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第326話 『激闘! 鹿児島湾海戦! -台場と艦隊-』

 文久四年(元治元年)四月五日(1864/5/10)


「敵艦、離れていきます!」


「どれだ?」


「もっとも小さな艦、鈍足な艦が湾内ではなく、湾外へ逃げます!」


 薩摩海軍安行丸の退避を確認した見張りが報告した。


「その先には何がある?」


「何もありません」


「ならば構うな。艦隊はこのまま湾内へ突入する」


 キューパーは的確に指示を出し、残りの天佑(てんゆう)丸と永平丸を追うようにイギリス艦隊は鹿児島湾へ進入していった。





「艦橋-見張り、敵艦なおも逃走中」


「司令官、なぜ追わないのですか?」


「狭い湾内だ。どこに逃げるというのだね? どうせ敵の大砲は届かないのだ。こちらはゆっくりと進み、城下までいけばよい。その後に工場の真似事のようなものも一緒に一斉射撃で焼き払う」


 キューパーに油断があったわけではない。


 彼が調べた情報によると日本の大砲はもっとも射程の長い大砲でも2,500メートルで、薩摩藩が設置してある大砲に関しては、1,000メートル前後の射程だったのだ。


 鹿児島湾の最狭部は桜島とその対岸部であるが、それでも3kmはある。1,000メートルの射程では中央を通れば射程外となるのだ。





「艦橋-見張り、右30°((からす)島砲台)と60°(赤水砲台)、距離4,000ヤード、砲台あり!」


「艦橋了解」


「艦橋-見張り! 敵砲台、砲撃してきます!」


 ずどーん、ずどどどーん!


 遠くの陸地から轟音(ごうおん)が立て続けに聞こえるが、まったく届かない。天佑丸ほか3隻が行った砲撃と同じようにむなしく水面に落下するばかりであった。


「みなさい。敵は距離も測れないのか? そう思うくらいの稚拙な攻撃ではないか。弾の無駄である」


 キューパーは艦長にそう告げて、艦隊はゆっくりとさらに奥深くへと進んでいく。艦隊は微速(6kt・時速約11km)まで速度を落とし、戦闘態勢を保ったまま進むが、両岸の砲台からは同じように砲撃があった。


 しかし、当たらない。





 左手に天保山、大門口、南波止を見ながら進み、さらに弁天波止、新波止、祇園之洲(のす)と続く。同じように各砲台から攻撃を受けるが、これも全て届かない。


 



 キューパーが左砲戦用意を下命し、砲撃準備に入ろうとしたそのとき、異変が起きた。


 どーん!


 完全に不意をつかれた。


 絶対に当たらないという油断していたところに、ユーライアラスに命中弾があったのだ。体感できるような大きな衝撃を不意に受けたキューパーはバランスを崩し、よろめいた。


「何事だ! ?」


 何が起こったのか理解するのに一瞬時間がかかった。絶対に安全なはずの距離。油断していた。


「報告せよ! 何が起きたのか!」


 キューパーは怒鳴った。


「敵弾が……命中しました! 距離は……1600ヤード。左舷からです!」


「なんだと! ? 馬鹿な!」


 キューパーは左舷方向へ向かって確認をしようとするが、それどころではない。


 轟音につぐ轟音。


 左舷の祇園之洲・新波止・弁天波止・南波止・大門口・天保山の砲台から雨のような砲弾が降ってくるのだから、たまったものではない。


「応戦しろ!」


 キューパーの命令が響き渡るが、ユーライアラスは混乱に陥っていた。想定外の射程からの砲撃、そして雨あられと降り注ぐ砲弾に、乗組員たちはパニック寸前だった。


「左舷砲、撃て! 撃ち返せ!」


 艦長が叫ぶが、正確な照準など望むべくもなかった。慌てて放たれた砲弾は、ほとんどが目標を外れ、海面に無様な水柱を上げるだけだった。


 一方で薩摩側の砲撃は容赦なく正確さを増していた。


 祇園之洲はもちろんのこと、各砲台から新型のクルップ砲とアームストロング砲が火を噴き、イギリス艦隊に襲いかかる。


「くそっ! 全艦隊回頭! 全艦、湾外へ退避するのだ!」


 先頭艦に続く逐次回頭ではなく、各艦個別に回頭する一斉回頭である。艦隊の航行順が逆になってしまうが、回頭時間が短くなるのが利点である。


 しかしすぐさま副官が反論した。


「ダメです司令官! このまま回頭しても無防備な艦尾がさらされるだけです! 舵をやられればどうにもなりません!」


 瞬時の判断が命取りとなり、素早い決断こそが生き延びる術となる。


「……全艦最大戦速! 応戦しつつ、この海域から脱出するのだ!」


 キューパーは額から血を流し、激しく打ち付けた右腕を押さえながら叫んだ。


「了解! 最大戦速!」


 艦長は復唱し、副長も後続艦へ即座に伝令を下した。ユーライアラスの機関はうなりを上げ、最大戦速で前進を開始する。他の艦艇もそれに続いた。


「被弾! 火災発生!」


 報告が相次ぎ、艦内は阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄絵図と化す。


 薩摩側の砲撃は容赦なく降り注ぎ、海峡を抜けるまで時間がかかった最後尾は何発も被弾した。艦体に大きな穴が空き、火災が発生、黒煙が空高く舞い上がる。

 

「消火! 消火班は直ちに消火活動にあたれ!」


 艦長は必死に叫ぶが、火の手は既に甲板全体に広がりつつあった。イギリス艦隊は必死の操艦で台場の砲火をかい潜り、桜島と薩摩半島の間の狭い海峡を突破しようと試みた。


 そしてついに、最後尾が桜島西岸海峡を突破した。


「逃げ切った……か……」


 キューパーは安堵(あんど)のため息をついたが、艦の損傷は深刻だった。


「被害状況を報告せよ!」


「ユーライアラス、中破。パール、小破。コケット、小破。アーガス、中破。パーシュース、小破。レースホース、大破。ハボック、損傷軽微」


 多くの艦が被弾し、特にレースホースは大破していた。このままでは航行もままならない。


「レースホースは航行不能か……」


「司令官、レースホースを曳航(えいこう)すべきかと……」


 副官が提案したが、キューパーは首を横に振った。


「曳航すれば速度が落ちる。追って来られる危険があるからには……ここは見捨てるしかない」


 キューパーはそう言って副官の意見を下げ、レースホースを爆破して沈めるように命じた。


 苦渋の決断ではあったが、今は艦隊の生存を優先するしかなかった。





 ■上海


「司令官、やはり大村艦隊は鹿児島へ向かっています! 一刻も早くわが艦隊も向かいませんと間に合いません!」


「副官、前にもいったが、鹿児島はキューパーに任せると言ったはずだ。その報告によると艦数も砲門数も大村艦隊が上回っている。仮に、仮にそのとおりだったとしても、所詮1,000ヤード程度しか飛ばぬ大砲など、何を恐れるのだ? われらはこれより馬関に向かい、海軍を壊滅させて砲台を占拠する」


「……はっ」





 次回予告 第327話 『激闘! 鹿児島湾海戦! -突破口-』

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― 新着の感想 ―
釣り野伏せは一度成功すると次の時に撤退か擬装撤退か相手が判断に迷うようになる特典が付くのもお得!
薩摩のお家芸、父祖伝来の味「釣り野伏」の海軍バージョンでしたね。 敵にちょっかいを掛けて逃げ出して縦深陣地に誘い込むのはまさに名人芸、絶妙の呼吸。 逃げる芝居をさせたら助演男優賞ものでした。
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