11.それはきっと不和の断片
さて、「教会の建立を奨励しては?」という私の提案は、ヘンリーによってすぐに形を整えられた。
彼はただちに〝奨励策〟の細かな内容を取り決め、足りない部分を補い、なんと翌週に開かれた議会での承認をもぎ取ったのだ。薄々気づいてはいたけれど、これはヘンリーが恐ろしく有能な人間であることを思い知らされる出来事となった。
「ヘンリーって、本当にすごいよね」
私がぽつりと零すと、ヘンリーが僅かに口角をあげるのがわかった。
「ありがとうございます。ですが、提案してくださったのはレイ様です」
ヘンリーの言葉は本心から述べられているように聞こえたが、それでも私の気持ちは晴れない。そして、彼がそんな私に気がつかないはずがない。
「何か、ご心配事でも……?」
ヘンリーからのその問い掛けに対して、喉の辺りまで出掛かった言葉を飲み込み、曖昧な笑みを浮かべて首を横に降る。
「いえ、何も」
その声は「絶対何かあるだろう!?」と思わせるような響きを帯びてしまってはいたものの、彼はそれ以上追及することはせず、「そういえば」と言って悪戯っ子のような顔をした。
「そういえば、〝聖女像〟についての説明を、まだできておりませんでしたよね」
〝聖女像〟?
そのワードと、ヘンリーが浮かべる表情には、嫌な予感しかない。「絶対碌なことじゃない!」とは思うものの、この状況で聞かずに放置しておくことなどできないし、放置したって状況が好転することもあるまい。
「聖女像……ですか?」
「ええ。奨励策の中に『新しく建立する教会には平和の象徴である聖女様の像を安置するのが望ましい』という内容を盛り込んだのです。レイ様の故郷ではブツゾウなるものが祀られているとお聞きしましたから」
そう言うヘンリーは涼しい顔をしているが、対する私は内心大慌てだ。お寺の説明をする時の私は、どうして「崇拝の対象となる人物をかたどった像が安置されていたりする」と言ってしまったのか。
「嘘でしょ……」
「本当です。ちなみに、レイ様がこちらの世界に来られてすぐに描かせた肖像画も、今週中には仕上がると聞いています。希望者には、そちらも公開する予定です」
……ということは、城下視察の際に露店で販売されていたような〝空想上の聖女らしき女性〟の像ではなく、私の像が作られる可能性があるってこと!?
「事前調査を行ったところ、教会の建立を前向きに検討している人物や団体の数は、我々の想定を上回っているようです。おそらく数ヵ月もすれば、この国ではたくさんの聖女像が見られることとなるでしょう」
「なんてこった……」
頭を抱える私の横で、「楽しみですねー」というルークの能天気な声が響いた。
◇◇◇
「やる気がないなら今すぐ出て行け。おまえらのような者はいない方がマシだ」
そんな声が聞こえてきたのは、私が王宮兵団の訓練場の横を通りかかった時のことだった。
出入口から中を覗いてみると、身体の前で腕を組んで仁王立ちしているウィリアムの姿が目に入った。先程まで聖女像についての会話をしていたからか、彼の険しい表情は東大寺にある持国天像を思い起こさせた。
そして、そんな彼の前には二人の兵士。後ろ姿しか見えないものの、二人は項垂れているように見える。
そのまま二人がゆっくりと後ろを振り返り、とぼとぼとした足取りでこちらに向かってくるのを見て、私は慌てて柱の影に身をひそめる。
出入口をくぐる際、二人のうちの片方が「偉そうに」と憎々しげに呟くのを聞いて、複雑な気持ちが湧き上がった。
そのまま二人の姿が見えなくなるのを待って、私はいまだに苛立ちを隠そうともしていないウィリアムへと声を掛ける。
「ねえ、今の大丈夫なの?」
私の言葉を聞いて、彼は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに「問題ありません」と短く応えた。
「訓練だからといって気を抜くような者、我が王宮兵団には必要ありません。いられるだけで全体の士気が下がる」
続けられた彼の言い分は、ある程度理解できるものだけれど、私は彼らが口にした「偉そうに」という言葉を無視することができなかった。
「さっきの人達は同僚?」
「ええ。近衛兵ではありませんが、同時期に入団した者です」
「ウィリアムって、普段もあんな感じなの?」
「あんな、とは?」
「その……言い方とか、振る舞いとか」
私がそう尋ねると、ウィリアムからは肯定の言葉が返ってきた。
「……もう少し、言い方を考えた方がいいんじゃないかな?」
彼らも仕事なのだから、部外者の私が口を挟むようなことではないのかもしれない。けれども、先程の「偉そうに」という呟きには、憎しみがこもっていた。それは、注意を受けたことに対する悔しさとは、全く別物のように感じられたのだ。
近衛兵はエリートだと聞いている。王宮兵団のトップである兵団長も、近衛兵から任命されることが多いらしい。
ということは、ウィリアムはこの先人の上に立ち、部下をまとめる立場に就く可能性があるということ。上司が部下にさっきみたいな言動をとれば、普通にパワハラで一発アウトだろう。……まあ、この世界にパワハラなんていう概念はないのかもしれないが。
けれども、パワハラという概念自体がなかったとしても、今のままの態度では部下を潰してしまうことになりかねない。それはきっと、ウィリアムにとっても本意ではないはずだ。
そんなことを思いながらやんわりと指摘した訳だけれど、ウィリアムは不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「……あなたに何がわかるのですか」
「いや、まあ、そうなんだけどさ」
「俺は間違ったことは言っていません」
彼にとっては、そうなのだろう。きっと、先程の言動も彼なりの信念に従っての叱責だったのだろう。
でも、いくら正しいことを言っていたって、さっきのあれでは伝わってない。おそらく、彼らはただ「ウィリアムが偉そうなことを言ってきた」としか思ってない。
だから私は、「あなたの思いが正しく伝わるように、言い方を考えたらどうか」ということが言いたかった。
たかだか護衛対象者である私がそんなことを言うべきではないのかもしれないけれど、〝私以外の人間が聖女に選ばれていたら幸せになれたであろう彼〟を、このままの状態で放置しておくことなどできなかったのだ。
しかし、やはりそれは私の自己満足でしかなかったようで、ウィリアムは深い溜息を吐くと、「あなたには関係ありません。関係のない人間に、知ったふうな口を聞かれたくはない」と、吐き捨てるように言った。
その態度は、こちらの言い分を聞く気など、まるでないように感じられた。
こうなってしまうと、彼の耳には何も届かないだろう。
一旦出直そうと考え無言で立ち去ろうとする私に、ウィリアムはぴくりと反応したものの、なんの行動も起こそうとはしなかった。
訓練場を出る間際、私は最後に一言だけ言葉を発する。
「あのね、もう一度言うわ。一度口にした言葉は、取り消すことができないのよ」
その言葉を聞いて、ウィリアムが何を思ったかはわからない。ひょっとすると、何も思わなかったかもしれない。
私はそれだけ伝えると、彼の反応を見ることもせずに訓練場を後にするのだった。




