表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/40

15.名付けるとすれば芽生えの瞬間

 ウィリアムからの結婚報告に驚いた私の叫び声は、想像以上に遠くまで響き渡っていたらしい。慌てて部屋へ駆け込んでくるルークの姿を見て、私は「やってしまった」と内心で頭を抱える。

 何度私が「もう和解した」と説明しようが、ルークはウィリアムを少し警戒している。ウィリアムが私に「好きになれなさそうだ」と言った現場に居合わせたことを考えると、ある程度仕方がないことなのかもしれないが。


 ウィリアムに対するルークの印象がそんなだから、部屋へと駆けつけたルークはかなり殺気立っていた。

「何をなさっていたのですか?」

 そう言いながらウィリアムへと向けるルークの視線は、普段の人懐っこい印象からは考えられないほどに冷たくて、「ひょっとして二重人格だったりする……?」とすら思った。

 ちなみに、騒ぎを聞きつけて少し遅れて部屋にやってきたヘンリーさえ、そんなルークを目にして驚愕の表情を浮かべていた。


 結局、誤解を解くために、ウィリアムにはもう一度結婚報告をしてもらうことになってしまった。

 本人は「どうせ近々伝えようと思っていましたし、なんの問題もありません」と言っていたけれど、本人の意思を無視したタイミングで発表させてしまった上に、結婚相手に会いに行くきっかけになった私とのやりとりまで説明させることになったことに、私は申し訳なさで一杯になる。

 ただ、叫び声はあげていなかったものの、ウィリアムからの報告を受けた二人は驚いたような表情を浮かべていたので、少しほっとしてしまったのは内緒だ。


 その後ウィリアムは「次の任務がある」と言って何事もなかったかのように部屋を出て行った。

「びっくりした。本当にびっくりした」

 ウィリアムの結婚報告に対する驚きが抜けきっていない私は、ルークとヘンリーの前でひたすらに「びっくり」を繰り返す。しかし語彙力をなくす私に、二人から同意の言葉は返ってこなかった。


 しばらく二人は何か言いたげな表情で顔を見合わせていたのだが、いまだに「ほんとびっくり。あー、びっくり」と呟く私に、ヘンリーがおずおずと言った様子で口を開く。

「レイ様は、ウィリアム様のことがお好きだったんですか……?」

 その言葉を聞いて、先程までの「びっくり」を上回る「びっくり」が私に襲い掛かる。

 人間驚きすぎると思考が停止するようで、今回の私は叫ぶことはしなかった。体感として数分間停止してしまったけれど。


「……うん? ごめん。私がウィリアムを好きなのかって聞いてるの?」

 私がヘンリーからの質問をそのまま繰り返すと、二人は気遣わしげに頷いた。

「恋愛感情を抱いてるかってこと?」

「ええ」

「……なんで?」

 冷静に考えると、どことなく表情を曇らせる二人を前に、まずは否定するのが最善だったとは思う。けれどもその時の私は「なんで」以外の言葉が浮かばなかった。


「……私としては、ウィリアム様の結婚自体にはそこまで驚きはなかったので」

「え!? さっき驚いた顔してたじゃん!」

「あれは、〝結婚報告を聞いて叫び声をあげるほどに驚いたレイ様〟に対する驚きです」

「嘘でしょ!?」

 私の言葉に対して、ヘンリーは淡々と「本当です」と告げる。デジャブだ。


「ウィリアム様は確かに人付き合いは得意でないようですが誠実な方ですし、この年齢です。なので、むしろなぜレイ様があれほど驚かれたのか……」

 そう言って言葉を濁すヘンリーを見て、ようやく私は「ウィリアムが好きなのか?」という問いに答えていないことに気がつく。

「いや、恋愛感情は抱いてないよ! 全く! ウィリアムってなんとなく、恋愛下手そうだと思ってたからさ」

「だから勝手に仲間意識を抱いていた」ということまでは、さすがに言わないでおいた。


 私がようやくウィリアムへの恋心を否定したことで、ヘンリーとルークはあからさまにほっとした表情を浮かべた。

 そんな二人の様子を目にして、私の心の中にもやりとした気持ちが湧き上がる。

「……何。『ウィリアムと婚約者の仲を引き裂いて』とか、『彼が結婚するなら元いた世界に帰りたい』とか、言い出すかと思った?」

 それは、随分と意地の悪い質問だったとは思う。けれども他に、彼らが安堵の表情を浮かべる理由がわからなかったし、このモヤモヤを放置したまま彼らと今まで通りに接することなどできそうになかった。


 もしも聖女である私がウィリアムに恋心を抱いていたとして、自身の想いを無理矢理にでも通そうとしたならば、彼らとしては大変困ったことになるのだろう。ウィリアムとの結婚を望まなかったとしても、「やる気をなくした」などと言って国民の前でだらけた姿を見せようものなら、私と関わる機会が多い彼らが批判されるのかもしれない。

 だから、トラブルの芽を摘むといった意味でも、彼らが私の答えを聞いて安心する気持ちも理解はできる。

 けれども、ほんの僅かにでもそんな人間だと思われているのかと思うと、悲しかった。理解ができるからといって、私が感じる悲しみがないことにはならないのだ。


「……たとえウィリアムが好きだったとしても、そんなこと言わないよ。私、そこまで恋愛に重きを置いて生きてないから」

 しかし、自分の心を守るためにわざと投げやりに発したその言葉に対して、ヘンリーから返ってきたのは「違います」という短い言葉だった。固く、緊張感が漂う声だった。

 ヘンリーはそのままふーっと大きく息を吐くと、くるりとルークに向き直る。

「……すみません、ルーク。申し訳ないのですがお茶の用意をお願いできませんか?」


 ヘンリーの言葉に従ったルークが部屋を出ると、ヘンリーはそのままほかの侍女にも席を外すよう指示を出した。

 こんなことはこちらに来てから初めてのことで、私は「一体何を言われるのだろうか」と身構えていたのだけれど、そのまま彼が無言で深々と頭を下げるのだからぎょっとしてしまう。

「えっ、ちょっと、ヘンリー!? 顔上げて!?」

 しかし彼は私のそんな言葉など聞こえていないかのように、たっぷりと頭を下げ続けた。


「まずは謝罪を。誤解されるような態度をとってしまい、申し訳ありません。あなたがそんな身勝手で無責任なことをおっしゃる方だとは思っておりません」

 そう言ってようやく頭を上げたヘンリーは、私の瞳を覗き込みながら「あなたにそのように思わせてしまった自分に、腹を立てています」と、呟くような口調で続けた。


 ヘンリーの真剣な声色に、そして心から後悔しているような表情に、罪悪感が湧き上がる。

「……私こそ、ごめんなさい。ウィリアムへの恋愛感情を否定した時、二人ともほっとした顔をしたから。どうしてだろうって不安になってしまったの」

 私のその言葉を聞いて、ヘンリーは何か言いたげに口を開きかけた後、またすぐにぎゅっと口を閉じた。

 彼が言い淀む姿なんて初めて見たな、なんてことを思いながら言葉の続きを待つけれど、ヘンリーはそのまま何も言おうとはしなかった。

 

「……私は、ウィリアム様を羨ましく思っております」

 時計の秒針が進む音がやけに大きく聞こえる部屋の中で、次にヘンリーがぽつりと零したのはそんな言葉だった。その言葉は何か重大なことを告白しているかのような響きを有しており、相槌を打つことすら憚られる。


「レイ様がウィリアム様におっしゃったという『言わないと伝わらない、聞かないとわからない』というお言葉、私もその通りだと思います。ですから、その言葉を受け入れて素直に実行に移せるウィリアム様を、私は心から羨ましく思っているのです」

「……どういうこと?」

 なんとかその一言を絞り出した私に、目の前のヘンリーは薄く笑った。それは〝笑った〟と表現しても良いのか悩むくらいに悲しげで、〝笑おうとした〟というのがぴったりの表情だった。


「私は元々、人の感情を読み取る能力に長けていると自負しております。仕事柄役に立つ能力なのですが、それゆえに相手の顔色を窺って、伝えたいことを言わず、わからないことを聞かずに流してしまうことが多いのですよ」

 そう言うヘンリーは、酷く自信がなさげだった。

 そんな彼の両手がテーブルの上で固く結ばれているのを見て、私は生まれて初めて〝異性の手に触れたい〟と思ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ