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22.相談役はこの世界を生きる

 ヘンリーと恋人同士になってから、私の生活は一変した……なんてことはもちろんなく、私はいつも通りに生活している。

 しいて変化をあげるとするなら、何気ない日常がほんのちょっぴり楽しくなったことと、ヘンリーが少し過保護になったことくらいだろうか。


 とはいえ、やはり浮足立った空気を発してはいるのかもしれない。

「なんだか、ヘンリー様に対するレイ様の態度、おかしくないですか?」

 ルークからは、付き合い始めた翌朝早々にそんなことを言われてしまった。

 私としては、大々的に公表するつもりはないが、かといってひた隠しにする必要もないと考えている。とはいえ、相手があることだから勝手に決める訳にもいかないしな……。

 そう思ってちらりとヘンリーに視線を向けると、彼はにっこりと笑って口を開いた。


「昨日からお付き合いしています」

 その堂々とした態度には私も驚いたけれど、ルークはもっと驚いているに違いない。

 しかしそんな私の予想に反して、ルークは「そうなんですね!」と言っただけで、すぐに話題は別のものに変わったのだった。


「……ねえ、ルーク。その、驚きとかはないの?」

 ヘンリーが席を外したタイミングで、私はそっと問い掛ける。

 ルークがあまりにも当然のように受け入れたことに対する戸惑いもあったけれど、何か思うところがあるならば配慮したい、というのが一番の理由だった。私達と行動を共にする場面がなにかと多いルークに、私達のせいで気まずい思いをさせたくないと思っていた。

 しかしルークはなんでもないことのように「驚きよりも喜びの方が大きいですねー」と言った。


「だってレイ様、前からヘンリー様のことをよく目で追っていましたから。『好きなんだろうな』とは思ってましたし、レイ様の想いが通じて嬉しいですよ」

 ルークの言葉を聞いて、顔に熱が集まるのがわかった。

「……自覚はなかったんだけど、私ってそんなだったの?」

「まあ、ほとんどの人は気づいてないと思いますけどね。僕とノア様くらいじゃないですか?」

「ノアも気づいてたのか……」

 昨日の別れ際に言われた「仲良くやれよ」という言葉は、私の恋心をわかった上での発言だったのかと、内心で頭を抱える。まさか、ヘンリーへの恋心に関して、自分で気がつく前に周囲に察せられていたなんて……。


 羞恥で悶える私をよそに、ルークは晴れ晴れとした表情で言葉を続ける。

「ヘンリー様も、レイ様がこの世界に来てわりとすぐの頃から、レイ様のこと好きそうでしたもんね」

「えっ!? どのへんが!?」

 予想外の発言に思わず大声を上げてしまった私に、ルークが僅かに顔を顰める。

「……レイ様、宰相補佐官の仕事量知ってます? こんなにレイ様にべったり構ってられるような量じゃないんですよ? おそらく、かなり無理して時間を作っていらっしゃるんだと思います」

「えー……なんか、申し訳ない。無理しなくていいよって言っておこうかな」

「そこは、『私のためにありがとう』の方が喜ばれるのでは?」

 その言葉を聞いて「なるほど!」と声を上げた私に、ルークはやれやれといった表情を浮かべるのだった。


 ◇◇◇


「ヘンリーと付き合うことになったのか? よかったじゃねえか」

 ヘンリーと想いを確かめ合ってから数日後、ノアからお茶の誘いを受けた私は、温室に用意された席に着くや否やそんな言葉を掛けられる。

「……私、そんなにわかりやすい?」

「いや、あいつが直接俺に報告に来たんだ。『だから、今後二人きりで出かけるのはご遠慮いただきたい』とか言ってな」

「あー……、なんかごめんね?」

 もちろん、交際相手が嫌がっているのであれば、たとえ互いに恋愛感情を抱いていなかったとしても、異性と二人で出掛けるべきではないと思っている。

 けれども、私を気にかけて誘ってくれた相手に「彼氏ができたから今後はなしで」と言ってしまうのも、なんとなく不義理な対応に感じてしまった私は、ノアに軽く謝罪をする。


 しかしノアは私の言葉を聞いて、なぜか気まずそうな顔をした。

「いや、俺としてはタイミングが良いんだ」

「どういうこと?」

 私の問い掛けに対して、ノアは視線を彷徨わせながら口籠り、そして呟くような声で言葉を発した。

「……実は、前に付き合ってた女性と、よりを戻すことになったんだ。『できれば他の女の子と二人きりで出掛けてほしくない』なんて言われれば、できるだけ叶えてやりたいと思うだろ?」

 そう言って照れたように笑うノアからは、少し前までの私の目に映っていた〝軽薄で軟派なノア〟の姿は微塵も感じられなかった。


「今までの女性達との関係も解消したの?」

「まあな。ただ、孤児院出身の子ども達との社会勉強はやめないけどな」

 ノアは「それは続けてほしいと言われたんだ」と言って、誇らしげに笑った。その笑顔は、女性にモテていることを誇っていた時よりも、随分と満ち足りたものに見えた。


 ノアのその表情を見て、彼もまたウィリアム同様にこの世界を生きるノアなんだな、と思わされた。

 ぼんやりと記憶に残るゲーム内の彼は、妖艶な雰囲気をまとっており、いつも女性に囲まれていた。ヒロインである聖女が彼のルートに進んでも、彼は「モテる俺はかっこいいだろう」というスタンスを崩さなかったように思う。

 けれども今の彼は、そうではない。軽薄な雰囲気がゼロになった訳ではないけれど、彼は交際相手の意見を聞き入れて少しずつ変わろうとしている。きっと、自分の本当の価値がどこにあるかに気づけたからだろう。

 もちろん彼にそのことを気づかせたのは、彼の交際相手の女性だ。けれども彼女と再び向き合うきっかけを作ったのは、私だったのではなかろうか。聖女として召喚された恋愛音痴の、彼とは恋愛関係になれない、この私だったのではなかろうか。


「……私も、少しは役に立った?」

 もしかすると、その考えは自惚れにすぎないかもしれない。しかし、冗談めかして発した言葉に対して、ノアからは「少しじゃねえ」という言葉が返ってきた。

「少しじゃねえよ。レイの言葉のおかげで、あいつの真意に気づくことができたんだから」

 彼はそのまま目元を緩めて、「ありがとう」と言った。彼の言葉を聞いて、私は鼻の奥にツンとしたものを感じる。


 潤んだ瞳を見られたくなくて目線を下げると、ノアの袖元から腕時計がちらりと見えていた。正直に言うと、それは見るからに上質なノアのジャケットからは浮いているように見えた。

 私が一点をじっと見つめていることに気がついたのだろう。ノアは私の視線の先を辿ると「ああ」と声を漏らした。

「これな。彼女が別れる以前に用意していたものなんだと。捨てられなくてずっと保管していたって言うから、貰ったんだ」

 そう言うと彼は愛おしげな表情を浮かべて、その腕時計をするりと撫でた。

 その表情を見て、ノアルートにおけるキーアイテムが腕時計だったことを思い出す。


『ヒロインはノアに、城下町で買った腕時計をプレゼントするの。普段は高価な物しか受け取らないノアが、その時計だけは受け取って、肌身離さず身につけているのは、愛を感じるよねえ』


 友人は、確かそんなふうに言っていたと思う。

 ゲーム内に出てきた腕時計について、細かなデザインまでは覚えていないけれど、今ノアの腕に巻かれているその時計は、この世界を生きる彼にとってのキーアイテムなのだろう。

「……本当に、素敵な時計だね」

 私のその言葉を聞いて、ノアは蕩けるような笑顔を浮かべながら「そうだろう?」と言ったのだった。

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