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第10話

 勝手に一夏と模擬戦をしたことをアリスにこっぴどく叱られた。そしてこの後凛の家に行ってリンカの話を聞くということを伝えたらさらに怒られた。

 アリスは今日の放課後はMMOでインターンとしての初研修があるらしく、一緒に行けないと悔やんでいた。てことは俺と一夏の2人で凛の家に行くことになるんだな。なんか絵面がヤバイ気がするが……俺にその気はないから大丈夫だろう。てかアリスがいたところで絵面は変わらんが。



 御茶ノ水にある高層マンションの1001号室の前にやってきた。ここが三鷹凛とその家族が住まう部屋であり、俺を一目惚れさせた少女――リンカについての情報が眠る宝石箱。

 虹彩認証で玄関を解錠した凛に続き俺と一夏も1001号室に入る。中は至って普通の3LDKで、凛があの少女の子孫だとは到底思えないような普通さだ。

 凛の「ただいまー」に対して男性の優しい声で「おかえりー」が返ってくる。声質からしてお父さんのものだろう。俺と一夏の「おじゃまします」にもうれしそうに「いらっしゃい」と言ってくれた。リビングに到着したがお父さんの姿はない。自室にいるのかな?



「ここに座って少しお待ちください」



 凛はそう言って俺と一夏の分のダイニングチェアを引いてくれる。本当にやさしい子だな。頭を撫でてあげたい……けどそんなことしたら凛のお父さんに絞められる。

 凛は初等部指定のバッグを自室に放り込んでそれからお父さんの部屋の前で「パパー! お客さんが来てるんだから出てきてくださーい!」と無邪気に叫んだ。無邪気な少女のように……というより凛はもともと無邪気な少女なのかもしれない。学園では初等部の生徒会長として優等生演じているが、家では至って普通の女の子なんだな。少し安心したぜ。

 凛がお父さんを連れてリビングに戻ってきた。ボサボサ頭&眼鏡にワイシャツ&スラックス……サラリーマンにしては帰りが早すぎるが何して働いてる人なんだろう。



「父の和也かずやです」



 と言ったのは凛で、和也さんは後ろ頭を掻きながら大あくび。



「もうっパパ! 失礼だからあくびはやめてください! あーシャツも出てるしっ!」



 凛は腰に手を当ててパパを指さしてぷんすか。和也さんのワイシャツをスラックスの中に入れてあげるている。面倒見良すぎて娘ってよりお母さんみたい。



「まさか凛がお友達を連れてくるとは思わなかったよ」



「隆臣さんと凛さんはわたしのお友達じゃないですよ。護衛さんです」



 まあたしかに友達ではないけどさ……そんなはっきり言いきられるとちょっと寂しいな。



「てことは……サバトに出るつもりかい?」



「はい。お二人とそう約束したので」



「ふむ……わかった」



 和也さんはそう言って目を瞑って腕を組み、



「死ぬなよ」



 と言った。

 死ぬなよ? サバトとかいうのは死ぬ危険性があるものなのか?



「はい」



 凛は真剣な表情でロザリオを握りしめてそれを胸に当てる。

 和也さんは凛の返事を聞くとダイニングチェアから立ち上がり、



「凛をよろしく頼んだ」



 とだけ言い残して自室に戻ってしまった。

 不思議な人だ。自分の娘が死ぬ危険性がある場所に行くというのにあんなにあっさり受け入れ、しかも見知らぬガキンチョ2人に娘の命を預けるなんて……。

 おそらく住む世界が違いすぎて理解できないのだろう。三鷹家はあのリンカ・フォン・シュヴァルツブルク=ルードシュタットの末裔なんだから。きっと一般の常識は通じない。



「気を悪くしてしまったら申し訳ございません。父はあんな人なんです」



 凛はやれやれって感じで父の背中を見つめる。

 その後凛はサバトやリンカについて説明してくれた。

 魔女集会サバトは法院魔女隊の最高責任者であるアイラ・ハンプトン・ローズが主催者で開催地はアイラの気分で決定されるらしい。今回は東京の気分だったんだな。

 そしてサバトにおいて最も権威があり、最古参の1人がリンカ・フォン・シュヴァルツブルク=ルードシュタット。二つ名は「時の魔女」、「黒の魔女」、「禁忌の魔女」、「真祖の魔女」、「時の代行者」など。法院が定める序列では元法院院長現監視役であり最初の吸血鬼とされるブラド・ツェペシと共に不動の1位なんだとか。ブラド・ツェペシ……ドラキュラ公とかいうやつか。まさか実在……しかも現存していたとは。

 魔術学園に来てそれまで架空の生物だと思っていた吸血鬼が実在すると知ったとき、「この世界、絶対ドラゴンとかもいるよな」と確信した。実は俺が見ていた世界ってのはほんの表面に過ぎなかったんだ。

 ほら、地上の人間が月の裏側を見たことがないのと同じように、普通に暮らしていれば魔法みたいな異能に触れることも吸血鬼が実在することを知る由もないんだ。



「サバトの主な目的は魔女隊の戦力増強です。アイラさんは毎年500名の参加者の中から2名を選抜して魔女隊に引き入れます。参加者は各国の魔法管理協会から推薦された強者ぞろいで、法院の魔女隊に加入するためなら他者を陥れることは平気で行います。数年前にはアイラさんの気まぐれで参加者500人がバトルロイヤル形式で殺しあったこともあったそうですよ」



 凛は淡々と語る。



「そんなのに参加していいのか?」



 俺としては凛に参加してもらわないと困るのだが、さすがに女子小学生がそんな危険な催しに参加していいものなのか……。



「もともとサバトには招待されてましたし、それを受けたまでですよ。それにバトルロイヤル形式による剪定作業は死傷者が大量に発生し、不満が殺到したため法院の公安委員会はバトルロイヤルを禁止しました。ですので殺し合いなんて起こりません」



 と、凛。

 サバトに招待される……ということはやはり凛も相当な実力者なんだな。強いってのは模擬戦の時点でわかってはいたけど。



「サバトの件、本当にありがとうな。俺のために……」



「いえ、自分のためでもあるんです。隆臣さんと一夏さんのお陰でようやく踏ん切りがつきました。わたし、頑張れそうです」



 凛はにっこり笑って言った。



「うん! 一緒に頑張ろう!」



 そんな凛に対して一夏もキラキラの笑顔で答える。やっぱり女の子の笑顔は最高だぜ! サバトの期間中、護衛役として凛を守る。そして兄として一夏も守る! 2人の笑顔を守るために!




 数日後。



「はぁ……はぁ」



「今日はここまでじゃ」



 爺さん目白は妖刀村正を鞘に納めながら言った。



「はい……」



 俺は息を切らせて刀を鞘に納める。対照的に爺さん目白は息一つ切らしていない。72歳なのにだぞ。

 その太刀筋は彼の背筋のようにまっすぐで、刀を握ったときの雰囲気はまるで鬼。最初はそんな爺さん目白にビビリまくって稽古にならなかったが、今ではもう平気だ。

 爺さん目白の稽古はひたすら辛い。手のひらにマメができては潰れの繰り返しで最近は手のひらが血だらけになることが多い。

 ただ闇雲に真剣を振っているのではなく、素振り以外はすべて地稽古。俺が習っているのはスポーツの剣道ではなく、殺傷のための刀。そのため実戦あるのみで、型や技なんてのは一切習ったことがない。爺さん目白との地稽古を重ねることにより爺さん目白の水府流を盗み、型や技を習得してきた。

 真剣でやることは非常に重要であり、少しの甘えが大怪我に繋がる。その緊張感で鍛錬に挑むことにより実戦で役に立つスキルが身につくのだ。

 そして刀と並行して第六感覚の育成も行っている。近接戦闘において第六感覚は非常に重要で、敵の動きを直感で捉えることで攻撃を避けたり攻撃の起点をつくることができる。

 爺さん目白の第六感覚は全盛期に比べて半分程度になってしまったらしいが未だに世界トップクラス。爺さん目白が目隠しをしていても俺の攻撃はすべて避けられてしまうくらいだ。

 それもこれもすべてはリンカにこの思いを伝えるためなんだ。どんな高い壁だって超えてみせる!



「隆臣。お前さんに渡したいものがある。着いて来い」



「わかりました」



 俺に渡したいもの? 一体なんだろう。





 目黒の目白道場から約20分ほど車で移動して着いたのは神田明神だった。俺に渡したいものがあるとか言ってたけど、こんな都会のど真ん中にある神社にそれがあるのか?



「こっちじゃ」



 爺さん目白はそう言って御神殿の中に勝手に入って行った。おいおい大丈夫かよ。不法侵入じゃねーよなこれ。



「安心せい。ちゃんと許可はとっている」



「ですよね」



 流石にそうだよな。いくら爺さん目白がすごい人でも御神殿に不法侵入はしないよね。認知症が始まったのかと思った。びっくりした。

 へー。中ってこんな感じなんだ。何度か神田明神には訪れているけど、中に入るのは初めてだ。結婚式場として使われることもあるらしいね。誰かの結婚式が近いのか会場設営が進んでいるよ。

 奥の部屋に進み物置部屋のような場所に到着。中には様々な行事で使われるたくさんの道具が並んでおり、薄暗くてホコリっぽくてカビ臭い。

 爺さん目白は物置の奥から長短2本の刀を持って戻ってきた。打刀の方はいつも使ってるのと同じくらいの重さと長さで、脇差は短い分それよりも幾分か軽い。



「妖刀村雨とその真価を引き出す桐一文字きりいちもんじの影打じゃ」

 


「妖刀村雨って……あの妖刀村雨ですか?」



 村雨……村雨丸は南総里見八犬伝に登場する伝説の宝刀。たしか桐一文字も同じだ。



「ああ。これはワシの旧友……お前の祖父じいさんの犬塚信治いぬづかしんじが妖刀の使い手であるお前さんのためにこの神社に奉納したものじゃ」



「俺が妖刀の使い手?」



 それにどうしてじいちゃんの名前が出てくるんだ?



「知らぬのか? お前さんは村雨の使い手である犬塚信乃いぬづかしのの子孫なんじゃぞ」



「犬塚信乃ってそれは架空の人物じゃないですか」



 犬塚信乃とは南総里見八犬伝に登場する孝の八犬士。そんなフィクション世界の登場人物が俺の先祖なわけないだろ。認知症か?



「左腕の牡丹の痣。それは犬塚家の長子に代々発現している。違うか?」



 たしかにそれは真実だ。俺や母さん、じいちゃんやひいじいちゃんは長子で、それぞれ左腕の同じ場所に牡丹の形をした痣がある。これはたまたまとは思えない。犬塚信乃は実在したってことか? そして俺がその子孫?



「左腕に牡丹の痣を持つ者のみがこの刀を鞘から出すことができる。やってみなさい」



「いやいやそれは流石に無理がありますよ」



 俺がそう言うと爺さん目白は村雨の柄を握り俺が持つ鞘から抜こうとする。爺さん目白はかなりの力で引っ張るが刀は鞘から抜けない。でもさすがに勇者にしか抜けない剣みたいな話があるわけないだろ。

 しかし次に俺が柄を握ってかるーく引っ張ると、



 ――シャキン!



 村雨は簡単に引き抜けてしまった。



「嘘だろ……」



「これはお前さんにしか扱えん。そしてお前さんがこの刀を握ったとき村雨は目覚める」



 すると突然、村雨の刀身から霧のようなものが発生し、瞬く間に床を埋め尽くした。なんだこれ!



「斬ってみろ」



 爺さん目白はそう言って懐から人参を取り出し、頭上に放り投げた。どうしてポケットに人参なんか入れてんだこの人は。

 まあいいや。とにかく斬れ味を確認しよう。俺は頭上の人参をしっかりと両目で捉え、人参の回転を計算しつつ膝を曲げて軽く腰を落とす。



「はッ!」



 ここぞというタイミングで思い切り人参を斬ると人参は狙い通りに縦に真っ二つに切れ、



 ――カチーン!



 瞬時に凍りついた。



「これは……」



  絶句する俺に爺さん目白は妖刀村雨の説明をしてくれる。



「村雨の力じゃ。村雨は水と氷の2つの属性を合わせ持つ魔剣。使用者の魔力が水系統であればその属性を発揮できる。まあ犬塚家の人間は生まれつき水系統の魔力を持っているのじゃが、双子の奇怪かお前さんの先天性魔力はすべて一夏ちゃんに渡っておった。じゃが水府流の修行で後天的に水系統の魔力を獲得したゆえ、村雨の属性を解放することができたのじゃ。

 そして桐一文字は村雨の能力をさらに強める効果をもつ脇差じゃ。これが村雨の半径10メートル以内にあるときその効果を発揮する。が、これは影打ゆえ真打の10分の1程度の効果に過ぎぬ」



 村雨の限界を引き上げる宝剣か。サバトは強者ぞろい。影打とはいえ両方帯刀して参加しよう。



「ありがとうございます師範」



「感謝するなら仏壇にせえ」



 爺さん目白は言いながら物置部屋のドアを閉め、



「今日お前さんに村雨を渡したのはサバトに向けてさらに実戦的な修行を行うためじゃ。近接戦闘において重要な素質は3つ。身体能力、第六感、そして異能。お前さんは異能以外の素質はあるからな。その2つをさらに伸ばしつつこれからは異能も鍛える。そのため明日からは師範代とも手合わせしてもらうことになる。ワシは異能が使えないからの。じゃが安心せえ。1ヶ月あればお前さんをサバトで死なない程度には鍛えてやることはできる。まあお前さん次第ではサバトの魔女たちと渡り合えるくらいにもなれるがの」



 と。

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