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第251話 『公武合体と幼い少女』

 万延元年十月十八日(1860/11/30) 


「次郎を呼んでたもれ」


 そう言われて参内し、和宮と会うこととなった次郎であったが、降嫁を認めて公武合体を進めるよう映ったであろう事は間違いない。個人的にはあまり乗り気がしない事であった。


 しかし幕府の弱体化は明らかであるし、弱体化しつつも政権を運営するとなれば、外様雄藩との衝突は時間の問題であろう。


 次郎は根回しによる朝廷工作によって攘夷(じょうい)意識を低下させ、親幕府路線で朝廷内をここまで誘導してきた。それに加えて対外的には外圧に断固として対処し、不平等な内容での条約締結を防いだのだ。


 その様々な工作のおかげで安政の大獄は起きず、桜田門外の変は起きたものの、今のところ大々的な攘夷運動や倒幕、そして討幕の気運は高まっていない。


 しかしもし、公武合体が成立しなければ、幕府はより強権を目指して暴走するかもしれない。それならば公武合体における条件で朝廷の権力を強めた上で政体を改革すればいい。


 次郎はそう考えて提案したのだ。


 重ねて言うが、個人的には気乗りはしない。


 13歳14歳の娘を嫁にやりたいなど誰が思うだろうか。政治利用と言われるのは当然として、娘を物のようにという批判どころか道徳的に糾弾されるだろう。法的にも認められない。


 自分の娘なら、絶対にさせない。


 しかし、世が世であり、立場が立場なのだ。





「次郎にございます」


「わもじ(私)がそもじ(あなた)と会うのは、蔵人になってより二度目かえ?」


「は、然様(さよう)にございます」


「……次郎よ」


 和宮が少し悲しげに言う。


「わもじに降嫁するよう兄上に勧めておるのは、次郎、そもじかえ?」


「は、公儀からの奏上にて、真に(もっ)て心苦しき事ではございますが、国の平安と民の安寧のため、申し上げております」


 平身、低頭。


「うべなるかな(なるほど)。では最後に教えてたもれ。そもじの娘がもし同じ立場なら、そもじは許しましゃるか? そう、させましゃるか?」


 和宮のその発言に次郎は即答する。


「させませぬ。父親としての全力をもって、お断り申し上げます」


 まあ! なんと! というような意味合いの言葉が侍女たちからもれるが、すぐに次郎は付け加えた。


()りながら! ……然りながらそれは私人としての事、もし某が畏れ多くも似た(あえて同じという表現を避けた)境遇の公人ならば、耐え忍び、行わねばならぬでしょう。民と国の安寧を第一に考えねばならぬ立場に生まれたならば、娘にもそれを諭します」





「……然様か、大儀でありましゃる」


「ははっ」





 数日後、降嫁を認めるとの答えが下された。





 ■駿河国 清水港


「来年の出荷には間に合いそう? 予定量より少なくはならない?」


 九州から遠く離れたここ駿府でも、お里は精力的に働いている。夫である次郎の留守を預かる仕事であるが、基幹事業であるお茶に関して言えば、各地の茶の増産に加え、広大な牧之原台地の開発は重要なウェイトを占めていた。


 本来、駿河はほとんどが天領(田中藩・小島藩・沼津藩以外でしかもこの3藩も譜代)であり、いかに金がある大村藩としても、好き勝手に開発はできなかった。


 そのため商取引の拡大だけに留まっていたのだが、昨年からの幕府の方針で、開発が可能となったのだ。


「はい、つつがなく進んでおります。開拓も新たに茶畑を開墾して自分の土地にできるとなれば、士気もあがるってもんです」


「そう? じゃあ引き続きよろしくね」


 昨年に井伊直弼の命で行われた大阪~京都~東海道~江戸間の電信はすでに敷設が完了しており、関門海峡、豊予海峡、淡路島を経由した紀淡海峡の海底ケーブル工事も終了していた。


「御奉行様、駿府代官様がお越しになりました」


「はいはい」





「茶業のすべてを執り仕切っております、太田和里と申します」


「な、に? 今なんと申した? そなたが取り仕切っておると聞こえたが?」


 お里は穏やかに微笑みながら、丁寧に対応した。


「はい、然様にございます。大村家中、丹後守様のお許しを得て、家中ではすでに何年も前からお役目をいただいており、此度(こたび)のお役目も任されております」


 代官は明らかに困惑した様子で、顔をしかめる。


「女が?  しかも天領で事業を?  まったくもって与り知らぬ。これは一体如何(いか)なる事だ」


「御公儀の許しを得て進めております。昨年の新たな開発の掟(方針)に基づき、大村家中と御公儀が合力した事業として認められたものです。こちらに公の(正式な)証書もございます」


 お里は落ち着いた口調で説明を続けるが、これは『女性を』という許可証ではない。本来、そんな許可証などいらないのだが、女性蔑視というのは当たり前だった。


 代官はそれを受け取り、目を通しながら(うな)る。


「確かに公儀の印があるが、某が言いたいのは然様な事ではない、ここには女が長であるなどとは一言も書いておらぬ……」

 

「然様な些末な事、書くまでもないとの事なのではございませぬか? いずれにしても私どもは十分に御公儀のお考えに得心しております。この事業で得られる利の半分は御公儀へ納めることになっております」


 お里は代官の言葉を待たずに続けたが、代官は渋々といった様子でうなずく。


「……些末な事じゃと? わかった。然れど、女が前にしゃしゃり出るのはいかがなものか。後ろに控える男がいるのだろう?」


「私の夫は現在、公務で京都におります。然れどこの事業の長は私でございます」


 お里は毅然(きぜん)とした態度を崩さず、丁寧に答えた。


「……わかった。とにかく滞りなく進めよ。問題が起これば、即刻報せるように」


「かしこまりました。必ずや良い結果をお示しいたします」


 そう言うと代官は打ち合わせもそこそこに帰って行った。




 発 産物方支配人 宛 筆頭家老


 女ニ対スル偏見多シ 改善求ム ナホ 事業ニ滞リハナシ





 発 駿府代官 宛 御大老


 斯様(かよう)ニ重シ儀ヲ 女ニ任セルトハ由々シキコトナリ 変更ヲ求ム





 次回 第252話 (仮)『長井雅楽と航海遠略策。長州と斉彬に迫る影』

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