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第270話 『清国との交渉と、斉彬殺害の影響』

 文久元年十二月二十日(1862/1/19)  江戸城


「あわせて今ひとつ、清国とのことでございますが」


「清国?」


 上野介はなぜここで清国が出てくるのか、と思いつつも、その興味を抑えることができなかった。


「米国の戦時国債の話をしておる時に、なにゆえ清国のことが題目となるのでしょうか」


「上野介様、これは今から手をつけておかねばならぬ問題にて、ここでお話申し上げるのでございますが」


 上野介は身を乗り出した。


「この世界には二つの国がございます」


「二つの国ですと?」


「はい。持てる国と、持たざる国にございます」


 ふむ、と上野介はうなずいた。


「残念ながら我が国は、持たざる国でございます。ゆえに如何(いか)に外国の技術を学び、同じようなものを造り得ても、その元を絶たれれば、死ぬのです」


 しばらくの沈黙が流れた後、上野介が言う。


「その、元とは如何なる物でしょうか」


「金、銀、銅、鉄、その他諸々、その土地にありて自らは生み出すことができぬものでございます。かろうじて石炭はありますが、それも先の世では臭水に取って代わられるでしょう」


「臭水、石油のことでございますな」


 小栗上野介は顔をしかめ、腕を組んだ。


「然れど石油は越後や出羽にて産しておると聞きますぞ。御家中の商いの柱にもなっておりましょう。それでも持たざる国と?」


「然に候。産地は限られており、その量も列強と比ぶべくもありませぬ。そもそも列強がわが国と事を構え、海上の道を断てば、たちまち首が回らなくなる。これが持たざる国の宿命にございます」


 次郎はいっそう真剣な顔をして上野介に訴えた。


「ここで隣国、大陸を見ますれば、清国もまたアヘン戦争以降、列強に痛めつけられ続けております。然れどあの広大な国土には、我らの求める物が豊かに眠っている。然りながら彼らには見いだし、活かす術がございませぬ。そこで」


 と次郎は声を落として続ける。


「わが国は清国と正式な国交を結び、互いの長を活かした通商を行うのです」


「然れど」


 と上野介は眉をひそめた。


「清国は我らを格下に見ておろう。正式な国交など」


「ゆえに形だけは清国の体面を保ち、実のところは対等な関係を築くのです。我らには新たな術があり、彼らには豊かな大地がある。今、列強に痛めつけられている清国にとって、われらとの通商は、単なる利を超えた意味を持つはずです」


 上野介は腕を組んだまま、じっと次郎を見つめた。


「アジアの大国として、欧米に対抗する、というわけか」


「然に候。清国も今や列強の収奪に苦しみ、新たな道を模索せざるを得ません。われらとの通商を深めることは、彼らにとっても利となりましょう」

 

 上野介は腕を組んだまま、じっと和次郎左衛門を見つめた。


「列強に対して、我らと手を携える、というわけか」

 

「然に候。対等の……言ってしまえば清国に多少の利のある通商でも良いのです。わが国はその見返りとして莫大ばくだいな資源を手に入れる」


 上野介はうなってしまった。いったいこの男はどこまで見据えているのだろうか。





 ■薩摩


「そいは、ほんのこちな(それは本当ですか)」


 史実では奄美大島に流刑になっていた西郷隆盛であったが、一連の事件もなく、斉彬の死後はひっそりと鹿児島でその死の真相を探っていたのだ。


 一緒にいるのは久光の側近となっている斉彬の腹心であった市来四郎。もう1人は小松帯刀である。


「そげなバカな。いくら疎遠じゃったとはいえ、実の子を殺すじゃろか?」


 西郷はまだ信じられない。


「殺そうとはせんやったん(しなかった)かもしれん。病に伏せっ(伏せる)程度にしっせぇ(して)、家中ん政(藩政)ができん程度にしようとしたんかも」


 四郎が冷静に分析する。


「そい(それ)が薬ん分量を間違うせぇ(間違えて)、誤って殺してしもたとすりゃ、あながち嘘じゃとも言い切れん。だた問題は」


 帯刀がそう言って続ける。


「こん一件にイギリスが絡んでおっちゅうこっじゃ」


「イギリス? イギリスっちゃ、あの異国んイギリスんこっか(事か)?」


 西郷はなぜここでイギリスが出てくるのか理解ができない。突然のイギリスというワードに面食らったのだ。


「なんでまた、そんイギリスが殿ん殺害に関わっちょっど?」


 西郷の問いに、四郎も帯刀も黙り込んだ。何と言っていいかわからなかったのだ。


 しばらくして、ようやく帯刀が口を開いた。


「イギリスは、んにゃ(いや)、イギリスだけじゃなか。ロシアん対馬占領でんわかっごつ(わかるように)、列強は我が国を自国ん利に組み込もうち考えとる」


 帯刀は苦々しい顔をしているが、それが今の日本だと歯がゆい思いもあったのだ。


「そん中で他国を出し抜いてやろうち考えたイギリスは、まず公儀に断られ、次いで大村ん家中にも電信ん件で断られ、わが薩摩に目をつけたのだ。じゃっどん(でも)殿にも断られ……」


「そいなら、ゆいうことを聞かんなら、聞っ(聞く)者に変えようと?」


 西郷の体が怒りに震えているのがわかる。


「そげん考えれば辻褄(つじつま)があうやろう。現にイギリスの駐日長崎領事であるジョージ・モリソンが昨年の六月に斉興様に会うとる」


「己ん商売ん利んために、人ば殺すとは!」


 西郷の声には怒りが(にじ)んでいた。


「わかっちょう」


 そう言って帯刀は静かに目を伏せた。


「じゃが、今はそん怒りを抑えんにゃならん。すでに藩士たちん間でん噂が広がっちょい」


 四郎が胸の内を押さえるように言うと、西郷は黙って二人の顔を見た。


「暴発すりゃ、まさに列強ん思う(つぼ)じゃ。今はないより(なにより)、事を穏やかに収むっこっが(事が)大事じゃ」


 その言葉に西郷は怒りをこらえ、ゆっくりと何度も息を吸い、吐く。


「対馬でんロシアん件もあっ(ある)。今、藩士たちは列強に対して憤りを募らせよる。こんままでは、家中を出た浪士たちが」


 と帯刀は言葉を濁した。その先にある危険は三人とも理解していた。


 拳を握り締めたまま、西郷は黙っている。


「わかりもした」


 西郷は重い声で言った。


「まずは浪士たちん動きを押さえねばならんじゃろ」


「そうじゃ。殿ん無念を晴らすたぁ、そん後でよかっど」


 と帯刀はうなずき、続けた。





「吉之助さあ、家中をでた者は仕方んなかが、若か衆は吉之助さあを慕うちょる。頼みます」





 次回 第271話 (仮)『坂下門外』

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