) 響灘 男島沖


 イギリス増援艦隊司令官のジョージ・キング少将は、上海で作戦遂行に必要な情報を得ていた。それは関門海峡に布陣する長州藩のおおよその戦力と、海峡周辺の地形に関する情報であった。


 それによると砲台が瀬戸内海側よりの配置であり、海峡の最狭部が1kmもないことなどが明らかだったのだ。


「司令官、偵察艦からの報告です」


「うむ」


「敵艦みえず、海峡の入り口付近には陸上戦力ならびに砲台等はないとのこと」


 イギリス艦隊の戦力は下記のとおりである。



 


 ・ユーライアラス級チェサピーク3,334t(12kt・旗艦 )

 主甲板:8インチ(204mm)、65cwt(1cwtが約50.8kg)砲×28 後甲板および船首楼:32ポンド砲×22


 ・コンカラー3,771t(ウォータールーより改名・12kt)

 砲甲板:8インチ/65cwt砲×16 主甲板:32ポンド/56cwt砲×20 上甲板:32ポンド/42cwt砲×12 68ポンド/95cwt砲(旋回台に搭載)×1


 ・レオパード1,968t(外輪・10kt)

 110ポンドアームストロング砲×1 10インチ砲×1 32ポンド砲×4


 ・バロッサ2,302t(11kt)

 110ポンドアームストロング砲×1 8インチ砲×20


 ・ターター1965t(11kt)

 110ポンドアームストロング砲×2 40ポンド砲×4 8インチ砲×14


 ・ワスプ1337t(11kt)

 68ポンドアームストロング砲(87cwt)×2 32ポンド砲(42cwt)×10


 ・ラトラー1365t(9kt)

 40ポンアームストロング×5 32ポンド前装砲×12


 ・コケット860t(11kt)

 7インチ/110ポンドアームストロング砲×1 68ポンド前装施条砲×1 20ポンド後装砲×2


 ・バウンサー415t(8kt)

 68ポンド砲×2





「さて、どうするかね、副官」


「と、おっしゃいますと?」


 副官はキングの質問の意味がわからない。


「決まっているではないか。これからの戦術だよ。こちら側に砲台はなく、軍艦も見当たらない。行き交う船舶を封鎖するのは難しくない。違うかね?」


 キングは紅茶を飲み、司令室で腕を組んで考えている。


「はい、そのとおりです」


「では、そのままやっても、それは私でなくても誰でもできる、そうじゃないかね?」


「は、はい。確かに……しかしそれが本来の目的ではありませんか?」


「否! それではキューパーに合流せずにこちらに向かった意味がないではないか。戦功をあげなければ、ただ楽をしただけだと言われるぞ?」


 この人はいったい何を考えているんだ? 副官には理解不能であった。


「では、危険だとわかっていて、艦隊を海峡に突入させますか?」


「だからそれを考えているのではないか! 何か良い策はないかね?」


 苛立ちを見せるキングに対して、副官は答える。


「では、そうですね……」


「うむ」


「では、つきなみではありますが、定石として……。まずコケットとバウンサーを用いて偵察します。あまり時間をかけるのもよろしくないので、できる限り、水深や湾の状況などの情報も収集します」


「その後は?」


 キングはうなずきながら聞いている。


「次に全艦をもって海峡に進入しつつ、砲台の射程外から長距離砲撃します。続いて110ポンドアームストロング砲の射程を生かし、長州藩の砲台を攻撃します。これにより敵を弱体化させられるでしょう」


「しかし海峡は狭く、砲台の射程内に入るため、舷側砲は使えないのではないか?」


「そのとおりです。ですから単縦陣で海峡を通過しながらの攻撃は不可能です。ゆえに砲台の射程外から転針し、狭い海峡で艦隊をL字型にならべ、横並びにふさぐようにして、砲撃するのです」


 キングは考え込んでいるが、頭の中にイメージが湧いたようだ。


「……なるほど。しかしそれでは各砲台を砲撃するまでかなりの時間を要するし、海峡内すべての砲台を沈黙させ、兵を上陸させるのにも、相当の時間がかかるのではないか?」


「はい。海峡を進みながらの艦首砲での攻撃も考えたのですが、追撃砲であり効果的ではありませんので、かえって時間がかかってしまいます。ですから現状で考えられ得る最上の選択ではと」


 ううむ、とキングは考えている。


「司令官」


「なんだね?」


「それよりも心配なのは、所在がわからない大村艦隊です。鹿児島での戦闘はいずれ終わるでしょうが、その艦隊が北上してくれば、状況はさらに悪くなります」


「何を馬鹿な! キューパーが……やつのことは好かんが、負ける訳がないではないか。北上することなどない」


「しかしそれでも! 司令官、やはりここは海峡に進入せず、情報収集だけに努めたほうが良いかと思います」


「くどいな! それでは意味がないと言っているだろう!」





 キングと副官の議論は続いたが、結局偵察が終わり次第海峡への進入と砲台への砲撃が決まったのであった。





 次回予告 第330話 『四か国艦隊』


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― 新着の感想 ―
他の米仏蘭露国は戦慄しただろうな(オランダは少しマシでも) 1部とは言え、英国艦隊に完勝したのが(欧米基準で)今迄未開の部族と侮っていた日本の艦隊で これが正しく抑止力よね。 1.相手が耐えがたいま…
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